35話 異変のはじまり
ふわりと金の粒が暗闇に舞う。その中で彼女はくるくると回りながら笑う。
「あぁ……早く……早く此処まで来て……」
笑う、嗤う、哂う。彼女は誰も居ない暗闇の中、踊りながら笑う。
「私の……愛しい……」
声は暗闇に飲み込まれ、そして消えていった。
蹴り技が決まり、テロリストが吹き飛ばされる。総泉女学園ではお馴染みになってしまった1年D組によるテロリスト退治。先陣を切った真唯はいつも通り敵をなぎ倒していた。
「いっちょ、上がりぃっ」
侵入してきた敵をすべて倒しきる。いつも通りの戦闘、いつも通りの日常、いつも通りの。
「……ん?」
ふと、真唯は強い視線を感じ振り返る。そこには誰もおらず、ただ道があるだけ。そう言えば似たような視線を演劇会の時も感じたと思い出すがやはりそこに誰も居ない。
「……ん~?」
「どうしたの真唯」
「何でもない。片付けなきゃね」
「ったく今日も派手にやったな」
テロリストを魔法対策課に引き渡すまでが一連の流れ。無事引き渡しも完了し、真唯達は授業に戻る。今日神哉は魔法省の仕事が立て込みすぎて午前休みを取っており、代理で司が魔法対策課と話をしていた。
「学年主任忙しそうだね」
「アイツは鴻と同類なだけだ。ギリギリまで宿題やらないタイプ。高校時代何度泣きつかれたか」
「うっわ予想つく」
「僕の場合も事実だけどなんか納得いかないなぁ……」
戦闘フィールドにD組と衛理が足を踏み入れる。その瞬間フィールドがドーム状の障壁に包まれた。とっさに全員が戦闘態勢に入るが何が起きたかまでは理解できなかった。
「へ?!」
「なんだっ」
ずるりと、ドーム中央から黒い靄が噴き出す。靄を纏って現れたのはもはや見慣れた四足歩行のワニに似た生物。だが魔法界から送られるその生物とは違い、背中から靄を吹き出していた。
「っ……まさか」
衛理にとって見たことのある生き物だった。アレは瘴気を吹き出す魔物。戦闘態勢に入るD組を見ながら衛理は驚きを隠せずにいた。
「先生何アレ」
「……対処法はワニ型魔法生物とは少し違う。それに、かなり頑丈だぞ」
「了解っ」
戦闘が開始される。とりあえずと普段の戦闘と同じように属性魔法を叩きつけるが確かに効果はあるものの一撃では倒せない。風魔法組のかまいたちも上からではほとんど効果が見られなかった。
「マジ硬いっ」
「真唯っ」
「了解っ」
炎が舞う。だがその炎でも2匹を倒すのが手一杯。そんな中、衛理は木刀を出現させると懐かしい敵と邂逅した。この場に居ない、だがこの状況を何とか出来る親友が来るまで、自分が対処するしかない。理解はしていてもこの敵の強さは誰よりも衛理が知っていた。
「早く来い司っ……」
体制を低くとり、口から切り裂く。返り血が舞うがこの魔物に関して言えばそれがデフォルトだった。馴染みだった対処法が使えると理解すれば衛理はⅮ組の生徒達に指示を出す。
「風魔法組っ口からが弱点だ。あと返り血気を付けろっ」
「了解っ」
「ってことはっ」
風魔法組だけでなく水魔法、雷魔法、土魔法、そして炎もワニ型魔物の口を狙う。だが靄の中からは続々と魔物が湧き出てくる。難敵の登場に真唯だけは好戦的に取り掛かるが他面々はさすがに硬すぎてたじろぐ。
「くっそ……こういう時の神哉だろうがっ」
「お昼からならもうそろそろ来ると思うけれどもっ」
「き~たよっ」
ドーム状障壁の上が割られる。そこから降り立ったのは神哉と司。敵を確認した司はその表情を変えることなく静かに驚きを見せた。何故なら其処に居たのは、司が最も馴染み深い魔物達。
「……何故」
「おう司っどうにかしろっ神哉は瘴気を断ってくれっ」
「そうだね。先に司っ」
「……魔王、史真が魔界の眷属に命じる。撤退せよ」
その言葉は重みすら持ってあたりに響き渡る。だが、魔物たちは一切従うことなく、それどころか数を増やして湧き出てきた。表情を変えることなく司は剣を取り出す。切って捨てれば早いと言わんばかりに剣を構えた。
「……魔界には後程問い合わせる。神哉、瘴気を断て」
「任されたっ」
ふわりと真唯達の足元を雷の力が駆け抜ける。とたんに黒い靄は出現を止め、魔物達はそれ以上増えなくなる。それでも30体以上の魔物がうごめいており、背中から瘴気を吹き出し続けていた。
「あとは駆逐戦っ」
「武器欲しいなぁっ」
「却下だ」
D組と教員組の手により魔物達はたちまちに駆逐されていく。後に残ったのは魔物の残骸と返り血だけ。その残骸も時間が経つごとに塵となり消えていく。消えてくれないのは返り血だけ。本来、魔界の眷属であるあの魔物の返り血は天界に存在する専門の泉で落すことになって居る。だが此処は人間界、天界にある泉は此処には無い。
「おい神哉、コレどうするんだ?清めの泉無いってのに」
「最高神権限で清めちゃうよ。このドームも瘴気だ。一気にね」
「流石にお願いします……なんか固まってカピカピしてきた」
「何あの生命体……魔界の眷属って聞こえたんですが」
「あぁ……あれは瘴気を纏う魔界の魔物達だ。だが何故私の命令を聞かなかった……何かがおかしい」
「とりあえず清めるから集合」
神哉の周りにD組と衛理、司が集まる。再び雷の力が足元から宙を舞う。その力と共に返り血とドーム状の障壁は綺麗に消え去った。
「アレが魔界の魔物……魔法界の魔法生物より硬いのは?」
「瘴気の分だな。魔法生物は中立。瘴気も聖気も無い」
「……閃いた」
「流石に魔物の輸入は却下を言い渡す」
「え~っ」
「当たり前だろ。お前ですら15体が限度だった敵だぞ」
「だからこそっ」
「……さすがに私も却下を申し渡そう」
「はい魔王の却下来ました」
「ぶ~」
真唯の軽口に対応しながら衛理は久しぶりの魔物戦を思い起こしていた。前世、特級天使でアエトスの従者になる前、天界軍に所属していた頃はあの魔物との戦いが日々の戦闘だった。一番強いと言われた自分でも30体が限度。その上を行く最高神の側近組は規格外の体数を駆逐できるが自分はそこが限度だった。今日、かろうじて30体を駆逐出来たことで腕が落ちていないことを確認した衛理はとりあえずとD組を見た。
「ひとまず今日の授業は終了だ。さすがに疲れただろう」
「そりゃね。テロリスト戦に加えてあんな硬い敵と戦闘だもの」
「僕もさすがにお腹減った」
「昼休み前だもんね」
「ほら戻った戻った」
衛理はD組を教室へと戻す。そして瘴気が噴き出した場所に立ち、検分する最高神と魔王に振り返った。
「なんかわかりそうか?」
「いま司が魔界に問い合わせ中」
「…………返答がきたぞ」
司は片耳を抑えながら対応を聞く。変らない表情だったが若干嫌そうにその報告を聞いていた。
「なんで嫌そうに聞いてるんだよ」
「ほら側近の狂信者の方。どうせまた叫んでるんだよ」
「当たりだ。狂化学者の方から正式に報告を受けた」
「で?」
「湧き出たのは瘴気の魔物で間違いない。だが魔界に残った残党を調べたところ何者かに操られていたことが分かった」
「……可能、なのか?」
「それは僕も思った。しかも司の命令を弾くぐらいでしょ?」
「鋭意解析中だそうだ」
魔王史真には側近が2人いる。最高神の座に居た頃からの側近である狂信者の方は魔界に堕ちた後も側近として仕え続けている。対して狂化学者の方は魔王に成ってから、しかも側近になったのは比較的新しいが誰よりも落ち着いて冷静に物事を見ることができる。そのため、側近としては狂化学者の方を重用していた。
「ま、彼なら嬉々として調べるから良いんだろうよ」
「アイツ俺苦手」
「言ってやるな。アレで有能だ」
側近2人を良く知る最高神と太陽の姫の従者、そして魔王。神哉と衛理は笑みを浮かべ、司は表情を変えることなく其処に居た。
ぐぅ、とお腹の音が響く。出所は神哉だった。
「流石の最高神様もアレと対峙したら腹減るか」
「だね……そう言えば僕アレと戦うの初めてじゃない?」
「……そうだな。お前の経歴からしてそうだった」
「っと、上級で清晃様が特級だった頃の側近やって、清晃様が最高神になったら特級になって側近やって、で、最高神か……確かに魔物退治に行く暇無いな」
「特訓していてもらって大正解」
「そりゃよかった……で?ちゃんと昼飯持ってきてるんだろうな」
「うぐっ」
「……食堂でAランチ」
「えっ今日のメニューなんだっけ!?」
「っと、確かロールキャベツだったはず」
「食べきれ」
「……はい」
「食育上手くいってるようで何よりだ」
チャイムが鳴る。そのまま神哉は食堂に連行され、司の見張り付きでAランチを完食する羽目となった。
放課後の図書室。資料を借りようと爽子は足を踏み入れていた。魔法関連の書物を常に入荷するその場所は殆どの生徒には勉強の場所。本をめくる音とノートにペンを走らせる音が外の体育会系部活の喧騒に混じって聞こえてくる。
「……あれ、陽菜」
「爽子さん。図書館来るの珍しいね」
「陽菜こそ」
談話のできるスペースで陽菜と爽子は話をする。雑誌なども置かれているその場所は騒がしすぎず穏やかな時間が流れる場所だった。
「爽子さんは何借りに来たの?」
「今度の実験科の授業で使う本。あと魔法防壁に関する本かな。ほら、明日から始まるって黒風先生も言ってたし」
「そっか明日からか。楽しみ」
「陽菜は?」
「えっと、魔法の本じゃないんだけれども」
そう言って陽菜は借りた本を取り出した。それはいくつかの大学の過去問題と魔法学科の過去問題。さらには国家公務員試験の参考書迄あった。
「……広域魔法防御課?」
「うん……そりゃもっと魔法も努力しなきゃいけないんだけれども、こっちの努力は今からでも遅くないかなって」
「陽菜らしいわ。真唯が心配していたわよ、陽菜に元気が無かったって」
「……爽子さん。あのね、ずっと思って居たんだ。なんで私が魔法戦闘科に振り分けられたんだろうって」
思い返すのは中学受験の日。面接の代わりに大体の適性を測るのだがそこで陽菜に言い渡された学科は魔法戦闘科。両親も、自分でも出来るわけがないと思って、それでも魔法の勉強がしたくて入学を果たした。ずっと、真唯には助けられてばかり。共通教養学科と他学科、そして戦闘科の座学で成績を維持し続ける自分は果たしてⅮ組に居ていいのか悩み続けていた。
「でもね、前に学年主任に言われたことがあるんだ。補佐するのも戦いだし、守るのも戦いだって……防壁覚えたら、私も、『戦える』ようになるかな?」
「……陽菜なら大丈夫よ。何なら防壁成績トップ狙っちゃいなさいな」
「で、出来るかな」
「出来るわよ。Ⅾ組司令塔ツートップの言葉を信じないのかしら?」
「……信じているから、ついていけるんだっ」
「そりゃよかった」
「それに、防壁って結構他学科の授業聞いてた方がお得みたいよ」
「本当?あ、私もちょっと防壁の本見てみたい」
「一緒に見ましょう?」
立ち上がり、爽子と陽菜は防壁の本がある棚へ向かう。入れ違いで図書館に入ってきたのは衛理。迷うことなく家庭料理の棚に向かうがその途中で爽子と陽菜に気付いた。
「熱心だな」
「あ、先生」
「黒風先生は何の本を?」
「栄養学の本。何せ食育しなきゃいけない問題児を抱えてるからな」
「あ~……頑張ってください」
「で、防壁か。明日からの授業、待ちきれないって感じか?」
「そりゃ、司令塔としては」
「防壁覚えたら役に立てるかなって」
「……そっか。藤森の地頭なら……こっちの本の方がおススメかな」
衛理が手に取ったのは爽子が持っている本より専門的な事が書かれている本。難しい顔をした陽菜だったが読み進め始めた。
「ちょっと難しそうだけど……これなら判らない事もないかも」
「流石」
「で、鴻レベルはコッチな」
書架から取り出されたのは子供向けに描かれたであろう防壁の絵本。思わず吹き出しそうになり慌てて口を塞いだ。
「ちょ。黒風先生っ」
「笑っちゃダメなんだろうけど……っ」
「だいぶ成績上がっては来ているが、ど~も理解力がなぁ?」
「真唯ですし。ある意味仕方がないんじゃないかと」
「そうなんだよなぁ……」
衛理は遠い目をしてしまう。2学期の期末テストで真唯は成績を上げた。だがそれは兄を取り戻したいが一心で励んだ結果。身に付いてはいるだろうが如何せん継続的な成績維持につながるとは衛理も思って居なかった。
「あっちはあっちでまた問題児だ。ま、実戦で何か掴むだろうし。良いんだがな」
「そうですね。真唯は実戦向きですから」
「だな。さて、藤森、なんかおススメの栄養系の本あるか?」
「あ、じゃあこっちですね」
「私も見ようっと」
3人は書架の奥にある栄養系の本棚へ向かう。静かな図書館、時折声を押し殺した笑い声がノートにペンを走らせる音の中で聞こえてきていた。




