31話 二学期の終わり、三学期のはじまり
魔法省の最上階。いつも着ている量販品のスーツから魔法省で着るテイラーメイドのスーツへと着替えた神哉は、暗い廊下で司と並んで缶コーヒーを飲んでいた。
「やっぱりね、どんなに力を持っていても、その力が膨大なモノであっても、それを受け止めてくれる周囲が居てこそなんだよね」
「そうだな……我らの力もあ奴らが受け入れなければただの異端だったな」
「ね。D組は凄いと思うよ……僕らの力も、鴻さんの力も、全部受け止められるなんて、器が広いどころの問題じゃないよ」
「確かに」
そんな彼らの足元、魔法省の各部門は現在大騒ぎだった。『幽暗』の残党探し、そして逮捕された頭目、『魔王』鵜木が持っている異端の力。緊急で行われる八議席の会議も議題は生命創造の力の事だった。
「……時間だな」
「だね。じゃ、行ってきます」
「早めに猫でも被っておくことだな」
「虎被りますぅっ」
神哉は暗い廊下を進み八議席の席に座る。そんな神哉を見送った司は空になったコーヒー缶をゴミ箱へ入れた。
昨日のお疲れ様会と称した飲み会では潰しにかかった現人間組が仮人間組に返り討ちに合い、清志は潰され、衛理も早々に脱落。潰した張本人たちは二日酔いの一端も見せず魔法省の仕事に向かい、潰された衛理と清志は二日酔いを何とか表に出さないようにしながら真唯の引っ越し手伝いをしている頃だった。
靖也は、自らの意志で『幽暗』入りしたものの主だった破壊活動に参加せず、最終的には殺されかけた点も考慮され『幽暗』の残党逮捕に協力することを条件に早めの釈放と相成った。もちろん魔法省の見張りは付く。だがそれでも真唯の元に靖也は帰ってきた。
その帰還の手助けをした内の1人である司は年越しにも集まる約束を取り付けた同僚たちを思っていた。さすがに潰そうなどと無謀なことはしてこないだろうから穏やかに年越しとして集まれるだろう。神哉が昨日持ち込んだ炬燵はおそらく年末まで司の家に備え付けられるのだろうから問題ない。さて年越しとは何をやるのだろうと思案したところで自身でもその集まりを楽しみにしていることに気付いた。
最高神として過ごした日々、魔王として過ごした日々、そして黒治司として過ごした日々。楽しいという感情を計測したことが無かったわけでは無い、だがそれは何処か乾いた楽しさだった。こんなにも温かい、陽だまりのような楽しさは感じたことが無かった。
「……そうか……太陽とはこの魔王すら動かすか」
そうして司は端末で連絡を取る。相手は二日酔い抜けきらぬ衛理。年越しに集まる際何が必要か問うために。司の胸に宿った暖かさは、魔王としてはあっても無くても同じものだが、司という人物にとっては嫌な感情ではなかった。
端末越しで元気が戻った真唯に年越しはテレビ見ながらすき焼きと熱弁された結果、司の部屋に新たにテレビが設置されて神哉をさらに唖然とさせるのだが、彼らにとってはそれが日常だった。
世間が煌びやかな空気に包まれるクリスマスイブ。静かな霊園の一角で靖也は祈りを捧げていた。
「……遅くなってごめん、父さん、母さん」
両親の墓所に手を合わせた靖也は揺れるろうそくの火を眺めていた。家の祭壇も、墓所の手入れも完璧にこなしている妹に驚きながらも成長を感じていた。
「お花足しとくべきだったかな……何日か前に来てたのにちょっとしょんぼり」
「寒かったから仕方ないよ。水は足したんだし」
寒空の下、真唯もまたろうそくの火を眺めていた。冥界に行って、此処に両親の魂はもう無いと解っていてもそこに居るような気がして、温かさを感じていた。
「……あの人、鵜木と同じだったんだ……」
「同じ?」
「真唯の力を無くしてしまいたい。そんな思いで『幽暗』に入ったんだ」
靖也は初めて鵜木と出会った時の事を思い出す。家の近く、真っ黒な彼に驚きながら、真唯の力を減らせるかもしれないとの言葉に乗ってしまった。
「真唯」
「なに?」
「その力、好きかい?」
その問いは真唯にとってはよく聞かれる部類に入る問い。いつもその問いには同じ答えを返すことにしている。力の由来を知ってからはより一層力強く。
「大好き。だって暖かいから」
「……そうか……」
兄妹は墓所の前で語らう。蝋燭の炎だけがそれを見ていた。
翌日のクリスマス。真唯は爽子、美穂と遊ぶべく全員の最寄り駅の中間点にある街に集合していた。
「お、遅刻無し」
「お墓参り行けた?」
「もっちろん。とりあえずなんか食べようっ」
年相応、女子高生らしくスイーツを食べるべくカフェに入り話の花を咲かせる。そこにテロリスト集団に立ち向かう勇ましさはない。本当に、何処にでもいる女子高生だった。
「そういやさ、黒風先生から来たメッセ何だったんだろう」
「え、何それ知らない」
「既読無いのアンタか真唯……見てみなさい」
言われて真唯は自分の端末を操作する。そこにあるメッセージアプリの中にある担任教師含む1年Ⅾ組グループには未読メッセージが溜っていた。
「……『ホールケーキの美味い店あったら教えてほしい』??」
「とりあえず推しケーキ屋推したら結構利用者居て冬休み明けに語り合いたい」
「爽子さん意外と甘いもの好きだもんね」
「今日もクリスマス限定パフェだし」
「限定って良い言葉よね……じゃなくって」
「『遅れたけど僕は知らない。何かあったの』っと。送信っ」
「勇者が居たわ」
「あえて誰も聞かなかったのに」
「え、だって気になるじゃん」
普段は授業内容の変更やクラス内の連絡に使われるグループ、次々に既読が付くとメッセージが受信された。
「……『神哉と司に極秘に出来るか?』」
「『出来る』っと」
「もちろんスタンプペタッと」
「クラス全員一斉送信笑える。『当然』っと」
25人分の是のメッセージの後、衛理のアイコンからメッセージが吐き出される。
「……『神哉と司、誕生日が1月1日なんだ。サプライズで祝ってやろうと思ってな』……マジか」
「え、私等も祝いたい」
「だよねぇっ」
「よっしゃ、『新学期サプライズは可ですか』……先生ばっかりサプライズするのはズルいわよね」
「流石爽子さんっ」
「あ、悠華も同意見っぽい。『サプライズしないわけがない』だってさ」
「……センセーも面白がってるっしょコレ」
「『思いっきりやってやれ』だもんね」
笑い合いながらグループ内で巻き起こるサプライズ内容談議に混じりながら話に花を咲かせる。穏やかな日常がそこにはあった。
正月。本当ならば今日、神哉と司の誕生日を祝いたいところだったが真唯達が知っているのは衛理の連絡先だけ。絶対に来年学年主任に送る年賀状は半分誕生日祝いにしてやると心に誓いながら真唯はポストを開けた。輪ゴムで束にされた年賀状を取り出すとそれ以外に魔力の塊のような紙が入っていることに気付く。そっと、手に取る。
「……もう何でもアリだよなぁ」
それは六嘉、六陽、そして秋央からの新年を祝う手紙。
『年始などあっという間。されど大事にするならばそうするのみ。息災であれ』
『真唯さん。年始のお祝いにこの手紙を送ります。新学期に魔法世界に来るのを楽しみにしていますね』
『そちらは楽しくやっているだろうか。今度のお茶会に参加できることになったので会えるのを楽しみにしています』
笑みを深くする真唯。おそらく今手に持っている年賀状の中に神哉と司からの年賀状も入っているのだろう。司は判らないが神哉は忙しいにもかかわらず真唯の学年全員に毎年、年賀状を送るマメさを発揮している。通常の年賀状と魔法で届けられたメッセージカード。そして自分の存在で階層のほとんどを賄えてしまう。後、会っていないのは幽王と無王だけ。その2名にもいつか会える気がしている。
「冥王さんと会えるの楽しみだな」
年賀状とメッセージカード。2つを手に取り真唯は家に入る。兄が作ったお雑煮が真唯を待っていた。
短いながらイベントごと目白押しの冬休みが明けて始業式。神哉と司は衛理の手によって戦闘科1年Ⅾ組のクラスへ連行されていた。
「え、なに、本気で怖い」
「……さすがにあのクラスでも命までは取るまい」
「ほらさっさと入れ」
神哉と司が教室に押し込まれる。響いたのはクラッカーの鳴る音。
「学年主任っ」
「あーんど黒治先生っ」
『誕生日おめでとうっっ』
クラッカーから射出された紙テープを纏いながら神哉は茫然と、司は表情変らず立ち尽くしていた。
「え……っと?」
「総員に説明する。日付が日付の為この2名、誕生日を祝われたことがまともにない。天界も魔界も新年を祝うという風習も誕生日を祝うという風習も無かったしな」
「え、六嘉さん達すらメッセージカードくれたのに?」
「……いやそっち初耳」
「あけおめはさすがになかったけど元気かな的なお手紙が年賀状と一緒に届いた」
「階層主でもフランクさが断トツかもしれない。特に冥王様」
「……秋央に負けてるってさ司」
「一番負けてはいけないのはお前では無いのか神哉」
がらりと扉が開く。其処に居たのはⅮ組と同じ階に教室が存在するC組召喚科、E組詠唱科、F組研究科の面々。
「ちょっと戦闘科っなに学年主任の誕生日とか聞いてないよっ」
「1月1日なんだってさ。遅ればせながらサプライズ」
「来年は盛大に祝うっきゃない」
「年賀状半分はハピバカードにしてやる」
わいわいと他クラスの面々も加わりお祝いムードは高まる。神哉は茫然としっぱなし、司も表情は変わらないがどうしていいか困惑しているようだった。そんな腐れ縁の友人たちと、来年の計画を立て始める1年生たちを交互に見ながら衛理は笑みを浮かべていた。
「ほらホームルーム始まるから他クラスは帰れ帰れ」
「はぁい」
「ちゃんと面白い事には噛ませなさいよっ」
「わかってるよ~っ」
しぶしぶ他クラスの面々はそれぞれのクラスに帰っていく。ホームルームを始めようと扉から教壇へ向かおうとした衛理を止めた影があった。それはついさっきまで此処に居た他3クラスの担任教師。
「黒風先生。学年主任の誕生日がなんですって?」
「1月1日です」
「くっ他人の誕生日にはクラッカー持ち出して祝うくせに自分の誕生日を言わないと思ったらっ」
「黒風先生。来年は是非教員陣でなにかやりましょうね」
「えぇ。勿論」
「……どうしよう司。なんか僕の誕生日凄いことになってきている気がする」
「気のせいではないから安心しろ。私は逃げる」
「おう司。逃げられると思ったか?ついでと言っては何だがお前も祝われてるんだからな?」
「黒治先生も!?」
「誕生日同じなんですよこの2人」
「こうなったら祝うしかありませんね」
「とりあえず魔法でクラッカー的な何かを作って職員室で」
「了解です。上と下のクラスにはどう連絡しましょう」
「ちょっと行ってきます」
「お願いします」
教員たちが上下の階に存在するクラスへ連絡に向かう。そこで思考停止していた神哉が動き出した。
「衛理ヤメテなんか怖い」
「大人しく祝われてろ。さて、ホームルーム始めるぞ?」
あわあわする神哉を連れ司は学年主任室に向かう。そんな彼等を見送ったⅮ組とその担任は笑顔を浮かべた。
「サプライズ成功だな」
「いやぁ先に黒風先生がサプライズやってるからどうなるかと思いましたけど」
「本当に誕生日祝われ慣れていないんだね」
「だな……それにしても、まさかクラッカーを常備しているとは思わなかったぞ」
「そりゃ、クラス名物ですから」
Ⅾ組のクラス名物。それは誕生日の生徒が居れば必ずクラッカーでお祝いをするというもの。長期休み期間という今回のような場合は始業式にクラッカーが鳴らされる。冬休み期間に誕生日の生徒が居なかったため今までは鳴って居なかった。
「あんだけバタバタしてたのに鴻の誕生日にもクラッカー慣らしてたよな」
「もはや義務ですから」
真唯の誕生日は12月22日。冬至に当たりやすいその日は大規模襲撃のほんの数日後。ちょうど登校日だったため派手にクラッカーは鳴らされていた。
「っと、始業式始まるな。とりあえず、今学期もよろしくな」
「もちろんっ」
「ついにワイバーンかドラゴンあたりがレギュラー化かなっ」
「特別な日のワイバーンが遂に……」
「魔法生物、もっと愉快な辺りが居るんだがその辺は戦わなくて良いのか?」
「戦いたい」
「是非」
「ま、今学期も適度に暴れて適度に学んでくれ。以上、講堂行くぞ」
少し雑に纏められ、教室から出る。ワンテンポ遅れて他のクラスも教室から出てくる。
そんな生徒の流れを神哉は学年主任室から見ていた。おそらく放課後職員室に向えば1年担任教師陣から祝われるのは必須。絶対に司を巻き込むと心に誓っていた。
「神哉。どうでもいい決意を固めている場合ではないだろう」
「っと、僕らも行かないと……なんでわかったの?」
「お前は顔に出すぎだ」
「出なさすぎ選手権万年優勝の司に言われたくないね」
「ともかく行くぞ」
2人は並んで生徒達の波の後ろから講堂へ向かう。
「……史真。人間世界、楽しい?」
「…………興味深くはあるな。でなければ天秤を傾け滅ぼしている」
「だよね……」
「お前は楽しくないと言うのか?深皇」
来るりと神哉は身をひるがえす。一瞬だけ長い若草色の髪が見えたが元の薄茶の髪へ戻っている。そして、満面の笑みを浮かべた。
「すっごい楽しい。人間の寿命分だけしか滞在できないのが惜しいぐらい」
「……そうか」
司は無感情に、だがそれでも暖かな心だけは抱え、駆け出す神哉の後を追った。
始業式が始まる。今日から、三学期だ。
【二学期、お終い】
二学期終わり。さぁ三学期が始まる。




