19話 不調、からの
その挨拶はいつも通りに続けられていた。変ったのはそこが実家ではなくワンルームマンションの部屋の中になった事だった。
「行ってきます」
両親の写真に挨拶をし、真唯は部屋を出る。学園祭襲撃から1週間。真唯は魔法省が用意したワンルームマンションで暮らしていた。同じ階の近くには神哉や司が住んでいるらしいが生活リズムが合わずに会ったことはほとんど無い。それでも守られていることを実感できていた。何せ方や最高神、方や魔王だ。魔法省の護衛が入っていると聞かされてもそれだけでどれだけ安心できるだろうか。
新しく支給された定期券を使って学校へ向かう。駅数は同じだがちょうど反対側からの登校になる。少しだけ時間調整をして登校の道を進む。
「真唯~おはようっ」
「おはよう爽子さん、美穂っ」
「おはよう。宿題やった?」
「暇だったからちょっとだけ。でも全然解んなくてさぁ」
「真唯らしいや」
特に仲の良いクラスメートと共に登校する。その姿を、学年主任室で待ち構えていた3人は安堵の表情で迎えていた。1人完全に無表情だったが。
「良かった……今日も何ごとも無い」
「……無いのが良いのか解らないけれどもな」
「……そうだね……」
「……衛理と神哉。そろそろ職員会議の時間だぞ」
「うぉっマズイっ」
「走るぞ神哉っ」
バタバタと担任と学年主任が職員室に向かう。おそらくいつものように窓から侵入するつもりだろう。昇降口から入って向かうには時間が足りない。そんな2人を講師として見守る司はいつも通り全クラスの実技を数値化した表を眺めていた。ある生徒だけ、ここ数日の上下が酷い。
「……お前の感情からそんなものが認識できるとはな……鴻」
そっと司は真唯の名前に触れる。彼が真唯から感じ取った感情は『悲しみ』。ここ数日、真唯の感情はそれに支配され続けている事を、司は視ていた。
1週間前、真唯は神哉と司に付き添われて実家に一旦戻った。魔法省が管理するマンションに避難するとはいえ着替えなどは必要だろうという判断だった。真唯の実家は広い。だがそのほとんどを剣道場で占めていて、居住スペースは一般の家庭と同じか少し狭いぐらいだった。
「すごいね、鴻さんち」
「昔はいっぱい門下生?って言うのが居たから。今もたまに皆来て稽古するんだ」
「へぇ……」
「キッチンで待つ。あまり余計なものを持ってくるなよ?」
「は~いっ」
林間学校で使ったボストンバッグに着替えなどをつめる。どれぐらい家に居ないか解らないから少しだけ多めに。それから端末の充電器などの電気回り。本当に兄が帰ってこないならば学年主任と相談して電化製品の電源をどうするか考えなければ。それから買ってみたは良いもののほとんど読むことが無かった参考書。ご飯づくりなどで忙しくなるかもしれないがもし手が空いた時、何もしないと考え込んでしまうかもしれないし、自分を必死に守ってくれた担任に何か返せればとカバンに詰め込んだ。
「学年主任。電化製品どうしよう」
「あ~……定期的に見回りは来るけど……冷蔵庫以外抜いちゃおうか」
「あ、冷蔵庫の中身どうしよう」
「別口で持ってやる。期限の近いものは持っていくと良い」
「黒治先生ありがとうっ」
「で、僕がエアコンやっちゃうね。此処とそれぞれの部屋と?」
「両親の部屋だったところと居間。でも両親の部屋は抜いてある」
「了解」
神哉は細心の注意を払いながら靖也の部屋を開けた。男子学生の標準より多い書籍の山。鴻さんの学力はお兄さんに吸い取られたかなと苦笑いを浮かべながらエアコンを見るとすでにコンセントは抜いてあった。まるで、自分が長期不在になる事を解っていたかのように。沈黙を保ち、真唯の部屋でエアコンのコンセントを抜く。そして居間。中に入ると目を引いたのは両親の写真が並べられている神道式の祭壇。
「……鴻さん、ご両親の写真は持っていかなくても良いのかい?」
「わっすれるところだったぁっありがとう学年主任っそしてごめん父さん母さんっ」
「大事なものは忘れちゃいけないよ」
「ありがとう」
「さて後は此処を抜いて……キッチンにはあったっけ?」
「黒治先生があらかた抜いてくれた」
「流石。仕事は早いんだからなぁ」
食材を入れたビニールを持った司と合流する。戸締りを神哉と手分けして行った真唯は最後に玄関を閉じようとして、声を掛けた。
「行ってきます」
そして玄関は閉じられ、真唯は魔法省が管理するワンルームマンションに入居することとなった。
授業が始まる。中間テストも目前まで迫っていた。だが真唯の威力はある時は人並みに、ある時は威力過多にと上下が激しい。それは真唯が得意な魔法戦闘科の実技でも言えることだった。
「うわっ」
「ちょ、真唯大丈夫!?」
「平気……」
回転するには威力が足りず、尻もちをつく真唯。そんな真唯の様子は初めてで、クラスメート達もどうしていいか解らない。衛理すら困惑を隠しきれていなかった。
「……鴻、無理はするな」
「平気……もう1回、お願いします」
「……本当だな?」
「もちろんっ」
そしてウルフスライムは出現する。いつものようにと心がけながら真唯は炎弾を練る。
「鴻っ待てっ」
だがその威力は、ウルフスライムにぶつけるには凶悪すぎる破壊力だった。
爆発音とともに粉塵が舞う。風魔法組がいち早くその粉塵を取り除き真唯の無事を確認する。
「ってぇ……」
真唯は倒れては居たものの声を出せるぐらいには無事だった。だがその身体には擦り傷が大量に付いていた。学年主任室で授業を見守っていた神哉もその場に駆け付ける。
「このバカっあんな威力でスライムを殴る奴があるかっ」
「鴻さん、大丈夫?治癒術式を」
「掛けなくてもいい」
ごいんと、音がした気がした。それは教員のバインダーを衛理がいつもやっている横ではなく縦に真唯の頭へと命中させた音。唖然とするクラスメートと担任と学年主任を放置し、講師である司は真唯の前に陣取った。
「ったぁ……」
「鴻。この数日の体たらくはなんだ。衛理の威力調節も忘れ、この数日お前は、上は人類未踏の太陽の力全開、下は人間の少ない魔力量と落差が激しすぎる」
「黒治先生……」
「しかも最終的には威力調節を怠りこの有様だ。少しは反省しろ」
「ちょ、司」
「お前たちもだ衛理、神哉。鴻が心配なのはわかる。だが少し甘やかしすぎだ」
「っ……司っ」
「いいか鴻。お前は確かにあのとんでもない姫から力を与えられた人間なのかもしれない。だが太陽というのは毎日登り沈むように変わることも揺らぐこともない。それが太陽の在り方だ。その力を預けられたのならばその在り方も刻み込んでおけ」
「……変わることも……揺らぐこともない……」
「とはいえ、お前はお前だ。あの姫とは別の個体だ。それも自覚した方が良い」
「……それは、わかってる」
「ならばいい」
踵を返す司。その間にも戦闘フィールドは直されていく。ほんの少しの温かさを感じて、見れば学年主任が治癒魔法を発動させている所だった。
「司にあぁ言われちゃね……目立たなくして、明日には治る程度にしておいたよ。反省も含めて今日のお風呂は傷が染みる痛みを味わっちゃってください」
「……学年主任……センセー……ごめんなさい」
「ったく……」
「真唯っ」
「この大馬鹿ぁっ」
治癒魔法が終わるとクラスメートが大挙して押し寄せる。もみくちゃにされながら真唯は少しだけまだ痛む身体を立ち上がらせた。
「しかしあの司があぁまで言うとはな」
「黒治先生って意外と熱血系だったりします?」
「いやどっちかって言うと冷酷系」
「司と熱血は対極に位置するな」
「そんなに?」
「……黒治先生っ」
「なんだ?」
「……ありがとうございましたっ」
「……その台詞は威力を安定させてから言うものだな」
変らない司の物言いにクラスからも笑いが零れる。真唯は1人、自分の力に向き合っていた。司のいう事ももっともだった。確かに今は靖也が居なくなって、しかも『幽暗』なんていうとんでもないテロリストの仲間入りをしてしまった。それでも日常は続いていて、それは太陽の運行にも似ていた。日蝕というイレギュラーが存在しても太陽は昇って沈む。日の長さは変わるけれども根本が変わるわけでは無い。
「……っし……っ……めっちゃ痛い」
「今日は見学してなさいな」
「そうする……これ絶対今日滲みるやつ」
「まぁそれぐらいは甘んじて受けてくださいな」
「それも一理ある」
大人しく見学の体制に入った真唯を見て衛理も神哉も溜息を吐いた。過保護になっていた自覚はある。何せ彼女の唯一の肉親が危険度EX++のテロリストと行動を共にしているのだ。真唯を心配する気持ちが強くなっていたところは認めざるを得ない。衛理は若干、心配して何が悪いというスタンスだったが概ね司の言葉に納得をみせていた。
「……『魔王』対策だったけれども、司を学校に入れて良かったよ」
「大変癪だが……そうだな」
「まぁバインダー縦はやり過ぎだと思うけれども」
「俺がよくバインダーで小突いてたから真似した気持じゃないのか?」
「在り得る」
「聞こえているぞ神哉、衛理。神哉は戻れ。次は授業が入っているだろう」
「っと、そうでした。じゃああと頼んだ」
「頼まれた」
そして彼等と彼女達は授業へと戻っていく。真唯はその日魔力計測器を握りしめたまま終始見学に徹していた。今だ不安定ながら魔力計の数値はここ数日の中で一番安定してきている。
「……黒治先生って熱血系だよなぁ……」
そのつぶやきを拾う者は居ない。真唯にとって黒治司は新しく来た教師であり、そして何よりまだクラスメートは誰も知らないが第4階層の主である魔王なのだ。きっとあの姫はそんな魔王の元にも行ったに違いない。だからこそ先ほどとんでもない姫と称されたのだろう。それでも、自分は自分と言ってくれた。衛理が第5階層で真唯と姫が似ていないと断言したように。
自分は太陽の力を持っている。ならばあり方も太陽のように、何が合っても変らず登り沈むそのようにあるべきなのだろう。今はまだ靖也の事を考えてしまって完璧には難しいかもしれないが、中間テストまでならなんとかできる筈だ。そう考え、真唯はクラスメート達の実技を見守るのだった。
そして中間テスト対策期間を経て中間テストはやってくる。相変わらずの低空飛行学科に司すらお手上げになるが実技は今までで一番上手く行っていた。とりわけ成果を見せたのは真唯が一番苦手としている治癒科。
「……珍しいわね。鴻さん」
「な、何、何かやっちゃった?」
「逆よ。魔力が凄く安定しているわ。A評価よ」
「よっしゃぁっ」
「騒がない。じゃあ次の人」
「やったね真唯」
「うんっ」
他の科目の実技でも軒並みA評価やS評価を叩き出し、そして迎えた魔法戦闘科の実技試験。今回の敵はバードスライム3重防御。難なく他の学科がクリアし、魔法戦闘科も普段から鳥型のスライムではない魔物と戦っている分3重防御でも楽々とこなしていた。
「じゃあ最後。1年D組5番、鴻真唯」
「よっしっ」
バードスライムが展開される。衛理は若干の心配をしながら真唯を見ていた。確かに特訓期間に入ってから真唯の魔力量は安定を見せていた。だが無理をしてそうなっているならば暴発の危険もある。それでも真唯は、炎弾を練り上げた。
「でもさぁっ八つ当たりぐらいは良いよねっ」
炎弾4連撃が2発。中央のバードスライムが撃破される。続いて4連撃が5発。これで左側も潰される。あまりの速さに衛理は慌ててバードスライムを追加召喚する。その追加スライムすらも次々と打ち出される4連撃の炎弾で撃ち落とされていく。
「これでっ」
時間ギリギリで真唯が披露したのは炎弾4連撃を15発同時発発射という離れ業。タイマーが鳴り、そして後には粉々にされた的の残骸だけが残されていた。
「ちょ、真唯凄すぎ」
「真唯ちゃんさらに魔力上がったんじゃないかな?」
「でも安定性はばっちりみたいじゃない」
「へへっセンセーと黒治先生のおかげかなっ」
真唯がクラスメート達に囲まれる一方、司は茫然とする衛理のバインダーを引ったくり、S++の成績を書き記した後そのバインダーで衛理を叩いた。
「おい、茫然としている場合か」
「いや……あの鴻があんなに安定して魔力を出せるとは思わなくて」
「……確かに。この数週間で鴻は変わった。学園祭直後は悲しみに暮れていた感情が、今は元の楽しい、元気であるという感情に切り替わっている」
「……スイッチ入ると強いからなぁ鴻は」
「だろうな……ほら、仕事しろ」
「はいはい。……これで戦闘科実技試験を終了する」
「テスト終わり~っ」
古今東西何が合ってもその言葉は学生たちを喜ばせる言葉。衛理は湧きたつ生徒達を見ながらいつものように溜息を吐くのだった。
そして、テストは返却される。真唯の手にはB評価の文字が踊る成績表。だが前よりも喜んだりはしなかった。何故なら、真唯は決めていた。
「……センセー。クラスに時間作って貰って良いかな」
「良いが……どうした?」
「知っておいて欲しいから。少なくとも、兄ちゃんの事だけは、クラスの皆に」
決めていたのだ。無事B評価が取れたのならば、両親の事は話せなくても、兄の現状だけはクラスメート達に話しておこうと。それが真唯に出来る区切りの付け方だった。




