24話 その差が、時折
靖也は秋の長雨続く外をぼうっと眺めていた。此処は『幽暗』の本拠地。日に日に勢力を拡大しながらも魔法テロリストという性質上地下に隠れる彼等だが、本拠地だけは地上に居を構えていた。
「雨か」
「『魔王』様」
「雨は苦手か?」
「……そう……ですね……」
「そう、か。そうか」
『魔王』が立ち去るのを見守る。そして靖也は再び雨の外を眺めた。
「……今年は、墓参り行けなさそうだな……」
あの日から秋の長雨は嫌いになった。きっと永遠に嫌いだろう。
ふわりと真唯達は冥界から魔法世界へと降り立つ。そこは双子女王の玉座の間。愉快そうに彼女たちは笑って出迎えた。
「久しいな深皇、そして史真」
「コラキエルさんもお久しぶりね」
「やぁ六嘉、六陽。君達が女子会だというから追い出されて大変なんだから」
「悪いな。女子会は女子会だ」
「……それはもうどうでもいい。お望み通り冥界に行ってきたぞ」
「うむ。深皇のその顔、やはりあの百日間の最高神、その魂は既に輪廻転生の輪に入っているか」
「深皇様。探すならやはり雷の権能かしら」
「その心算だけれども」
「今、人間界に雷の権能を使える人物はお前と史真だけだ」
「……それは確かなんだね」
「えぇ……でもね、感知できる範囲が狭すぎて何とも言えないんだけれども、属性を2つ持っている人間が1人少なくとも貴方が今居る国に居るわ」
「そして、雷の権能ではないが雷の威力が凄まじい人間は其方の居る国に全部で3名。まぁ内2名はそこな娘たちの中に居るわけだが」
「他の国も探してみたけれどもその領域に至っている人間は居なかったの」
与えられた情報を整理し神哉は唸る。女王達の証言が確かならば候補者は2人。幸か不幸か候補者は両方ともこの国に居るわけだが、それでも範囲は魔法界から見れば狭すぎて、人間界では広すぎて、探すのに苦労しそうだなと神哉は思案した。
「……厄介だな……権能レベルではない、されども人間の規格を少し超えそうな絶妙なバランスの人間を1人だけ探さなきゃいけないなんて……しかも属性2つ持ちも候補に入れて問題ない訳だし……」
「ってか誰だこのバカ共の権能に足かけたバカはぁっ1人は鈴鹿だろうがっ」
「魔力計測器特訓常連だもんな」
「よっしゃっあと少し」
「愉快な娘たちよな……さて、早く帰って主の魂を探したい此奴の為にも人間界へ上げるぞ」
「お願いしますっ」
「次のお茶会楽しみにしていますねっ」
「私達もよ。その時にはまた面白い話を聞かせて頂戴な」
「は~いっ」
再び上昇する感覚に包まれる。目を開けば、そこは学校の教室。時刻は後20分で戦闘科の授業が終わるころ。
「みんな元気?体具合悪かったらすぐ言うんだよ」
「了解っ」
「じゃああと20分だけど冥界についておさらいしておくか。神哉は、さっさと捜索魔法の準備でもしてろ」
「う、うん……じゃあ此処任せた」
神哉は足早に教室を後にした。下の階段に向かう気配から旧校舎ではなく本校舎の屋上で捜索魔法を行使するつもりなのが分かった。
「……センセー。捜索魔法って何?」
「あぁ……神代の魔法だから人間界に無くて当然か」
「そうだな。まぁようはインターネットの検索エンジンとさして変わりはない。条件を入れ、それを広範囲に広げて網を掛ける。違うところといえばヒットする該当が光り輝いて頭の中の地図に浮かぶだけだな」
「……巨大洗濯機の次はネットの検索と来た」
「まぁ通信端末の代わりに遠話の術式とかあったし。あながち間違いじゃないな」
「そっち聞きたいっもちろん冥王様の話も聞きたいけどっ」
「次の授業に響かない程度にな」
防音の結界の中、彼女たちの話題は尽きなかった。何せ今の今まで冥界に居て、しかも講師と思っていた人が本物の階層主である魔王だったりして。普通なら衝撃で混乱を起こすところを彼女たちは笑って許容していた。こんな程度に驚いていたらあの真唯の力を許容できないから。
衛理はD組の担任、司はその補助講師だが、D組以外を見ないわけでは無い。その日も他クラスの授業を受け持った後の放課後、衛理が職員室に帰ると神哉の姿はなかった。
「アレ?神哉は?」
「それが午後の授業も自習として……」
「……まさか」
職員室を出て空を見上げる。そして力の根源となっている本校舎屋上に足を向けた。既に司は到着していて、だが止めるでもなく、その光景を見ていた。
屋上のその中央、神哉は汗を流しながら何度も捜索魔法を行使していた。
「しっ」
「止めないで衛理っ……わかるでしょ?」
「……気持ちは、解らないでもない……だがこの国全土にそんな頻発させて捜索魔法をかけたのならお前の方が持たないぞっ」
「……それ、でもっ」
何度目かになるかわからない捜索魔法を神哉は開始する。もちろん毎回条件は変えている。だが何度やっても今頃放課後の予定を立てる少女達以外何も引っかからないのだ。
「神哉っっ」
身体が傾ぐ感覚があった。視界は横転し、そして、暗転した。
夢を見た。酷い悪夢だった。
水晶の剣で主は殺される。他でもない先代の最高神だった魔王に。それを目の前で、何も出来ず見ていることしかできない自分が無力で、腹立たしかった。
そう言えば、衛理と自分の共通点はそこだったのかもしれない。唯一無二の主を目の前で失って。だから迷わずあの夏至の日の自分はコラキエルを天界で保護しようとしたのかもしれない。
だけれども、自分と彼の違いはその後を追えたか追えなかったか。追えた彼は転生を果たし、追えなかった自分は今も最高神として存在し続けている。その差が、時折。
無性に腹立たしいと感じる時があるのだ。
目が開く。白い天井、見覚えのあるカーテン。保健室だった。
「おう、お目覚めのようだなバカ」
「えいり……?」
「もう雪柊先生っ何をやったかは聞きませんけれども魔力空っぽ寸前で此処に運ばれてきたときは驚きましたよっ」
「……すみませんでした」
「今日はもう帰れ」
「……でも」
「良いから。仕事は体力万端の明日にでも回しちまえ」
「……見張っていよう。どうせ私の仕事は終わっている」
「ん。頼むぞ司」
カバンを渡され、司に伴われ大人しく帰路に着く。マンションに辿り着くとちょうど真唯が食材片手に帰宅するところだった。
「あれ、学年主任と黒治先生。珍し」
「鴻さん」
「……学年主任、ご飯食べてる?」
「え、うん。人並みには」
「いやクラスでさ、細っこいよなぁって話してたから。なんか顔色悪いし」
「……食べてる、よ。うん」
よく見ている子供達だと神哉は内心感心していた。神哉の料理の腕はド素人。加えて多忙なゆえにインスタントか栄養補助食品で済ませていた。視界の端でふむと司が何か思案しているのを疲れ切っていた神哉は気付かなかった。
「鴻。今日のメニューは?」
「カレーっ牛肉の薄いのしか買えなかったけど」
「……3日前もカレーだったと記憶しているが」
「いややっぱり料理って難しいんだなと痛感。そして兄ちゃんありがとうと感謝中」
「……特別にそれを肉じゃがに変えてやる。材料を買い足してくるから神哉と共に私の部屋に入っていろ」
「へ!?良いの!?」
「構わない。2人分も3人分も変わりないからな」
司が近所のスーパーへ向かう姿を神哉は茫然と見送っていた。だって、だってあの司だ。人間界に来ても人とのかかわりを持たず、神哉が気にかけても意を介さず。それが、真唯のついでとはいえ誰の料理をすると言ったのか。しばらく固まっていた神哉は真唯の声に意識を取り戻した。
「学年主任?」
「あ、あぁ……ごめん、ちょっとびっくりして」
「学年主任顔色悪いし、黒治先生も気にかけてくれたんじゃないかな?」
「司が?まさかぁ……だって司だよ?魔王だよ?」
「それでもさ、黒治先生って優しいから」
目が見開かれた。それはかつて、最高神が客をもてなすためだけに作られた庭園であの姫が笑って言っていた言葉と同じこと。
『だって、魔王さん優しいもの』
生まれ変わっても、何度変わろうとも彼女たちは同じことを言うのだろう。ふっと笑みをこぼすと前に持たされていた司の部屋の鍵を使うべく、司の部屋へ向かった。
「お邪魔しま~す」
「うっわ予想通り」
「なんにもないね」
神哉も初めて入った司の部屋。そこは綺麗なまでに何もない無、だった。あるのはベッドとローテーブル、それらが乗るラグだけ。全て黒で統一されたそれら以外、司の部屋には何も存在していなかった。
「……あ、でも物ある」
「え、何何……何、この量」
唯一モノがあふれる場所。そこはキッチン、様々な調理家電や調味料に囲まれたその場所は司という存在を知っている神哉からすれば違和感の塊だった。
「戻った」
「おかえりなさ~い」
「おかえり……なに、この、調理家電の数。使いこなせてる?」
「人類の発展の成果と思い色々購入してみたが使いこなせると楽だ。鴻、ジャガイモ剥きぐらいは出来るな」
「うんっ」
「神哉は座っていろ」
「はい」
そして調理が開始される。肉じゃがの作り方を知りたがっていた真唯を補佐にあっという間に圧力鍋で煮込む段階にチェンジした。ご飯も炊きあがり、作り置きらしい副菜も添えて、出来上がった肉じゃがが狭いローテーブルに3人前置かれた。
「美味しそぉっ」
「圧力鍋が無いならば普通に煮込むだけだな」
「黒治先生スゲぇっ」
「……いやホント……なんでどうしてこうなった?」
「食べないのか?」
「食べます。いただきます」
それは、例えば他の人間が、衛理辺りが作ったのならば手放しで賞賛できる腕前の料理。ただ一点、それを司が作ったという点だけが、神哉が手放しで喜べない点だった。
「すっげぇっ黒治先生料理も上手いんだ」
「料理は科学、あるいは錬金術とはよく言ったものだ。材料を揃え、手順を踏めば誰でも美味しいものが作れる」
「……その、手順通りが難しい不器用も居るんだけど」
「あ~……林間学校のジャガイモ事件」
「なんだそれは」
「林間学校の話は?」
「神哉に聞いている。魔法世界に行き、その後に天界へと」
「その魔法世界から帰った時、天界行くの明日にしようってなったのさ。で、夕飯とりあえずカレーってなった時調理班の手伝いに来るセンセーの代わりに学年主任が来たんだけど。なんかジャガイモが半分ぐらいの大きさになる皮の剥き方で。調理班リーダーの陽菜っちが地味にキレて玉ねぎ切りを命じたって言う。その玉ねぎもだいぶバラバラだったけど」
「……さすがに、カレーを作れないのは拙いと思うぞ神哉」
「こちらのジャガイモと玉ねぎは黒治先生が切っています」
「うぐぅぅ……」
流石に何も言えなくなった神哉は黙って箸を進める。自分が料理壊滅的なのは解っている。だからこそ司が料理上手になってバランスが取れているのだと心に言い聞かせながら。それでも、カレーぐらいは作れるようになろうと心に決めていた。
「ごちそうさまっ」
「口に合ったなら何よりだ」
「……美味し、かった」
「そうか……今日はもう休め。魔法省の会議には病欠の札でも出しておけ」
「そう、する」
司の部屋を出て、真唯はご機嫌で自分の部屋に戻る。そして神哉は自分が住んでいる部屋を開けた。そこは司とは真逆の部屋。部屋には書類が溢れかえり、いくつか本なども置いている。去年の修学旅行で行った京都で買ったお土産なども並べられている。その代わりキッチンに生活感は無い。長らくお湯を沸かす以外の用途で使った記憶の無いキッチンを見ながら先ほどの光景を思い浮かべていた。
「まずは包丁と、まな板と……鍋かな」
いくらバランスを取るためとはいえ、負けっぱなしは性に合わない。自分がカレーぐらい作れるようになるからそっちがさらに腕を上げれば良い話だろう。そんなことを思いながら、神哉は揃える調理器具を考えていた。
なお、本当に魔法省最高議会八議席の夜の会合には病欠の札を出し、残りの7議席を騒然とさせるのだが真唯も司も、早々に眠りについた神哉も預かり知らぬ話だった。
明けて翌日。朝早く登校するため神哉が部屋を出るとちょうど司も出るところだった。
「よく眠れたようだな」
「……昨日は、悪かったよ」
「構わない。放置した私も悪いと衛理に怒られているからな」
「衛理が?」
「あぁ……とりあえず学校に行くのだろう?」
「うん……」
学校に向かう。少しだけいつもより早く出た為人は疎らだった。学校に着き、司は学年主任室に向かい、神哉は職員室に足を向ける。ほとんど人の居ない職員室、数少ない人の中に居たのは衛理だった。
「休めたようで何よりだ」
「……おかげさまでね」
「結局昨日の結果って?」
「……全土に向けて捜索魔法を発動させたよ……でも、居なかった……何度やっても、足元の彼女達しか」
「……なぁ、それって案外近くに居るだけじゃないのか?」
「え?」
「家の高威力組で見えなくなっているだけで、探し人の気配もまとまって感知しているだけなんじゃ?」
「……っ」
ガタリと神哉は立ち上がり、屋上へ向かう。衛理は司に連絡を入れながらその背を追う。そして屋上。移動魔法でショートカットしてきた司と合流し、神哉は昨日散々発動させた魔法を発動させた。そして、昨日とは違い、1つの塊ではなく3つの点として回答を返してきた。内2つは位置と住所からしてD組の権能3歩手前組。そして、もう1つ、少し彼女達とは違い弱めの、だけれども雷の強い力を持つ点が、ちょうど学園のある坂道を登ってきている所だった。
「っ『追尾』っ」
すぐさまその点に追尾魔法を付与する。点はそのまま総泉女学園とは反対側に曲がり、そしてその敷地へと入った。そこにあるのは道路挟んで向かい側に位置する魔法学校にして共学校、渓愁高校。
「い……いた……本当に……」
「大丈夫か?神哉」
「うん……あとは」
「あぁ……どれぐらい記憶と力を有しているか。それによって我らの対応も変わるからな」
その魂の持ち主が全てを記憶しているならば自衛してもらうのが一番だった。もし何も覚えていないというならば、その時は渓愁高校も護衛対象にしなくてはならない。それだけの価値が、それだけの力が彼には合って、だからこそ『魔王』は狙うのだ。
「……そうだね……衛理はD組を見ていてあげて」
「わかった。大丈夫だな?」
「大丈夫」
「そうだな。無理をしたら食育コースだな」
「お、それ良い。交代で弁当作ってやろうか」
「止めてお願いプライドが死ぬ」
「なら無理をしないことだな」
「そうだな」
「もう……」
そして神哉は、ようやく笑みをこぼした。




