前編
「リゼ……キミのギフトは聖女だ!!」
十歳の誕生日。私は神官からそう告げられた。
ギフトとは人それぞれの個性のようなもの。
ギフトが剣士なら剣が得意になりやすいし、料理人なら料理が上手になりやすい……といった感じ。この世界ではギフトによって、進むべき道が決められていた。
「聖女ですって!?」
「なんと……まさか聖女が現れるとは!!」
「これは奇跡だ!!」
そして私が授かったギフトは聖女。幻のギフトと呼ばれており、現在確認されている聖女の数も僅か三人と少ない。
傷を癒すだけでなく、動植物を元気にさせ、国一つにかけられた呪いをあっさり解呪する……等。おとぎ話みたいな力だが、本当らしい。
「これは王様に伝えなくては……」
「珍しいギフトを授かれたら、王都で貴族と同じくらいの権力を持てるらしいよ」
「まじかーうらやましー」
だけど、聖女のギフトを授かった私、リゼは複雑な気持ちだった。
「王都に行ったら、もうみんなと会えないの?」
「あぁ、でもそれ以上の待遇を王都では……」
「やだ……」
「え?」
「ローラン……ローランと一緒がいい!!」
ローラン。私が大好きな人だ。
私はこの辺境の村で彼といたかった。
なのに、王都に行ってしまったら、ローランとはもう会えなくなる。
いやだ、そんなの悲しい。
ずっと一緒にいようって約束したのに、離れ離れになるなんて!!
まだ子供だった私にとって、突然の別れはあまりにも辛すぎる物だった。
その日は教会でわんわん泣き叫び、周りの大人達を困らせた事を今でも覚えている。
◇
「うっ、ひぐ……ごめんなさい」
「ギフトは神様が決める事だ。リゼは何も悪くない」
「でもっ、ローランは寂しくないの?」
「……寂しいよ」
「ろーらぁん……」
黒髪の男の子に泣きながら抱きつく。
ローランは私が生まれた頃からの付き合い。
彼はどこかほっておけない人だった。
マイペースで昼寝が大好き。面倒事があるといつもどこかへ逃げ出しちゃう。
そんなローランを連れ戻したり、お世話をするのが私の役目。
成長するにつれ逃げ先も増えていくし、追いかける私はいつも大変だった。
この時は、私がローランに迷惑かけてるけどね。
「大丈夫、またどこかで会えるから」
「うん……」
でも、ローランは頼りがいのある人。
私がいつものようにローランを探して森へ入った時、偶然魔獣と出会った事がある。
初めて見る魔獣の姿に私は恐れ、泣きながらその場で固まってしまった。
もうだめだ、殺されちゃう。
そんな時だ。ローランが助けに来てくれたのは。
彼は私の手を引っ張り、魔獣から私を守ってくれた。
逃げながら感じる、彼の頼りがいのある一面。
ローランに本格的に惚れたのもこの時だ。
だって、私を守ってくれる姿は、絵本の中の王子様みたいだったから。
そして……その勢いのまま告白し、私とローランは付き合う事になった。
嬉しかった。この先もずっとローランと一緒なんだ。そう信じて疑わなかった。
なのに……もう会えない。
「俺、剣士のギフトを授かったからさ」
「うん」
「頑張って騎士になろうと思う」
「え?」
「いくら聖女が万能でも、強い敵にあったら殺される。だから、どんな奴が来ても守れる騎士になるんだ」
「ローラン……」
「それに、騎士で名をあげたら、聖女であるリゼに会えるかもしれないし」
「……!!」
ローランは前向きだった。
会えないと分かっていても、自分に出来る事を成し遂げようとしている。
「……私も聖女として頑張る。王都でいっぱい学んで、ローランの隣に相応しい子になる!!」
「ありがとう……俺も頑張るから」
そんな彼を見て、私も決心した。
聖女として成長し、ローランに守られるだけの価値がある人になるって。
「離れ離れになっても、お互い頑張って、立派な姿で再会しよう」
「うん!!」
このやり取りをした次の日、私は王都へと旅立った。
最後まで泣いていたけど、既に後ろ向きな気持ちは消え去っていた。
だってローランが頑張ろうとしているから。
私も頑張らなくちゃ。
いつかの未来に向け、私は王都で色々な事を学ぼうと思った。
だけど、王都での生活は思った以上にしんどいもので……
◇
「うああああああああ!! もう腹立つ!!」
「まーたお怒りのようですわね。今度はどうしましたの?」
「リーナぁ……」
目の前に座る侯爵家の次女、カテリーナ、リーナに愚痴を吐く。
こうしてタメ口で話せる貴族の親友もリーナくらいだ。
あれから五年。
王都での生活にも慣れ、貴族らしい振る舞いや聖女としての力もある程度身に付けていた。
ローランとの約束は未だに忘れていないよ? それどころか月一で手紙のやり取りをしているし。
けど、それ以上に王都での生活面に問題があった。
「私ね、花瓶の花を手入れしていたの。ちょうど花が傷んでいたから、聖女の手で花を元気にしたり、花の位置を変えたりしてね?」
「ふむ?」
「私も手入れの知識は身に付けているよ? まだまだ未熟だとは思うけど、先生からは及第点を貰えていたし」
「うんうん」
「なのに……なのにレイ様は……!!」
怒りが抑えきれず、手を思いっきり握り締め
「平民が貴族の花の手入れをするな。田舎臭くなるだろって……!!」
「わぁ、まーだそんな事を言っていましたのね……」
愚痴の原因であるレイ様に怒りを向ける。
彼は侯爵家の長男、そして私の婚約者だ。
「昔から変わりませんわよね……悪い意味で」
「ほんとに!! 何でそこまで悪く言うかなぁ!?」
何故こうなってしまったのか。
それは私が王都へ来た時まで振り返る。
王都に来た時、まず私に行われたのは侯爵家に居候する事だった。
理由は貴族としての地位を授ける為。そして……そこの長男と婚約者として仲を深める為だと。勿論、ローランが大好きだった私は泣き叫んで断固反対した。
だけど、それが聖女として、貴族として必要な事だと色んな偉い人達から迫られ、渋々受け入れたのだ。
で、その侯爵家の長男がまぁ問題のある人物で。
『田舎娘が俺と? はっ、せいぜい迷惑をかけるなよ』
これ、初めて会った時のセリフ。
改めて思うけど最低じゃない?
このレイという人は貴族の中でも特にプライドが高く、平民出身の私を酷く扱った。
一緒にいるな、とか。
貴族にしてあげてるんだ、ありがたく思え。とか
聖女が何だ、平民と人生を終えるなんて嫌だね。とか
最後に至っては私もお前と人生終えたくないわって思ったよ。
おまけに取り巻きを使っていじめてくるわ、自分が優秀だから私がレイ様に付いているとか。
とまぁ、こんな感じ。これが五年間ずっと続いている。
レイ様の周りの家族はマシだが、私を完全に地位を上げる為の道具としか扱ってなくて息苦しい。
もう嫌だよ私。
「そういえばローランさんから手紙は頂いてないのですか?」
「あるよ……」
「まぁ! 今回の内容はどうでしたの!」
「リーナ好きだよねー、私とローランの話」
「離れ離れになった男女の恋……興味が惹かれて当然ですわ!」
「まあいいけど……なんか黒龍? を倒したらしいよ。凄すぎて私も実感わかないけど」
「え、ドラゴンを!? 凄いですわね……」
「ははは……」
ローランとの手紙は基本的に現状報告。
最近何をしたーとか、こんな事が出来るようになったーとか
勿論、婚約の事もローランには話した。
嫌だけど、ローランには伝えないといけないから……
そうしたら
『……残念だ。だけど結婚出来なくても、聖女の君を守る事は出来る。リゼの愛を守る手伝いを親友の俺にさせてくれないか?』
かっこいい、凄くかっこいい。迷惑かけるなよ田舎娘、等と吐いたどこぞの侯爵様とは大違い。
私が別の人と結ばれる事になっても、私を守ろうとしてくれる。
彼が未だに私の為に頑張ろうとしてくれる姿に、ダメだと分かっていても惹かれてしまう。
ちなみにレイ様からいじめられている事を伝えたら
『いつか、殺しに行く』
とだけ、書かれた手紙が送られて来た。
本気だ、やばい!! と焦った私は
『聖女としてまだ学びたい事があるから揉め事は起こさないで!! 怒ってくれるのは嬉しいけど!!』
と書いた手紙を早便で送ったのも覚えている。
私に対する愛が少し重い気もするけど、大切に思ってくれるのは凄く嬉しい。
「素敵ですわね……お二人が結ばれればいいのに」
「仕方ないよ。でもお互い夢に向かって頑張っているから、大丈夫!!」
「あぁ、でも叶わない恋というのもまた……」
「私とローランにロマンを求めすぎじゃない?」
「ロマンの塊ですわよ?」
ロマン? かどうかは分からないが、ローランとは”恋人”ではなく”親友”として信頼している。
夢の内容こそ少し変わってしまったが、ローランに再会した時、立派な姿を見せるという部分は未だに変わっていない。
だってローランが頑張ってるんだもん、私だって負けられない!
「何だ、こんなところにいたのか」
と、五年間私を悩ませ続けた者の声が。
「レイ……様」
「たまたま見かけたからな。婚約者同士、外で会話をしないのはおかしいと父上から言われてな」
「なるほど……」
「はぁ……何故お前のようなやつがもてはやされるのか、理解に苦しむ」
ぐっ、と湧き立つ感情を抑える。
「聖女が何だ、回復なんてポーションで出来るというのに。こんな奴が俺と同等かそれ以上の地位があるなんて、認めたくないな」
「そう、ですか……」
「あぁ。お前のような田舎臭い動きをする奴より、カテリーナのような優雅で気品のある女性こそ俺の隣に相応しいはずだ……」
「は、はぁ……」
「と、カテリーナじゃないか。どうだ? 今度一緒にお茶でも飲まないか? ちょうどいい茶葉とお菓子が手に入ったんだ」
「ふふ、興味深いお話ですが申し訳ございません。私、明日から式典の準備等でお茶会をする暇がありませんの」
「そ、そうか……ではこれで失礼する」
残念そうな顔でレイ様は去っていく。
彼は私よりリーナに興味がある。
貴族としてプライドの高いレイ様にとって、貴族社会で注目を集めるリーナの存在は自分に相応しいと思ったのだろう。
何かにつけてリーナを誘おうとしたり、私とリーナを引きはがして二人きりになろうとしたり。子供か、と私は呆れている。
そして当のリーナは
「好意がバレバレ。もっとさりげなく言わないとダメですわ」
レイ様の行動にイライラしてた。
さっきの式典等の話も断る為の言い訳だろう。
「それにリーナの前で私の悪口を言うなんて」
「アプローチ相手を不快にさせるなんて、どうかしてますわ」
「後、誘い文句が下手すぎ」
「茶葉やお菓子を用意すれば私を釣れると勘違いしてますのね」
「リーナの好みは私が入れた紅茶と手作りの菓子」
「一方のレイは値段だけ高い、しかも私好みじゃない茶菓子」
「いつも自分が正しいとプライドだけは高い」
「いつも取り巻きを連れて周りに権力を示すのも、性格が悪い」
「「男としてどうかと思うわねー」」
こんな感じで私もリーナもレイ様が大っ嫌い。
リーナ自身は好意しか向けられていないけど、その好意が気持ち悪くて半分いじめみたいな物だと言ってたし。
何とかならないかなぁ、これ。
「……リゼは聖女の力ってどれくらい使えるようになったのかしら?」
「え? うーん、大きなけがを治した事ないからわかんない。でも、ある程度の傷を治したり、植物を元気にさせる事は出来るよ。ほら」
視界に入った、枯れかかった花に魔力を集中させる。
すると花は元気を取り戻し、綺麗な状態へと戻った。
これが私の力、らしい。全力で使った事がないから、どこまで出来るかはわかんないけどね。
でも、どうして聖女の力について聞いたんだろ?
「もうここで学ぶ知識は無いのでは?」
「あー、まぁ今は物凄く難しい所を勉強してるけど……正直やる必要ある? って感じだね」
「では、もう王都は必要ないのね?」
「どうしたのリーナ。話の意図が分かんないよ」
「ふふ、それはね」
何やら嬉しそうな表情を浮かべ
「リゼ、レイに全てを奪われてみない?」
とんでもない事を言い出した。
◇
「リゼ、キミとの婚約関係を破棄させてもらう」
「え……」
貴族の集まりの場で、レイ様から告げられる。
「な、何故ですか……決められた婚約を破棄してしまうなんて……」
「俺はずっと不満だった。なぜ平民出身のお前と一生を過ごさねばならないのかと。なぜ俺の隣にいるのがお前なのだと。だが」
レイ様の後ろにいる女性を目で呼ぶ。
その女性とは
「このカテリーナこそ、俺の隣に相応しい。気品も、地位も、優秀さも!! 全て俺に相応しい存在だ!!」
「な、なんで……!?」
「ごめんなさいね、リゼ”さん”」
「っ!!」
私の親友で、いつも私の力になってくれたリーナがレイ様の隣にいた。
嫌味のある言葉と表情でこちらを見るリーナ。
レイ様が聖女様を捨てた!? 等と周りの貴族はざわざわしている。
「レイから好意を向けられるのが嬉しかったの。だから、私は受け入れたわ」
「なんで、私達友達なのに……!!」
「触らないでっ!!」
「きゃっ」
「もう私達、友達じゃないでしょう?」
「うっ……うう……」
リーナの行動に理解ができず、私はリーナに突っかかる。
が、それを払いのけられ、私は地面へと倒れ込んでしまう。
レイ様だけでなく、リーナまで私を。
耐えきれず、その場で涙を流す。
「あら、泣いてしまったのね。かわいい事」
「お前はただのリゼになったんだ。もう俺に関わるな」
「レイ、この際ですわ。婚約関係だけでなく、地位も家も財産も全て奪いません?」
「それはいい考えだ。しかし、聖女である彼女から貴族の地位を剥奪できるのか?」
「大丈夫です、その辺りは私におまかせを」
「ふっ、頼りになるな」
嫌だ、もうこんな所から逃げたい。
私は立ち上がり素早くこの場を去る。
出ていく時の周りの貴族達の冷ややかな視線が印象的だった。
こうして、レイ様は私との婚約を破棄してしまった。
「さて、リゼさんを追いかけなくては。地位を剥奪する為には彼女の存在が必要ですから」
「あぁ、頼んだ」