25話 3人目の最高神
にぎやかなクラス不在回です
その彼は様々な経緯を経て最高神の座に就いた。天運が働いた場面もあるだろう。それでも彼は最高神として勤めを果たした。
人間界以外の階層に住まう者たちにとって瞬きの間であっても、彼はその百日間、最高神だったのだ。
清晃の魂を持つかもしれない人物が、隣の渓愁高校に居るかもしれないと知ってから神哉は早かった。様々なコネや伝手、果ては魔法省の権限まで使い、目的の人物を突き止めた。
名は陽咲清志。性別男性。年齢、神哉や衛理と同じ。渓愁高校1年の学年主任。担当科目は治癒科。
そこまで一気に調べ上げて、神哉が渓愁高校を訪れたのは秋の長雨が終わった頃。もうすぐ期末テストも近くなるその頃だった。
「……遅い」
「だ、だってぇ……てかなんで司まで」
「お前だけだと校門の前で戻りそうだから一緒に行けと衛理に言われた」
「衛理め……否定できないんだけれども」
渓愁高校は普通の魔法学校だった。1年生の戦闘科は的当てに苦心する。自分の学校じゃ考えられないなと思いながら歩いていた神哉は息を止めた。
そこに立っているのは、明るい茶色の髪を短めに切りそろえている青年。瞳の色は日本人らしく茶色。それでも、その色彩こそ、髪の長さこそ違えど、そこに、清晃が居た。彼は神哉と司に気付くと近寄ってくる。
「あ、えっと、総泉女学園の先生、でしたか?」
「は、はいっそ、総泉女学園高等部1年学年主任、雪柊神哉です」
「……魔法戦闘科補佐講師、黒治司だ」
「渓愁高校1年学年主任の陽咲清志です。どうぞ此方へ」
声もそのまま清晃で、神哉は泣きそうになるのを我慢しながら付き従った。泣けない、泣くことはできない。何故なら神哉と司の組み合わせを見ても何の反応もしなかった。となれば記憶が無いことは確実。
それでも、そうだったとしても、会えただけで神哉は幸せだった。
清志の案内で神哉達が入ったのは学年主任室。神哉の学年主任室は散らかっているのに対し綺麗に書類が整えられている。
「それで、俺にお話という事でしたが」
「あ、はい。えっと、最近『幽暗』が活発なのはご存じかと思われますが」
「えぇ……襲撃は無いものの、いつ家にも来るかと戦々恐々ですね」
「それ関連で、『幽暗』が探している存在が居るという話が家に襲撃に来た『幽暗』の奴等から聞けましてね」
「え?あの『幽暗』が?生徒は無事、だったのでしょうか。先生方も」
「その点は、はい。みんな無事です」
「良かった……」
優しい人なのだろう。『幽暗』が襲撃と聞いてまずは生徒の安否を確認した。そんなところもあの人に似ていて、本当に生まれ変わりなのだと確信してしまった。
「で、えっと、探している存在、でしたね」
「えぇ……調査した結果、それが、貴方。陽咲清志先生」
「……俺?」
「学校と、陽咲先生には魔法省からの護衛を派遣させます。絶対に何もおこさせないと誓いましょう」
「魔法省?」
「……申し遅れました。兼業して、魔法省魔法執行部本部長、八議席北西の席に座する、雪柊神哉と申します」
「魔法省魔法執行部本部長補佐の黒治司だ……先ほど名乗っておけば手間を取らなかったのでは?」
「八議席は最高機密だからね」
「八議席って……え、そんな、人が、なんで学校の先生を?」
「とある事情があって。とだけ。魔法省、そして担当魔法課にも伝手はあります。陽咲先生はどうぞ普段通りの生活を。ただ、狙われていることだけは覚えておいてください。護衛を外れるということはそれだけ貴方や……学校の危険となる」
「っ」
「……お話は、以上です。帰ろう司……司?」
「……やはりだな」
帰ることを促した神哉。だがそれを介さず司は清志の前に立った。その瞳が揺れているのを、司は見逃していなかった。
「私達を目にして、揺らいでいるな」
「ぇ?」
「っ……貴方達は……いったい」
「……神哉。先に、謝罪だけはしておこう」
「何を」
すらりと、剣が抜かれた。それはあの日、清晃を貫いた史真が持つ太古の剣と呼ばれる水晶の剣。あの日の再現のように突きつけられた剣に、神哉は迷わず最高神の槍を取り出した。
「司ぁっ」
「……この剣、見覚えが無いとは言わせないぞ……」
「……ぁ」
実際、清志は最初に神哉と司を見た瞬間から何か得体のしれない違和感を覚えていた。神哉には言いようのない懐かしさ、司には底知れぬ恐れを。だが何でもないだろう、気のせいだろうと蓋をして、彼らに接していた。
言われて清志は剣と、自分を見下ろす彼を見る。その姿に、腰までの長い髪の青年が重なって。視界の端で、切っ先が1ミリでも動こうものならばその槍を刺すと構える彼にも、薄緑色の青年が重なって。
あぁ、そう言えば自分は、あの夕焼けのようなオレンジの髪をしていたのだなと、思い出していた。
「……忘れる、訳ないですよね……自分を刺し殺した剣なのですから」
「……陽咲……先生?」
「……1人だけ武器無いの寂しいな……あれ位なら呼び出せるかな」
キンッと、剣が弾かれた。赤い刃の中華剣。その名を『神殺し』。とある青年が作った剣であり、特級天使ながら最高神の傍にいた為武器を持たなかった清晃が唯一手にした武器だった。それを知っているという事実に、それを覚えているという事実に、神哉は槍を取り落としていた。
「…………ぇ?」
「うん。ごめん。遅くなったね深皇」
「っ」
勢いのままに膝を付く。司が剣を収納し、清志もまた剣を格納する間も神哉は膝を付き続けた。
「……一応今は同じ学年主任仲間なんだし、そんなに畏まらなくても」
「いえ……いいえっ……清晃様に再び巡り合える奇跡をなんと言いましょう……」
「……えっと、史真様?じゃなくて黒治先生?コレどうしましょう」
「しばらくそうさせておけ」
「じゃあ……えっと、で。その『幽暗』が狙っているのは正確に言えば『清晃』の魂な訳ですか」
「そうなるな……だが、記憶も朧気だったのに加え、力も最盛期とは言えないだろう」
「おっしゃる通りで。えっと、神哉?学校の為にも魔法省の護衛はお願いするよ。俺は何とか自衛するし」
「清晃様もっ対象ですっっ」
「……だってさぁ」
「付き添って正解だな。神哉、いい加減神哉に戻っておけ。じゃないと家の学校の情報も話せないだろう」
「そ、そうなんだけど」
「話して。神哉」
その言葉も、その瞳も、あの頃のまま、それだけでも神哉は再び涙腺が緩むのを感じていた。
「えっと、まず大事なのは清晃様、陽咲先生の力の状態。冥王の推察が正しいのならば記憶も半分の筈ですが」
「其れは無いね。ざっと記憶を読み返しても違和感はない」
「ならば司の推察が正しそうだ。輪廻転生の輪に入った時に、清晃様の魂は欠けた。そして誰かの魂にくっついている……六嘉の情報から考えて、属性2個持ちが怪しいね」
「……だからといってまた全土に捜索魔法を掛けるなよ?無茶したら食育コースと言ってあるだろう」
「あれ本気だったの!?」
「……神哉……魔王に食育される最高神ってさすがに格好がつかないんじゃないかな?」
「司っせめて、せめて衛理だけにしてっ」
半泣きで縋りつく神哉。司は意も介さず微動だにしない。そんな2人の姿を見て清志は笑みを零した。この光景はきっとこの人間界でしか見ることのできない光景だから。
「……黒治先生と神哉は、付き合い長いのかな?」
「まぁ、コレが最高神になって以来と、こちらに降りてから、高校から大学院まで一緒だったな」
「そっかぁ……俺も神哉と高校生活送ってみたかったなぁ」
「陽咲先生……」
「っと、俺の力はまぁその内戻るだろう。最高神の力なんてものはレア中のレア。俺が記憶を取り戻した分いつかは引き合うだろう。だから次、そっちの学校の話を聞かせて欲しい」
何処までを話すか、一瞬神哉は迷った。だが相手は清晃の記憶を取り戻した清志だ。下手に隠すより、すべて打ち明けた方が間違いは無いだろう。
「……アエトス様を、覚えていらっしゃいますか?」
「えっと、天上界に生まれたお姫様だよね。息災かな」
「……1000年前、太陽の権能を行使する祭典の最中、何者かによって暗殺されています。今だ犯人は不明」
「っ……まさか、夏の太陽消失騒動って」
「えぇ。あわや人間界の太陽も失われる寸前。ですがアエトス様は記憶の代わりにその力をすべて輪廻転生の後の魂に引き継がせた。その太陽の力を持っているのが、総泉女学園1年戦闘科クラスの鴻真唯という少女。彼女の活躍もあり、人間界の太陽は維持、他の階層の太陽も復活しました」
「……そうか……もしかして総泉女学園に襲撃が多いのって女子校って言う理由だけじゃなくて」
「えぇ。故意に狙ってやってくる『幽暗』以外にもテロリストはその光の強さに反応してやってくる」
襲撃が渓愁高校ではなく総泉女学園に集中する理由。それは真唯の力の強さ。無意識に通常のテロリストたちはその力に引き寄せられている。それを知っているからこそ、神哉は魔法省に言って泳がせていた、周辺にはいくつか魔法学校もあるし、普通の学校もある。そちらに行かないのが何よりだ。それに総泉女学園には彼女たちが居る。
「ちゃんと守ってあげているんだろうね?」
「……最近は、ちゃんと護衛というか、えっと、天界軍第1部隊の部隊長だったコラキエル君って覚えていますか?」
「うん。あれだけ強ければね」
「アエトス姫、お転婆に育ちましてね?あまりのじゃじゃ馬っぷりに護衛が音を上げて……思わずコラキエル君を付けたのですが、目の前でアエトス姫を失った衝撃のまま自死して、輪廻転生の輪に入り、今黒風衛理という名前で1年戦闘科の担任やっています」
「そう……え、待って最近は?」
「いや……家の戦闘科というか……1年?規格外の生徒が多すぎて」
「教師より先にテロリスト退治に向かう程度だ。もちろん怪我などしない」
「……普通の女子高生が隣に居ると思っていた時期もありました」
笑いが零れる。同じ1年を見守る学年主任同士だが、その1年生の実力差はあまりにも大きい。非戦闘要員組であり、武器への魔法付与時に唯一真唯と同じ剣を選択したD組実力最底辺の藤森陽菜ですら渓愁高校の1年生全員に余裕で勝てるぐらいその実力差は開ききっていた。
「でも守ってあげなくては駄目だよ?」
「わかっているのですが……」
「守る前に特攻するからな。私すら間に合わないこと多々だ」
「魔王様が間に合わないんじゃ誰も間に合わないじゃないですか……」
「『幽暗』戦も衛理と司も戦ったけど3割鴻さんだよね」
「1割援護射撃組とお前で、残りは衛理と私だな」
「それは……俺が知っているアエトス姫とは違うのだろうけれども、会ってみたいな」
「その内まみえる機会を用意しておこう」
「お願いします」
「さて……最後に、清晃様に、僕から申し上げます」
「何かな」
神哉は居ずまいを正す。それは祈りであり誓いでもあった。まっすぐな瞳が生まれ変わった清晃を見る。
「もう僕は、貴方を失う選択肢だけは取らない。万が一にも『幽暗』が貴方様にも狙いを定めたその時には、最高神の権能をフルパワーで使うことも止む無しと考えています」
「……深皇、それは」
「ですので、どうか、御身大事にしていただきたく……先に告げた魔法省の護衛は最高峰の者を付けさせます。この学校にも、陽咲先生にも、何もないようにして見せます……僕に、最高神の権能を使わせないように、ご助力お願いいたします」
「……うん……わかった……あんまりフルパワー使うと他の階層主にも悪いしね……うん。わかった」
「……もしくはコレが最高神の権能を振りかざしても相殺できるように早めに力を取り戻すことだな」
「それの方が間違いないかな」
「つ~か~さ~っ」
「合理的な事しか告げていないが?」
「ははっ……あ、連絡先。俺が魔王様に殺されてから天界であった事とかもっと知りたいからさ」
「は、はいっ」
「……魔界の話もしてやろうか?」
「是非。後、神哉が無理していた時の保険用に」
「うぅ……」
そうして彼らは連絡先を交換し、それぞれの学校に戻った。
仕事を終え、話を聞こうと学年主任室を開けた衛理はしばしの沈黙の後その扉を閉めた。が、それは司の手で開けられた。
「どうにかしろ」
「っても……」
衛理は言いよどむ。其処に居るのは端末を掲げ、華でも飛びそうなほど喜びに満ち溢れている神哉の姿。長いこと付き合いはあるが、流石の衛理でもその姿の神哉は初めて見た。
「例の清晃様、本物で、記憶在りで良いわけか?」
「正確に言えば揺らいだところを私が突いたら思い出していった。今は記憶の補完に忙しいだろうな」
「なるほど……で、連絡先でも交換したのか?」
「清晃が死んだ後の天界の話や今の話を聞くためにな。一応私も交換しておいた。神哉の無茶への牽制に使えるかと思ったのだが」
「よくやった司。と言うかそうしたら魔法省に護衛派遣指示しなくて良いのか?」
「指示し終わって、終わったところでアレだ」
「……よし。司、食育プログラム立てるぞ」
「そうだな。カロリー計算と栄養素計算なら得意だが」
「俺もだ。そうだ、鴻に聞いたんだが、お前んち調理家電多いんだって?」
「あぁ、興味深くてな」
「1回見せてもらって良いか?どんなのあるのか気になる」
「良いだろう。ついでに神哉に食べさせれば良いだけの話だからな」
「ちょっ僕が幸せ時間に浸ってる間になんか司と衛理が企んでるんだけどぉっ!?」
衛理は悪い笑顔で、司は表情こそ変わらないものの少しだけ楽しそうに、それぞれ神哉を見た。一気に現実に引き戻された神哉は半泣きで旧友たちを見る。
「頭が回っていない、イコール栄養が行っていないという事だと認識したんだが、違ったか?」
「違わないだろう。なんだったら清志に今までの食事の話や鴻に聞いた林間学校ジャガイモ事件を流出させても良いんだぞ?」
「そ、それだけは止めて欲しい」
「よっし。司、仕事終わりか?」
「片付けてから行ったからな」
「神哉も帰るぞ。司の家で調理家電試作会だな」
「作りすぎたなら鴻に裾分けすればいい。アレも苦労しているようだからな」
「ちょっ僕の意見は!?ねぇっ」
意見は採用されず、結局そのまま神哉は衛理と司に連れられ司の部屋で調理家電試作会に付き合わされることになる。もちろんその絶品料理の作りすぎた分は真唯に差し入れられることになるのだが、至ってよくある、彼らの日常だった。




