22話 抜き打ちテスト
第5階層魔法世界。そこは昼の光に溢れたのならばメルヘンな色合いをした木々が生い茂るファンタジーの国だった。その魔法世界の中心には白と黒のカラーリングが施された城が存在しており、その最上階に彼女達は居た。
「まず前提条件として、最高神は3代居る」
「初代は史真様。詳しくは知らないのだけれども……魔界に堕ちてそのまま魔王になったお方よ」
「三代目が其方たちもよく知るあの深皇」
「ふふっ深皇様の事本当にお嫌いなのだから」
「当然よ。あのへらへら顔に何度闇魔法を叩きつけてやろうかと思った事か」
その場所は広く取られていた。だが誰の会話が聞こえづらいということは無い。椅子には遠くの音も拾う術式が組み込まれており、彼女たちは彼女たちの話を聞くことが出来る。
「そして、二代目が清晃様……唯一落命なさった百日間だけの最高神様よ」
「……死んじゃった、最高神」
「じゃあその時天秤って」
「もちろん盛大に揺れたとも……アレはさすがに壊れるかと思ったぐらいだ」
「でも本当にすぐ深皇様が最高神になられたから、そこまで被害が大きかったわけじゃないの」
「さよう……第三次天魔大戦の方が酷かったからなぁ……」
「そうね」
双子女王の六嘉と六陽は紅茶を飲む。双子女王が招いた客たちも一様に茶や菓子を食べている。
「私達も噂でしか聞いたことが無いんだけれどもね」
「……清晃殿は、深皇の目の前で殺されたらしい……他でもない、魔王史真の手によって」
「それ……って……」
「真唯?」
戦闘科1年D組。彼女たちは定期的に魔法世界に降り立っては六嘉と六陽の茶会に招かれていた。なお引率しようとした衛理、及び神哉は六嘉に女子会であると断られ弾かれている。故に居るのはD組の面々のみ。
最高神である神哉があれほど激高した理由について聞いておきたくて、双子女王の知る限りで良いと百日間の幻の最高神とやらの話を聞いた結果が今までの会話だった。そして真唯だけが、魔王史真の今の姿を知っている。
「ごめん……えっと、その魔王に殺されちゃったのが、幻の最高神って人……人?なんだよね?」
「えぇ。百日間と名が付くのは本当に在位が百日間だったの。私達の時間感覚からしたら一瞬よね」
「そうさな……そして、深皇はその名がつけられるまで、清晃殿の直属の部下だったと聞いている。清晃殿が最高神になるその前からずっとな」
「なるほど。学年主任的にはずっと仕えていて目の前で失った大事な人の魂を貰うぞとか言われたら」
「そりゃ、キレる」
「魔法世界に居ても見える光だったわ。相当頭に来ていたみたいね」
「2撃目が放たれていれば一帯危うかったぞ?よくぞ止めたな太陽の」
「そりゃ止めるよ。僕だって殺さないように手加減頑張ってるのにさ?」
「真唯らしい答えだこと」
クラスからも双子女王からも笑いが零れる。紅茶は尽きず、茶菓子も尽きない。そうあるように魔法が掛けられているから。人間界に無い魔法があるこの魔法世界をD組の面々は気に入っていた。
「はい質問っじゃあ今その幻の最高神さんの魂って何処に?」
「順当に行けば幽界に居るだろうな。人間の魂は冥界で輪廻転生の輪にすぐ入るが、天使や魔族の魂は必ず幽界まで落ちる。そして些細な切っ掛けをもって輪廻転生の輪に入るのだ」
「正直、幽界に落ちた魂を判別するなんて幽王様でも無理だと思うわ。最高神の魂だからどこか違う場所があるのかもしれないけれども」
「……何処に居るか解らない魂を守るのはさすがに無理だよなぁ」
考え込むクラスの面々。ふと思いついた六嘉が口を開いた。
「一度冥界に行ってみてはどうだ?」
「六嘉?」
「幽界に行くことはできないだろう。あの偏屈幽王も歓迎しないだろうからな。だが冥王ならば貴様達を歓待するだろう。愉快なことが好きな御仁だからな」
「そっか。もし清晃って最高神さんの魂が冥界を通過して輪廻転生の輪に入ったならば冥王さんならわかるかもしれないってことか」
「って行く気満々じゃない真唯」
「だって手掛かりは欲しくない?」
「そりゃそう。でも黒風先生と学年主任が許すかなぁ?」
「そこはほら、許可貰えたら行くぐらいのスタンスで」
そして、お茶会は終わる。真唯たちは双子女王の権能で人間界へと帰っていった。
帰還した真唯たち。いつものように担任へ双子女王と話した内容を伝える。そして冥界に行く段になると案の定衛理のバインダーが炸裂した。
「お前らなぁ……あの双子女王黒い方の口車に乗ってどうする」
「でもぉっ」
「そりゃ双子女王と神哉の力を合わせれば人間界に帰ってくることはできるだろうけれども冥界だぞ冥界。人間が死んだあと行く場所に生きているうちに行く異常性を認識してくれ」
「そうなんだけどさぁ?気になっちゃうじゃん。清晃さんの魂が何処にあるのかとか」
「そうそうっきっと学年主任も気にしてるはずだって六陽さんに言われたっ」
「うぐっ」
「それにあのガチギレ学年主任の権能について冥王にもちゃんと説明に行った方が良いって六嘉さんが言ってたし」
「ぐふっ」
視界の端で神哉がダメージを受ける。意に介さない司とは裏腹に胡乱気な瞳でそんな神哉を見た衛理は深いため息を吐いた。
「その件は一旦持ち帰らせてくれ。さすがの冥界は俺らも初めてだからな」
「わかったっ」
「善処しますじゃ駄目だからね先生っ」
にぎやかに彼女たちは帰宅の途に付く。再び深いため息を吐いた衛理は視界の端で双子女王の言葉にダメージを受けたままの神哉と何事も動じていない司に声を掛けた。
「流石に玉虫色の回答じゃ少なくとも鴻を納得させられないぜ?」
「わ、解ってる」
「学年主任室で良いな?」
「そこしかないだろう」
「うぅ……六嘉も六陽も酷いよぉ……」
そして彼らは彼等だけの話ができる場所、学年主任室に業務終わり頃集まる。衛理は担任教師、神哉は学年主任、司も講師として最近忙しくなってきている。それぞれの仕事を終わらせれば日は沈みかけるぐらいの頃合いになっていた。
「さて……正直双子女王の言葉を叶えるには僕と司だけで行ってくるのが一番なんだよねぇ」
「そうだな……だがそれでは納得しないだろうな。あのにぎやかなクラスは」
「しかも冥王ってあの方でしょ?絶対D組と意気投合しちゃうし双子女王がしゃべってれば楽しみにしちゃう方だよ……」
「……さすがに、冥王の関連、俺なんかはそこまで詳しくは知らないんだが、そんなにだったか?なんかやたら気前のいい人ってイメージしかないんだが」
「冥王って、前任の魔王なんだけれどもね?」
「第一次天魔大戦、その理由を聞きたいか?」
「………………まさか」
「そのまさかだな。『ちょっと手合わせしたかったから』だ」
天を仰ぐ衛理。似たような物言いをしそうな面々に心当たりがありすぎた。
「……D組の同類じゃねぇの……逆になんで冥王に納まった?!」
「司が殴り込んだからじゃないの?」
「半分違う。現冥王はほぼ自ら私に魔王の座を渡してきた。そして当時は居なかった冥界の主が居ないことを気にして冥王の座に就いた。その後無王、幽王も現れ、現在の階層主が出来上がったわけだ」
「は~……さすが神話級」
「神話の最古級が此処に居るからねぇ」
神哉は司を見る。第一次天魔大戦の時は最高神として、第二次、第三次天魔大戦は魔王としてその最前線で戦った彼は何も言わず見ている。
「……でも本音言って良い?」
「特別に許そう」
「あのクラスが居るならともかく、僕と司だけで冥界行って、万が一にもあの方の魂を見つけちゃったら司を幽界に落として魂持って帰りそうで、そんな自分が嫌」
「……否定は出来ないな」
「お前の運動神経で私を幽界に落とせるとでも?」
「やりそうってだけ。やらないけど、やれないけどっ」
「そりゃそうだろうな」
司を排除することはそのまま天秤の傾けに直結する。故に神哉はどんなに思っていても実行には移せない。だが本当に司と2人だけで冥界に降り、主と仰いだことのある清晃の魂を見つけてしまったのならば、自分は何をしでかすか解らないというのが本音だった。
「その点あのクラスが居るってだけで僕は最高神やあの方の従者だった自分じゃなくて学年主任で居られる。それに、万が一でも、鴻さんが居てくれる」
「そうだな……あの権能最高潮のお前を止められた鴻の度胸は私も認めよう」
「止めたのに突っ走るのはどうにかして欲しいがな」
「それは言わないお約束」
溜息が零れる。結局、彼らの結論はそうなるのだった。
「せめて抜き打ちテストで全員A評価叩き出してからにしてくれ」
「Sと言わないあたりがもう妥協しているぞ衛理」
「仕方ないだろう。Sだと何人か引っかかるんだ」
「ん。その辺は任せるよ。なんて言ったってさすがの冥界だ。慎重になって余りあることは無い」
翌日。彼女たちに経緯は知らされず、戦闘フィールドで衛理はD組の前に立った。
「今から抜き打ちテストを行う」
「え」
「なんで」
「抜き打ちだからな。項目は2つ、1つは的当て。ただし的は特別製だ。もう1つはウルフスライム防御3重の撃破数テストだ」
「……なんか、簡単?」
「言ったな鴻。的当ての的はアレだ」
衛理が示した先、そこにあったのは司の手の中に納まりそうなぐらい小さい的。肩慣らしと称して普段大き目の的を使っている彼女たちはさすがの小ささに動揺した。
「……は?」
「アレの中央に当てられればS++だ」
「なに。本来1年の課題は的当てだと思い出してな。これならばお前たちの実力でも当てるのは難しかろう」
「あと3重防御は学校の防御じゃなくて司が特別に練った防御フィールドだから普段の威力でやっても割れにくくなってるからな」
「鬼ぃぃぃっ」
「はいほら久しぶりに出席番号逆から行くぞ」
そしてテストは開始される。だが突発的事態に異常に強い戦闘科1年D組。小さな的にも難なく当て、いつもより硬い防御も破壊してみせた。
「次。的当て、鴻。なお的を破壊する対応は却下する」
「えっ」
「……壊しても意味が無いからな」
「じゃあちっちゃい炎弾出すしかない……小さく、小さく……」
必死に真唯は炎弾を練り上げる。いつもスライム破壊に使うサイズよりはるかに小さく。そしてその炎弾を射出した。炎弾は一直線に的に向かい、中央から少しだけ外れた場所を貫通した。
「……ちょっとズレた」
「まぁでもS+って処か」
「そのようだ。炎弾も消えている。威力調節が上手く行っている証だな」
「へへっ」
「この調子で学科も如何にかして欲しいんだがな」
「まったくだ。私でもお手上げだったぞ?」
「うぐっ」
そして真唯はいつもより硬いと称されたウルフスライムも撃破した。もちろんS++ランク。クラスの成績を付けるため意図は伏せられその日の授業は終了。全員S以上の成績を持って衛理と司は神哉の元に向かった。
「……うん……ならば行ってみよう。其処に何もなくたって、行ってみることに意味があるかもしれないから」
密かに準備は進められる。その通知がなされたのは女王たちの元に行って、1週間後のホームルームだった。
「全員に連絡だ。明日、冥界に行くことが決定された。もちろん危ない橋だ。渡りたくない奴は明日欠席、もしくは保健室に行くなどして授業を休んでくれ。滞在時間を短くするために明日の授業時間、魔法基礎学の時間から次コマの魔法戦闘科授業までの時間で向かう。質問は?」
「必要なモノは?」
「無い。ある意味その身だけで向かうことになる」
「……よっし」
こうして彼女たちは心の準備を整える。そして翌日、体調不良で休む生徒も無く、魔法基礎学を保健室で過ごす生徒も居ない。欠けることなく25名、揃って制服で立っていた。
「じゃあ、行くよ」
階層主の権能、階層移動の魔法陣を神哉は発動させる。召喚学、詠唱学、研究学、実験学の授業をきちんと聞いている悠華は確かにあの『魔王』が使った転移魔法とは違うと実感した。そして目の前の人物が確かに権能を行使できる最高神であることも再認識した。
だがそれがなんだというのだろう。同じく転移魔法を正しく判別した美穂は神哉を見ていた。同じ雷魔法を使う美穂にとって最高峰の雷を操る神哉は目標でもあった。例えばそれが最高神の権能であっても、彼女にとってそれは目標だった。
真唯はふわりと体が浮く感覚に懐かしいと感じていた。今でこそ魔法世界によく招かれるため実感はないが階層移動を成しえた人類はおそらく真唯が初めてなのだ。あの日、あの夏の日、多少荒っぽく招かれた時の事を思い出し、それもまた面白いと笑みを浮かべていた。今から向かうのは人類が本当に立ち入ったことのない場所、冥界。そんなところに授業で行ってしまう自分たちが面白くて仕方がなかった。
「では、冥界に向かうよ」
ふわりと魔法陣が衛理とD組を包む。神哉と司は独自に魔法陣を展開し、そして、教室からは誰も居なくなった。




