23話 冥界へと
第6階層、冥界。そこは静かに魂の輪廻転生を見守るだけの場所。人間の魂は常に降り注ぎ、だが大半はすぐに輪廻転生の輪に入っていく。下層、幽界に落ちた天使や魔族の魂もまた時折ふわりと浮き上がり、輪廻転生の輪に巻き込まれていく。
魂が静かに廻るその地に、彼女たちは降り立った。ふわりふわりと魂たちはD組の周りを浮いている。
「……これが……魂って奴?」
「そう。亡くなったばかりの魂はこうして冥界に降りる。そして」
「輪廻転生の輪に入って、また別の魂として生まれ変わるのだよ」
D組の後ろから声が掛けられる。だが誰一人としてそれが危ないものではないと感じていた。それは今の双子女王にも感じる安心感。現れたのは神哉と変わらない年頃の、白髪の青年だった。
「やぁ深皇。随分と大人数だね」
「久しぶりだね。冥王、秋央」
ばさりと神哉の髪が第2階層で最高神として彼女たちの前に出た時と同じ長さへ、そして色も薄緑色へと転じる。それは最高神としての正式な姿。だが彼女たちには違和感の塊でしかなかった。
「あの長髪って天使には必須だったりしますか?天界行った時も皆髪長かったし」
「天使ってか、人間界以外は魔力を髪に貯めるからな。六嘉も六陽も長いだろう?」
「踏まないかなって心配になるの。あれって意味あったんだ」
「そう言えば六嘉さんが出してきたコラキエルさんの写し身ってのは髪長かったっけ」
「あんな感じか前世の先生」
暢気な会話を背後でされながら笑いをこらえる深皇。それはなぜか秋央も同じだった。
「し、深皇?あの愉快極まりない娘たちは?なんだか見覚えのある顔も見えるのだが」
「い、今僕が見守っている人間界の少女達です……訳合って冥界行に同行してもらって……もうだめ。ちょっと笑わせないでよぉっ」
「私も駄目だ……」
「あ、冥王さん意外と面白い性格してた」
「階層主ってそんな感じ?」
「幽王と無王は……魔王と変わらない感じだな。愉快な性格しているのは最高神と冥王と双子女王ぐらいだ」
ひとしきり笑ったあと、冥王は立ち直った。白髪から透けるのは藍色の瞳。静かに、彼は笑みを浮かべた。
「こほん……ようこそ、愉快な少女達よ。私は冥界の階層主、秋央。全員の名を聞きたいがそれは念のため止めておこう。見覚えのあるそこの娘と、その護衛の名だけ聞かせてもらおうかな」
「あ、はい。鴻真唯です。一応太陽の力持っていますっ」
「……こいつの護衛というかなんというか。元太陽の姫の護衛。黒風衛理。それが今の名前だ」
「そうか……ん?そちらに居るのは」
「……久しいな、秋央」
こつんと、靴音が響いた。司もまた漆黒の髪をいつもよりさらに長くし、そしてマントを纏った正式な姿で秋央の前に、D組の前に立った。その姿に対抗して神哉も服装を最高神のモノに変更したのを知っているのは衛理だけだった。
「おぉ……1000年前の最後の太陽権能譲渡以来だなぁ……史真」
「そうだな。1000年など我らにとっては瞬きの間の事よな」
「……えっと?」
「……はい。一応改めて紹介しておくね。あちら、第4階層の主にして僕の最大の天敵、元最高神であり現魔王である史真です」
「え」
絶叫が響き渡る。再び秋央は笑いに沈んだ。司、史真は前々からこの秋央という青年がよく魔界を支配できていたなとある意味感心を持って接していた。D組は初めて知る司の正体に驚く。そして双子女王との話が本当ならば神哉との因縁も深い筈。だが彼らは普通だった。
「……び、っくりしたぁ……」
「って驚いてないってことは真唯、あんた知ってたわね」
「うん、最初にあっちの『魔王』に遭遇した時に教えて貰った……さすがに学年主任との因縁はこの前双子女王の所で初めて知ったんだけど」
「あ、だからビックリしてたんだ」
「そりゃ驚くわよ……つまり、学年主任の目の前で先代さんを殺しちゃったのが黒治先生ってことでしょ?」
「……なお、ついでに告げるならばこの前の襲撃で私が使っていた水晶の剣があるだろう?」
「あの綺麗な奴。まさか」
「その時の剣だ」
「僕の最も嫌な地雷踏むよね史真も」
「仕方あるまい。あの時はアレが最善だった」
言いながら司はD組を覗き見た。そして内心で驚いてみせた。何故なら本来この話をして彼女たちの心に浮かぶのは嫌悪、忌避、そう言った感情の筈だ。だが彼女たちにその感情は浮かんでいない。あるのはただただ、驚愕だけ。
「は~……たまに黒治先生と雪柊先生の仲が険悪になる理由判明。そして納得」
「少なくとも太陽のお姫様暗殺事件よりずっと前ってことは1000年以上前かぁ」
「途方も無くて、ずっと恨み切れないわ」
「というかその先代さんの魂探しに来たんじゃん」
「そうでした。じゃあ殺した張本人餌にしよう」
「…………さすがに、魔王を餌にするのは止めておけ。側近が飛んでくる」
「え、じゃあ学年主任?」
「……そっちならワンチャン」
「無いからね?!」
愉快な応酬に秋央は完全に撃沈した。多少笑い上戸の気がある彼は日々変わらない冥界で、愉快なことに飢えていた。
「もう深皇最高」
「えぇ……あんま嬉しくないぃ」
「……お前達は何億年経っても変わらないのだろうな」
「まぁな」
「そりゃねぇ?ってそうだ。まずは秋央。先日の僕の権能についてなんですが」
「あぁあれね。魂たちもビックリしていたよ。何かあったのかい?」
「それがらみで来ています。騒がしてしまった事をお詫びします」
「受けましょう。で?」
「今人間界で魔法世界の双子女王が授けなかったはずの生命創造の魔法を行使している自称『魔王』という男が居るのですがね?」
「おや、魔王、代替わりかな」
「代替われる器ならばよかったのだがな」
「で、その『魔王』が太陽の力を質に階層移動の権能を欲しがってて、何するつもりなのかと思えば幽界に行って清晃様の魂を手に入れるって言われてキレたのがこの前の権能騒動でした」
「そりゃ深皇でもキレるな……お嬢さん方、付いてきなさい。衛理と史真はお嬢さん方に危ないことのないように見てあげなさい」
秋央の案内で冥界を進む。魂は淡い色を放ちながら浮いたり沈んだりを繰り返していく、やがて見えてきたのは大きな光の渦。
「此処が輪廻転生の輪。どんな魂も最終的には此処に入り、漂白され、記憶もなく別の魂として生まれ変わることが出来る。衛理が記憶を持ってしまったのはその悲劇に耐えられない程強く刻まれてしまったから。真唯さんが力を持ったのはその力が強すぎるためだね」
「……つまり、輪廻転生の輪は巨大洗濯機の可能性が」
「ちょ、それじゃ僕の力とか汚れ残しみたいじゃんっ」
「その点は鴻と同じく異議を申し立てるぞ」
「……せんたくき」
「ほんとこの子達最高。見守る役目代わらない?」
「いや代わりませんて」
「……まぁ、間違いでは無いな」
「史真まで……」
「……あぁ、やっぱりだ」
ふわりふわりと冥界に空いた穴から魂が昇っていく。光の奔流は渦に吸い込まれ、渦の一部となっていった。
「あの日、1000年前の太陽の姫の暗殺の後、帰ってきて姫の魂を見ようとして驚いたよ。幽界からたくさんの魂が上がってきているんだから。しまいには天使や魔物の魂すら幽界に入れず輪廻転生の輪に加わる始末だ。コラキエル、君の魂もその内の1つだったよ」
「……幽界に行ってなかったのか俺……」
「その分記憶が染みついてしまったようだったね」
「……で?その理由は?秋央」
「うん。幽界に問い合わせて判った。太陽の姫の魂だ」
「そっか。太陽のお姫様も幽界に落ちるんだ」
人間界だけは冥界に落ちるが他の階層は余すことなく幽界に落ちる。それは太陽の姫であっても同じこと。彼女の魂もまた此処に落ちたはずだった。
「そう。だけれどもその力は原初から続く太陽の力。それが剥き身で普段からちょっと薄暗い幽界に入ってごらんよ」
「……眩しくて逃げ出しますね」
「正解。一通り魂を冥界の輪廻転生の輪に入れたアエトスさんの魂は這い上がって輪廻転生の輪に入った。以降、幽界と冥界の魂たちは太陽の力に敏感に反応し、こうして太陽の力が来たことにより今はより活性化しているわけだよ」
「……待って、待ってよ秋央……じゃあ……じゃああの方は……清晃様は」
「その通り。今幽界に居る天使魔族の魂、1000年より前の魂は居ない。嘘だと思うなら確認して見なさい」
「っ」
深皇は慌てて幽界に通じる穴を覗き込む。置いてきぼりになった真唯たちは輪廻転生の輪に入る魂を見ていた。
「……死んだ人が、ああやって綺麗になって、新しく生まれるんだね」
「うん。その先は誰にもわからない。君のように膨大な力を持って生れ落ちるか、衛理のように記憶を持って転生するかしない限りはね」
「質問良いですか秋央様」
「構わないよ」
「黒風先生のように記憶を持って生まれ変わる事って在り得るんですか?」
「無いわけじゃない。無念、恨み、後悔。負の感情はあれで取り除けないこともある」
「じゃあ『魔王』もそのタイプってことか」
「黒治先生は『魔王』名乗られて怒ったり……しなさそうですけどどうだったんですか?」
「まぁ、改めて私以外が『魔王』を自称しても今更だと」
普段なら、ここで神哉のツッコミが入る。特に彼は最初期『幽暗』を調べ、『魔王』の名称を知って司に連絡を取ったほどだ。だがその神哉、深皇は必死に幽界を探し、そして茫然と立ち上がった。
「ほんとうに……いない……じゃあ」
「あぁ輪廻転生、その輪に入ったと思われるよ」
「じゃあ此処には先代最高神さんの魂は無いってこと?」
「その可能性が高い。だが仮にも百日間とは言え最高神だった方の魂だ。記憶も力も持って生まれているだろう」
「……前例が無い。故に可能性を考えておく必要があるな」
「例えば?」
「……あのお前ら曰く洗濯機で回されている間に膨大すぎる力が欠けている可能性などだな」
「あるいは魂自体が分かれている可能性も考慮するべきだね」
史真の、秋央の言葉に深皇は振り返る。此処にいないというならば、もう人間界に生れ落ちているというのならば、人間界で探し出すのみ。
「……っ……人間界に戻ったら、すぐに清晃様の魂を探す。さすがに手伝え史真」
「良いだろう。太陽の娘同様、興味深くはあるからな。力以外は漂白されたか、あるいは全てを覚えているか」
「でもよかったじゃん。此処に無いってことは確認できたんだし」
「そうそうっこれであっちの『魔王』が見当はずれの事してるって解かったわけだし」
D組メンバーも応じる。1人真唯だけはぼうっと輪廻転生の輪を見ていた。きっと両親はとっくの昔にここを通ったのだろう。そして漂白され、誰かの魂としてまた新たに生れ落ちているのだろう。それが無性に寂しく、悲しくなっていた。
「……この冥界にあるのは弔いと祈りだ」
「冥王さん?」
「人間の魂はすぐに輪廻転生の輪に入ると言ったがね、それはきちんと弔われている場合に限るんだ。その死を悲しんだ人間が多いほどすぐに転生の輪に入ることが出来る。逆に弔われない悲しい魂はさっきみたいにふわりふわりとこの冥界に浮いているんだ」
「……悲しんだ、人の多さに」
言われて真唯は思い出す。兄が必死にあげた葬儀の事を。剣道場の門下生はだれもが悲しんで、そして近所でも有名な夫婦だったことからあの日の事件を見ていた人達も悲しんで。きっとその悲しみが両親をこの静かな冥界ではなく、太陽の有る人間界へ押し上げたのだと思えば、それも悪くないと真唯は思えてきた。
「……そっか……あ、はい質問。此処に入るのは人間界行の魂ばっかりってことは天使や魔族の魂ってどうやって生まれてるの?」
「良い質問だね。簡単に言えば天使や魔族はある日突然発生するんだ。其処に切っ掛けは無い。ただ事象として産まれ落ちる。つまり、人間界の人口は増える一方になるね」
「だからか」
「もちろん例外もある。天界や魔界の主、つまり深皇や史真に見いだされた人間が手順を踏んで天界や魔界に行くこともある。そしてあまり無い事象だが……この輪廻転生の輪から勢いよく飛び出して天界か魔界、あるいは魔法世界に吹っ飛んでいく魂もあるよ」
「……遠心力ってスゲェ」
「鴻……もう俺すら洗濯機にしか思えなくなってくるから止めてくれ」
「本当に愉快な少女達だ。深皇は羨ましい。こんな愉快な子達を見守れるのだから」
からからと秋央は笑う。かつて魔王だった頃、彼は退屈だった。天界にちょっかいを出すぐらいには。史真に魔王の座を明け渡してからはこの冥界で、過行く魂の記憶を見ながら退屈のようで退屈でない時間を過ごしている。それでも、自由に動ける深皇が、史真が、羨ましかった。
「……さぁ。そろそろ戻らないと。あまり生身の人間が此処に居るのは拙いだろう?」
「そうだった。神哉、司」
「うん」
瞬き後に深皇と史真だった2人は神哉と司に戻った。そして階層移動の権能を行使してまずはと魔法世界へ向かう事となった。
「今日はありがとうございました冥王様」
「双子女王のお城には遊びに来てるので、もしよかったらその時にでも会いましょうっ」
「じゃあ、また」
ふわりと彼女たちは消える。太陽の力、それに負けないぐらいにぎやかなクラスが消えた冥界は再び静寂と寂しさが戻ってきた。
「……また……か……うん。それも悪くない先の話だ」
そして冥王は再び通り過ぎる魂たちの記憶を見る日々を続けるのだった。どうにかして上の階層である双子女王の城で行われる彼女たちの会合に出席できないか、考えながら。




