28話 『魔王』の望み
それは、まもなく終業式を迎えようとしているある冬の日だった。
破壊音があちらこちらから起きる。普通の学校以外、近隣の魔法学校が同時に襲撃を受けた。襲撃をした組織の名を、『幽暗』。
「ちょっこれ不味くない!?」
「家は対処できるけれども……他の学校はさすがに無理だよっ」
「っ……でも」
いつものように飛び出していた戦闘科1年D組が対処を考える。とたん、『幽暗』の一軍が水属性の攻撃で後退した。
「一旦落ち着きなさい」
涼やかな声が響く。それは戦闘科3年のジャージに身を包んだ生徒会長。後ろには3年カラーの戦闘科ジャージを着た他の面々も見える
「生徒会長!?」
「此度は大規模襲撃のようです。此方は先生方も対処に当たってくださいます。だから、1年生は均等に近隣の手助けに向かいなさい」
「……良いんですか?」
「体育祭の時、『幽暗』への対応は見ています。さぁ急いで」
「……お願いします。爽子っ分けるよっ」
「了解っんで、真唯っ」
「単騎突撃了解っ」
「いや単騎駄目だろ」
バインダーが炸裂する。いつものように木刀を持った衛理と、槍と剣を携えた神哉と司がそこには立っていた。
「里旗。学校は任せる」
「……はいっ」
「んで鴻は俺の見張り付き。木原、大埜。任せて平気だな」
「さんざん『幽暗』対策考えましたからっ」
「お任せをっ」
「渓愁は僕が、他の学校をお願い」
「おうさっ爽子さん、悠華、行こうっ」
真唯達が走り出す。戦闘科3年の面々は思い思いに武器を構える。それは彼女たちにとって実質初めての実戦。
「あの子達のように魔法対策課が来る前に倒しきることを考えなくて良いのです。魔法対策課が来るまで、彼らをこの場所へ押し留めなさいっ2年は援護を、1年を含む他学科は学校内を哨戒。速やかにっ」
指示が出され、生徒達が配置についていく。それでも、少しでも数を減らせば彼女たちの負担が減る。残った教員たちも武器を取り出し対処を開始する。
「総員、掛かりなさいっ」
そして、総泉女学園1年D組不在の戦闘は開始された。
同じ頃、渓愁高校も『幽暗』の襲撃を受けていた。魔法省の防衛ラインも突破され、異形の部分を持ったテロリストたちがなだれ込んでくる。それを最前列で迎え撃つ影があった。
「まったく……俺、本来の得意武器はこっちだっていうのにっ」
雷を纏った矢がテロリストたちを吹き飛ばしていく。陽咲清志は弓を携えたままテロリストたちの動向を注視していた。
「陽咲先生っ」
そこへ神哉と司が降り立つ。場所移動に使える最高位魔法、足場固定の魔法陣からの着地だったが誰も驚くことはできなかった。目の前の脅威がそれだけ大きいともいえる。
「神哉、黒治先生、どうして」
「家の子達が行って来いって」
「此処まで大規模となれば分散するのが得策だ。案ずるな、視界は常にあの娘たちを見ている」
「魔法省の防壁も完全に破られるのは時間の問題だ」
「……司、大変癪だけど陽咲先生の事頼む」
「任されてやろう」
「神哉?」
「大丈夫……権能が無くても、あれ位の敵ならいくらでもっ」
タンッと軽い音と共に神哉は槍を携え、テロリストの群れへ突撃した。
「神哉っ」
一閃の後、テロリストの翼が、尾が、角が切り裂かれる。神哉は確かに強くはない。だがそれは階層全体で見た話。人間界で降りて戦うのには十二分すぎる実力者だった。そして、実力を持たない神哉しか知らなかった清志はその光景を唖然として見ていた。
「神哉の実力は人間界においてはあのようにさして問題の無いものだ。本人は相変わらず知略派を名乗っては居るがな」
「そう……でしたか……ちょっと意外です」
「お前もおそらく力を取り戻せたのならばアレより動きは良くなるはずだ」
「精進します……というか、雷の力、上がっているのですがなにかご存じですか?」
「自覚したからだろうな。お前の力もまた雷の権能。そうであると自覚したならば余計に威力は上がるだろうな」
「なるほど……時に。アレの対処ってもしかしなくても異形の部分の切り取りですか?」
「弓矢には難しいだろうな」
「だから黒治先生もその剣なのですね」
「倒すだけならば武器など要らないのだがな。後始末を生徒にやらせるのもどうかと思ったので使い始めたのだが存外便利だ」
「そうでしたか……貴方は、どんな時でも変わらないのですね」
「そのようだ」
会話の間にも神哉は『幽暗』を駆逐していく。そうして見渡す限りに敵が居なくなったところで移動魔法を使い、倒れるテロリストたちを移動させ、防衛魔法を5重展開した。
「陽咲先生は一緒に来てください」
「その方が良さそうだ。何処に?」
「生徒達との待ち合わせ場所の、家の学校のグラウンドに」
「わかった」
残る教員たちに声を掛け、警戒を続けてもらった清志も思い出したばかりの足場固定の魔法陣で移動を開始する。あっという間に3人の雷の権能持ちはその場から立ち去った。
神哉達が道中のテロリストを排除しながら渓愁高校に到着した頃、真唯と衛理はいち早く周辺対処を終えて待ち合わせ場所になった総泉女学園グラウンドに到着していた。なお2人の移動も衛理が行使した足場固定の魔法陣だったが移動中、真唯は俵担ぎのままだった。
「ったく……さすがに数が多かったな」
「移動分で1番かな?」
「みたいだな。さすがに足場固定の魔法陣は天界で構築された魔法だから人間界では使えないだろうしな」
「爽子さんと悠華は羨ましがってたけど」
「あ~……足場固定有ると司令出す場所選ばなくて良いもんな」
「本当ですよっ」
続々とD組の生徒達がグラウンドに集結する。一様に疲れてはいたが怪我が無いことを確認すると衛理は息を吐いた。そして振り返る。
「さて……家の生徒に何の用かな?『魔王』鵜木」
「知っているはずだぞ?コラキエル」
空間転移の魔法陣が2つ展開される。そこから現れたのは『魔王』鵜木と靖也。
「兄ちゃんっ」
「……真唯」
「もう止めようよ……どんなに敵が大きくたって、僕は手の届く範囲なら助けにだって行く。だからっ」
「……駄目なんだよ真唯……真唯のその力を、無くしてしまわないと」
「それこそ、一番駄目だっ」
「真唯」
「この力は、皆を助けることが出来る、魂だって綺麗にできるよう道しるべになれる、大事な、大事な力なんだ」
「……そういう事です、真唯のお兄さんっ」
「家のエースの大事な力、あげるわけにはいかないんだからっ」
「真唯ちゃんの力は、私達にとっても暖かい力なんですっ」
D組の面々が真唯を囲んで靖也を見る。例えば親友の兄であったとしても親友が大事にしている力を奪おうとするならばそれは自分たちの敵だった。
「……だ、そうだ。俺としても今更鴻が普通の生徒になっても拍子抜けというか、単純に教員レベルとクラスの実力差が開くから路頭に迷いかねないのでこの間まで居て欲しいだけだが」
「センセー……」
「それに、知っているよなアイオエル……お前が死んで幽界に行った後、俺はあの天上界のアエトス姫の護衛として生きて、そして姫の死と共に後を追った馬鹿野郎だ……そんな俺が、太陽の力を、姫の遺したこの力を、誰かに渡すと思ってんのか」
衛理の持っている木刀が、変化を遂げる。細身の刀身を持つ剣は白銀の飾りに彩られ、オレンジの宝石がはめ込まれていた。
「その、剣は」
「この剣こそ姫への忠誠の証。姫の遺した力を奪う事は、コラキエル・ギャルド、黒風衛理の名のもとに、絶対に許しはしない」
その剣に、真唯達は見覚えがあった。クラス全員で初めて魔法世界に行った時、六嘉が出してきたコラキエルの写し身という存在、その腰に佩かれていたのが目の前の担任が持つ剣だった。
「……センセーの言うとおりだよ兄ちゃん……この力は太陽のお姫様がくれた大事な力。何度だって言うよ。この力を奪うって言うのならば、それは僕の敵だ」
「真唯……」
「非常事態だから武器とか貰えない?」
「学年主任の許可が無いから却下だ」
「ケチ」
「ちぃっ」
生命創造の力が発動する。現れたのは泥、水、土、草、木で出来た人形たち。衛理と爽子、悠華の索敵魔法が完了する。
「相変わらず魔物100%っ」
「真唯っやっちゃいなさいっ」
「おうさっ」
「皆もやるよっ」
「頑張るよ~っ」
D組の大規模戦闘が開始される。それはクラスで初めて魔法世界に行った時、城門前攻防戦で行ったフォーメーションの掩護多めバージョン。あの時戦闘要員だった陽菜のような普段の掩護要員はそのまま掩護に回る。戦える戦闘要員は真唯と衛理の邪魔にならない位置で敵を粉砕していく。司令塔は相変わらず爽子と悠華。D組が使える最も強いフォーメーションが完成していた。
「なん、だ、この強さ、は」
「……真唯……?」
「これが僕のクラス、D組みんなの力っ」
「戦闘科1年D組っ舐めたら痛い目見るわよっ」
「文字通りにねっ左に掩護射撃追加っ」
「真唯っ出すぎっ先生に合わせてっ」
「っと、センセー遅いっ」
「お前が早いんだっ」
「だがっ数さえ賄えればっ」
さらに魔物たちは生み出されていく。だが、それを一掃する矢が放たれた、鵜木の横をすり抜け着弾したその力は目も冴える雷の力。
「大丈夫かい!?」
「あ、えっと隣の陽咲先生っ」
「どうして」
「げっ『魔王』来てるじゃん」
「……手間は省けたな」
「司っそんな場合じゃない」
「その通り。先に一掃してしまおう。神哉、黒治先生っ」
「わかっていますっ」
「……あぁ」
D組を乗り越え、真唯と衛理を乗り越え、彼らはその場に降り立った。そして3つの雷の力が、出現させられていた魔物たちを掃討していった。
「そ、その、そのちか、力は」
「……隣の学校とは言え、受け持つ生徒と同い年の、しかも女の子ばかり。どんなに自分が危うくなったって見過ごすわけにはいかないよね」
「……陽咲先生は、変わりませんね」
「そうかな?」
「ま、まさ、か。清晃、さ、ま」
「……清晃としてより、その前、史真様の従者として居た頃の方が君には近かったね、アイオエル」
「……いや、マジビックリした。髪色と長さ以外清晃様まんまじゃないですか」
「君は髪の長さだけだけどね。ひさしぶり、コラキエル」
「そん、な」
ほほ笑む清志に衛理はため息で返し、鵜木は目に見えて動揺を見せた。そして学年主任が張った防壁の後ろで真唯とクラスメート達は合流する。相変わらず何か知っていそうな真唯を捕まえながら。
「おっと。また私達の知らない場所で事態が展開している気配」
「そしてまた真唯だけが知ってる気配もねっ」
「良いの、学年主任」
「『魔王』も察したみたいだし、良いんじゃないかな」
「んとね、陽咲先生、清晃さんの魂と記憶持ち。んで実は清晃さんって黒治先生こと史真さんの従者だった経歴有り。その他複雑なことあるけど本人にどうぞ」
「いろいろ複雑把握」
「これ、では、意味が無い」
「……あぁそうだ『魔王』鵜木。お前だって気付いているはずだ。魂だけのこの方ならまだしも、もう清晃様はこの世に生れ落ちている。そうすれば例えば力を持っていても、例えば記憶を持っていても、それは全く別の力であることを」
「みと、めない、みとめて、なるものか」
鵜木は動揺を隠さなくなってきた。靖也はそんな鵜木から間合いを取っていた。思わずの防衛反応。それほど今の鵜木は爆発寸前だった。
「……君は、いったい何がやりたかったんだ」
「なに、が?」
「そうだ、俺の魂を探しに幽界まで行こうとしたり、その為に階層主の権能や太陽の力を手に入れる。何が君をそうさせるのか。清晃の魂を持つ者として、そして教育者として、興味があってね」
「……知れた、こと。清晃様の、魂を、使って……私の、魔法を、この世から、消し去りたかった」
「それは……」
「そう、だ。魔法さえ、なければ……こんな……こんな力、使わず、に、済んだのに」
言葉に、誰もが押し黙る。魔法を消し去りたいというのは魔法テロリストが掲げる比較的よくある標榜。だが、それが個人の魔法の力を消し去りたいと願うのは異常にして異例だった。
「あぁ、そうだ……わたし、はこの力を、消し去りたい……生命、創造の力など、欲しくはなかったっ」
「……それが、望みだと……己の力を消し去りたいがために、こんな事件まで起こして」
「兄ちゃんっ兄ちゃんは知ってたの!?」
「……『魔王』様……?それは……本当なのですか」
「偽りなき、本当だ」
取られた間合いの間に、刃が現れる。それは靖也に向いていた。
「なにっをっ」
「こうなれば、あぁこうなればっこの者の力、欠片にして使うのみっ」
「兄ちゃんっっ」
「真唯っ」
「鴻っ」
真唯は飛び出し、滅多に使わない推進のための炎を使って兄の元に辿り着く。抱えて飛び込むが、刃は兄妹を狙う。
血が舞った。真唯の肩に刃がぶつかる光景を、茫然と靖也は見ていることしかできない。倒れ込む真唯と靖也。抱えた妹の身体から流れる血を見て、靖也は決定的に自分が間違えたことに気付き、涙を零した。
「真唯ぃぃっ」
兄の絶叫が響く。必死に靖也は真唯の身体を抱きしめて、離さなかった。




