4話 期末試験は波乱の幕開け
魔法省、そこは名前のファンタジーさを殴り倒す勢いで事務的なただの省庁の1つ。魔法の研究は専門の研究所に、魔法犯罪は警察の魔法課に任せきりの魔法省が何をするところかと言えば、各法整備の準備、そして異常魔力に対する対応会議だった。
もちろん特別な部分も存在する。他の省庁には無い機関、八議席。8人の魔法省最高幹部が集まり異常魔力について会議するその機関が招集されたのは梅雨のある日のこと。議題はもちろん天を貫く炎の柱について。
「本当にこの少女は魔力を制御できているのでしょうね?」
「えぇ。プラスの方へは確実に制御できています。マイナスの方にも最近制御が上手く行っていると担任の証言もありますよ」
「こんな炎の柱なんぞを出す奴がか?」
「えぇ。もちろん」
八議席の内7席はこの炎の力について恐れすら抱いている。たった1人、擁護に回っている青年は、今まで一番近くで彼女の魔法を見てきた人物だった。
「だがね雪柊君。他の属性とは訳が違う。現に外務省を通じて他国からも問い合わせは殺到しているのだよ?」
「だから私自身が学年主任として彼女の学年を4年前から見守ってきたじゃないですか」
その八議席、北西の席に座るのは魔法執行部本部長雪柊神哉。本来異常魔力があれば出動する部署のトップである神哉は炎を操る少女の噂を聞きつけ総泉女学園の学年主任として真唯たちを見守り続けていた。情ではなくただの事実としてしか物事を示さない青年の性格を知っている他の7名も今回ばかりは懐疑的だった。
「その見守っていたのが問題だったのだ。さすがの貴殿でも4年も見守れば情が湧く」
「情?この私が?」
冷たい瞳が糾弾してきた議席を射抜く。普段ならばこれで黙り込むが今回はそうはいかなかった。何せ相手は全世界に炎の最高火力を示した人物。対応を見誤ればスペシャリストとしてこの議席に座る彼らのクビも危うい。それは神哉も同じこと。だが彼女の実力に、そして長年の親友の見立てに絶対の自信を持つ神哉は優雅に議席に座っていた。
「そこまで。魔法制御に関することは国立魔法研究所に調査を。そして本当にこの炎の力がただの炎の力なのか確かめる必要性がある」
うっすらと、神哉の瞳は細まった。神哉とて炎の力のあり方に疑問を持たないわけでは無い。ただ、神哉には神哉の思惑があった。その為に、真唯の力は火の力の派生、炎の力であると周知徹底させていた。
再び炎の力について踊り始めた会議に、神哉は溜息を吐きながらしぶしぶ参加するのだった。
季節は移り変わる。梅雨が明けて夏が始まる。
蒸し暑い中でも真唯は元気に戦闘フィールドを走り回っていた。今日の相手は防御力強化版のシープスライム。弾の形ではどんなに威力を込めても防ぐ盾を装備した彼らに弾以外の形で当てる訓練。高3のカリキュラムでも難なくこなすD組は今日も元気に暴れていた。
「は~……暑い」
「ホントにね~」
「え?そう?」
トンっと最後のシープスライムを撃破した真唯が早くも夏バテし始めたクラスメートたちの前に降り立つ。汗こそ少しかいているものの、夏バテとは無縁の存在だった。
「あんた、炎弾使ってさらにこの気候を暑くないと?」
「ん~暑いっちゃ暑いけど、まだ平気」
「灼熱の地連れて行きましょう」
「それだ」
「でもさ」
太陽に手をかざし見上げる真唯。昔から太陽は大好きだった。雨の日が嫌いになる前からずっと。だけれども梅雨が明けて嬉しい気持ちが増えるこの頃、少しだけ胸の奥がざわつくのだった。
「6月終わり過ぎたころから8月の頭ぐらいまでかな、なんか呼ばれる気がするんだよね」
「大体夏至から立秋の頃ってこと?」
「……夏至はわかる。冬至の逆。りっしゅうてなに?」
「はい真唯は一般常識のお勉強しましょうね~」
「呼ばれるって何処にさ」
「判んね」
「ほらお前等だべってないで次行くぞ」
「は~いっ」
高速の連撃を前提とした二重防御シープスライムの登場にD組から悲嘆と歓喜の悲鳴が上がるまで後15秒。
夏と言えば夏休みだがその前に学生には越えなければならない大きな壁がある。そう、期末考査だ。
「以上が今回のテスト内容の反復だ。理解しているな?」
「先生、真唯のオーバーヒートがヤバい」
「鴻はもうこの際放置しろ」
期末考査1週間前、D組のテスト対策授業では真唯以外新しいテスト範囲の確認をしていた。そのテスト範囲にようやく授業内容の大半が追いついてきた実感を持って悠華は笑っていた。
「難易度跳ね上がりしましたねぇ」
「まぁ授業でやったところばかりだし。この1週間で黒風センセーにいっぱい聞けるし」
「普段通りやれば大丈夫だよ…………真唯以外」
「……ナニ……ショウカンタイケイ?」
「……駄目だこりゃ」
オーバーヒートを起こす真唯に衛理は深いため息を吐いた。実技学科共にこのクラスで問題があるのは真唯だけ。他の面々はきちんと正当な成績を付けられるだろう。それもおそらく好成績。
「ったく……実技だけだが全学科分の補講を行う」
「え?」
「でも教えるのは?」
「俺だ。一応全部出来るからな」
不敵な笑みに歓声が上がる。衛理の実力は折り紙付き。ならばと必然的に彼女たちは盛り上がった。
「さっすが我らが担任」
「黒風先生サイコーっ」
「ほらさっさとフィールド行くぞ。召喚術からだからな」
「センセーっ僕も参加して良いの!?」
「あぁ。その代わり戦闘科の時間はいつもの魔力計とオトモダチになってもらうがな」
「うぎゅっ」
「良いじゃん。他の実技はやれるんだしっ」
「早く行こうっ」
萎びた真唯を連れ、戦闘科は戦闘フィールドへ向かう。なお戦闘科のテストは3重防御を装備した足の速いウルフスライムが相手だ。
そしてテスト当日を迎えた。戦闘科は3日目固定で1日目は基礎科、研究科、詠唱科のテスト。研究科の実技試験では生徒それぞれが鍋と向き合っていた。
「な、なんかできたぁっ」
「はい鴻さんね……うん。ぎりっぎりハイポーションだから合格」
「ぃやったぁぁっ」
「センセ、ぎりっぎりって」
「あと2ミリグラム魔力が多かったら特級ポーションになっていたわねぇ」
「制御出来てきたみたいじゃん」
「黒風先生は本当にいい先生で良かったわねぇ」
研究科の実技を終え、詠唱科のテストの為詠唱科の実技フィールドへ向かう。その道中真唯は見慣れない黒い車が校門を越えて中に入ってきたのを見た。その後部座席に見慣れた青年が乗っていたことも。
「真唯?どうした?」
「いや学年主任が黒いお車で登校してきてたから」
「何やってんの学主」
「そういや普段ならテスト見守ってるのに居ないね」
「皆~遅れるよ~」
「やべっ」
「走って真唯っ」
少女達の足音が遠ざかる。その後ろ姿を見ていた者に誰も気が付かなかった。
翌日のテストは召喚科、実験科、治癒科のテスト。召喚科では現在生息が確認されている通常生物の召喚という課題でシーラカンスを召喚、通常かという審議は入ったもののギリギリ合格。実験科では色変え魔法を七色のゲーミングカラーに変えてしまったものの元の色と違うという1点でクリア。
そして治癒科の実技テスト。課題は5か所にセットされた枯れ木にどれか一つでも芽を出させることが出来れば最低限クリアと言うもの。
真唯が実技フィールドに立つ。始めの合図とともに5方それぞれから芽を通り越して枝が生えた。だが今までならばそこから木になり森になるまでが真唯の試験結果だが、今回は枝が生えただけ。それだけで終わったことを確認した教師は冷静に終了を告げた。
「はい。鴻さん合格。しかも好成績付けられるわね5方すべてから生やせているのだもの」
「いやったっ」
「じゃあ次の人」
「クールだねぇ治癒科は」
どんな悲劇的な場所であっても冷静に対処できる人物を育てるのが治癒科の役割。そのせいか治癒科には物静かな生徒しかおらず教師もまた冷静な人物として有名だった。
若干苦手としていた治癒科で好成績、さらには明日得意の戦闘科のテスト。それが終われば夏休みのご機嫌コンボで真唯は教室に戻った。既に衛理は教卓の前に立っていて、ご機嫌な真唯にほんの少しだけ笑みをこぼした。
「お、どうだったよ」
「学科以外はパーフェクトっ」
「学科をどうにかしろよあとは」
「それは難しい」
「さよか。他は?」
「学科も上々」
「実技も花丸」
「何よりだ。明日は楽しみにしておけよ?」
「もちのろんっ」
ご機嫌な真唯たちに帰りのホームルームを行い帰宅させる。資料を整理した衛理は教室を出て職員室へと向かっていった。
その遥か頭上、不可視の結界の中で今日のテスト状況を見ている人物たちが居ることを彼は知らない。
衛理が職員室に戻ると学年主任は居なかったものの1年の他学科すべての教師が戻って今日テストだった科はテストの採点に追われていた。
「あ、黒風先生。ちょうどよかった。この理論、どう思います?」
「ちょっと失礼………………ギリ丸ですかね……出題の範囲から大幅にはみ出しているわけではない」
「ですよね。ったく家のクラスはすぐに技術レベル上げてきやがる」
「大変ですね実験科も。今年はだいぶマッドなのが集まったとお噂はかねがね神哉から」
「主任からですか……そう言えば毎回テスト見に来るのが楽しみとおっしゃる主任が今回どのテストにも顔を出さなかったのですよね」
一斉に空き席になっている主任席を見る。普段ならばうるさいぐらいに各学科の点数つけに顔を出す神哉はそこにはいなかった。不自然な空白に1年担当教師たちは不安げに見ている。
「昨日今日とお休みで……まぁあの主任なら心配はいらないでしょうが」
「それでも心配よねぇ?」
「……体調面で心配することはないでしょう。何とかは風邪ひかないと言いますし。ただあの学校大好きバカが2日も学校に来なかったのは心配ですね」
「明日はいらっしゃるだろうかね」
「今回楽しみなのです。シープスライムの上級種ウルフスライムに3重防御でしょう?」
テスト3日目のラストに位置付けられている戦闘科のテストは他の学科からもエンターテイメント代わりにされている節がある。それを神哉から聞いていた衛理はより全員が楽しめるカリキュラムへ変更をかけていた。もちろん戦闘科以外のクラスの習熟度を見ないわけでもない。
「全体の進捗状況を見てシープスライム5重防御よりも速度のあるウルフスライム3重防御の方が確実に正確な実技の点を付けられると判断しました。研究科の子達はどうしようかなと思ったんですが同じ内容に。当たれば大丈夫なので」
「早いの苦手な子多いからね。意外とそういうの治癒科の子が得意よね」
「えぇ。常に冷静であれと指導していますので。冷静に見極め、速度の速い敵に当てるのも得意でしょう」
「鴻さんはどうでしょうな」
「バードスライムで2重防御を撃ち抜いたバ怪力に心配は無用ですよ」
「あら。バードスライムに当てられるのね。さすがだわ」
「あの騒がしいのと学科が絶望的なのを除けばいい生徒なのだけれどもね」
「あらあら。あのにぎやかなところが鴻さんの良いところじゃない」
そう言えばと採点の片手間に中学時代の思い出話に発展する教師達。その話を聞いているのが衛理は好きだった。中2の林間学校で竜種召喚未遂を起こしただの、中3の時に臨時講師とのいざこざで大立ち回りをやらかしただの、真唯に対する教師たちの話は尽きない。なんだかんだ言って衛理が一番目を掛けているのは真唯。衛理はその時の様子を想像しながら話に聞き入るのだった。きっと自分が見守る彼女はそれ以上の事をやってのけるだろう。だから、せめて過去の事を聞いて、対策を立てるのだと少しだけの言い訳を使いながら。楽し気に、教師たちの話に耳を傾けていた。
明けてテスト3日目。戦闘フィールドにはいつもの羊型スライムではなく、首輪をつけた狼型スライムが疾走していた。背中には的が3重の防御守られた的。生徒たちは次々と挑戦し何とか時間内に一層目の防御を、中には2層目の防御も撃ち抜く者も居た。それらはすべて戦闘科以外の生徒。
戦闘科の出番が訪れる。他クラスも戦闘科の実技試験は戦闘科の生徒達がやっているのを見ているのを楽しんでいる節がある。それに応えるべく、次々と3重防御のウルフスライムを撃破していく。中にはテスト終わりのエンタメ代わりにされているのを見越して雷弾で2匹同時撃破を行う生徒も居る。
そして最後の生徒が前に出る。もちろんそれは鴻真唯。フィールドの破壊などを考慮して出席番号関係なく最後に回されている。
「っし、鴻。残りのリソース全部つぎ込んでやるから思いっきりやれ」
「あいよっ」
よく相手にするシープスライムは弾んで行動するが足の生えたウルフスライムは4足歩行で高速移動するのが特徴のスライムだった。それがフィールドに7匹。
「時間は5分。的の防衛魔法撃破数にて点数加点を行う。では……はじめ」
合図と同時に7つの炎弾がウルフスライムに着弾。3連撃も加わり戦闘不能になる。入れ替わりで9匹のウルフスライムが登場するがそれも瞬時に3連撃の炎弾で塵と化した。
「良いぞ真唯~っ」
「思いっきりやっちゃえ~っ」
お祭り騒ぎの観覧席。乗せられやすい真唯はさらに乗りにノッて3匹の速度の出たウルフスライムを撃破した。
「さっすがっ速度上げてきてるねっ」
「……そろそろだな……これでラストだ」
現れたのは5匹のウルフスライム。だが現れた瞬間から最高速度で動き回る。それでも真唯は焦らない。丁寧に3連炎弾を練り上げると1匹目に命中させた。
「次っ」
2匹、3匹と倒れていくが倒されるたびに速度が上がる。だが真唯の速度はその程度に後れを取るわけでは無かった。
「これでっ最後ッ」
5匹目のウルフスライムの3重防御が破られ、ウルフスライム自体も倒れる。ほぼ同時にタイマーの音。そして観覧席からの大喝采だった。
「すっげぇ真唯っ最後の見えなかったっ」
「真唯っち相変わらず~」
「やっぱりすごいよ鴻さんって」
口々にほめたたえる言葉が聞こえる中、真唯はVサインでそれに答えていた。ウルフスライムに付けていた盾の残骸を回収した衛理は様子をほほえまし気に見守っていた。彼の手の中にある点数表。その真唯の欄にはいつも通りS++の文字が輝いていた。
テストが終われば後は夏休みを待つだけ。意気揚々と教室に戻る真唯たちを廊下で待ち受けていたのは黒スーツの見たことのない女性だった。
「あの……クラスに何か?」
「鴻真唯さんは」
「僕だけど」
「そう」
黒スーツの女が前に出る。彼女が真唯の手を取ったのと、衛理が片付けを終えて階段を上がってきたのは同時だった。その姿を見て、衛理は異常事態だと認識して走る。
「っ鴻っ」
「へ?」
「鴻真唯。八議席の7の席をもって貴殿の魔力を此処に封印する」
衛理は引きはがそうとしたがすでに手遅れ。障壁に阻まれ吹き飛ばされる。倒れ込む衛理に思わずと階段傍にいた生徒達から悲鳴が上がる。
「な、何?何?!」
カシャンと、真唯の両手に腕輪が嵌められた。装飾も何もないその腕輪は枷と呼ばれ、魔法省の顕現をもって魔法犯罪者などに使われるものである。魔法基礎学を寝ていないクラスメート達は全員知っていて、そばにいた爽子と美穂は女を捕まえようとした。だがその前に女は霧のように消え、後に残ったのは真唯の枷のみ。障壁が無くなり、弾き飛ばされていた衛理が立ち上がり駆け寄る。
「鴻っ……くっそ」
「先生……これって」
「……どうやら本物の魔法省認定の枷だ……魔法、出せるか?」
「…………だせ……ない」
「そんなっ」
「どうしよ先生……これじゃ、なんか来た時皆を……」
慌てふためく真唯の肩を衛理が掴む。普段慌てると少しだけ周りの気温が高くなる彼女の肩は冷えている。それだけでも魔法が使えないことの証になって、衛理は歯噛みした。
「大丈夫だ。そのための担任だ……こんな枷なんてすぐ外してやるし、なんか来たときはクラスメートに任せておけ。たまにはお前中心の戦闘陣形以外も実践してやらないとな」
「先生……」
「だから安心しろ……しかし目立つなその枷……っと、コレ使え」
枷の上からはめられたのは衛理が使っているリストバンド。両腕に嵌めれば枷は若干だが目立たなくなった。それだけ、視えなくなっただけで少しだけ真唯が落ち着いたのを確認すると衛理はその手を取った。
「約束する。夏休みまでにその枷を外す」
「……信じてる」
「良い子だ。ほらとりあえずホームルーム。あとそこは魔法省に殴り込み計画立てない」
「だってぇっ」
「1議席は賛同してなくても7議席が賛同したら私らの敵じゃん」
「そうだろうけれどもな」
クラスメートが心配そうに教室に入る中、真唯は廊下に佇んでいた。どこか不安げに見えるその手を再び衛理は取り、教室へと招き入れた。
そして、後味の悪くなってしまった期末考査はその日終わりを告げた。




