45話 あの夏至の日
幽界での戦闘はD組と教員組が押してはいるもののやや防戦に傾いていた。忘斗の敷いた魔法陣は確実に魔物の出現を抑えているがそれを補って余りあるアコニトの魔法陣が我を忘れた魔法生物と瘴気の魔物を呼び出し続けている。
「第2陣まだ!?忘斗っ」
「作ってるから凪祓え深皇っ」
そろそろ数えるのも嫌になるほど瘴気の魔物を切り裂いた神哉はさらに呼び出される魔物を前に舌打ちをした。本来この魔物は戦闘に特化した天使が1人で10体倒すことが出来ればいい代物だ。衛理の前世が持っていた1人で30体の記録が普通の特級天使の最上級。深皇の側近たちはその5倍以上を簡単に屠る実力者達だが今この天使たちが魂となる階層では頼れない。史真はかつて1万もの魔物を屠ったという伝説を持っているが現状息1つ乱さないところを見るに事実なのだろう。許されるならばすべて司に任せて後衛に回りたいがそれは矜持が許さなかった。
「どうした神哉。息が上がっているぞ?」
「はっ……どっかの規格外さん達と違ってお兄さんは普通なんでねっ」
「そう言えばそうだったな」
「事実だけど認めないでくれないかな??」
「おう最高神。ふざけている暇あったらあの魔物どうにかしてくれや」
「それに魔法生物も……D組は善戦しているけれども」
清志の視線の先、魔法生物と戦うD組は武器を持ちながらもやはり防戦気味になり始めていた。
「だぁっ鵜木さんの時より質量がヤバいっ」
「鵜木さんの時の方がマシだよっあの魔法陣ほぼ無限に魔物呼ぶんだよ!?」
「先生たちの方も心配だし……」
「くっそアコニトめ……」
「爽子さん、なんか悪役っぽくなってる」
「正義があっちになりそうだから落ち着きなさい爽子」
「それもそうね。まったく……やっぱり潰す」
「よっし、あきらめて持久戦頑張ろうっか」
「悠華が全部諦めたよ!?」
軽口を叩きながらも確かに防戦一方。そんな彼女たちと彼等を見ながらアコニトは満足そうに棺を撫でた。
「5000年待ったわ……ついに、貴女を手に入れられる」
「……5000年?」
そのつぶやきを拾ったのは司。時間の移ろいには鈍くあっても今から5000年前に何があったかは彼でも覚えていた。
「第三次天魔大戦のあった頃か……?」
「待って、確か姫ちゃんが生まれたの、その頃じゃ」
言われて爽子は真唯が冥王秋央に聞いていた内容を思い出す。天使や魔族はある日突然発生する。其処に切っ掛けは無い。ただ事象として産まれ落ちる。おそらくアエトスも同じように突然生れ落ちたのだろう。先王香鏡の元に、太陽の姫君として。
パズルが嵌まった感覚に清志は陥った。思い出したのだ。自分が何処で彼女を見たことがあるか。何処で彼女と出会ったことがあったのかを。
「おもい、だした」
「清志?」
「アコニト。君は、香鏡様の従者、第一層の太陽神官のトップだった人物。そうだろう!?」
「なっ」
「…………あぁ。そうか。そうだったな。香鏡を避けるのに手いっぱいで思い出すのにも時間がかかった」
「ずっとどこかで見た気がしていたんだ……」
「えぇそうよ。香鏡様の一番の家臣にして……その忠節の剣の最初の担い手」
「は」
「え、じゃあ先生の……先輩ってこと!?」
「そんな人がなんでこんなこと」
三日月のようにアコニトの唇が歪む。彼女は歌うように語り出す。
「えぇ、教えてあげようじゃない。私とアエトス様の運命の物語をっ」
笑い声が幽界に響き渡る。そして語る。彼女は語る。
アコニトは生まれながらにして天上界太陽神殿に仕える者だった。順当に地位を上げ、忠節の剣を手に取れる地位に就いたのは今より数えて9000年も前の事。
香鏡はその存在自体が太陽のような人物。自分が仕えるに値する人物。だからこそアコニトは生まれ持った原子の力を隠し、香鏡に仕えていた。それが良いと、それでいいと。
「アコニトや。ちょいと魔王殿の元に」
「駄目です。確かに秋央様はお暇でしょうが」
「だが最高神の元に行くと史真は嫌な顔をするからのぉ」
「……簡単に行ける権能であっても行ってはなりません」
アコニトと香鏡の会話はいつもこうだった。階層主の権能の中で唯一どの階層にも行ける権能をもってして香鏡は他の階層に向かいたがる。だが魔法世界の双子女王はまだ幼く、冥界、幽界、無界にはその頃階層主は居なかった。必然的に向かう場所は当時まだ魔王だった秋央が治めていた魔界か、最高神だった史真が治めていた天界になる。秋央は笑って香鏡の来訪を歓迎したが立場上あまり魔王側にばかり行くわけにはいかない。
「大体嫌な顔って、最高神様は表情変らないじゃないですか」
「アレは表情の出し方を知らないだけだ。偶に凄く嫌な顔をされる。ショックがデカいのでほどほどにしてほしい」
アコニトは長らく不思議に思って居た。最高神である史真は表情を崩したことが無い、常に無表情で淡々と会話をしている。だが主は、香鏡だけは彼が表情豊かであるかのように語るのだ。主の眼には何が映っているのか。それが太陽の権能の1つなのだろうか。彼女には判らなかった。
「そうなのですか……とりあえず、お仕事なさりませ」
「わかっている……」
落ち込む香鏡を仕事に向かわせアコニトはため息を吐く。あれでもこの8階層に無くてはならない太陽を司る王なのだ。それこそ史真のように泰然と構えていて欲しいと願うのは必然だった。
不変の第一層、そこに変化が起きたのは5000年前。天界と魔界に居る長命の者には差は判らないだろうが正確には5130年ほど前の事。太陽の神殿に赤子の鳴き声が響き渡った。騒然とする神殿内。駆け付けたアコニトが見たのは、香鏡が小さな赤ん坊を抱える姿だった。
「こ、香鏡様。そのお子様は」
「あぁ……我が娘だ。おそらく何かが起ころうとしているのだろう……大切に、育てなければ」
香鏡の言葉を聞きながら、アコニトは小さな姫君にくぎ付けだった。何故なら香鏡の娘と言うことはこの先、何年後になるかは判らないが太陽の力をその身に宿すことになるのだ。人間よりはるかに遅い成長速度で育つ彼女、その小さな身に有り余る力。
以来、アコニトはアエトスと名付けられた姫に夢中になって居た。傍から見れば主の姫を全力でお世話しているように見えただろう。だが内心では違った。
思ったのだ。その手に太陽の力を宿すことになる姫が、この手に欲しいと。理由はアコニトにも判らない。だがあの姫を手に入れるためならばどんな手を使ってでも構わないとさえ思うようになっていた。
「アエトス様。今日は香鏡様と共に最高神様の所に向かいますからね」
「はいっ」
100年をかけ、姫は人間で言う所の10歳程度まで成長した。父になる香鏡と共によく最高神の元に赴き、史真に内心嫌な顔をさせる名手でもあった。清晃になる前の清志の前世が姫に出会ったのもこの頃。まだ幼かった彼女を清志は今も覚えていた。
「……また来たのか。しかも今日は娘まで連れて」
「つれないのぉ史真は」
「史真様。お久しぶりですっ」
史真の若干嫌そうにも聞こえる声色にも臆さず姫は史真に挨拶をする。その笑顔が父である香鏡にそっくりで、まるで太陽のような笑顔と評されるその笑顔は史真には眩しすぎて、彼はため息と共に香鏡を見た。
「……どんどんお前に似てきたな」
「じゃろ?」
「褒めていない」
史真と香鏡、姫のほほえましい光景。他の者たちが和やかに見守る中、1人アコニトは姫を手に入れる方法だけを考え続けていた。その姿を史真は当時見ている。だがその感情、執着は主である香鏡にであると認識していたため気にも留めていなかった。そもそも最高神だった頃の史真が気に留めていたものなど数えるほどしか居ない。後はすべて有象無象で片付けられていた。故に彼の記憶にアコニトは残らなかった。
そして、姫が生まれて約100年後、巻き起こったのは当時まだ特級天使であった清晃による謀反、それによる史真の失脚。その後史真は秋央を冥界に追い出し魔王となる。そして遥か昔、魔王秋央と最高神史真が戦った第一次天魔大戦の地で第二次天魔大戦が巻き起こった。それは清晃が最高神の座に就いて100日しか経っていない時期。
「こんなに早く史真様が動かれるなんて」
「うむ……ひとまず見守るしかない……歯がゆいのぉ……」
「香鏡様……」
天上界から見守っていた香鏡とアコニト。天魔大戦の戦況は天界軍有利だった。だが、ほんの一瞬の差で、清晃は討たれた。他でもない、史真の手によって。その時、人間界を保っていた天秤が傾いた。崩壊する天界と魔界。それを止めたのは、清晃の従者であった深皇の、最高神就任だった。
深皇のおかげでなんとか保った天界と魔界、そしてその間に挟まれた人間界。だが、香鏡は天魔大戦の日から何とも言い難い不調に苛まれ始めた。深皇がかつてアエトスに父王の事をよく知らないと評したのは彼が知る香鏡は少し弱りきっていたが無理をして何でもないように振舞っていて、同時に権能をほとんど使わず天界に顔を出したのは数えるほどしかない香鏡であり、そんな彼の姿をアエトスも同じように見ていたからだった。
「お父様……?」
「あぁ……アエトスや……ちょっとだけ休もうと思う」
「早くよくなってね?」
「もちろんだ」
時折伏せるようになった香鏡に、表面上は心配をしつつもアコニトは狂喜した。予想より早く姫に太陽の権能が譲渡されるのではないかと。あんなにも幼い、姫の元に太陽の力がやってくる。狂おしいほどの狂気でアコニトはその時を待った。
そして、それは現実のものになる。第二次天魔大戦から約30年と言う短い時間で巻き起こった第三次天魔大戦。そこで天秤の傾きにより人間界はあり方すら変えられるほど甚大な被害を齎した。最高神よりもさらに上、原初の神の手によって崩壊だけは防がれたその世界で、太陽の王、香鏡は力の衰えを感じた。表面上はそう見えないように努力しながら500年。姫がもう少し育つまでと耐えてきたがそこが限度だった。
「すまない、アエトス……父がもっと頑張ることが出来たのならば」
「いいのよ、きっとそのための私だったから」
こうしてアエトスに権能は譲渡された。さらに500年をかけゆっくりと力を馴染ませ、完璧に姫に権能が渡った事を確認した香鏡は幽界に向かうことを決めた。姫と父王の思い出は1000年と130年程度。階層の者たちからすれば刹那にも等しい時間でしかなかった。
「アコニト、お前はアエトスを、あの子を」
「いいえ。私は香鏡様に仕える身。ご一緒させていただきたく」
「……そうか」
権能を譲渡された姫は成長を止める。奇しくもその姿は今の真唯と同年代の姿。アコニトの中にはその時既に姫を手に入れる算段が付いていた。そして、何人かの第一層の者たちと共に、香鏡に付き従って幽界へと落ちていった。
幽界に入ればもれなく階層の住人は魂と化す。だがアコニトには原子の力が存在していた。無から有を生み出す力。その力をもって、無になるはずの魂を有、意識のある状態に保ち続けた。
意識のある状態に保てたのならばあとは姫が此方に来るよう仕向けるだけ。とびきり悲劇的な状態で此処に落ちてくるように願っていた時、1人の青年が第一層の神殿に昇った。コラキエル・ギャルド。忠節の剣を受け取った青年。それで良いとアコニトは哂う。姫が笑えば笑うほど、楽しいという感情に身を委ねれば委ねるほど、失った時の重さが違うのだ。
そして、彼の青年がアエトスに仕えて2000年後、すなわち現在より1000年前。
その時は訪れた。
100年に一度、太陽の権能を階層主たちに譲渡する儀式、常日頃神殿に守られている姫が一番無防備になるその日。幽界の底に居た為盗むことのできた無界の力、そして無から有を生み出すその力。3000年の月日を掛けて準備をした。周到に、執念的に。4000年分の想いを込めて。
そして、あの日。あの夏至の日。
100年という階層の者にしてしまえば短い間隔で行われる権能譲渡もアエトスには慣れたもの。定位置に立ち、彼女は杖を掲げる。
確かにアエトスは見た。自分に向かうように現れたその矢を。気付けば、それは深々と胸に突き刺さっていた。
倒れる体。暴走する権能。誰かの悲鳴。誰かの、大好きな従者の声。
(あと、もうちょっとで勝てると思ったんだけどなぁ……)
儀式が終わればいつものように手合わせをする約束だった。後2敗してしまえば1500敗という大台に乗ってしまう。そんな楽しみさえも、胸の矢は奪っていく。きっと、もうどうしようもない。
「……ありがとう……わたしの……じゅうしゃ……」
それを伝えるのが彼女の精一杯。
「アエトス様っアエトス様ぁぁぁっ」
主を喪った従者の慟哭は幽界のアコニトの元にまで響き渡る。アコニトは狂喜した。念願が叶った。姫が幽界に来る。あの膨大すぎる力を持ったまま、あの力に憑りつかれたまま、この幽界に。
そう、その為に。
姫を、この手で殺したのだから。




