39話 魔法世界での防衛戦
雪柊神哉は総泉女学園高等部1年の学年主任ではあるがその実態は魔法省魔法執行部本部長にして最高評議会八議席の北西の席に座する、魔法が中心となり始めたこの世界においてトップ中のトップクラスの要職に就いていた。
普段は太陽の力の見守りを優先させるためほとんど魔法省の仕事をリモートで済ませ、八議席の会議の時のみ顔を出す生活だが海外からの要人が来た際はそうも言っていられない。
その日も学校の仕事を泣く泣く休み、某国の魔法省のお偉い方との会談を恙なく終えた。神哉が対応する羽目になるのは、殆どの国の要人が聞いてくるのがいまだに太陽の力の事だったから。それをぼやかし誤魔化し何とかするのが神哉の役目となって居た。他の席に座る者たちから押し付けられたとも言う。
「雪柊さん」
「何かありましたか?」
「それが黒治さんから電話があって、なんだかよくわからない伝言を」
「……間違いなく伝えられますか?」
「『白と黒の元に太陽を連れ向かう』と……」
「………………なんでどうしてそうなってるのさ司……」
困惑する補佐官を放置し神哉は残りのパーティなどを他の八議席の人員に回す準備を始める。その間最高神の連絡網で天界に魔法界の事を問い合わせる。司がわざわざ連絡を取り、言付けをしてまで魔法界にⅮ組を向かわせたとなれば何ごとかあったはずだと。
「……はい?」
そしてその予感は的中することとなる。
元々、そのフォーメーションは2学期に大規模襲撃を掛けてきた『幽暗』を見て思いついたという。今でこそ魔法テロリストは数名ずつしか来ないがもし大勢で来られたら、その時学校を守れるのかどうか。ならば守るフォーメーションを考えようとなるのは必然だった。
「とはいえ……机上の空論だからどうなる事やら」
「言っても仕方ないよ爽子」
魔法生物の咆哮が響き渡る。それが合図。
「Ⅾ組防衛線行くよっ」
「真唯、希美、奏多、裕理っあと黒治先生、黒風先生っサポート行きますよっ」
「任せろっ」
そのフォーメーションは基本防戦だった。障壁を張り、その後ろから敵を撃破していく。真唯達攻撃特化組の役割は押されそうになるほど敵が集中した場所の応援部隊。
「よっしっ」
「サンキュー真唯っ」
「あとは、あっちかっ」
分担した位置を真唯は駆ける。その中で一番広い範囲を担当している2人が居た。
「ったく木原は人使いが荒いっ」
足場固定の魔法陣を使い、衛理は南側ギリギリラインの防衛を請け負う。北側は同じく足場固定の魔法陣で常人より早く現場に着ける司だった。
「……にしてもだ……家のクラス防衛戦向いてないと思うんだが」
「ですよね……」
苦笑する美穂もそうだったが、全体的に防衛ラインが前に出ている。前に出れば出るほど間が空いて防衛に向かなくなるのだが性分は変えられそうになかった。
「あ、センセーサボってる」
「鴻。そっちは?」
「順調っ正門前も悠華が張りきって倒してたっ」
「……いや本当に防衛戦向いてないな家のクラス」
「まあそれは僕も思う。でもさ」
真唯は城を見上げる。ドーム状になった防壁はクラスの仲間が張ったもの。知らず笑みが浮かぶ。
「陽菜っちが一番頑張ってるんだから、僕らも頑張らないとねっ」
「……そうだな」
「っと、あっち回らなきゃ」
「こっちも巡回する。気を付けろよ鴻」
「センセーもねっ」
境目から2人は別れる。その境目担当だった美穂も苦笑いを浮かべながら魔法生物を弓で撃ち落としていく。雷撃が舞う。美穂の永遠の目標は神哉であり司だった。
正門前で魔法生物退治に勤しんでいた悠華は早くも作戦ミスに気付いていた。作戦の内容自体は良いのだがそれにD組の気性が付いて行かなかったのが敗因だった。
「家のクラスの血の気の多さをカウントに入れてなかったのがなぁ……ミスった」
「ほんとそれだわ」
「どう?爽子」
「押し返してるけどジリ貧」
「真唯達も頑張ってるけどなぁ……向いてないわ防衛戦」
爽子は光属性の短刀を防壁の後ろから打ち出し続ける。魔物が集中する正門には薙刀装備の悠華が常駐していた。
たんっと降り立つと同時にワイバーンの群れが切り裂かれた。慌てていたのかジャージでも普段のスーツでもない、少しお高めのスーツ姿。それでもそれは間違いなく学年主任だった。
「ちょ、どうなってるのコレぇっ」
「あ、すごい、あの伝言で本当に雪柊先生来た」
「そりゃわかりますって。じゃなくて、何がどうなってD組が魔法世界で防衛戦!?」
「上でワニちゃんおトリ様が暴れ出して」
「何事かと思ったらこっちでも魔法生物が暴れていて」
「「いつもお世話になっている恩返しに」」
大真面目に言ってのけたD組中心の2人の言葉に神哉は頭を抱える。おそらく衛理も司もクラス総意になった意見に反対しきれなかったのだろうということだけは理解できた。
「……大体把握。司と衛理は?」
「広めに北側と南側を担当してもらっています」
「どうしたものか……そうだ。5分持たせられる?」
「それ位ならいくらでも」
「陽菜の防御障壁揺らぎもしないから」
「藤森さんかこの障壁……じゃあちょっと行ってくる。すぐ戻るから」
神哉は階層移動の魔法陣を展開。飲み込まれ消えると襲ってきたのはワイバーンの群れ。動じることなく司令塔2人は口の端を上げた。
「ワイバーンの群れを相手にしたことは真唯には内緒でよろしく爽子」
「もちろんよ悠華」
戦闘が始まる。正門戦は激戦ながら防衛ラインは揺らぎもしなかった。
その頃城の中では陽菜が心配そうに上を見上げていた。障壁の保持は問題なく続いている。
「本当に、貴女達は凄いわね。これだけの障壁を保持するのに魔力消費が少ないわ」
「そのようだ。魔法界を探してもこれほど燃費の良い障壁師は居らぬな」
「なら良いんですけど。外の皆大丈夫かなって」
「……今の所竜種の操作は確認されていない。万が一にも竜種が操られたとしても史真が居る」
「黒治先生が?」
六嘉と六陽の知る史真は階層主の中でトップクラスの実力の持ち主。魔法界の奥で眠る竜種がもし操られる側になったとしても対処可能と推察している。実際最高神時代、瘴気の魔物を常識外の数、殲滅したという話もある元最高神、現魔王の彼の実力は疑いようが無かった。
「そうね。マイさんやコラキエルさんは心許なくても史真様なら、竜種が出てきても大丈夫でしょう」
「そっか。そうですよね。外には真唯ちゃんも黒風先生も黒治先生も居るしっ」
「えぇ。さぁ、私達は私達の戦いを」
「竜種の息吹にも耐えられそうな頑丈さだからな。保持しておくに越したことは無い」
陽菜は改めて障壁用の魔法陣に魔力を注ぐ。外の状況が良くなることを信じて。仲間を信じて。陽菜は戦う。
宣言通り5分後、ふわりと正門前に神哉は降り立つ。そして、その手に掴んだ青年を無造作に投げ捨てた。灰色の長い髪に灰色の瞳を持つ彼はたどたどしく起き上がる。
「どう?秦淵」
「……確かに、無界の、力」
「はいじゃあ回収っ」
「承知した……無王、秦淵の名の元に、あるべき場所へ、塵芥よ還れ」
言葉が響く。輪を持つようにその言葉は広がっていく。広がるほどに魔法生物から塵が溢れ出て、元の穏やかな生物たちに戻っていく。
「爽子さんっ悠華っ」
「真唯」
「なんか大人しくなった」
「あの人、人?がなんかしたっぽい」
「無王って聞こえたけど、無界の人……人?なのかな」
「え、ついに階層主リーチ?」
大人しくなった辺りの担当だったⅮ組メンツが次々と集合する。遅れて衛理と司も両端から戻ってきた。
「城を攻めてきていた魔法生物の無力化を確認した……やはりお前か秦淵」
「首根っこ、掴まれた」
「スーツも着替えず来たぐらいだ。見ての通り最高神は慌てすぎなだけだな」
「うぐっ……否定できない……っとそうだ藤森さん」
「女王の元に」
正門から入り玉座の間に辿り着けば、Ⅾ組メンツを陽菜が笑顔で出迎えた。
「皆大丈夫だった?」
「陽菜こそあんなデカい障壁張って大丈夫?」
「平気。保持は六嘉さんも六陽さんも手伝ってくれたから」
「そっか」
「……驚いた。無界から動かぬ王が此処で見れるとはな」
「最高神に、責任を取って、回収しろと」
「……やはり無界の力だったのね……でも秦淵様ではないのですよね?」
「あぁ……」
階層主が会議に入る中、Ⅾ組メンツと衛理は端に寄る。さすがの階層主会議に入っていけるほどの厚顔無恥ではない。
「センセー。無王さんお知り合いだったりしない?」
「流石の無界も姫は入れないからな。俺も知らない」
「入れないんだ。なんか意外。お姫様の権能って自由自在に行き来するイメージだったから」
「端的に言って、無界と幽界は出禁食らってたんだよ姫。前者は無界の全て無になるという性質上何が起こるか判らないから、後者は太陽の力が幽界の魂にどう作用するかわかないからという名目だったが」
「……それ名目がそれってだけで無王さんと幽王さんに締め出し食らってませんか?」
「まぁまさしくその通りなんだが。無王は権能譲渡の儀にすら来ないから……多分神哉、深皇とも面識は薄い筈だ」
「それを首根っこ掴んで引っ張ってくる学年主任、相当焦ってたみたいだね」
「神哉は突発的事態に弱いからなぁ」
「はいそこの愉快なクラスとその担任、聞こえてるからね」
真唯は振り返る。そこに立っているのはいつの間にか最高神と魔王の正装に着替えた深皇と史真、六嘉と六陽、そして、灰色の瞳でこちらを見つめる無王だった。
「……君が、例の、太陽の姫の、力を持った子か」
「あ、はい。鴻真唯って言います」
「……無王、秦淵だ……そうか……私は太陽の姫に、結局まみえることは、無かった……先王になら一度だけ」
「先王……そっか、お姫様、どれぐらい前から太陽司ってるか知らないけれども前の人が居るんだ」
「……どゆこと爽子さん」
「学年主任の前に陽咲先生と黒治先生が居たように、太陽のお姫様の前にも誰か太陽を司っていた人が居たってこと」
「おぉ。そっか」
「あはは……うん。姫ちゃんは3000年位在位して、その前、史真が最高神だった頃からずっと太陽を司っていたのは香鏡という王だったんだ」
「……先生の前世って何歳ぐらい?」
「大体6000年か?っても若手分類だったけど」
「天使の年齢が分からない……」
「史真、何年位生きてるっけ?」
「数えるのも煩わしい……が、そうだな……おそらく万は軽く超えている。他は……秋央が似たようなものか」
「まん」
「万」
「……果てしない……」
果てしない年齢にD組が圧倒される。それを無表情1人以外は苦笑いで見守っていた。
「愉快な、娘たちだな……秋央辺りは、気に居るのでは、ないか?」
「既にお気に入りよ。冥王様はお茶会常連だもの」
「うむ。アレも暇をしているが故な」
「もう女子会じゃないじゃん」
「最高神と魔王と従者は出禁なだけだ」
「ピンポイントに出禁にされるんだよこうして」
「ふふ……さて……少女達には、謝罪を。瘴気の魔物、そして、今回の暴走した魔法生物。これらを操っていたのは、私が管轄する、無界の力だ」
「無界……階層の一番下」
「あぁ。何物にもならなくなる、力。おそらく暴走した、アレ等は自我を喪い暴走したと、推察される」
「そっか……でもさ。それ無王さんのせいじゃないんでしょ?」
「……あぁ。勝手に、無界の力を、使ったものが居る」
「じゃあ、いいよ、謝らなくても」
秦淵は顔を上げる。真唯を中心にしてD組は笑っていた。あれだけの戦闘を重ねたにもかかわらず晴れやかに。
「無王さんが悪いわけじゃないんだし。ねっ」
「そうそう。勝手に使った奴が悪いんだから」
「……そう、か」
眩しいと、秦淵は思った。この少女達は存在が眩しいのだ。暗いただ何物でもない何かと向き合うだけだった自分にとっては、焼かれてしまうほど、彼女たちはまぶしかった。
「アコニト、それが、無界の力を使い、事件を起こした者の名だ」
「……アコニト……」
「何とか、止めてほしい。さすれば、無王の権能を使い、無界に落とすことが、出来る」
「わかった。アコニトって奴を止めれば良いんだね」
パンっと拳が手のひらに打ち合わさる。好戦的なD組の中で一番好戦的な真唯がやる気満々で目を輝かせる。
「黒治先生と六嘉さんと六陽さんに迷惑かけた落とし前、つけなきゃねっ」
「あはは……程々にね。衛理、手綱握っててよ」
「時と場合によっては解き放つからな」
「握ってて……」
「ふむ……確かに魔界の術や魔獣を使われた分は支払いを求めねばな」
「史真まで……」
「良いではないか」
「そうね。マイさんは、D組の皆はそうでなくては」
「もう止める人居ないじゃんっ」
「……負けるな、深皇」
「秦淵にまで面白がられてる……」
四方味方無しの深皇は肩を落とす。玉座の間に笑いがあふれる。
「……ありがとう」
その言葉はあまりにも小さく、笑い声にかき消されて消えていった。




