17話 不穏な学園祭
体育祭が終わった総泉女学園高等部。間髪入れずにやってくるのは学園祭準備期間。だが総泉女学園では飲食店の出店を認めていなかった。遥か過去にごみ問題などで揉めた結果と言われている。故に展示や飲食以外の出店がほとんど。その中で1年生は殆どのクラスが展示を選ぶこととなり、中でも戦闘科1年はその展示内容も決められていた。
「と言う訳で、迷うことなく家のクラスは『的当て体験』となる」
「いや迷わなくて良いのはありがたいけれども」
「なんでそうなってるの?」
「一応忘れ気味だから言ってやるが、本来1年生のカリキュラムは的当てが主軸。故にその的当て体験が戦闘科として展示できる唯一の事だから。だ、そうだ。神哉曰く」
「……そうだったっけ」
「この前ワニちゃん倒してるから感覚麻痺ってた」
ワニちゃんとは魔法世界に殴り込みをかけた際、双子女王の城前で戦った4つ足歩行の爬虫類型魔法生物のD組専用の通称。彼女たちの戦闘対象はスライムだけでなく魔法世界からの贈り物である魔法生物にまで及んでいた。
「あと一応戦闘科が出来てからどの学校でも的当て体験を高1では展示内容としてやるようにしているそうだ。地味に見えるかもしれないが人気の出し物らしいぞ?」
「そうなんだ」
「と言う訳でなんかアイディア出せ」
こうしてD組の展示準備は始まった。子供も来るとのことで子供用難易度を作る事、男女訳をすることなど普通の案から最高難易度で縦20枚並べる的を作るという破天荒な案まで出て、衛理と学級委員長が頭を悩ませ原案を完成させた。
学園祭3日前。授業は無くなり、学園祭準備に向けて生徒達は全力を出す。真唯たちの準備と言えばいつもの自動再生する的を設置するだけなので特に準備は必要ない。必要があるとすれば難易度の設定とそのための区画分けぐらいだった。
「待って子供用的こんなに遠くて大丈夫?うちら基準になってない?」
「もう少し近付けておくか……もしくは近いところに2枚ぐらい的増やすか?」
「それだっ」
「真唯~っ最高難易度10連的の試運転よろしく~」
「よっしゃ任せろぉっ」
「お前がやると的が再生しなくなるだろうが。鈴鹿、お前でいける」
「は~いっ」
こうして彼女たちはいっそうにぎやかに学園祭への準備を進めていった。
当日。雲一つない秋晴れ。余談だが真唯が入学してから学内行事で雨が降ったことは無い。
「すいきゅうっ」
小さな子供が詠唱をしながら子供用の的に当てていく。割れやすくしてある専用の的を2枚撃破した子供に渡されるのはポプリの小さなお守り。
このお守りだが制作時ある騒動を起こしている。
「と言う訳で雪柊先生お願いしますっ」
「なんでそうなったの!?」
学園祭1日前。大量のポプリが入った箱を抱え真唯と学級委員長の悠華が学年主任室に駆け込んでくる。何ごとかと神哉と司が見ていれば後ろから頭を抱えた衛理も入ってくる。そして前述のセリフである。
「いや何、なにがと言う訳でなの?衛理?」
「……すまん、止めきれなかった」
「いやほら。景品にもお菓子禁止じゃないですか。だったらってポプリを家の糸川ちゃん中心に調合して作ったんですけどね?」
「湊っちの調合も結構すごいけれどももっと特別感欲しいよなってクラスでなって」
「じゃあせっかく神様なんだし雪柊先生に祝福?的なもの貰っとけばいいんじゃないかと結論付けられまして」
「「と言う訳でよろしくお願いしますっ」」
差し出されるポプリの山。あっけにとられる神哉。表情こそ変わらないモノの視線を逸らす司を見て衛理はさらに頭が痛い思いをした。
「……D組は予想外斜め上行くな……って司っ表情動いてないけど面白がってるの丸わかりだからねっ」
「あ、やべ、黒治先生居た」
「安心しろ。最高神云々は司も知ってる」
「なら良いか」
若干肩が揺れているように見えなくもない司を放置し神哉は学年主任室の机に置かれたポプリの山に向き直る。自分が最高神であると、許容してくれたことには感謝をして居るしそれを吹聴しないこともまた感謝をしている。だから偶にはこういう形でも返して悪くないと神哉は思い直した。突っ走ったD組の面々と止めきれなかった衛理に言いたいことが無いわけでは無いが。
「で?最高神の祝福?一応掛けられるっちゃ掛けられますけど……どの程度の威力をお望みかな?」
「気休め程度で。あんまりガチなのはこっちも困るし。それは個人的に別の機会に貰いたい」
「主にテスト前」
「……その手があったか」
「衛理?鴻さんの成績は僕の祝福の対象外だと思うからね?」
「……本当に、お前たちは興味深いな」
「ほら、表情変らないけど司にまで面白がられてるぞ」
「だってねぇ?」
「せっかくだし」
顔を見合わせて笑う少女達。そんな彼女たちを見て神哉は淡く笑みをこぼした。
「じゃあ簡単な守護程度で良いなら掛けておくから。ん~1時間後かな。それぐらいに取りに来て」
「ありがとう学年主任っ」
「おねがいしま~すっ」
「……ほんと、悪いな家のクラスが」
「いいよ。これぐらいならね」
3人が立ち去ると神哉はいそいそと魔法陣の準備を開始した。本当に掛けると思っていなかった司は少しだけ表情を動かした。それを見た神哉は少しだけムッとしながら司を見る。
「何。僕があのクラスとの約束を反故にする薄情な奴に見えたわけ?」
「いや……だがそうだな……あのクラスは約束を反故にすると後が怖い」
「それに糸川さんって実験科の成績も良い子でね。ちょっと探知したけれども良いハーブを使ってなかなかの調合をしている。これなら多少の加護も受け止められるだろう」
「ふむ……確かにそうだな。糸川は後方援護で魔法薬を併用しているから覚えがある」
「戦闘科では珍しいタイプだけれどもね。もちろん戦えないわけじゃない。魔法世界の城門前攻防戦時鈴鹿さんの次に弓で撃破した数が多いのは彼女だ」
「水魔法だったと記憶しているが、弓で戦えたか」
「うん。結構レアケース。衛理から命中精度の指導指示来てない?」
「来ているな。他に何人かいたが、すべて弓か?」
「多分ね。よっし」
神哉は魔法陣を展開する。それは司しかいない空間だから出来る技。神代の魔法陣を3重展開し、そして魔法陣は中空まで届いた。
「……どうか、このお守りに、ほんの少しの祝福を」
祈りの声が響く。ふらりと魔法陣収束と共に神哉はソファに倒れ込む。司の手を借りるなんて冗談じゃないという神哉の意地だった。
「出来た~これで回復するまで座ってれば問題なし~」
「人の身で神の力を行使するからだ」
「D組が天界に来た時は意地でも起きて意地でもバスガイドやり切ったよね。到着と同時に座りこんじゃって衛理に呆れられたけど」
「何をやっているんだお前は」
「学年主任の意地と言う奴ですよ」
こうして、お守りに最高神のほんの少しの加護がつけられた。何も知らないのは受け取る側。其れでも皆嬉しそうにお守りを持っていく。
そんな中、最高難易度の10枚縦並びを一気に切り裂く姿があった。
「まったく。今年の1年は本当に破天荒な事を考えますね」
「流石生徒会長」
「景品要ります?」
「頂いておきましょう。ふむ……ハーブは良いものを揃えているわね。実験科?」
「家の実験科成績トップが」
「あら珍しい……それにこれは……何かしら。祈りのようなものが付いているわね。どこかの神社で加持祈祷でもしたのかしら?」
「まぁ、似たようなもので」
流石に第2階層の主である最高神の加護とは言えない。それでも加護を見破ったのは生徒会長、里旗結が初めてだった。
「あまり遊びすぎないように。当校でも的当ては人気の出し物なのですから」
「わかっています」
「では」
颯爽と立ち去る生徒会長。その背を見ながら真唯以外のクラスメートは首を傾げた。
「やっぱりなんか態度軟化してるよね」
「同意。今だってまともに嫌味言わなくなったし」
「良いんじゃない?態度悪いより良い方が」
「それもそうか」
こうして学園祭は人が出入りし盛り上がりを見せていく。もちろん管轄の魔法対策課が終始見回りを行っている。課長含めて全員が的当て体験を行ったのは例年の楽しみらしく、一様にお守りを持ち帰っていた。
水弾が的に当たっていく。6枚で勢いを無くしその破壊は止まった。
「これってどうなります?」
「最高難易度は5枚撃破でお守りプレゼントなので大丈夫ですっ」
「良かった……」
その人物は誰かに似ていた。明るい茶色の髪に少しだけ明るい茶色の瞳。喉元まで出掛かっている答えを示したのは当番全員分の飲み物を買い出しに行っていた真唯だった。
「あれ!?兄ちゃん!?なんで?」
「用事が早く済んでね。折角だし学園祭を見に来たんだ」
「……あぁ。真唯そっくりなんだ色合いが」
「もう此処まで出掛かってたのに誰だっけ誰だっけになってた」
「あ、皆っ僕の兄ちゃんっ」
「妹がお世話になっています。鴻靖也と申します」
「あ、えっと、代表して大埜爽子です。真唯にはこちらこそお世話に……なってたっけ?」
「戦闘時は!?」
「いやあんたが突っ走るからでしょ」
「それもそうだね」
「むしろお世話してるわ」
「皆~っ」
体験客の対応をしている生徒以外のD組メンツがわらわらと真唯を取り囲む。そんな妹の姿が眩しくて、靖也は笑みをこぼした。
「ははっ……聞いていた通りの明るいクラスだね……」
「真唯。折角お兄さん来てくれたんだし、学園祭一緒に回ってきなさいな」
「え、良いの?」
「此処は人数居るし。折角なんだし」
「……ありがとう、みんな」
そうして真唯と靖也はクラスの出し物から離れていった。真唯から兄の事が語られることは少ない。それでも大学で忙しい生活を送っていて、中学の時は一度も学園祭に来られなかった人だ。体育祭も来る事が無い人なのでD組メンツは誰一人顔を見たことが無かった。そんな兄が来てくれたのならば喜んで送り出す。それがD組の仲の良さだった。
「盛況みたいだな」
「あ、先生」
「さっき里旗がお守り持ってるの見たがやってったのか?」
「10枚撃ち抜きでした」
「流石としか言いようが無いな……あれ?鴻は?この時間当番だろ」
「あ、なんか常に忙しいお兄さんが珍しく時間空いたから来てくれたらしく、折角だから回っておいでと送り出しました」
「そうか……」
衛理は若干の心配で見回りを再開した。それは、神哉の懸念でもあった。
「鴻に近しい人を使う可能性が?」
「例えば隣の家の人とかね。さすがの鴻さんでもお隣さんには付いていっちゃうでしょ」
「……確かに」
「だから注意して見てあげて欲しい。鴻さんの為にもね」
数日前の神哉との会話を思い出し、嫌な予感が巡り巡る。衛理は薄く探知魔法を掛け、真唯を探す。その姿は本校舎最上階に存在していた。
その頃真唯は久々の兄との時間に満足しきっていた。両親が亡くなって以来、兄は常に忙しく立ち回っていた。両親の遺産を管理し、自分と真唯を私立の学校に通わせてくれた事、通っている大学の理工学部で特許を2つ取りその収入で日々の生活が出来ている事。真唯にとって兄は無くてはならない存在だった。
「真唯、この上は?」
「屋上っ出られるから出てみる?」
「うん、真唯の学校を見てみたいからね」
ドアが開けられる。そこには誰も居なかった。見張りで立っている先生も、休憩に使っている来場者や生徒も、誰一人居なかった。
「あっれぇ?こんなに誰も居ないことあるのかな」
「真唯。真唯の教室は別棟にあるんだよね?」
「そうっえっと、アレっ」
1年の教室がある旧校舎を示す。4階建ての本校舎よりも3階建ての旧校舎の方が少しだけ背は低い。その横には戦闘フィールドが広がっていて、クラスメート達が的当て体験を運営している姿が見えた。
「……こんなふうに見えてたんだ」
「真唯?」
「あ、うん、えっと、生徒会長がね、僕の力凄いって言ってくれて。どんなふうに見えてたのかなって思ったら。此処の下、確か会長のクラスだから」
「真唯の力は凄いからね」
「クラス内トップだもんっ」
「お兄ちゃんとしては他の成績を如何にかして欲しいと思うんだけれどもね」
「う……頑張る……でも一学期の成績は上がったじゃんかぁっ」
「それ。あの真唯の低空飛行成績をⅮからCに引き上げるなんてすごいよね」
「やっぱりセンセーのおかげかな。校舎見回ってると思うから会えたら紹介するね」
「……そうだね」
「兄ちゃん?」
がしりと、真唯の手が掴まれる。目の前に居るのは兄だ。兄のはずだった。だが真唯の直感はそれが危険なものだと、逃げるべきだと告げていた。
「でも真唯にそんな力は必要ないよね」
「兄ちゃん……?」
「真唯の力をね、欲しがっている方がいらっしゃるんだ」
「……誰が?」
「…………『魔王』様」
「っ?!」
兄は笑う。いつもと変わらない笑みで。それでも、真唯の知っている兄はそこには居なかった。其処に居るのは、『幽暗』から遣わされた、刺客だった。




