7話 林間学校開始
『貴女の笑顔はお日様みたいね』
それは亡くなった母親の口癖。似たような賛辞はどこへ行っても受けていた。
「……でも、それとは違うんだよなぁ……」
真唯は布団から起き上がる。日付は7月末。人類に課せられた期限まで約1ケ月。世界は総力を挙げて太陽の力なる未知の力を探して動き回っているという。日本の反応だけ遅れているとマスコミは非難しているがおそらく魔法省が真唯の事を隠蔽しているから。それがあの枷の罪滅ぼしかどうかは真唯には判らなかった。
「多分、僕が何とかしなきゃなんだよね……」
着替えて下に降りる。服は夏休みだが制服。リビングには大きな旅行カバンが用意されていた。いつものように両親の遺影に挨拶をした後、カバンを掴んで玄関へと走り出した。
「じゃ、いってきま~すっ」
「いってらっしゃい」
夏休みに入ってすぐ。クラス毎に適正な場所へ赴き自分の学科の特訓を行う。林間学校と言う名の強化合宿が今日から始まる。
学校ではなく指定された集合場所に向えば大半のクラスメートはバスの中で待機していた。
「おはよ~っ」
「お、来たわねお気楽娘」
「だって林間学校めっちゃ楽しみ」
「まぁね。テレビ付けても太陽の力が~しかやってないし。みんなで遊んだほうが気楽」
「それもそうなんだけど」
「まぁ良いじゃない。楽しもうよ」
「……そうね」
ぱたんと持ってきた文庫本を閉じる爽子。あの英語で書かれた羊皮紙を持ち前の英語力で読んでしまった自分だからこそ今現状が危ういことを知っていた。太陽の力なるものを探し出さなければ地球から太陽の光は無くなり、さらには殆ど生活に依存している魔法の力も失われるという内容の羊皮紙。あの学年主任が血相を変えてどこかへ持っていったことを考えるにそれは本当に起こることなのだろう。現に今地球全土で8月31日に太陽の力が地球に届かなくなる恐れがあると演算結果が公表され、パニックになっている。ただ魔法の力の事はどの番組を見ても何も言っていない。おそらく各国の首脳陣が公表を止めているのだろう。
2つの危機におそらく対抗できるのは自分たちの親友でありクラスメートで頼れる仲間の真唯だけなのだろう。太陽なんてとんでもない力はきっと真唯にしか扱えない。だが当事者の真唯はいつものように過ごしている。楽観的と言うかなんというかだ。だけれども、そんな真唯だからこそ自分たちは信じられる。
クラス全員が集まり、衛理の号令の後にバスが発車しようとした時、駆け込む姿があった。荷物を抱えて乗り込んだ彼は驚く衛理に抗議の声を上げた。
「ひどくない衛理っ置いてかないでよっ」
「……いや、お前は自分の車で各所回るって聞いたから置いてっても平気かなと」
「今回は他のクラスの先生たちと協議して戦闘科だけ様子見に行きますぅ」
「……判った。判ったからさっさと適当に荷物を置け邪魔だ」
神哉は一番前の席の空き席にカバンを置くと衛理の席の隣に座った。おなじみとなった衛理の深いため息にクラス中から笑いが漏れる。
「じゃあオマケも乗ったことだし。1年D組林間学校、出発するぞ」
「お~っ」
「元気が良いね鴻さん」
「元気で何よりだ」
バスの中ではガイドが居ない分ゲームやガイドを神哉が行い、やりすぎとみなすともれなく衛理の拳骨が炸裂した。その度に笑いが溢れ出す。
にぎやかなクラスの目的地は某県の山の中にある合宿場。各学校の戦闘科御用達の戦闘科クラス専用合宿場だった。
暗い八議席。その中央には件の羊皮紙、その原本が宙に浮いていた。それはこの国にその羊皮紙がもたらされたから。殆どの国の魔法省にはこのコピーが回っている。
「本当に魔法世界からの書状だと」
「えぇ。先ほども申し上げた通り、これを持って帰ってきたのは貴方方が勝手に、枷を付けた鴻真唯。しかしその枷は外され、彼女自身の魔力も安定しています。これは人類ではなくさらに高位種、例えば魔法世界の住人が枷を壊した証拠ではないでしょうか。加えて、この白と黒のインク。成分分析では地上では見られない高濃度の魔力を帯びた石を削って作られたものと出ています。さらにとどめで最後の署名。六嘉、六陽。八層の主はなぜか日本語の名前を真名に授けられていると聞きます。おそらく魔法世界におけるトップの名前。以上をもって魔法世界からの正真正銘の書状と判断しました」
淡々と事実を述べる神哉。その姿は魔法省では見慣れた姿。あまりの事実に魔法省八議席残りの7つの席に座るお偉い方もまともに言葉を紡げなくなる。
「しか、しだな」
「文章は英語だが署名だけ日本語とはまた難解な」
「世界で何番目かに解読が難しい言語として選ばれ、真名に使われていると聞いたことがあります。日本語であると認識されるまでは図形とすら言われていたそうですよ」
「大陸言語とはまた違う読み方すらするからな……英語圏が公用語ならば取得は難しいと聞く」
「では、これは本当に」
「何度でも申し上げましょう。これは鴻真唯が魔法世界から持たされた人類への最後通告。決められた期限までに書かれたことがなされなければ此処に書かれている2つのモノは人類から永久に失われるでしょう」
ざわりと議席が波打つ。認めたくない気持ちは神哉でも判らなくはなかった。だがこうしてあの女王達の署名入りで羊皮紙が来たのならば紛れもない事実。それを早くこの目の前のわからず屋たちに判らせたかった。
「ではこの太陽の力……例の炎の力を使った女子高生じゃないのか?この羊皮紙を持ってきた」
「判断は付きません。おそらく魔法世界側でも判断が付かなかったのでしょう。故に彼女に羊皮紙を渡して戻した」
「早急に対応を決めなければ」
ようやく重い腰を上げ始めた他議席に神哉は深いため息と共に深く座席に沈み込んだ。疲れからか、そこで一瞬意識を飛ばした。
「おい起きろアホ神哉」
眼を開けばそこは魔法省ではないどこか。覗き込んでいるのは魔法省に居ない筈の、親友で同じく事態を正確に理解してくれる衛理。意識の混濁から目覚めた彼はそこでようやく今此処が林間学校に向かうバスの中であることを思いだした。
「……寝てた?」
「そりゃもうぐっすり。着いてるぞ」
「え、あ、降りる」
荷物を持ち、神哉は林間学校では馴染みとなった合宿場へ降り立つ。中学高校共通して1年、2年までは時期をずらしてこの合宿場を使い、3年は秋の修学旅行で普通に観光となる。学年主任としては2年ぶりになるその場所は緑生い茂る自然豊かな場所。にぎやかなクラスとは対極の静かな場所だった。
「一旦集合。これからの予定を確認する」
その場所へ降り立っていたD組の面々は衛理の号令で集合する。
「今から15時までは自由時間。バスで疲れただろうしな。15時から現状の習熟度テストを行う。夕飯は18時、風呂は20時まで。質問は?」
「テストって何やるんっすか」
「的当てに加えていつものスライム防壁破壊だな。あんまり変わらんが、この合宿のレベルを決める大事なテストだ。気合い入れていけ」
「おうっさっ」
「……鴻は適宜調整すること。後いつもの魔力計特訓はやるからな」
「うぇぇえぇぇぇっ」
どっと笑いが起きる。その後彼女たちは思い思いに荷物を持ち合宿場へ向かう。衛理と神哉もバスの中の忘れ物チェックや運転手へのあいさつを終わらせバスを見送った後、自分たちが寝泊まりする別棟のコテージへ向かった。
「衛理とお泊り久しぶり~学生時代以来?」
「に、なるな……3日間お前と一緒と思うと気が重い」
「え~何それ~」
「自覚しろ権力者」
「諸々込みで仕方ないと思うんだよねっ」
「自信満々で結構なことだ」
いつもの応酬でコテージへ入る。教員専用コテージは広く、別々の部屋を確保すると2人はリビングでくつろいだ。15時までは実質彼らも自由時間になる。今は13時。あと2時間は自由だ。
「……どう思う。太陽の力」
「ん?あぁ……鴻さんで確定じゃないかな」
「お前もか」
「ほとんどの首脳陣があの日炎の柱を上げた人物が太陽の力の持ち主だと認識しているだろうね。でも未成年な上に女の子だ。世間の目から守るためにも公表していないだけだろうよ」
「……だよなぁ……」
「不満?」
「いや、まさかここに来てまで太陽の力に関わるとは思っても居なかっただけだ」
高い天井の先、天窓から入る太陽の光を見ながら衛理は深い溜息を吐いた。太陽の力。それは衛理のもう無い筈の古傷を疼かせる。それをよく知っている神哉は柔らかく笑った。
「でも大丈夫。だってあの鴻さんだよ?太陽の力を手に入れたって……変わりないだろうし、周りも変らない。にぎやかなクラスがさらににぎやかになるだけだよきっと」
「……あれ以上にぎやかになられたら俺の胃が心配だ」
「ま、鴻さんが羊皮紙を持って帰ってきてくれた分であの日うっかり使っちゃった権能を誤魔化せたから僕としてはラッキーだったよ」
「お前な……てかお前かよあの日の防犯カメラ一部壊れてたの」
「壊れちゃうの。知ってるでしょ僕の権能。電子機器にめっちゃ相性悪し」
「そうだったな……さてと、そろそろ準備始めるかな」
「手伝うよ」
「こき使うから覚悟しろよ?」
「お手柔らかに」
親友同士は笑いあう。衛理は溜息こそデフォルト化しているが担任を始めた当初より表情が柔らかくなっていっていた。決定的だったのは真唯の枷事件。穏やかに真唯に接し、そして自分には怒りと悲しみをぶつけてきた衛理は永い付き合いになる神哉でも初めて見る姿だった。
15時に開始された習熟度テスト。的当ての速度、正確さ。さらに動く的である各種スライムへの命中精度。普段より厳し目に設定された課題でもD組の面々は難なくAランク以上を叩き出していた。もちろんトップはバードスライムの3重結界を3連撃で仕留めてみせた真唯。さらには1人ずつ神哉、あるいは衛理と組み手が行われた。組み手初体験の生徒も居たが普段から真唯の組み手を見慣れたD組、しばらくするとコツを掴んで反撃に転じる生徒すらいた。
「よっとっ」
「魔法加速使ってもかっ学年主任強すぎっ」
「そりゃどうもっ」
タイマーが鳴る。最後の組、真唯と神哉の組み手が終わると衛理は成績を記したバインダーを神哉に押し付けた。
「3年の課題、進めても問題ないだろう?」
「だね。いやぁホント今年のD組は強いなぁ」
「3年の課題?」
「本来これから行う授業は3年になって初めて許可が下りる課題だ。だがお前らの実力なら十分にこなせると判断した。異論はないな?」
「なんかわかんないけど異論無しっ」
「真唯ってば」
「課題はこれだ」
神哉が持ってきたのは木刀と弓矢。木刀は衛理へ、弓矢は神哉の手に渡った。
「武器への魔法付与。使う武器は一通り扱って決めてくれ」
「じゃあ実演。衛理から」
「俺かよ……そこの大火力と違って細やかだからあまり使いたくなかったがなっ」
目標と設定された的が切り割かれる。その断面は焦げ付いていて、木刀も少しだけ焼けていた。
「黒風先生って火魔法だったんだ」
「あぁ。高火力の前で披露するのは情けないから使わないが、武器に付与となればそうもいかない」
「はへ~……火魔法でも的切り割けるんだ」
「俺の情けない火力より。神哉、良いぞ」
「僕のもそんなに大したもんじゃないけれどねっ」
神哉のつがえた弓が、バチリと爆ぜる。雷の力を纏った矢は一瞬で的を粉砕した。
「おぉっ」
「雷の加速力凄い」
「そういう事だ。もちろん武器と属性の相性もある。だが此処に居るのは殆どが水、風、雷魔法の使い手だ。今言った属性に加えて鴻は色んな武器を試してみてくれ。神哉、そっち頼む」
「了解」
「土属性だけは相性の問題で武器が限られる。実践するから一旦集合」
そしてクラスは二手に分かれる。とは言え土魔法は4人しかおらず、ほとんどは神哉の元で各種武器の説明を聞いていた。
「剣、弓は基本中の基本だね。槍、鎌あたりの長柄武器は風か雷の方が扱いやすいかな。水属性なら変わり種で手裏剣みたいに小さな武器を複数操るっていうのも出来るよ」
「え、何それカッコいい」
「鴻さんの火力だと制御が難しいかな……」
「あぅ」
「あと土魔法でも推奨されているハンマーやメイスと言った打撃武器、あと投擲武器もあるかな。土魔法は投げる専門だけどブーメランとかは風魔法と相性良いよ」
「ホントは3年になると貰える物なんですよね?」
「うん。まぁでも君達なら使いこなせるだろうし、それにやってほしいこともある。故に3年の武器庫総動員ですよ」
「?」
「とりあえず片っ端から試してみて?」
開かれたカバンの中、収納魔法で入っていた武器を取り出す。各々が適当に目についた武器を取る中、真唯は迷わず剣を手に取った。
「付与ってどんな感じに?」
「いつもの弾を武器に纏わせて戦う感じかな。後は加速魔法使ったり身体強化使ったりして適宜。初心者なら弓や投擲武器を扱うと良い。纏わせて弾の代わりに撃ったり投げたりするだけだ」
「纏わせる……纏わせる……」
たんっと軽い足音と共に真唯が飛び出す。その先にあるのはいつもの的。真唯が切るよりも先に両教師による背後の森への結界は構築された。
斬撃が舞う。炎の軌跡は帯状になって剣に纏い、そして的は粉々に粉砕され、背後の結界は爆発を起こした。
「ありゃ」
「ありゃ、じゃないっっ」
「鴻さん。武器にテンション上がるのは判るけど森一面焦土にするレベルではっちゃけるのは止めて欲しいお兄さんたちなのですよ」
「え、そんなにいってた?武器壊れそうだから減らしめで行ったんだけど」
「減らしめでアレなの?」
「確かに減らしめだ。俺とお前の防御魔法で背後の森を守れた点で」
「そっかぁ……そっかぁ……」
思わず遠い目をしてしまう神哉を放置し衛理は他メンバーへの解説を続けていった。
「武器には威力向上しやすいという利点もある。難点は威力調節が難しいというところか。あんな感じに」
「真唯……」
魔法を取り戻してからの真唯は前にも増して威力が上がっているようにも見える。もちろん魔力計特訓で調節は出来ているが、まるで太陽の力であることを世界中から望まれているかのように威力は増していく。
そんな親友を鈴鹿美穂は眺めていた。普段から真唯の傍に居る彼女は真唯の異変に一番初めに気付く人物であり、枷が嵌められた期間、登校日の度に大丈夫か無理をしていないか確認し続けた親友だった。
だが美穂は真唯が太陽の力を持っていてもそれはそれで在り得ると思ってしまっていた。彼女にとって真唯の力は憧れであり目標でもあったから。だったらいっそ一番上の場所で自分たちを引っ張り上げる存在で居て欲しいと願っている。自分はいまだに雷の力を使いこなせていない。あの日見た、学年主任の震えるほど恐ろしく美しい雷鳴に届きたくて、今は弓を手に取る。
雷鳴に焦がれる者はもう1人居た。櫻井美歌、実技試験のテストでD組の中でも上位に入る風魔法の使い手。彼女もまたあの日、真唯が魔法世界に攫われた日に見た学年主任の雷鳴を覚えていた。人類未踏の威力、それが身近に2人も居る。自分が出来るのはかまいたち程度の風の刃を起こすことぐらい。それでも、いつかは真唯のように高火力を、そして学年主任のように雷鳴を轟かせたくて、掴んだ薙刀を握りしめた。
少女達の想いは秘められたまま、林間学校1日目の日は暮れていく。




