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にぎやかなクラスの物語  作者: 颯待 彗
三学期~姫と真唯~
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46話 貴女の名を呼ぶ

 それは執念でしかなかった。


 4000年の時を掛けアコニトは準備していた。姫を手に入れる為に。


 そうして、1000年前の夏至の日、アコニトはアエトスを殺した。



 ギシリと、剣の柄を強く握りしめる音が幽界に響く。襲い掛かる魔物を一閃で消し飛ばした彼は、今の名を黒風衛理はアコニトを強く睨みつけた。


「そんな、そんな理由で、お前はっ姫をっアエトス様をっ」

「あら。そんな理由とは失礼ね。十分に高尚な理由でしょう?」

「何処がっ」

「身勝手すぎるねっ」

「黙りなさい小娘共。誰の感想も聞いてはいないわ」


 感知不可能の矢が飛ぶ。だがそれは陽菜の防壁に弾かれていく。陽菜は防壁を出現させながらしっかりとアコニトを見据えていた。


「っ」

「藤森さん無茶はっ」

「大丈夫ですっこれぐらい、いつも真唯ちゃんは無理してでも私達の代わりに戦ってくれていた。だから、今回は私達が真唯ちゃんの為に戦う番ですからっ」

「そのとぉりっよく言った陽菜っ」

「陽菜だけに先陣任せてたまるかってねっ」


 勢いづくD組。その姿に、沸騰しそうになって居た頭が冷静になるのを衛理は感じていた。教え子が誰よりも真唯を心配しているだろう。そんな中、自分だけが冷静さを失ってどうなるのかと。こんなところで、1人暴走している場合ではないというのに。


「……やっぱ、家のクラスすげぇわ」

「衛理?」

「……アコニト。だがお前は姫の魂を手に入れられなかった。違うか?」


 冷静さを取り戻した衛理の問いにアコニトは苦々しい顔を浮かべる。それは事実に他ならなかった。姫は輪廻転生の輪に入っている。それは彼女が彼女を手に入れられなかった証拠に他ならない。


「えぇ……確かにアエトス様は幽界に落ちてきたわ。本当は魂を持ってこの幽界の何処か端でひっそり愛でる予定だったのよ」

「家の界でんな事すんなボケぇっ」

「でも駄目だった。あの子の魂は触れた瞬間太陽の権能をより一層輝かせた。私は無界まで弾かれて、1000年間も無界で療養する羽目になったわ」

「姫ちゃんは反対に1000年前より前に幽界に落ちた魂を根こそぎ冥界に上げて、本人も輪廻転生の輪に入った……そう言う事か」


 今に至る経緯を語り終えたアコニトはさらに笑みを深くしながら棺を見上げる。真唯は目覚めない。攫われた時の制服のまま、棺に入れられていた。


「でもさらに1000年待ったかいがあったわ。だってアエトス様が生まれ変わって、それもこんなにもあの方にそっくりになって。こうして触れられる」

「……鴻さんは姫ちゃんじゃない。太陽の力を持っただけの、ただの女の子だ」

「太陽の力を持った女の子。それが姫じゃないと断言できるのかしら?」

「っ……」

「断言してやるよ」

「衛理?」


 剣がアコニトに向けられる。今はただの担任教師になったかつての従者は、笑みすら浮かべていた。そしてその瞳は、かつて先王に同じ剣を預けられた先輩に向けられている。


「鴻は……確かに魂はアエトス様の物だし太陽の力を持っているしおまけに容姿を言えば瓜二つ」

「そうでしょう?だから」

「だからどうしたってんだ?」

「……何が言いたいのかしら、後輩さん?」

「俺がこの剣に忠節を誓ったのはあの日、1000年前に失われてしまったアエトス様だ。鴻じゃない。そいつは、ただのバカ火力持ちの……ただの女子高生だ」


 魔物が切り裂かれる。返り血が舞うが衛理には関係ない。それは誓い。この世界に記憶をもって生まれた意味。忠節の誓い。誰にも破らせはしない、鋼の意思。


「世界中の誰もが姫と鴻が同じだと言ってきても、俺だけは違うと言い続ける。それが生まれ変わった俺の、アエトス様への忠節だぁっ」


 再び衛理は前に出る。矢が陽菜の防壁で無効化されると悟ったアコニトは魔法陣を展開、魔物を追加召喚した。質量を伴って衛理の眼前に魔物たちは迫る。


「……そうだったね。衛理は、コラキエル君はそう言う天使だった」


 衛理の先に居た魔物たちが切り裂かれる。魔物を一気に30体ほど倒したのは司、そして神哉と清志だった。


「鴻の火力に関してはやはり力を出し過ぎであると私も思って居た。最近では威力調節が上手く行っているためにそこまで苦労ではなくなったがな」

「逆に俺は鴻さんの方の火力まともに見てないから見てみたい気持ちとそっとしておきたい気持ちと半々」

「あはは……うん。そうだね。うん……確かに姫ちゃんと鴻さんは違っているけれども限りないイコールではあるんだろう。だけれども、僕達は階層の者。魂が同じであっても記憶を持たなければ完全なイコールにすることはしない、出来ない。それは幽界と冥界の在り方を否定するモノだから」

「神哉……」


 それは神の宣誓。階層を統べる者だからこそ階層の在り方を否定することは出来ない。否定してしまえば、それは階層の崩壊に繋がることになる。そして、神哉は改めてアコニトを見た。


「アコニト。その子はアエトス様に非ず。今を生きる鴻真唯と言う少女だ。速やかに彼女を引き渡せ。これは、最高神深皇」

「並びに魔王史真」

「幽王忘斗もくれてやるっ」

「……この3名による命令だ。従わない場合、全階層主権限を持って無界送りも辞さない」

「はっやれるモノならやって見なさいっこの子はずぅっと此処で過ごすのよっ」


 ブチりと、堪忍袋の緒が切れる音がした気がしたと司は語る。それほどまでにD組全員の感情は憤怒に満ち溢れていた。


「だから真唯はあんたのもんじゃないしっそもそもお姫様じゃないって言ってんだろうがぁっ」

「あ~もう魔法界生物まどろっこしいっ」

「あのブレザーの魔法陣どうにかしないとっ」


 D組前線組も後衛組も魔法生物に立ち向かう。教員陣が対処している魔物より軟らかいとはいえ数が数だった。そしてそんな中、悠華はアコニトに薙刀を向けた。


「とりあえずD組全員代表して宣言させてもらうわよアコニトぉっ真唯は、絶対返して貰うわっ」

「ふっ……あははははははっやれるモノならやって見なさいぃっ」


 2重の魔法陣が孔となって居るブレザーに掛かる。勢いよく吹き出す魔物と魔法界生物。新たな増援にさすがのⅮ組メンツも疲労を滲ませ始めた。


「やっばっさすがに疲れてきてんだけど」

「陽菜は平気?」

「た、体力付けるの課題にするぅっ」

「駄目そう。先生たちはぁっ」

「私は問題ない」

「そりゃ体力無尽蔵の魔王様はねっ」

「くっそ……どうにかして鴻をあの棺から出せれば」


 魔物の勢いに圧されて衛理はD組戦線へと下がる。悠華はふとずっと思って居た疑問を今聞くことで無いとは承知の上で口に出していた。まるで今しかないと直感したかのように。


「そう言えば先生。階層主の皆さんってなんで漢字名なんですか?」

「今聞くか?厳密に言えば日本語名らしいぞ。難易度が高い文字ってのは力が込めやすい。言霊ってあるだろ。アレだ。真名として、神名として階層主たちは使っている。司みたいに神から魔王に変わっても、立場が変わろうともずっとな」

「いやずっと気になって居たんですよ。お姫様はアエトス様なのに最高神は深皇で、魔王は史真でって。他の階層主さん達も皆日本語名だし」

「あ~……アイツ等にもあるぞ?カタカナ名」


 アイツ等と示したのは当然ながら元最高神と現役最高神の3名。魔物と戦いながら、疲れでテンションがおかしくなり始めた神哉が声をあげた。


「へ~い。アウィス・プラエタリタですっ」

「アルト・エーラだが?」

「ちなみに俺はエオノス・ノイ。最高神になった時の名前だけれどもね」

「ほら。と言うか基本はカタカナ表記の名前が通り名なんだよ。お前等お馴染みの双子女王だって黒いのがニゲル、白いのがアルブスって名前だし」

「じゃあなんで、お姫様だけ皆カタカナ名で呼んでるんですか?漢字の真名あるんじゃ?」


 そっと、衛理は固まった。それは衛理にとっては突かれたくない、今世であっても墓場まで持っていくと決めた秘密なのだから。だがその決意を知っている人間はこの場には居ない。


「……姫ちゃん、自分の真名嫌いだからって誰にも教えてないんだよ」

「そうだったな。力が減ってもいいから真名明かしたくないとごねていたな」


 かつてを知る最高神と魔王は戦闘を続けながらその頃を思い出す。彼女は真名を使わなかった。理由も言わなかった。力が減るかもしれないとの危惧も気合いでカバーするから大丈夫と笑っていた。そして、もう1人、かつてを知る衛理は深呼吸の後、悠華を見た。


「……どうして、今そう思った?」

「いやさすがにアコニトが真唯を愛でる為にさらったとは言えあの棺開ける時だってあるかもしれないじゃないですか?その時にワンチャンお姫様の真名?使うかもって」

「ちょっとそれは思ったかも。さっきの話を聞いてりゃあのアコニトってのお姫様の権能譲渡に関わってたって言うし、真名知っててもおかしくはないなって」


 アコニトは悠然と笑っている。その姿に、その横で眠るように棺に入れられている真唯を見て、衛理は決心した。躊躇っている余裕はない。救うべきは今此処に居る真唯なのだから。遥か彼方に置いてくることになった姫との約束は、心の中で謝罪しながらこの際無視するしかない。


「……姫の真名は、俺が知っている」

「え、そうなの!?」

「流石に唯一の従者が知らないのは拙いだろ?半年間自由に階層移動していい権利と交換で教えてもらったんだよ」


 あの時は真名を教えるのと階層移動自由に半年間できる権利と天秤にかけて相当悩んでいた記憶がある。それほどアエトスにとって真名は言いたくない事柄だった。それでも、使える物は何でも使うのだ。


「試す価値はありそうだ……だが流石に距離がありすぎる。せめて棺の傍まで近付かないと鴻も危険に晒すことになる。ブレザーの魔法陣の場所まで行ければ棺に近付けるだろうな」

「……神哉、清志」


 司の応答に神哉と清志は剣を構え直す。邪魔な瘴気の魔物の返り血は一瞬で浄化し、動きやすくしておく。


「おっけぇっついでにあの魔法陣壊せばいいんでしょっ」

「家の学校のブレザー悪用するのいい加減やめてほしかったところだよっ」


 2つの学校の学年主任が立ち上がったことにより、D組全員も再び武器を持ち直す。それは一種の負けず嫌い。大人に良いところを取らせないという意地。


「先生達には負けていられないっ」

「黒風先生の援護、行くよっ」


 最後の猛攻が始まる。魔物を切り裂き、魔法生物を弾き飛ばし、衛理の道を開く。現役最高神と元最高神2名、そしてD組全員の援護を受け衛理は走る。コツを掴んだのか忘斗の封じる魔法陣もブレザーの魔法陣に重ねられていく。現れる矢は、陽菜の防壁が弾く。そして衛理の手が、剣が、底に落ちたブレザーへ届いた。


「これでぇっ」


 ざくりと、ブレザーに剣が突き刺さった。何重にも重なった魔法陣は決壊し、塵と化していく。吹き出す魔物も魔法生物も出現を止める。


「言わせてもらうがな、俺がそいつをあの方と同一視するのはこれが本当に最初で最後だ」

「何を、まさかっ」


 剣をブレザーの魔法陣に刺したまま衛理は走る。アコニトが矢を作り出すその前に眼前に飛び出し、回し蹴りを食らわせた。


「かはっ」


 吹き飛ばされるアコニト。衛理はその反動を使ってずっとアコニトの横にあった棺を押し出した。


 そして口にする。おそらく、世界でもう知るものはアコニトか自分かしか居なくなってしまった、彼女の真名を。誰にも内緒だと、そっと自分にだけ教えてくれた、大切な神名を。


「帰ってきてください……『優唯ゆうい』様」


 ガコッと棺の蓋が外れる音が響いた。倒れ込む真唯。それを衛理は抱える。だが態勢が悪く、真唯を支えきれなかった衛理はアコニトとは反対側に滑るように倒れ込んだ。勿論、腕の中に抱えた真唯は潰さないように、離さずに。


「……無事か?鴻」

「ははっ……ごめんセンセー。なんか長い事あそこに入れられてたからかな、ちょっと足痺れた」


 衛理の問いに真唯は、少し疲労を滲ませる声で応対する。衰弱は見られないため衛理は安堵の息を吐いた。抱えた背をいつものバインダーと同じリズムで叩く。


「だろうな……ったく心配かけさせて……なんで幽界まで来なきゃならないんだ」

「実質階層主コンプじゃん」

「お前代理より先王に会いたいとクラスの話題だが?」

「それ良い。僕も、会ってみたい」

「このごたごた終わったら探させるか、神哉に」


 そして真唯は立ち上がる。吹き飛ばされたアコニトが立ち上がったのとほとんど同時。衛理の傍に立った彼女にクラスメート達は声を投げかける。


「真唯ぃっこの馬鹿ッ心配かけさせんなぁっ」

「ごめん爽子さんっ限定アイス奢るからっ」

「クラス中のホワイトデーお返しグレードアップに決まってんでしょこのお馬鹿っ」

「その手があったっさっすが爽子さん」


 トンっと、真唯は足の状態を確かめるように飛び跳ねる。その姿を、アコニトは苦々しく見ていた。





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