26話 願掛けの期末試験
その日が来るのをある意味真唯は心待ちにしていた。
「よしっ……じゃあ行ってくるね」
いつものように両親の写真に挨拶をしてようやく慣れてきたマンションから学校へ向かう。
「おはよう真唯っなんかようやくって感じじゃない?」
「襲撃も多かったけどね。雑魚ばっかり」
「おはよう爽子さん、美穂。僕が暴れられる相手が来ないってのがね」
学校へ向かう学生の群れに彼女たちはまぎれる、そして学校に着けば1年の学年棟へ向かい、教室にカバンを置く。その教室の黒板には大きく、『期末試験特訓期間』の文字が踊っていた。
「だいぶ調子いいから頑張っちゃうかなっ」
「あんまり頑張りすぎると魔力計測器特訓に逆戻りよ?」
「そこは遠慮したい」
彼女たちは笑い合う。黒板にも書かれているように、今日から彼女たちは期末試験前の特訓期間へと移行するのだった。
魔法学校のテスト前特訓期間は特別だった。殆どの学校で行われているのは所属学科の集中特訓とそして他学科補講的特訓の2本立て。総泉女学園でもその手法を取っていた。
「そこは39ページの理論を使えば3割ほど早くなるのではないか?」
「うえぇっ!?」
「あ、ほんとだ。さっすが黒治先生」
「わかんないのにさらにわからなくしないでよ~っ」
D組の生徒が他学科の補講を行い、時折憂さ晴らしに魔法戦闘科の実技特訓を行う中、真唯は端の方で1人教科書と向き合っていた。なるべく楽しそうな戦闘科の実技は見ないように。そちらに背を向けて。故に後ろから時折衛理と司が覗き込んで余分な知識を与えては去っていく。
「鴻。学科どうだ?」
「……頭割れそう」
「割るな。たまには頭も使ってやれ」
「あぃ……」
そんな真唯の様子をほほえましく見守るのがD組の生徒達。彼女たちは知っていた。真唯が苦手を公言している学科に取り組む理由を。そして真唯が本気でそれを成し遂げようとしていることを。
「えっと?防壁に強度を持たせるには?」
「はい思い出そうね学年主任の防壁。あと黒治先生のもかな。黒風先生も緊急用はそっち使ってるんだよね」
「学校のとは違う……違う……違う……あ、端の文字?」
「正解。じゃあどう違うか」
「えっと、学年主任の防壁は魔法文字で完全防御になってて……学校の防壁には防御だけ?」
「そういう事。つまり端の文字に意味を持たせて強度を上げているってことだね」
「よく覚えていたわね。割るの専門の癖に」
「最近たまに防壁張られる側になるからかなぁ……あ、でも1回だけ学年主任の防壁の文字すっげぇ長さになってた。しかも全然読めない文字」
「あぁ……多分アレ神代の魔法防壁。学年主任ってたま~にうっかり神代の魔法使うんだもんなぁ」
「人間界に無い魔法とかね。あと神様の権能……は、クラスでも頼ったことあるっけ」
「あったね学園祭の時。あれさ、持ち帰った家管轄の魔法対策課の人が事故に巻き込まれそうになった時ぎりっぎりで助かってその代わりお守り壊れていたってことがあったらしいよ」
「さすが最高神の加護付きお守り。実験科の内容は明日やろうね」
「ふぁい……」
成績トップクラスの爽子と悠華が付きっきりで真唯の勉強を見る。そうしていると戦闘フィールドに神哉が走ってきた。
「あ、居た。えっと鴻さん……は、当たり前にダメか。衛理、司。2人の目線で見て一般高校生より少しすごいレベルの子って?」
「藤森」
「そうだな。清志に見せてもらった授業内容から考えれば藤森が妥当だが」
「ん、わかった。鴻さん、学科の息抜きに一緒に来る?」
「何処に?」
「隣。渓愁高校」
「……行く……文字辛い」
「そうね。真唯にしては頑張った方だし」
「でもなんで渓愁?」
「ちょっと、隣の学年主任の先生に相談されちゃったから?」
あれから神哉は清志と頻繁に連絡を取っている。さすがの衛理と司も神哉の清志への甘さにあきれ返った。
「……お前なぁ」
「いや、だってさぁ……とりあえず、木原さんも鴻さん抑止に来て欲しいかも」
「わっかりましたぁっ」
「陽菜っちご指名」
「私、で、良いんですか?」
「お前でちょうどいい。何があったか知らないが状況と場合によってはへし折ってきていいぞ」
「そうだな」
そして真唯達は渓愁高校へ足を踏み入れた。当たり前だが渓愁高校も期末試験前特訓期間。そんなところに他校生が来れば視線を集めるのは必至。他人の視線を気にしない真唯と気にならない悠華はともかく人の視線に敏感な陽菜は縮こまりながら神哉の後をついていった。
「やぁ神哉。ありがとう、無茶を言ってしまって」
「陽咲先生の頼みなら。で、問題の……うわぁ……」
「……えっと?」
「?」
真唯達の目の前に広がっていたのは渓愁高校戦闘科の燦々たる状況。真唯たちの学校の期末テストが3重防御の各種スライム盛りであるのに対し、普通の高校の1年生2学期期末テストの内容は的3枚抜き。だが渓愁高校の誰1人として1枚目は破れても2枚目以降が破られていなかった。
「……学年主任。コレ、何」
「わかる……家の学校見ちゃうと感覚麻痺するの……あの3枚抜きが本来の君たち学年の課題なんだよ」
「「は」」
「わぁ……真唯ちゃんなら消し炭も残らないね」
「……ちなみにどの子が?」
「こちら、担任と司推薦の藤森陽菜さんです」
「よろしくお願いいたします」
「渓愁高校1年学年主任の陽咲清志です」
「こっちは見学の」
「あ、えっと総泉女学園1年戦闘科D組学級委員長の木原悠華です」
「同じくD組の鴻真唯ですっ」
「……そうか……ともかく、無理だ出来ないを繰り返す家の根性無し共に目に物を見せて欲しい」
「あ、黒風先生の折って良いってそっちの。てっきり物理的に骨をって意味かと思って真唯ちゃんじゃないんだから無理だなぁと思っていたんだぁ」
「……陽菜っち……さすがクラス随一の天然」
とことこと陽菜は清志に連れられ戦闘科のフィールドへ向かう。その気配に戦闘科教師は顔を上げた。
「陽咲先生……彼女は?」
「隣の総泉女学園の子です……」
「藤森陽菜です。えっと、クラスでは一番戦闘科学科の成績悪いんで、お手伝いになるかどうか判りませんがよろしくお願いいたします」
「とりあえず3枚で良いかな」
「はい」
そして生徒達は的から離れ、陽菜はその場所に立った。
「雪柊先生。念のためいつものお願いします」
「あ~……そうだね。念のためは必要だね」
念のためは的背後への防御障壁。運動神経もよろしくない、加えてクラス最下位の成績と聞こえていた戦闘科の生徒達は自分たちと同じように出来るわけが無いと高を括っていた。
だが、藤森陽菜もまたあのD組の生徒であり、D組の最下位がイコールして一般高校の最下位にならないという事だった。
3枚の的は、風魔法で縦に切り裂かれた。防御障壁は少しだけ植木の外にあった為植木を巻き込んで。何が起きたかわからない渓愁高校の戦闘科生徒達と教師は目を疑った。
「…………は?」
「……えっと……だね……的は撃ち抜く方が正解なのだけれども」
「あ、ごめんなさい、いつもの癖で……えっと撃ち抜きは自信無いですけど頑張りますっ」
そして的は再生される。今度は、正確に、その的の中心を陽菜は撃ち抜いた。陽菜は、確かに運動神経は良くないがコントロール能力は一流で、その1点だけでD組に居ることのできるだけの成績を維持していた。
「……えっと、陽咲先生?この子本当に?」
「いや、俺もビックリ……神哉、ほんとにこの子最下位なの?」
「中間成績お出ししましょうか?木原さん、行って良いよ」
「やったっ」
そして用意された的は学園祭の最高難易度と同じ10枚。さらには冥界行を賭けた抜き打ちテストと同じく極小の的。いやいやいくら何でもという空気をぶち壊すべく悠華は夏に切り替わったお気に入りの闇魔法の弾を練った。
「此処で納得しておかないと、100枚撃ち抜きでも足りないお馬鹿が出てくるからほどほどにねっ」
的は中央を撃ち抜かれていく。そして、10枚目を撃ち抜いたところで弾は消えた。さすがの光景に渓愁組は絶句。総泉組はいつもの事と慣れ切っていた。
「すごいね悠華ちゃん。私アレまだ5枚が限度なのに」
「陽菜も的破壊に関しては腕上げたじゃない」
「陽菜っちも悠華もスゲぇっやっぱりいいなぁ魔力調節できるの」
「あんたはもうちょい魔力抑えなさい」
「はぁい……今日も魔力計測器特訓頑張る」
「……うん、中間成績納得。そして最高成績見たくない」
「お出しする前に拒否られた」
「……と、ともかく。出来ないと嘆くのはいい加減にしろ。見ただろう、同い年の、しかも女子が、的切り裂きだの5枚抜きだの10枚抜きだのやっているんだぞっ」
「そうだな。出来ないわけじゃないということは証明されたわけだ」
「それとも何か?うちの高校は総泉に負けましたと土下座して降伏するか?」
「そ……それは……」
「流石に、やってやるっ」
生徒達に生気が戻る。そもそもの清志からの依頼は同学年である総泉の生徒の練度を見せて鼓舞させたい、という物だった。依頼達成の気配に神哉も息を吐く。やる気を取り戻した彼等彼女等を見届けた清志はそれを見守っていた真唯達に駆け寄った。
「ありがとう。さっきも見ての通り、出来ないやれないの1点張りで困っていたんだ」
「それでか」
「家の学校で的当て期末にしたら何枚必要かな?」
「あれじゃない?破壊OKで100枚用意して破壊できた枚数点数になる」
「えぇっじゃあ私30点になっちゃう」
「私だってその方法だと70点が限度よ。まぁ、100点叩き出しそうなお馬鹿が此処にいるけれども」
「その期末面白くなさそう」
「あはは……うん、面白くて、そして良い子達だね。神哉」
「……はい。さてと。そろそろ僕らもお暇しましょうか」
「帰ったら真唯の勉強見てあげないとね」
「がんばる……陽菜っちの特訓も僕参加したいし」
「皆に追いつかなきゃね。頑張る」
そうして真唯達は学園へと戻っていった。その背を見送った清志は、本当に幼い頃しか知らない、それでも一度だけまみえたことのある姫君の面影を残す少女を思い出していた。
「まったく……神哉も粋な計らいが出来るようになったじゃないか」
おそらく彼女が総泉女学園の最高峰にして太陽の力を持つ少女なのだろう。彼女が巻き込まれている状況も教えて貰っている清志はその背にかかる重責を思い、少しでも軽くなればと願っていた。
期末試験前強化期間はあっという間に過ぎて、期末テストの日を迎えた。ギリギリまでテキストを読み込んでいた真唯は学科の試験官が来るとそのテキストをカバンに仕舞った。
「……よっしっ」
真唯はある願掛けをしていた。それはなかなかに難しく、また困難な事。それでも願掛けをせずにはいられなかった。
(僕が期末テストを良い成績で乗り切ったら、兄ちゃんは帰ってくる)
祈りにも似た願掛けをクラス全員が知っていた。だからこそ悠華と爽子は付きっきりでテスト対策に明け暮れたし、他のクラスメート達も各々他教科の得意科目を真唯に教えていた。
それは担任である衛理、講師である司も知っている事、それでも手心を加えるつもりは更々なかった。それでは願掛けの意味が無いからと。
学科だけではない、実技も真唯は必死に取り組んだ。あれほど導入当初は嫌がっていた魔力計測器特訓も率先して行い、目標まではまだ届かないものの未発動時の魔力が25になるまでに進歩していた。その努力は各学科実技で発揮され、軒並みS評価の高評価を叩き出していた。
そして、戦闘科実技試験の日はやってくる。シープ、ウルフ、バード。各種スライムたちが3重防御を付けてフィールドを走り回る。
「じゃあ最後、1年D組5番、鴻」
「っしゃぁっ」
必死に覚えた教科書の内容も、魔力を調節した実技もすでに真唯の頭には無い。ただ目の前に居るのは真唯にとっては準備運動にもならない的だった。
「一応確認しておく。3種1セットで得点になる。ウルフスライムを何匹倒してもバードとシープを倒していなければ得点にはならない」
「つまりびょーどーに倒せばいいんだよねっ」
「そういう事だ。リソース要員は居るから思いっきりやっちまえ」
「まぁ、そういうことだ」
準備運動を終えた真唯は前を向く。衛理はスタートの為の笛を銜え、吹き鳴らした。
瞬間、フィールドに居たすべてのスライムたちが撃ち落とされる。その姿に司は即座にまんべんなくスライムたちを召喚、それすらあっという間に撃ち落とされていった。
「……自動カウンター入れて正解だな」
衛理のつぶやきも入らない。真唯のような生徒が居るため導入しておいた自動カウンターは目まぐるしくその撃破数をカウントしていく。そしてタイマーと同時に最後のバードスライムが撃ち落とされた。
「……得点は!?」
「……シープ74、ウルフ69、バード73……ってことは撃破ポイント69だな。鴻、知らないようだがこのテストは50体で100点満点な訳だ」
「……ってことは」
「いつも通り、文句なしのS++だよ」
歓声が上がる。相変わらず他学科も戦闘科のテスト内容を娯楽にしていて、中でも真唯のテストは辛かったテストの締めを飾る最高のエンタメと化していた。
テスト返却日、真唯は足早に今の家であるワンルームマンションへ帰っていく。そして両親の写真の前に滑り込んだ。
「見て見てっこの僕がA評価っ学科もCとかそこらへんだけど上がったんだよっ」
両親の写真に話しかける癖は冥界に行ってからも続いていた。其処に例えば両親が居なくても、真唯には大事な行為だったから。
「……大丈夫。兄ちゃんは帰ってくる……大丈夫」
真唯は話しかける。それは自分への問いかけにも似て。そして、彼女は今日も言葉を紡いでいた。




