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にぎやかなクラスの物語  作者: 颯待 彗
三学期~姫と真唯~
41/48

41話 バレンタインには贈り物を

 バレンタインデーという行事はこの国に入ってかなり変質したと司は認識していた。そもそもこの国は入ってくるものを魔改造することに長けすぎている。


「黒治先生ぇっチョコ受け取って貰えますかっ」

「……すまないが生徒からのチョコレートは断ることにしている。その気持ちだけ受け取っておこう」

「やっぱり駄目かぁぁっ」


 落ち込む生徒を見るのもこれで何人目になるだろうか。普段旧校舎にある学年主任室で仕事をこなす司が本校舎に今日のような日に向えば何が起こるかと言えば上級生からのチョコレート攻勢。事前に決めていた生徒からのチョコは貰わないという主義を一貫すれば生徒も諦めて帰っていく。その姿に心を痛めるほど司は感情が無い。だが視界に入る他人の感情の中に本気の思慕を見てしまった時だけは無い心が痛む気持ちになる。それが司にとってのバレンタインデーだった。


「神哉、この書類……を……」


 職員室を開けて司はさすがに絶句する。職員室の一角、文字通り山となる贈り物が2つ存在していて、その場所は司の記憶違いでなければ神哉と衛理の机だった。


「あ、司……ごめんね今日下手に動くと増えるから……これ以上増えるとちょっと無理」

「……衛理、お前もか」

「いやいやいやいやいや?なんでこうなってる?」

「自明の理だな」

「やったね衛理大人気」

「マジかよ……」


 天を仰ぐ衛理。さすがの司も同情を禁じ得ない。神哉の顔面に書類を叩きつけた司。そんな彼に差し出される紙袋が存在した。


「黒治先生。職場チョコです」

「……こちらは受け取ろう。ありがとう」

「い、いえ……」

「あぁ神哉、職場チョコで思い出した」

「……聞きたくない」

「あちらの職場チョコが凄いことになって居ると先ほど連絡があった」

「うわぁぁぁ……」


 あちらとはもちろん魔法省の事。若くして八議席に座る神哉は当然ながら絶大な女性人気を誇っており、当たり前のように神哉の魔法省にある机にも同じぐらいのチョコの山が形成されていた。


「……お返しは楽なんだよ。いっそ。全校生徒にお菓子配れば良いだけの話だから」

「豪勢だなおい」

「でもさぁ……これ……食べきれるかなぁ……」

「お前の食事量では難しいだろうな……板チョコ系はまとめて何かに調理してやろうか?」

「司ナイスアイディア。結構あるんだよね板チョコとか」

「……俺の分も頼めるか司」

「あぁ。その代わり生チョコやガナッシュ系は自分たちで何とかするように」

「わかってるよ」


 がさがさと仕分けに入る衛理と神哉。旧友でありまた古き知り合いでもある2人を見て司は息を付いた。


「そもそも断らないからそういう事態になるんだぞお前たちは」

「断りにくいじゃんっ」

「うっかり1個受け取ると雪崩れてくるんだぞっ」

「そのうっかりが命取りだ」


 そんな3人を他の教員たちはほほえましく見守る。いろいろ規格外の3教師は常に他の教員たちから見守られていた。なお、この職員室で本日のチョコレート獲得数がゼロなのは校長と教頭だけである。




 衛理がチョコの山に天を仰ぐ、その同じ頃、天を仰いで現実逃避をしている少女が居た。


「真唯。現実見なさい」

「ふぁい……」

「今年はさらに増えたわね……」


 1年Ⅾ組、真唯の席には紙袋に入れてなお余りあるチョコレートの山が形成されていた。ある意味毎年の光景。後輩チョコが無い分今年は楽と踏んでいた真唯だったが先日の演劇会で姫という新境地を開いた真唯に先輩チョコも集結、結果例年以上の個数が積まれていた。


「……マジ、食べるの大変。兄ちゃんも大学で結構な個数貰ってくるからさぁ」

「真唯ちゃん……無理しないでね?」

「陽菜っちのブラウニーは別腹っ」

「なら良いんだけど……それどうするの?」

「とりあえずちょっとは食べてからじゃないと持って帰れもしないし。日持ちするのを優先的に持って帰って、日持ちしないのは食べてっちゃう。そして戦闘フィールドで腹ごなしの運動」

「あんたの場合カロリーも燃えそうだから良いわね」

「っと、そうだ。学年主任にアレ贈って貰わないと」


 悠華はカバンから包みを取り出す。綺麗にラッピングされたそれらを用意していた紙袋に入れた。


「あぁ。六嘉さん達分」

「結局何にしたの?」

「階層主ってお茶好きなんだって。だから六嘉さんと六陽さんには和紅茶の茶葉。秋央さんはコーヒー党らしいからインスタントだけど美味しいって学年主任イチ押しの奴にした」

「いつもお世話になってるからこれぐらいはしておきたいもんね」

「気に入ってもらえると良いな」

「とりあえず学年主任捕まえてくる」

「あ、僕も行くっ」

「席外すとまた増えるわよ?」

「諦めの境地」


 悠華と真唯はまずと学年主任室に顔を出す。当然そこには誰も居ない。本校舎に向うとその途中で司と遭遇した。


「黒治先生、学年主任何処に居るか知ってますか?」

「職員室だ。何か用だったか?」

「いや六嘉さん達にバレンタインの贈り物をするために送ってもらおうかなって」

「……秋央にもか?」

「コーヒー党と伺ったのでインスタントですけど美味しいっていう奴を」

「……そういう贈り物は神哉にやらせる方が良さそうだな」

「だと思ったので今から行ってきます」

「そうするといい。チョコの山に埋もれているがな」

「毎年の事ですよ。学年主任も真唯も」

「……鴻もか?」

「友チョコと先輩チョコの嵐です」

「なんか一周回って諦めの境地」

「私はそこまでの境地には至れないのでな。生徒からのチョコは断っている」

「そっか。まぁ黒治先生ならそういう感じでもありですからね」

「じゃあ行ってきますっ」

「あぁ」


 職員室へ向かう真唯と悠華を見送った司は本当に愉快な子供達だと感心していた。普通に考えて、階層主は人外である。そんな階層主たちに確かに世話になっているかもしれないがバレンタインの贈り物をしようとは考えないだろう。そこを考えてしまうのがD組のとんでもないところなのだと改めて痛感した。


「……しかし」


 ふと、思った。あのクラスであるから衛理や神哉への贈り物は用意しているだろう。チョコの山を予見しているならばクラス代表で何かが贈られると想定してもいい。つまり階層主でD組から物を贈られないのは幽王と無王、そして自分であることに司は気付いた。それはそれで若干面白くはない。そう感じるほど、司はⅮ組全体を気に入っていた。


 その頃職員室に辿り着いた真唯と悠華は山脈と化したチョコの山から神哉と衛理を引っ張り出した。


「本当に用意したのかよお前等……」

「もちろんっ」

「六嘉さんも六陽さんも、秋央様もお世話になってますから」

「ん。じゃあ送って……あれ?」


 神哉は受け取った紙袋を見て首をかしげる。1つ多い。そしてその包装紙は黒。


「いやほら、学年主任にもあげてるわけじゃないですか?階層主でお世話になってるのに黒治先生に何もしないの悪いなぁって思って。生徒チョコどうせ断るだろうと思ったからこっそり学年主任経由で」

「……了解。ちなみに中身何?」

「なんと、他校に転校した5人からご当地調味料を送ってもらいましてっ」

「つめ合わせてみましたっ」

「ほんと階層主大好きだね君達」

「本当なら秦淵様にも何か贈れれば良かったけど諸々間に合わなかったからぁ」

「流石にあの界はね……秦淵殿も動かないし」

「……そう言えば階層主あと幽王だけか会っていないの」

「現在階層主リーチ。第一層が代理真唯だけど」

「代理ですっ」

「元気でよろしい。じゃあ内緒の贈り物お届けはお任せを」

「よろしくお願いしますっ」

「お願いしますっ」


 荷物を預かり神哉は笑う。Ⅾ組全体を気に入っている司がこの包みを見てどういう反応をするのか楽しみになっていく。それに六嘉、六陽、秋央も。バレンタインという人間界の風習は知っているだろうし、真唯たちが居るからこの国独自のバレンタインの習慣も知識としては仕入れているだろう。だが実際に贈り物が届いたのならば、特にあの愉快なことに飢え続けている隠れコーヒー党の秋央はどういう反応をするだろう。それが楽しみで、神哉は職員室へと足を向けた。


「じゃあ、お届け物お願いしま~すっ」

「預かったよ~っ」


 とは言え職員室では荷物を送れない。チョコの仕分け作業に奔走する衛理を置いて神哉は学年主任室に戻る。そこには司も居て、職場チョコでもらった生チョコを食べていた。


「司」

「あぁ、六嘉達への贈り物か」

「そ。あぁ、あとね、黒治司じゃなくて、階層主の魔王殿にこちらを」


 黒い袋を取り出す。さすがの司も目を瞬かせた後そっと包みを受け取った。


「……その発想は無かったぞ」

「だよね。ちなみに個別チョコ以外に深皇宛てでD組からお茶貰った僕です」

「中身は……なるほど。お前への食育をリークした甲斐があるものだ」

「ご当地調味料って言ってたっけ」

「ふむ。これは初めて見る物だな。ありがたく使わせてもらおう」

「さて。じゃあ送りますか」


 たんっと魔法陣が展開される。さりげなく司はドア側に身を寄せ、そっと鍵を閉めた。魔法陣に浮かび上がったのは画面。映し出されたのは双子女王と冥王。


『あら、珍しい。深皇様が通信を行うなんて』

『しかも2界同時にとはね』

「ほら、今日バレンタインデーじゃないですか。戦闘科1年D組の皆からの贈り物を」


 ふわりと画面に荷物が吸い込まれていく。画面の向こうで受け取った階層主たちは一様に唖然としている。


「ちなみに僕も紅茶貰ったもんねっあ、逆に司ズルいっ1人だけ調味料っ」

「私自身は紅茶もコーヒーもどちらとも飲むがな、存外に嬉しいという感情を観測できるいい機会だったぞ」

『……そうね。とても嬉しいわ』

『うむ、相変わらずD組の皆は我等の予想を上回る』

『おぉっインスタントコーヒーという物かっ』

「あ、それ僕がおススメした奴っ美味しいですよっ」

『確か謝礼はホワイトデーに行うのだったな。六嘉、六陽』

『えぇ、もちろん盛大にお茶会をしましょうね』

「……六嘉、六陽。その時だけ私も参加は可能か?」

「司?」

「何。階層主として贈り物を受けたのでな。階層主として返礼するのが礼儀だろう」


 生徒チョコを断り続けている司は大々的に返すことは難しいだろう。ならば階層主として返せる場があるのならばそこで返したい。そういった思いを感じたのか六陽は柔らかに笑った。


『そうね。じゃあ史真様も一緒に』

「え~っ僕は~っ」

「……どうする?」

『深皇は却下だ』

「だそうだ」

「ひ~ど~い~」

『では史真。近日もてなしの作戦を練るぞ』

「承知した」

『ではまた。皆にありがとうと伝えてくださいね』

『嬉しい贈り物だ。礼を述べてくれ』

「えぇ、もちろん」


 通信が切られる。神域の魔法を使った反動でソファに倒れ込む。ごそごそとポケットから貰った生チョコを取り出すと神哉も食べ始めた。


「ほんっと、Ⅾ組楽しい」

「愉快という感情はあ奴等を見ていれば思う存分観測できるな」


 階層主だけが感じることのできる優越感。神哉は笑って居るし、司も普段より周りの空気が穏やかになって居た。



 神哉に荷物を渡し、戻った真唯は仕分けを再開した。そして見つけたのが山に紛れた手紙。時折手紙は貰う真唯だったが不思議な感覚に迷わず開封し。


 そして、その手紙を取り落とした。


「うぎゃぁぁぁ!?」

「なに、何ごと!?」

「そ、爽子さん、こ、コレっ」


 真唯の絶叫という珍しい事態に残っていたⅮ組メンツが集結する。見せられたのは手紙。だがその文字は赤黒いインクで書かれていた。内容は真唯の日常の行動が感想付きで事細かに記されていたり、先日の演劇会での真唯を絶賛するものだったり、多岐に渡っていた。あまりに多岐に渡りすぎて、そして手紙の分厚さとその行間の節々から並々ならぬ執念を感じたⅮ組メンツは悪寒に襲われた。


「なに、この、お手紙は」

「僕が聞きたいっっ」

「……どう考えてもストーカーからのお手紙じゃん」

「え、これインク……?」

「考えないようにしてたのにぃぃっ」

「とりあえず落ち着け真唯。そうだ、学年主任か黒風先生に相談しよう」

「それだぁっ」


 手紙を預かった悠華を先頭にとりあえずと学年主任室に駆け込む。階層主との通信を終えた直後だった神哉と司は当然のように其処に居て、ただならぬ気配に神哉は痛む身体を無理やり起こした。


「どうしたの?」

「せ、先生コレ、真唯のチョコ山に混ざってたんだけどっ」


 渡された手紙を見た神哉は思いきり顔をしかめる。司も表情こそ動かさなかったものの嫌悪感を覚えた。それほどその手紙は執念に溢れている。


「……手紙を持ってきた人物を見た子は?」

「上級生もちらほら出入りしてたからわかんないってのが正直なところ」

「だよね……司、探知掛けられる?」


 渡された手紙を見ながら司はこの執念の出所を探す。だが、その気配は意外な方角から届いていた。


「……この学校からでは無いな」

「と言うと」

「渓愁高校の方角だ」

「ちょい待ち。陽咲先生に相談してあげる」

「お願いします……」

「え、他校生来たってこと?」

「……高等魔法になるが、転移魔法の気配が残っている。鴻の元に直接届くように計算するには並大抵の技術では成し得ないな」

「怖い、何がってそんな高等魔法をストーカーお手紙運搬に使う執念が怖い」

「とりあえず鴻さんは要警戒で」

「わかりましたっ」


 流石の事態に教員組も気を引き締めて対処を行う。真唯も此処まで執念の入った手紙を受け取ったのは初めての事であり、学年主任室は緊張感に包まれていた。





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