18話 『魔王』と魔王
学園祭。それは人の出入りが激しくなる行事の1つ。魔法対策課も見回るが限度はある。例えば刺客が入り込んでいた場合。そして、その刺客がターゲットに近しい人間の場合。
「兄ちゃんっ離してっ」
「真唯。その力、怖かっただろう?無くなれば良いと思うだろう?」
「怖くなんかないし無くなれば良いと思わないっ」
「真唯……」
本校舎屋上。他の刺客の手によって人払いがされたその場所で、真唯は『幽暗』に加担してしまった兄、靖也から逃れようとしていた。
「だってこの力はみんなが、クラスの皆が認めてくれた力だっ怖がる必要なんてどこにも無いっ」
「……」
「それに、それにこの力は……」
「……真唯」
「駄目だ……兄ちゃんであっても、この力を渡すわけにはいかないっ」
「……それでもその力を『魔王』様は欲している」
「なんで……」
「それは」
「鴻っ」
声に、靖也の手の力が緩む。一瞬の隙を付き、真唯は声の主の方へ走った。そして真唯にしては珍しく、その人物を盾にするように背中に回り込んだ。
「センセーっ」
「遅くなった……お前の兄貴、で良いんだな」
「でもなんか『魔王』がどうのって言ってるぅっ」
「把握」
「……お会いするのは初めてですよね。真唯の兄で……『幽暗』の末席に列します、鴻靖也と申します」
「黒風衛理。妹の担任で、こいつの警護を担当する者だ」
対峙する靖也と衛理。衛理はもちろん素手だ。『幽暗』に与するとはいえ攻撃してこない限り彼はまだ父兄に入る。それを知っているからか、靖也は余裕の笑みを浮かべた。
「先生だって真唯の力は持て余しているんじゃないのですか?」
「……」
「真唯の力、それを『魔王』様に渡してしまえば」
「こいつのバカ火力ぐらいどうってことは無いんだよ」
「……」
「それより、『魔王』とやらは何故鴻の力を狙う。何がしたいんだ『魔王』は」
「……階層主の権能」
「何?」
「8層あると言われている世界の階層。人間界以外すべての階層には階層主と呼ばれている主たちが居る。『魔王』様はね?その階層主だけが持つ権能が欲しいんですよ」
階層主。最高神、魔王、双子女王、そして冥王に幽王、無王。もう居なくなってしまったが太陽の姫。階層にはそれぞれ主が居て、階層主と呼ばれている。もちろんそれは人間界で広く知られている事だったが、その内の2名が人間界に降りていて、1名が生まれ変わりを果たしていることは当人とその周りだけが知っていることだった。
その階層主だった姫のおそらく生まれ変わりであろう真唯は反射で衛理のジャージを掴んだ。不安と混乱が伝わってきて、衛理はとにかく真唯を巻き込まない方法を考える。今学校は学園祭中。派手に立ち回れば大騒ぎになるのは必至。それは真唯にとっても良くないこと。だが、どうにかして神哉に連絡は取りたかった。神哉と司は共に学園祭の見回りを行っているはず。彼らが来れば、それこそ階層主の権能に近い神代の魔法で隠蔽が出来る。
「……はっ……階層主の権能なんて人間に手に入れられる訳ないだろう」
「……何?」
「それにどいつの権能が欲しいんだ?最高神か魔王か……あ、階層の魔王の方な……無王の権能はえげつないからおススメできないがな」
「……貴方は」
「再度問おう、お前たちが手に入れたい権能はどの権能だ」
「……それは『魔王』様だけがご存じの事」
ふわりと水弾が舞う。さすがにと木刀を取り出そうとした衛理だが真唯が一歩前に出たことでそれを止めた。
「兄ちゃん……どうしても、けんのうってやつが欲しいんだね」
「あぁ……真唯の力は権能と引き換えにするだけの価値があると『魔王』様も仰せだ」
「……そう……じゃあ」
炎が舞う。それでもそれは威力を押さえ切ったもので、衛理との特訓の成果だった。
「僕からこの力を奪う人は、僕の敵だ」
真唯は、自分の力を太陽の姫から贈り物であると認識していた。少々度の過ぎた贈り物だが、それでも彼女が魂に残してくれた大切なモノ。それを奪うと彼は言った。あの自分にそっくりな、それでもきちんとお姫様だった太陽の姫、アエトスからの贈り物を。ならば、兄であろうと自分の敵だった。
「っ水弾っ」
とは言え真唯は靖也を攻撃することはできない。真唯に出来るのは兄が使う水弾を蒸発させるだけ。
「鴻っ」
「センセーは学年主任辺り呼んできてっ」
「バカ言うなっ生徒置いて行けるわけないだろうっそれに神哉の事だ、その力を察知してこっちに向ってきている筈だっ」
「なら良いけどっ」
その頃、確かに神哉と司は真唯の力の発動を確認していた。学園祭ではあまり使わないように言い含めてあった炎の力。だが、それを探るには学園中に魔法の力が溢れかえりすぎていた。
「どうしようっ」
「落ち着け神哉……何か目印になる魔法が発動すれば」
「わかってるけど……っ」
背筋が凍った。その魔法は人類があまり使わない類の魔法、難易度の高さから発動するだけで神哉と司には探知の可能な魔法。
「屋上っ」
「あぁ」
2人の教師は走りだす。だがその姿を見る者は誰も居なかった。
同じ頃、真唯もまたその魔法に対峙していた。中空の縦に現れたその魔法陣は見たことのある気がするものだった。階層主、魔法世界の双子女王に半ば無理やり魔法世界に招待された時。あるいは学年主任の手で魔法世界や天界に向った時。空間転移の時に見たことのある気がする魔法陣だった。
「いらっしゃられたのですね『魔王』様」
「あぁ……太陽の力。この目で見たくてなぁ?」
現れたのは特に特徴のない男だった。雑踏に紛れてしまえば誰も解らないであろう黒髪に黒い瞳、黒い服。誰がどう見ても普通の男。だが彼を靖也は『魔王』と呼んだ。
「……我が『魔王』鵜木……太陽の力を持つのはその娘であっているな?」
「……はっ……どんな大物が出てくるのかと思えば」
「……何だ?申してみよ教師」
「言わせてもらうが。本物の魔王に迫力負けしてるぜ?『魔王』サン?」
今も昔も魔王を知る衛理は鼻で笑う。もちろん靖也は憤るが『魔王』は何処までも凪いだ瞳で衛理を見ていた。
「なにっ」
「良い……奴は本物の魔王を知る存在」
「……何?」
「こう呼んでやろうか?コラキエル」
「っ!?」
「なん、で」
その名は衛理の前世での名前。知るはずがない人物からその名が出てさすがの衛理も動揺を隠せない。そして鵜木は真唯にも目を向けた。
「やはり太陽の力を持つのは汝であったか、アエトス姫」
「っ」
「お前……何者だ」
「『魔王』……そう述べたはずだぞ?」
屋上に魔力が広がる。現れたのは泥がかろうじて人型を取った異形。生命創造の魔法を難なく行使した鵜木は余裕の笑みを浮かべた。
「センセーっ」
「鴻っ魔物成分100%だっ」
「適度に薙ぎ払うっ」
木刀を取り出した衛理とその衛理からもう1本木刀を渡された真唯が泥人形を薙ぎ払う。普段から手合わせと称して組み手をしている2人の息は合っていて、そして3割程度薙ぎ払った時だった。
「鴻さんっ衛理っ伏せてっ」
真唯を伏せさせた衛理の頭上を雷の魔法が舞う。数は2つ。その威力はあっという間に泥人形を始末してしまう程度。だがその雷の魔法も隠蔽魔法で誰にも気付かれず発動が成されていた。
「お待たせっ」
「遅いぞバカ神哉っ」
「あう……仕方ないじゃんかぁっ」
「……で?どういう状況だ。鴻に似ている方が親族で間違いなさそうだが」
「そっちが鴻の兄貴、で、横の無個性が『魔王』だとよ」
「……ほう」
コツリと司は前に出る。神哉が真唯や衛理の元に向かう中、それよりも前に出る。雷の魔法を何とか防いだ2人はそれでも余裕の面持ちで立っていた。
「これは。お目にかかるのは初めてですね、魔王様」
「……理解をしてなお抗おうとするその蛮行だけは評価しよう」
「……魔王?え、あっちも魔王でこっちも魔王?」
「言ってなかったよね……そう。司は、本物の階層主でもある魔王、史真。僕と同じく太陽の力を見守るために人間界に上がってきていたんだ」
「……最高神と魔王に見守られてたんだね家のクラス」
「それだけ破天荒な事やらかしてることに気付いてくれ……」
頭を抱える衛理だが、真唯の感想はそれだった。正直階層主である最高神が居て、双子女王が居て、そしてそこに魔王が来ても驚けない。残りの階層主が現れてもこんにちはと挨拶ができるほど真唯たちはこの傍から見れば異常な日常に慣れすぎていた。
「これは我が見守るべき太陽の力を持つ娘。貴様などに渡さない」
「ですが、必ず頂きますよ……階層主は誰もがその太陽の力を有難がる。ならば欲しいものへの近道だ」
「……その程度の事で手を出していい力ではないぞ」
「それでも、ですよ……撤退だ鴻」
「よろしいのですか?」
「さすがの私もこの状況でコラキエルだけでなく最高神と魔王を同時に相手するには苦労する。万全の状態で挑まなくてはならないからなぁ?」
「わかりました」
「待って兄ちゃんっ」
「……ごめんね、真唯」
そして転移魔法が発動する。司の雷の魔法も届かない速さで彼らはその場から消えた。中空をきった真唯の手を神哉は握りしめる。
「……魔法省の方で鴻さんの保護申請を掛けてくる。速攻申請通ると思うけれども」
「頼む……鴻」
「……兄ちゃん……なんで……」
「……ひとまず、鴻はクラス展示に戻ると良い。あの中に居れば安全ではあるだろう」
「うん……ありがとう黒治先生……」
ふらふらと真唯は階段へ向かう。その足取りがあまりにも不安定で衛理はその背を追う。残ったのは最高神と魔王の2人のみ。不安げに神哉は真唯と衛理が降りていった階段を見守っていた。
「……可能性を考えなかったわけじゃない。鴻さんにとって一番近しい人間はお兄さんだ……でもあのお兄さんがって思っちゃってなぁ」
「三者面談だったか?それで会ったのだろう?」
「あまりにも忙しい人だったから休日に無理やり穴開けて中2の時にね。普通の、本当に普通のお兄さんだった」
「……普通の者ほどあぁ言うのには惹かれやすい。そう言うものだからな」
「うわ……司が言うと説得力違う」
「黙っておけ神哉」
かつて魔王が率いる魔族は積極的に人間界に干渉し、人々を堕落へと導いていた。そんな魔族を統括する魔王の言葉はある意味的確だった。
「っと、隠蔽魔法と、あとアイツらが仕掛けた人避けの魔法解かなきゃ」
「性質が違う。掛けた者がまだ残っているかもしれない」
「そっちも探しちゃおう……あぁ、鴻さん、クラス展示に戻ったよ」
「……そうか」
神と魔王は屋上から眼下を望む。戦闘フィールドでは真唯がクラスの面々に囲まれている所だった。Ⅾ組展示スペースに戻ると当然のように真唯はクラスメート達に囲まれる。だが普段と様子の違う真唯に彼女たちは疑問符を浮かべた。
「真唯?」
「なんか元気ないじゃん」
「あ~……うん。兄ちゃんまた急に用事出来ちゃって、帰っちゃったからさ」
「そう……黒風先生は?」
「その鴻のお兄さんに挨拶されてな。ちょっと落ち込み気味なんてレアなコレを見送りに来たんだ」
「そっか。とりあえず座ってなよ」
「うん……ありがとう」
何かが合ったことだけはクラスメート達は理解していた。それでも真唯が話さないならば聞かない。裏表が全て表になる真唯が隠すなどよっぽどのことだから。それゆえに彼女たちは真唯の両親の事も未だに知らない。真唯の家族がお兄さんだけということは知っているがそこで何が起きているのかは知らない。真唯が話したくないということはそれほどの事だから。
「真唯~最終日に的全部纏めて最初の案だった20連撃版作るからやってみてよっ」
「え、やるやるっ」
空元気でも元気は元気。ひとまずと衛理は悠華と爽子の元に歩み寄った。
「鴻の事頼む。ちょっといろいろあって混乱とその他諸々だ」
「わかりました」
「刺客とか来ても瞬殺しておきます」
「頼もしいな家のクラスは」
頼れる司令塔2人にその場を任せ、空元気ではしゃぐ真唯をいつものバインダーで小突く。
「お前はまた爆発させる気か」
「だって20連撃だよ」
「ったく……我慢出来たら今度の授業で30連撃用意してやるがどうする?」
「大人しくしていますっ」
「よろしい」
「おぉっさすが黒風先生」
「真唯の手綱握るの上手いよね」
「はいはい。じゃあここ頼む。見回りに戻らないと」
「……ありがとう、センセー」
「ん。無茶はするなよ」
真唯はなるべく顔をあげて衛理を見送る。顔を上げていないと込み上げる何かが零れ落ちそうだから。兄は『魔王』と一緒に消えてしまった。もう帰ってこないかもしれない。もう、会えないかもしれない。そう考えただけで真唯の心は沈んでいく。それでも、泣けない。今はクラスメート皆が居るところだから。心配だけは掛けたくないから。だから、上を見る。空には太陽が輝いていて、それでも少しだけ雲が出てきていた。まるで真唯の心境に合わせて天気が変化したかのように。
翌日の学園祭までかろうじて晴れだった天気。だが学園祭終了と同時に土砂降りの雨が3日連続で続いた。




