47話 復活の炎
かつてのある日、天上界でのこと。その言葉を告げられた彼は笑みを浮かべた。
「『優唯』……良い名前じゃないですか」
「ぜぇっったい内緒だからねっ」
「……そりゃ階層主の真名は原初の神からの贈り物で選べないのは分かりますけれども、そんなに嫌いますか?」
「だって、だってっ……六嘉様や六陽様みたいにカッコいい名前じゃないじゃないっもっとカッコいい名前が良かったのっ」
「あぁ……そう言う……」
熱弁を振るう少女。黒髪の護衛はそれを生暖かい目で見守っていた。魔王と最高神しか知らない素の彼女を見続ける彼にとって少女のその態度は日常のようなものだった。
「『優唯』って何、なんでそんなにふわっとしてるのふわっとっ」
「はいはい。判った。内緒にしますよ」
「言ったわねっちなみに深皇様も史真様も真名知らないから」
「……いやその辺には知らせろよ」
「ぜっったい嫌っ」
それは何時かの昔。遠い遠い、記憶の果て。もう彼しか覚えていない、昔の話。そっと守られていた、約束の話。
足の調子を確認した真唯は立ち上がる。横では衛理も立ち上がり、アコニトを見据える。そんな2人を、同じく立ち上がったアコニトは忌々し気に見つめていた。
「全部、あの中で聞いていた。お姫様を殺した事。お姫様を手に入れようとして居たこと」
「あら。意識は断ったはずだったのに。やはり太陽の力は強いのね」
「……僕は、誰のものでもない」
「いいえ。私の物よ。ようやく手に入れた、アエトス様」
「お姫様はもう何処にも居ないっ」
「居るじゃない、其処に。貴女が、アエトス様なのだから」
珍しく苛立ちを隠さず真唯はアコニトに食ってかかる。その様子を、残った魔法生物や魔物たちを駆逐したD組と教員陣は見守るしかなかった。
「違う、僕は鴻真唯。お姫様じゃない」
「何処が違うというのかしら」
アコニトは哂う。この状況下であってもアコニトは余裕の面持ちだった。うっとりと真唯に手を伸ばしながら嗤っていた。
「姿は完璧にあの方、声も、力も……名前さえも似せられて。それでも貴女は違うと言い切れるの?」
前に出ようとした衛理を、真唯が制する。真唯は、一旦表情を落ち着けた後、不敵に笑っていた。それは好戦的ないつもの真唯の笑み。
「言い切れるね。だって、言い切ってくれる人が居る」
「……なんですって?」
「僕とお姫様、確かに似てるんだろうね。夢の中で見たお姫様とこの前の演劇会の時カツラ被った僕の姿そっくりだったもん。名前も、えっと『優唯』だっけ?音からして同じ『唯』の字使ってるかな?うん、確かに似てる」
「でしょう?」
「でもさ、僕はお姫様だった頃の記憶って奴を持っていない。記憶が無いなら同一じゃないって言うのが多分学年主任が言ってたこと。それに、世界の誰もが僕とお姫様が同じだって言っても、違うと言ってくれるセンセーが居る」
笑顔が、衛理に向けられる。釣られて衛理も笑顔を見せた。何があろうとも自分を証明してくれる人を信じ、真唯は立つ。その信頼に答える為に。
「だから、僕はそれを信じるだけ。違うと言ってくれた人と、違うと言ってくれる人を、僕は信じる」
「はっ何を言うかと思えば。そんなことどうにでも言えることだわ」
「それでも、僕は信じたい」
「……良いわ。死にかけの貴女をまた棺に入れて、永久に愛でるだけよ」
アコニトは自身の前に魔法陣を展開した。湧き出す魔法生物と魔物たち。さすがに疲労困憊だったD組メンツと一部除く教師陣だったが炎がそれを制した。
「僕まだ暴れてないからさっ援護だけよろしくっ」
「……さすがにそうさせてもらうわ」
「矢は防御するから真唯ちゃん頑張ってっ」
「その我儘女の横っ面ぶん殴っておきなさいっ」
「了解だよ爽子さんっ」
元気に飛び跳ねる真唯に神哉は息を吐きながら魔法を掛ける。瞬間、総泉女学園のセーラー服だった真唯の姿はD組の皆と同じ戦闘科戦闘服姿に変わっていた。
「ちょっとそろそろ限界な最高神からの贈り物ってね。さすがにセーラー服じゃ暴れられないでしょ?」
「学年主任ありがとぉっ」
「ふむ……ならば、私からはこれだな」
司から何かが投げ渡される。それは剣だった。だが司が使う太古の剣ではない。刃の部分には炎の意匠が掘り込まれていて、柄巻きはオレンジ、そして赤い宝石がはめ込まれた西洋刀。それを見たアコニトは司を睨みつけた。
「何故あの剣の場所をっ」
「香鏡が散々聞いても居ないのに喋って帰っていたからな。天上界の神殿の構造は見なくてもわかる。創世の剣の在り処もな」
「創世の剣……」
「先王、香鏡様の剣だ。行けるな、鴻」
「……うんっ」
剣を得た真唯は駆けだす。自身の剣を回収した衛理はD組戦線まで下がった。真唯のいつも通りの姿に勢いづいた司令塔たちは臨戦態勢に入っている。
「いつもの援護はして良いですよねっ」
「元気が有り余ってるなD組は。良いぜ、やってやれ」
「よっしゃっ」
「真唯ちゃん行くよ~っ」
「任せた皆っ」
D組が真唯の援護に入る中、衛理は教員組に合流した。さすがに限界なのか清志と神哉は膝を付いている。司も相変わらず無表情ながら疲労を滲ませていた。
「流石の魔王殿もお疲れかな」
「……人間の身であることを忘れていた」
「さよか。っと幽王殿っ魔法陣解除でお疲れの所申し訳ないが」
「これ以上何かあんのかよっ」
並行思考と慣れない魔法陣の構築で疲労困憊な忘斗に衛理は笑いながら事実を述べる。今の真唯の勢いならばあり得ることなのだから。
「階層、死ぬ気で防御しないと家の最高火力がぶち壊すかもしれないぜ?」
「……もう絶対最高神案件には関わらないからな俺はぁっ」
「理不尽」
忘斗は階層保護に入る。その間も真唯は魔物や魔法生物に対して剣を振るっていた。創世の剣と呼ばれた剣は真唯の手に良くなじむ。後は、慣れた戦闘だった。若干堅いと言われた魔物も真唯の威力の前では魔法生物と変わりない。次々と切り裂いていくがアコニトの魔法陣からは補って余りあるほどの魔法生物と魔物があふれ出ていた。
「あははははっ質量において、魔物と魔界生物のこの量に勝てるのかしらっ」
『それは此処で打ち止めにさせてもらおう』
アコニトの目の前にある魔法陣に重なるように魔法陣が浮かぶ。それは魔法世界の魔法陣。アコニトが見れば神哉と司の傍に大画面で通信画面が開かれ、六嘉が優雅にその画面に映っていた。
『いくら無限に湧き出る魔法生物と言えど無限に使われるのも癪だ。階層移動を封じた。コレで、魔界の魔物の方も大丈夫だろう』
「今回は助かったよ六嘉……」
『本来は忘斗にこの技術があればよかったのだがな』
「うるせぇ六嘉」
「さって……鴻っ今出てる分で魔物も魔法生物も打ち止めだっ」
「了解っ」
魔物を切り裂く。時折飛んでくる矢は陽菜の防壁が弾く。返り血は身動きが取れなくなりそうな頃に神哉が浄化していく。数多の援護を受け、真唯の剣が最後の魔物を切り裂いた。瞬間返り血は浄化される。真唯の動きを遮るものは無い。
「これでっ」
「っ」
炎の力を推進に使い真唯は跳ぶ。そしてアコニトの顔面に回し蹴りを決めた。それは先ほどの担任と同じ行動で、だが威力の関係でアコニトは錐揉み状になりながら吹き飛んだ。
「っしっ絶好調っ」
「よくやった真唯っ」
「さっすが真唯ちゃんっ」
Ⅾ組メンツが真唯を取り囲む。吹き飛ばされたアコニト。その彼女は震える足で立ち上がる。
「まだ、まだよ……諦めて、なるものかっ」
アコニトから真唯を守るようにD組は、教員陣は立つ。アコニトが一歩真唯に近付いたその時だった。
「否、諦めろ」
響いたのは平淡な声。鎖が、幽界の底から現れる。瞬く間にアコニトを捉えたその鎖は彼の権能の一種。無界へと誘う無王の鎖。
「無王」
「ようやくのお出ましか無王秦淵」
「遅く、なった。弱体化を、待っていたから」
「は、なせぇっ」
「……この者、1000年前の太陽の姫暗殺の犯人として、無界送りとする。異議のある階層主は居るか」
画面が増える。六陽、秋央も揃い、現存する全階層主が集う。
「幽王忘斗。何でもいいからさっさとソイツを無界に落とせ邪魔だ」
『冥王秋央。先ほどの自白もある、無界送りで良いだろう』
『魔法界女王六嘉。顔見るのも不愉快だ、落とせ』
『同じく魔法界女王六陽。自白もありますし、落としてしまいましょう』
「……魔王史真。ある意味物的証拠たる矢も視た。無界送りは妥当だろう」
「最高神深皇。物的証拠、及び自白をもって太陽の姫暗殺犯と断定します。無界送りに」
「……すべての階層主の承認の元、この者を、無界送りに、処す」
ずるりと、鎖が沈み込む。アコニトの身体もまた幽界の底に沈み込む。鎖から逃れようと蠢くが身動きは許されない。アコニトは半狂乱に陥った。
「いやぁぁっなんで、私はただっあの方が欲しかっただけなのにぃっ」
「学年主任、無界送りってことは」
「彼女はもう消えるよ。もう何にもならず、何にもなれず、原子の力も消え去るだろう。それが階層主承認の無界送り。階層内では最高の罰だ」
「……」
「気に病むな。アレはそれに見合う罪を犯しただけ。お前達には関係のないことだ」
「そう、なんだけど……」
ちらりと真唯はその身の半分ほどを飲み込まれたアコニトを見る。だが彼女はこの期に及んで真唯を真唯として見ていなかった。その口から出るのは求めてやまない存在の名前だけ。
「アエトス様ぁっアエトス様ぁぁぁっ」
「……僕は僕だよ。お姫様じゃない」
「いやぁぁぁっ」
その身体は半分以上幽界の底に沈んでいる。幽界の下にあるのは、無界。其処に階層主の権限で落ちてしまえばいくら原子の力を持っていたとしても消滅は免れない。これは仕方のない事。それだけの事を彼女はしたのだから。そう理解した真唯は視線をアコニトからクラスメート達に移した。
「……と言うか、ホワイトデーお返しグレードアップってどれぐらい??ちっちゃいチョコばらまきじゃダメってこと?」
「そうね。倍の大きさのチョコをばら撒きなさいな」
「う~ん。でも迷惑かけちゃった分もあるし。いいっか」
「学年主任もばらまき型だもんね」
楽し気にホワイトデーの予定を立てる彼女達。泣き叫びアエトスを求めるアコニトはもう視界に入っていない。首まで落ち、口が落ちるころには声は聞こえなくなる。見届けていた神哉が最後に見たのは絶望に染まった瞳。それをも残さず、アコニトだった彼女は無界へと落された。静かになった幽界。それを確認した神哉は今度こそ座りこんだ。
「……つ、つっかれたぁ……」
「……これ俺等、上帰って仕事残ってるとか嘘だろ」
「言わないで衛理。僕今日夜に魔法省の仕事も入ってるんだから」
「あはは……さすがに俺も現実逃避したいかな」
担任と学年主任の組み合わせはこれから存在する教員としての仕事を思い若干憂鬱という文字を抱える。唯一講師である司は淡々と事後処理の算段を立てていた。
「……ひとまず、鴻は何処に転送する?」
「そうだね。お家で良いかな。司、引率よろしく」
「わかっている。お前たちは仕事に励め……私は終わらせてから来たぞ」
「うぐぅっ」
「……そりゃ今日の6限空きコマだったもんな。俺は担任の仕事残ってるけど」
完全に休息状態に入った神哉達に忘斗は近付く。画面で参加の秋央達も何かとそちらに気を向ける。忘斗は、心底嫌そうに神哉達を見ていた。
「ほら最高神と魔王とその他諸々。さっさと帰れ、そして二度と来るな」
『あら。幽王様もお茶会いらっしゃれば良いのに』
「……脳内お花畑か六陽」
『別段構わないぞ?秋央など入り浸るからな』
「仕事しろ秋央」
『楽しい事優先』
「おい」
そう言えばと司は思い返す。太陽の権能譲渡の儀の際、自分と深皇は過去の色々もあり、あまり会話をしなかったが六嘉、六陽、そして秋央と忘斗。4人はよく会話をしていた。内容は代わり映えの無い自階層の事。話を降られれば深皇は嬉々として応対し、史真も気が向いた時はその会話に参加していた。1000年前途絶えたその習慣が、1000年ぶりに再会を果たしていた。
「とはいえそろそろ帰らなきゃならないのも事実。D組~帰るよ~っ」
「鴻は自宅に。兄が心配しているだろう」
「うんっ」
階層移動の為、まずは魔法界へと向かう。通信は切られ、集合した彼女たちは不貞腐れ座りこんでいる忘斗に声を掛けた。
「気が向いたらお茶会来てくださいねっ」
「楽しみにしてますっ」
「……とりあえずとっとと帰れ」
神哉が階層移動の権能を発動させる前に、忘斗の権限で階層移動がなされる。元の静かな魂の居場所に戻った幽界。座り込んでいた忘斗は静かになったその場所で、おもむろに立ち上がった。
「……ったく、これだから太陽の力は嫌いなんだ……何でもかんでも暴きたがる」
忘斗は幽界にこれ以上異変が起きていないか見回りに向かう。その口元は笑みを作っていた。




