42話 魅了の果て、消える……
バレンタインストーカーお手紙事件から数日。真唯の方に変わったことは起きなかった。神哉が手紙の解析を魔法省に依頼したところ、やはり高等魔法である転移魔法が使われており、だがその時点では既に残滓は消えつつあった為正確な発信源の特定には至らなかった。なお、手紙に使用されていたインクは血液では無かったものの魔術的に執念が込められたインクであることが判明している。
「でも黒治先生診断で家の学校方面ってことは確実に家の学校ってことですよね」
「そうなんですけれどもね……」
何時もの学年主任室での会議。今日は清志も加わり話題は当然真唯への手紙の件だった。
「清志の方で心当たりは?」
「あると言えば、ある。高等魔法を使いそうな生徒と言う意味では、例の、魅了の魔法を使っている疑惑のある生徒」
「あぁ……結局、司に遠目から被害者を視てもらっても魔界産の魅了魔法かどうか判別つかなかったんですっけ」
「流石にもう少し距離を詰めなければ、私では判断が難しい所だろうな」
「魔法なら六嘉か六陽に見てもらえば遠距離でも一発なんだろうが……さすがに難しいな。いくら魔法界階層主とは言え階層越しに見る事は出来ないだろうし」
「そうなんだよねぇ……衛理、鴻さんの様子は?」
「見かけは元気。でもやっぱりちょいビビってる。俺も見たが、学校の中での鴻の様子まで詳細に書かれた手紙貰ったら流石の鴻でもビビるだろ」
「だよね……とりあえず俺は例の生徒を重点的に見張ることになったから」
「そうなんですか?」
「流石に見過ごせない量の生徒が魅了にかかっていてね。ま、学年主任ですから」
「気を付けてくださいね」
「うん。ありがとう神哉」
会議は解散となる。いつものように衛理が清志を校門迄送っていく間、神哉は手紙の複写を手に取っていた。
「……学校だけじゃない、休日の鴻さんの様子まで詳細に書かれている……いくら鴻さんでもそこまで粘着されれば気付くはずなんだけど」
「高等魔法つながりで遠見の魔法を使った可能性は?姿消しを合わせれば観ることはできるだろう」
「流石に、と言いたいところだけれども、うん。その可能性は高いね」
「ともすれば、鍵となるのはやはり」
「あぁ……例の、渓愁高校の転校生」
学年主任と講師が仮に敵を定めているその頃、真唯は放課後の戦闘フィールドで手馴らしの的当てを行っていた。小さい炎弾の精度を上げるためだったが胸に過るのはあの手紙。
「真唯。やっぱり気になる?」
「爽子さん。うん……気になるっていうか、腹立つ部分があったから」
「そうなの?」
「ほら、バレンタインデー前にショッピングモールで通り魔事件あったじゃん?」
「あったわね。陽菜が防壁張ったアレ」
「あのこともなんか書いてあったんだけど、『貴女が出ていればあんな小者一瞬でしょう』的な事書かれててさ……大人の戦いに首突っ込むほど野暮じゃないし……何より陽菜っちがあんなに頑張ってくれた戦いをそんな風に言われて腹立ってる」
「……真唯らしいわ……」
「あの手紙の相手、碌な奴じゃないよ」
「どう考えてもあんな手紙送ってくる奴は碌な奴じゃないわよ」
「だよね」
炎弾は射出されていく。Ⅾ組専用極小的の中央を貫通し、消えていった。
神哉は学年主任室で思案していた。起こった出来事が多すぎていったん整理するべきだろうと考えている。
まず無界の力が勝手に使われている事。それによって魔法生物や魔獣が暴走している。無界の力を使って隠蔽されたであろう矢の件も同じであろうことは確かだった。
次はその無界の力を利用しているアコニトと言う正体不明の人物。女性形だという彼女に関しては殆ど情報が無い。だが、つい先日消えたというからには関係が無い筈はなかった。
そして渓愁高校に居る転校生である女子生徒。高等魔法でありかつまだ人間界に入ってきていない魅了魔法を使う事を考え先のアコニトとの接点を考える必要があるだろう。真唯への手紙の件も彼女が関わっている可能性は非常に高い。
結論として、転校生を突くのが早いのだが、神哉にはそれに踏み切れない理由があった。
「神哉、清志に対して過保護になるのは分かるが事態は打開しないぞ」
「そう……なんだけどさぁ……」
神哉にとって清志は代えがたい主の生まれ変わりなのだ。その人が危ない目に合ってほしくないと願うのは当然の事。だが現場は渓愁高校、部外者の神哉ではなく学年主任である清志が対応するべき事態。
「……そうなんだけどさぁ……こう、わかんないよねぇ司には」
「お前のその感情は複雑すぎて理解しかねるがな」
「だってさぁ……でもなぁ……事は姫ちゃん暗殺事件にも関わってくる重大案件。やっぱりやるしかないんだよねぇ……」
そう、事態は人間界にとどまらない。かつて1000年前に起こったアエトス暗殺事件、そこから派生した太陽消失事件にもつながる案件。さすがの神哉も立場上やらないという選択肢は取れなかった。
「清志とて協力は惜しまないだろう」
「うん……でもとりあえず僕も姿消しの術式使ってでもいいから立ち合いたい」
「それは清志の方に打診しろ」
何事も万全を期して越したことは無い。急ぎ打ち合わせをすべく神哉は端末を手に取った。
その翌日、渓愁高校の生徒指導室に清志は問題の生徒を呼び出した。さすがにほぼすべての男子生徒を魅了している彼女に注意もしないのはどうかと思うという教員の全会一致で呼び出しは決定していた。
「失礼します」
ふわりと明るい茶髪がたなびく。眼鏡の奥の瞳は灰色。系統で言えば見かけだけならば陽菜と同じ部類に入る少しだけ儚げなその少女は突然の呼び出しにも臆したこと無く生徒指導室に入ってきた。
「福水瑠莉さん。とりあえず座って」
「はい」
面談が始まる。念のため何があっても良いようにドアは開けてある。もしもの時はそこから彼が入ってくる手はずになって居る。
「呼び出された理由、わかっているかな?」
「さぁ……思い当たりませんね」
「……君の周りの男子生徒。随分と君の事を慕っているようじゃないか」
「そう見えます?ふふっ」
余裕があると清志は思った。こうして教師の前でも笑ってすら見せる彼女は、何処か底知れぬ何かを持っている。
「……でも先生、思わなかったんですか?」
「何が」
「先生方にも、コレが効くって言うことが」
ふわりと甘い香りが立ち込める。しまったと思う前に清志はその香りを吸い込んでいた。ぐらりと意識が持っていかれそうになる。それは魅了の魔法が放つ甘い香り。本来ならば性別を問わず、その香りには抗えない。
「っ……」
「ね?コレで安心してあの子に専念できるわ」
「あの……こ?」
「……抗うのかしら。たかだか人間がこの魔法に」
さらに香りが強くなる。清志は持っていかれそうになる意識を何とか保ちながら瑠莉を見た。彼女は、余裕の面持ちで笑っていた。
「さぁ、貴方も私の礎になりなさい」
「そうはさせないよ」
ばさりと、姿隠しの術が解かれる。神哉は天界で使う姿隠しの術式を使い、最初からこの部屋に潜んでいた。そして神哉は現役の最高神。その存在だけで魅了の魔法を弾くことが出来る。
「……どういうこと、コレは」
「さぁ?どういうことだろうね……とりあえず……陽咲先生大丈夫ですか?」
「うん……何とか。ありがとう神哉」
「良かった」
「……たかだか人間がっ」
魅了の魔法と神哉の権能が拮抗する。そもそも拮抗すること自体がおかしい。かつて魅了の魔法を多用した淫魔と呼ばれる種族の魔族でさえもここまでの出力で魅了の魔法を使ったことは無かった。
「……確かに、確認した」
生徒指導室に第三者が現れる。それは魅了の魔法が外に流出しないよう神哉と同じく姿隠しの術を使いながら見張っていた司。魔王の権能でも魅了の魔法を弾くことが出来るため、念のため控えていた。
「この魅了の魔法、確かに魔界の物だ……末端の元淫魔を無界の力をもって取り込んだな?それも複数名」
「チッ……なんで……」
「己が何と相対しているか、その程度の判別も付かない程低能な賊に魔界を荒らされたとあれば……さすがの私も黙っているわけにはいかないな」
「……魔法界が持ち出しを禁じている魔法を他の界に勝手に持ち出すのはそれだけで無界送り案件だ」
「どうして階層を詳細に……何者だお前たちはっ」
瑠莉は未知の人物たちと距離を取る。それは正当な防衛反応。神哉と司は姿こそ変えないが気配を階層主の物に変えた。
「第二層天界が階層主、名を深皇」
「第四層魔界が階層主、名を史真」
「最高神と魔王がここからは相手になろう」
「っ……はっ……あははははははっ」
狂乱に笑う。眼鏡を捨て、彼女は最高の障害を見据えた。そこに儚げだった少女の面影はない。
「そうなのね、そうなのねっあぁやはりあの子はそうなのねっ」
「何を」
「良いわ。十分に精気を奪えたし、少し早いけれどもあの子を迎えに行かなくちゃ」
瞬きの一瞬で瑠莉は生徒指導室から消える。そこでようやく完全に魅了の魔法が消えた為、清志は息を吐いた。
「……ごめん神哉、結局任せきりになってしまったね」
「いえ……それよりもあの子って」
「十中八九、鴻の事ではないか?」
「迎えにって……まさか」
「急ごう、今の時間帯ならば戦闘フィールドか帰宅途中だ」
「行ってあげて神哉、黒治先生っ俺は大丈夫だからっ」
「わかりましたっ」
「行くぞ神哉」
下手に渓愁高校の人物に見られるのも危ういため、神哉と司は窓から飛び出していく。魅了の魔法が抜けきらない清志もまた表から彼等を追いかける。
眼鏡を外した姿を見たことでより一層強くなった。自分は、彼女を、今この場ではないどこかで見ているのだ。
真唯は1人学校から最寄り駅の道を歩いていた。帰宅時間なのにもかかわらずやけに人が少ないことを不審に思わなくはなかった。だがそんな日もあるだろうと坂道を下っていく。
「あの、鴻、真唯さん?」
「はい?」
声に振り替えればそこに立っていたのは気弱そうな女子生徒。総泉女学園の制服を着ていて、タイは2年の物だった。
「やっぱり。あの、私2年の研究科で、演劇会の時すごいカッコいいお姫様やる子がいるんだなって感心しちゃって」
「あれは、その、1年全体にやらされたというか……」
見知らぬ生徒に話しかけられ不審に思わなかったわけではない。ただ信用する司が渓愁高校の名前を出していたため彼女の中で事件が繋がらなかっただけ。
「本当にカッコよかった……まるで、アエトス様みたいに」
ぐらりと真唯の身体が揺らぐ。今、目の前の、眼鏡をかけた女子生徒は何と言ったか。自分をなんと表現したか。本来ならば誰も知らないはずの名前を、彼女は呼ばなかったか。揺らぐ頭で相手を見る。其処に居る彼女は、笑っていた。
「っ……だれ……だっ」
「ふふっ……ようやく、捕まえた」
真唯が倒れ込むその前に、彼女と女子生徒は最初からいなかったかのように消え去った。
神哉と司がその現場に辿り着いたのは5分後の事。魔力残滓を追跡して辿り着いたそこにはもう誰も居ない、そして、真唯の魔力はそこでぷっつりと消えている。
「っ……遅かったか」
「太陽の力だ。探索魔法も掛けやすい。そう焦るな」
「でも……」
「神哉っ」
清志を伴い衛理も現場にたどりつく。詳細を聞いた衛理は強く手を握りしめた。
「クソっ……最初から狙いは鴻だったってことか」
「おそらくね……大丈夫。あんな派手な力、すぐに見つかるよ」
「……そうだな……とりあえず鴻の兄さんに知らせないと」
「そうでした。そっちの根回しは必要だったね」
「……清志、身体の調子はどうだ?」
「だいぶ、魅了の魔法が抜けてきましたね……やっぱり現役階層主は違うなぁ……」
「お前とてよくやっている。普通あれだけの濃度の魅了魔法に当たったなら陥落している所だ」
「元とはいえ最高神でしたからね。その分耐性もあったのでしょう」
「なら良いんだけど……鴻さん、絶対見つけようね」
「えぇ。勿論です」
「当然だ」
決意を固める彼等。そんな中、衛理は焦りを見せていた。もし本当に真唯を攫ったのがアエトス暗殺に関わる人物ならば今この瞬間にも真唯の命が危ぶまれているのではないか。最悪は最悪の想像を呼び起こす。トンっと、衛理の肩が叩かれた。顔を上げれば、それは司だった。
「衛理、気を張るな。私が見た限りでは攫ったであろう人物に殺意は感じられなかった」
「……魔王殿が言うなら間違いないだろうが、じゃあ、どんな感情だったんだ?」
「執着、執念。間違いなくあの手紙の送り主はあの女子生徒だ」
「それは僕も感じた。あの子と言う表現も殺意ではない」
「……わかった、信じる。だから早く見つけてくれ」
「任せといてっ」
連絡を取るべき場所に連絡を入れ、彼等は真唯を探し始める。
だが、世界の何処を探しても、あの眩しすぎるぐらい眩しい太陽の力は人間界に存在していなかった。




