後編
「リゼ、大丈夫ですの?」
「リーナの方こそ大丈夫? 後、計画は?」
「勿論、上手くいきましたわ!」
「やった!!」
誰もいない部屋で互いの手を軽く合わせる。
「まさかこんなに上手くいくなんて。リーナのおかげだよ」
「ふふ、私の方こそですわ。まさか短期間であそこまで演技が上達するとは」
実はさっきの流れはレイ様をはめる為の計画。
リーナがレイ様に近づき、私から全てを奪う事で王都から去れる口実を作り出す。
こうすればレイ様との関係も断ち切れ、私は晴れて自由の身。
……まぁ王都が私を探そうとするかもしれないけど、その時はその時だ。
後、リーナが軽く好意を見せただけでレイ様は堕ちたみたい。単純すぎでしょ。
「でもこの二か月は大変だったなぁ……」
思い返せば苦難の日々。
リーナがレイ様に近づき、後はうまく誘導すれば大丈夫! と最初は思っていた。
だけどリーナは
『本番は一度きり!! なので演技力を鍛えなくては!!』
と、劇を見たりリーナ本人から指導を受けたりして”婚約破棄されて辛い思いをする”という状況を演じる為に色々頑張った。
演技なんて全くやった事ないからダメ出しの毎日だったなぁ……聖女の勉強より大変だったかもしれない。
「でもリーナは大丈夫? レイ様と婚約するなんて……」
「あぁ、あんなの簡単に破棄できますわ」
「え?」
「口約束だけで、全てを解決してから周りに言おうと私が提案しましたの。書類等でやり取りはしていないので大丈夫。それに」
「それに?」
「私、好意を向けられるのは嬉しいとは言いましたが、レイの事が好きだなんて一度も言っていませんから」
「うわぁ」
結構腹黒い。
前々からえぐい事を言っていたけどね?
でも言葉の穴を突いたリーナの行動には少し恐ろしさを感じた。
「とりあえず、レイが浮かれている間に早くローランの所に行ってください。お金も……これだけあれば足りるでしょう」
「ええ!? こ、こんなに!?」
手渡されたのは金貨五枚。
旅どころか生活にも困らない程の大金だ。
「親友の為ですわ、安心して受け取ってください」
「でも、私何もリーナに返せないよ……」
「あぁ、それでしたら向こうで美味しいご飯とお茶菓子をごちそうしてください。後、リゼとローランのお話も♡」
「え? リーナもここを出ていくの?」
「当然、レイに絡まれ続けるのも嫌ですし。少しやることがあるので、リゼより後になりますけど」
まさかリゼも出ていくとは思っていなかった。
もしかして私の為であり、リーナ自身の為に行動していたのかもしれない。
そこまで計画に入れてたなんて……すごい。
「ではまた会いましょう、リゼ」
「うん! また会おうリーナ!!」
お互いハグをし合い、私達は別れた。
やっとローランに会える!!
手紙によると村ではなくアラン帝国という場所で騎士の修行をしているみたいだから、見つけるのに時間がかかっちゃうかも。
でもなんとしても見つける。ローランに立派な姿を見せる為に私は頑張ったんだもん!
貴族のドレスから平民風の素朴な服に着替え、私はアラン帝国への馬車に乗った。
ありがとうリーナ。そして待っててねローラン。
◇
「ここがアラン帝国……王都とはまた違う賑わいがあるなー」
アラン帝国は騎士の国と言われており、色んな地域から剣士や剣聖のギフトを持つ者が集まるという。その為か、武具等の戦いに関する道具を売る店が王都より多い。
「さて、ローランを見つけないと!!」
見つける方法だけど……とにかく色んな人に聞く!! これしかない!!
手紙では訓練場付近で暮らしていると書いてあったから、その周囲で聞き込みをすれば大丈夫だろう。騎士らしき人を見つけたら特に最高。
なので、あっさり見つかるだろうと思っていたのだが……
「ローラン? あいつなら遠征に行ったきりだぞ。後二、三日は帰らないんじゃないか」
「えー!!」
酒場で騎士らしき人がいたので話を聞いた所、ローランがそもそもいない事が判明。
まだ待たないといけないんだ……残念。
でも、騎士の人が気を利かせてくれて、私が会いたがっていると伝えてくれるらしい。
帝国について知る時間が出来たし、色々な所を周って過ごしますか。
そして三日後。
「なぁ、嬢ちゃん……俺と遊ぼうぜ」
「やめてください。私は人を探しているんで」
「それって今すぐじゃなくてもいいよなぁ? なぁ?」
例の酒場でご飯を食べていると、素行の悪い騎士に絡まれてしまった。
元々、王都で貴族としての作法を身に付けていた私は、振る舞い等が帝国では浮いているらしい。だから声をかけられる事も多く、その度に対処していたのだが……今回はしつこい。
「こっちこいよ……なぁ!!」
「いたっ!! や、めて……!!」
まさか力づくで私を連れて行こうとするなんて。
このままじゃ、私……!!
店の主人や周りの人も彼の行動を許せず、近づこうとしたのだが
「やめろ」
「は……っ!?」
それよりも先に、騎士の首元に一人の男性の声と共に剣が突き立てられた。
「てめぇ、こんな事してただで済むと……」
「俺の事はどうでもいい。だがリゼに手を出そうと言うのなら……殺すぞ」
「ひいっ!? ゆ、ゆるしてくれぇ!!」
男性から発せられる殺気に私含めて萎縮する。
冗談で発した言葉じゃない。本気でやろうとしている。
余りの恐ろしさに騎士は私の腕を離し、そのままどこかへ消えていった。
「……やっと会えた。リゼ、久しぶり」
「……ローラン?」
殺気を収めた男性。
見違えた姿。背は私以上に高く、しっかりとした身体付き。
顔や腕には謎の黒いあざが。
だけど、頼りがいのある雰囲気は変わっていない。
「ローラン……っ!!」
五年間、ずっと会いたかった彼に私は抱きついた。
「わざわざ会いに来てくれたのか……ありがとう」
「ううん、それもあるんだけどね……」
ローランには私がここにいる理由を手紙で伝えていない。
まだ成功していないし、余計な期待をさせたくなかったから。
なので、私は今までの事をローランに全て話した。
…
……
………
「そのレイという男はどこにいる? 見つけ次第……」
「わー!! ダメダメ!! さっきもだけど、殺すなんて軽々しく言わないの!!」
「……すまない」
しゅん、としょんぼりするローラン。
手紙である程度分かってはいたけど、昔以上に過激になってない?
私に敵対する者に対して殺意が高すぎる。
大切に思ってくれるのは嬉しいんだけどね?
「なら、リゼと……」
「うん……一緒だよ」
「……嬉しい」
再び強く抱きしめ合う。
「そういえばそのあざ……どうしたの?」
「あぁ、これは……っ!!」
「!?」
突然苦しそうな声と表情を浮かべる。
一体どうしたの?
「……黒龍の血を飲みましたのね」
「リーナ!? どうしてここに!?」
困惑する私のそばに、何故かリーナが現れた。
「後から行くと言いましたわよ? それにこんな所でイチャイチャしてたら目立ちますし」
「そっか……それで、ローランは黒龍の血を飲んだの?」
「あぁ……」
小さくうなずく。
龍、というより異種族の血を入れると人間では得られない力が宿る。
元種族が得意とする魔法や、身体能力の向上とか。
だけど……当然副作用も起きる。
体の中で異種族の血が呪いとして苦しみを与え、最悪の場合死に至る事もあるらしい。
呪いはポーションやエリクサーでも解呪が出来ず、異種族の血を飲むことは自殺と同じだと言われている。
「俺は力が欲しかった……剣士では得られない限界を超えた力さえあれば、リゼを守る事が出来ると……」
「ローラン……」
「その為に死んでしまっては元も子もありませんわよ……」
どうすればいいの。
このままじゃローランが死んでしまう。
やっと会えたのに、やっと触れ合うことが出来たのに。
また離れ離れになるだなんて嫌だ。
……そうだ。
「待ってて、少し楽になるかもしれないから」
魔力を集中させ、ローランの全身に治癒をかける。
もしかしたら聖女の力を使えば、楽になるかもしれない。
治すことは出来なくても、ローランと一緒にいられる時間を増やしたい。
その思いで、私は治癒魔法をかけ続けた。
すると、早速効果が表れ始める。
「……身体が楽になった?」
「ほんと!?」
よかった。ローランの表情が良くなった。
私がそばで治癒し続ければ、ローランも少しは生活しやすくなるだろう。
「? 何故あざが薄く……」
「え?」
だけど、治癒の効果は想像以上だったらしい。
「あざが……消えた」
「これが、聖女の力……?」
「そう、みたいですわね……」
私の治癒魔法はエリクサーでも解呪できない呪いすらも効果がある。
これが、私の力? いや、聖女の?
おとぎ話のような伝説級の力を持つと言われる癒し。今まで大した治癒魔法を使ってこなかったから、実感がわかない。
でも、
「よかった!!」
ローランが元気になったのなら、それでいいや。
「リゼ、すごい……ここまで成長するなんて」
「ううん、ローランがいたから、私は頑張れたんだよ」
「俺もだ。リゼがいたから、どんな困難でもやって見せようと思えた」
「似た者同士だね、私達」
「そうだな」
こうして、二人は再び笑顔で見つめ合った。
……だけど、酒場の人達にいっぱい迷惑をかけてしまった。
トラブルを起こしたと思えばイチャイチャしているし。店内の人達も凄い気まずそうな空気を出してる。
なので、リーナから貰った金貨を使って周りのお客さんをおごった。勿論、店主にもチップとして金貨を一枚。
リーナからはどう使うかはあなたの自由ですわ、と何かを期待しているような声で言われたけど。ま、料理やお茶菓子を振る舞ったり、私とローランの話をすればいいかな?
特に私とローランの話は、これからもっともっと増えていくと思うし!
……やっぱりそれだけじゃ足りないかも。
何か考えておこ。
◇
「リゼ」
「ん?」
酒場から変わって宿屋の個室。
ローランに再び抱きしめられる。
「一生リゼの事守るから……大好きだ」
「うん……私も好き」
今日は似たようなやり取りが多いけど、ローランとなら飽きることはない。
むしろ、愛おしく感じちゃう。
「あんな無理はしちゃダメ。死んだら会えなくなるよ?」
「分かった……もう無理はしない」
「ふふっ」
「でも、リゼの事は死んでも守る」
「分かってないでしょ?ねぇ?」
本当に大丈夫なのだろうか。
私の為に命を投げ出しそうで怖い。
……そうなりそうな時は私が止めたり、頑張って回復しないと。
「リゼは……何をされたら嬉しい?」
「んー?」
「俺はリゼに喜んでもらいたい。だけど、手紙だけではリゼの事が全部わからない。だから……教えてほしい」
真剣な眼差し。
かっこいいけど、かわいいな。
ここまで来ると犬か何かに思えてしまう。
「じゃあ、今日はずっと抱きしめてほしいな……」
「わかった……いっぱい抱きしめる」
「うん……」
今はこの幸せをゆっくり味わいたい。
成長した頼もしい身体のローランにより強く抱き付く。
やっと会えたからこそ、足りない五年分の温もりがほしい。
幸せだ……こんな風に幸せな二人の時間を過ごせるなんて。
そう思いながら、一日を終えた。
……そういえば王都はどうなっているんだろう?
リーナは手紙を置いてきたと言ってたけど。
◇
「レイ、お前にはがっかりした」
「な、何故ですか父上!! 私は、私は!!」
「侯爵家を継ぐ存在として期待をしていたが……はぁ」
あの後、レイは大変な事になっていた。
一つ、聖女であるリゼを追い出し、国の偉い人達から非難された事。特に父親は聖女を利用して自分が管理する領を豊かにしようと考えていたのにこれだ。物凄く呆れている。
二つ、カテリーナが突然失踪した事。聖女を追い出し、カテリーナとの幸せが待っているとレイは疑っていなかった。
だが、彼に残されたのは一枚の手紙のみ。
『やっぱり、あなたに好意を向けられませんわ。さようなら』
この手紙を残し、カテリーナはリゼの元へと向かったのだ。
彼はカテリーナの為に聖女を追い出したのに、そのカテリーナ本人に捨てられるとは。
カテリーナの実家にも話をしたが、口約束だけで正式なものではない、と話を聞いて貰えなかった。
この件をキッカケにレイは評価を落とし、継ぐはずだった侯爵家も次男の元に移る事となる。
全てを奪ったはずが、奪われたのは自分の方とは何とも皮肉な話。
「おのれ、おのれえええええ!!」
彼に残されたのは、貴族としてのプライドだけ。それから寂しい余生を過ごす事になるとは、誰も知らない。