21話 目的は
現魔王、史真。彼は遥か昔最高神の座にあった。だがその感情を理解できない欠陥を部下に糾弾され、魔界に降り立ち、当時の魔王を追い出して魔王の座に就いた。以来彼は魔王として、魔界を見守り続けている。
そんな彼は今、黒治司という人間として、総泉女学園の講師になり、そして人間界で『魔王』を名乗り続ける男、鵜木と対峙していた。
「……知ってなお私に挑む愚行、反省するつもりはなさそうだな」
「反省、など。するわけがない」
「そうか」
キンッと音が鳴り響いた。それは打ち込まれた司の剣が鵜木の出した防壁に阻まれた音。泥人形たちは鵜木を守るように集結するがそれすら一閃で始末する。神哉が手出しできない程の高速戦闘に真唯は唖然としていた。
「上に避難して正解だな……アレに巻き込まれる」
「センセー……魔王ってあんなに強いの?」
「……実際問題。神哉の、最高神である深皇の実力ってのはそう強いもんじゃない。ただ人間にしては強いぐらいの実力だ。だが司は、史真は違う。実力者が多数いる階層の中でおそらくトップクラスの実力を誇るのが史真だ」
クラスメートに聞かれないように、真唯と衛理は少しだけ小声で話す。そんなことをしなくてもクラスメート達は戦闘に夢中になっているし、雷の攻撃音で彼女たちには聞かれることは無いのだが、それでも小声になってしまうのはその秘密の強さからか。
「おそらく、お前が全身全霊全力で戦いにいって平然とできるのは司ぐらいだ」
「え、そんなに?センセーとだって手合わせが手一杯だし、ちょっと学年主任の方が手応えあったぐらいだけど」
「今度の授業で手合わせ申し込んでみるか?強いぞアイツ」
「それは、見ててわかる」
眼下では神哉が校舎に泥人形が行かないように薙ぎ払う中、司は鵜木へ攻撃を仕掛け続けていた。時折防壁にヒビが入るその攻撃はどんどん重いものになっていった。
「……でもさ、最高神と魔王の実力差がそんなにあるんじゃ、魔界と天界がもし戦った時危ないんじゃ?」
「実際、3度天界と魔界は戦っている。俺も2回目と3回目は前に体験したからな……でも、もう戦えないんだ、天界と魔界は」
「なんで?」
「授業でやったと思うぞ?人間界天秤理論」
その言葉に真唯はたっぷりと思考した。おそらく開いた教科書で見たかもしれない。だが頭の端にもその単語については何も存在していなかった。
「………………やったっけ?」
「魔法基礎学」
「寝てたと思う」
「神哉が泣くぞおい……簡単に言うと人間界は天界と魔界がバランスを取る天秤の上に乗っていて、そのバランスが崩れた時人間界は滅ぶと言われている理論だな」
「バランスを……」
「神哉だけが人間界に降りても駄目だ。それはバランスが良くない。だから司も上がってくる。魂の根幹が黒、悪に染まる人間が増えては駄目だ、白の人間を増やさねばならない。そうやってアイツらは必死にバランスを整え続けている。じゃあそんな時、黒の魔王と白の最高神が戦ったら?」
「天秤壊れる?」
「ついでに人間界もな。だから最高神と魔王は戦わない、戦えない。戦うとしたら、人間を見限ったその時」
「……見限られないようにしないとね」
「だな……」
とは言え、魔王はともかく優しい最高神が人間を見限るのは数万年後だろう。それでも見限られないために、バランスを崩さないために、最高神と魔王は常に心を配っているのだから。
「お前の、『幽暗』がやっていることは人を白から黒へ染める行為、許容は出来ない」
「貴殿、はそうやってバランスを取り続けている……天秤を、傾けるのは、そんなに恐ろしいか?」
「……恐ろしくはない。ただ、面倒なだけだ」
「そう、でしょうな」
空間に再び魔法陣が出現する。そこから現れたのは真唯の兄、靖也。だが異形に転じる気配は無い。
「兄ちゃんっ」
「鴻っ」
「真唯とりあえずストップっ」
兄の元に駆け出そうとした真唯を衛理とクラスメートは必死で止める。その間に、靖也は武器を手にした。それは簡素な槍。だがその槍を見た司は一瞬息を呑んだ。
「それは」
そして、戦闘は始まった。時折泥人形を巻き込んで行われる高速戦闘。神哉が先に倒れていた『幽暗』の構成員を移動させていなければ確実に巻き込まれたであろう雷と水の戦い。
「おかしい」
「何が?」
「だって、だって家は剣道場なんだよ?兄ちゃんがあんなに槍を使いこなせる筈がないっ」
「……そう、だろうなぁ?」
鵜木の瞳が真唯を捉える。その瞳には光が無かった。
「今、アレの中にはかつて、彼の御仁を討ち取る一歩手前まで。追い詰めた者の動きを組み込んでいるからなぁ?」
「っ……なんで……なんでそれを……いや、そもそも、なんで彼の動きを知っているっ答えろ、『魔王』鵜木っ」
衛理の問いかけに彼は笑う。鵜木は光の入らない目で、口だけ弧を描くように笑う。
「知っているからだ。なにせ、私もお前と、同じだからな。コラキエル」
「なに……?」
「我が名はアイオエル。かつては特級天使として存在し、第三次天魔大戦で命を落としし魂の持ち主」
その名に衛理も、神哉も覚えがあった。特級天使は殺戮を許された特別な天使。殆どが天界軍に所属し、トップの天使を中心に部隊長クラスが何名か存在していた。コラキエルは第1部隊隊長、そして、第15部隊隊長が、アイオエルだった。彼の部隊は後方支援。それは純粋に強さで分けられた天界軍の中で一番弱い部隊に押し付けられた役割。そして、確かにアイオエルが率いる第15部隊は隊長を含め、第三次天魔大戦の折、奇襲に合いその命を散らしていた。
「……はっ……懐かしい名前じゃねぇの」
「そうだね……でも、まさか第15部隊の隊長さんが魔王と互角になるとは」
「記憶が戻って以来、魔王を追い詰めたあのお方の動きを、研究していましたからなぁ」
「でも、なら益々謎だぜアイオエル。お前なら知っているはずだ。階層主の権能、それがバラバラな事も、人間に扱いきれるモノじゃないってことも」
それはあの日屋上で、鵜木ではなく靖也に掛けた問い。その答えを知っている鵜木はやはり笑った。
「ひとつだけ、あるじゃないかね。階層主共通の、権能が」
「……っ階層移動の権能?!」
「ってアレだよね。下は何処までも降りれるけど上は3階層が限度の」
「あぁ。そして、太陽の一族は第一層に階層主を招くことも、またどの階層にも行ける権能だったモノだ」
「そこまでは、要らない。太陽の一族の権能など、それこそ。人間に扱えないだろう?」
「……じゃあ普通の階層主が所有する階層移動の権能って訳か」
「理解できないな。そうまでして行きたい階層があると言うのか?」
「あぁ。もちろん……その名を幽界」
「……幽界だと?冥界ではなく、幽界に?」
司が靖也と距離を取る。自動人形のように靖也は槍を持って立ち尽くしていた。
「手に入れるのだ、あぁそうだ、手に入れるのだ。太陽の力を使って階層主の権能を、そして、手に入れるのだ。百日間の幻の最高神の魂をっ」
バチリと、空気が爆ぜた。鵜木の防壁が8枚割れる。かろうじて2枚残し、その攻撃は止まった。
「いま、なんて言った?」
爆ぜる。彼の周りが全て雷になったかのように。それほどまでに、いつも笑顔で朗らかな雪柊神哉という人物は怒りをあらわにしていた。
「ふはっ何度でも言おう、百日間しか、在位できなかった幻の最高神、その魂を手に入れると。あの方の魂を手に、入れれば全てを凌駕する力が、手に入るに違いない」
「……3度目は無い……」
ふわりと神哉の髪が、ジャケットが舞う。さらに強い力を行使しようとした神哉の腰に誰かが飛びついた。
「学年主任待ってっそんなに強い力使ったら兄ちゃん巻き込まれちゃうっ」
「……おお……とり……さん?」
「それに、どんなに酷いことをしてきても、酷いことを言ってきても、相手が人間である限り僕らは全力を出しちゃいけないんだっ……僕ですら出来ることを、学年主任がやっちゃダメだっ」
沸騰していた頭が冴えていくのを、神哉は感じていた。そうだ。アレは人間だ。ただでさえ殺せば面倒なことになるのに自分は最高神で、人間を殺せば天秤が揺らぐというのに。例えば自分が世界で一番大事にしていた人の魂を物のように手に入れようとしていた人物でも、アレは人間なのだ。それに、確かに自分が雷の権能を、しかも最高神の槍を使って放てば、射線に居る靖也も巻き込んでいたであろう。それは真唯を裏切る行為だった。
「……ほんと、鴻さんは凄いよなぁ……」
「へ!?」
「……告げる。『魔王』鵜木。太陽の力も、階層主が使える階層移動の権能も、あの方の魂も。お前には渡さない」
「……かならず、もらいうけましょう」
そして鵜木と靖也は魔法陣に飲み込まれ消えていく。神哉にしがみ付いたままそれを見送った真唯。その頭を神哉は撫でた。
「ごめんね。あのフルパワー状態に近付くのも怖かっただろうに」
「僕のフルパワーがあんな感じだから怖くはなかったけど、それより学年主任止めなきゃって気持ちが大きかった」
「……いろいろ重なって、混乱していたみたいだ」
「……そのようだな」
司は剣を消すと、おもむろに真唯の頭をぽんぽんと叩いた。それは衛理が褒める時に真唯の頭をバインダーで軽くたたくのと同じリズムで。
「とりあえずD組の皆は片付け手伝ってくれないかな?」
「あ、はいっ」
「片付けってか……泥の片付けがメイン?」
「風魔法で集めて水魔法で排水溝かな」
「土魔法も集められるよ~」
「こういう時雷魔法って不便だよねぇ」
「そう言う雷魔法はあのテロリストの山を如何にかしておいて。魔法課の課長さんまた来ると思うから」
「は~い」
彼女たちは普通だった。目の前で神話級の戦闘が行われたというのに、彼女たちは普通に戦闘の後片付けを行っていた。その様子を昇降口に座りこんだ神哉と司は興味深く見ていた。
「……あの戦いを見てなお、普通に出来るとはな。誰一人恐れを抱いていない」
「虚勢だと思っていた時代もありました。でも司診断でそうならそうなんだろうなぁ……ホントD組凄い」
「そう言えば校舎の方には?」
「隠蔽魔法掛けておいた」
「そうか……私も、あの剣を人間に多く見られるのは好ましいことでは無いからな」
「D組は良いんだ」
「……そうだな。例えばあの剣がそうであっても、ただそうであるとあの者たちは認識するだろうからな」
「……だよね……」
魔王と最高神の会話を他所に真唯は風魔法組と一緒になり泥を乾かしていく。衛理も火魔法だが今だ人類はライター以上の火力を真唯以外出せることは無く、例に漏れず衛理も属性魔法として使うには火力が足りなかった。それでも最近木刀に付与させて使う力が強くなっているのを感じていた。それは太陽の力が戻ったからか、あるいは太陽の力の傍に居るからか。
「はい。終わりっと」
「片付け面倒だから水人形で来て欲しい……あ、駄目だ。真唯に蒸発させられる運命しか見えない」
「ある意味土人形がベストなんじゃないか?」
「そうかも、やたらドロドロしてるから戦い辛かった……閃いた」
「流石の俺でも授業に泥人形は出せないからな」
「え~っ」
「真唯の考えることなんて黒風先生にはお見通しってね」
「雪柊先生~っ黒治先生~っ片付け終わりましたぁっ」
「うん。今行く」
「力の使い方が甘いな。水魔法組を重点的に見てやろう」
「それより黒治先生っ僕と手合わせっ組み手っ」
「……良いか?」
「…………まず先に別口で俺と手合わせしてからだ。お前の全力でやったらさすがの鴻も吹っ飛ぶ」
「そうか。だそうだ鴻」
「えぇっ」
変らない日常、変わらないD組の面々。神哉はこのクラスが大好きだった。もちろん学年主任として全クラス平等に見ている。だけれども、一番楽しいと、変わってほしくないと願うのは戦闘科D組だった。そして、彼女たちは変わるはずもなかった。
今日も真唯は授業を終え、魔法省の用意したワンルームマンションに帰宅する。今日は雨が降らなかった。そうだろう、あの日以来、この日に雨が降ったことは無いのだから。ひとまずと両親の写真の前に買ってきたお団子を供える。
「へへっ本当は学年主任かセンセーに頼んで行きたかったけど兄ちゃんも居ないし、今年はこれで我慢してね」
手を合わせ、祈る。『魔王』鵜木が襲撃してから3日後の今日は、真唯の母親の命日、翌日は父親の命日だった。
「あのね、毎年力強くて大変って言ってると思うけど今年は違うよ。僕より強い力を持ってる人とか……あれ人?人で良いんだっけ?人……まぁ人。うん。それに僕の力を正しく導いてくれるセンセーが来てくれた。だからね、安心して。兄ちゃんは僕がぶん殴ってでも取り返すから。そしたらお墓参りも行けるし。お花も榊も替えに行けるから……あ、でもその前に替えに行った方が良い?ちょっと学年主任に相談してみようかな」
こうして両親の遺影に、そして墓地に話しかけるのは真唯のいつもの癖。どこかで聞いてくれているのなら聞いてほしいから、自分にあったことを。
「……大丈夫。クラスの皆が居てくれる。学年主任だって黒治先生だって、センセーも居てくれる。他のクラスの皆も、あと生徒会長も……たくさんの人たちが居てくれる……だから、心配しないで」
それは両親に向けた言葉であり、自分に向けた言葉でもあった。お団子を供えたまま真唯は夕食づくりに取り掛かる。両親が好きだった肉じゃがを作れれば一番なのだが真唯は、自炊は出来る程度でそこまでレパートリーが多いわけでは無い。なので折衷案でカレーにした。いつか、肉じゃがを作れるようになる日が来る事を、願いながら。




