16話 体育祭
総泉女学園高等部の体育祭はまだ残暑の残る晴天の中始まった。あまりの暑さに具合の悪くなる生徒がいないか見回るのが担任達の役目。だが生徒達も風魔法や水魔法を駆使して自衛していた。中には土魔法を使って日陰を作り出し涼んでいる生徒すら居た。魔法が普及して以来、熱中症搬送が減った要因でもある。
「水分補給忘れるなよお前等」
「了解っ」
「真唯は熱中症とは無縁じゃん」
「それでも喉は乾く」
「さよか」
生徒達に水分補給を促しながら衛理は警戒に当たっていた。当たり前だが外部の人間が入る体育祭と学園祭は最上級の警戒をする学校行事。特に人の出入りも自由な体育祭は襲撃か刺客かのどちらかが行われているとみて間違いないだろう。
「衛理。生徒達大丈夫かな?」
「ん?あぁ……今の所問題なし。お前の立ち位置ってどんなんだ?」
「中立?みたいな感じ。本当はあのテントで見ているだけなんだけど、司と一緒に警戒しているから」
「……頼む。こっちはなるべく俺が見ているから」
「うん」
衛理に戦闘科を頼んだ神哉は雑踏に混じる。その中にこの暑さの中でも黒い服装を止めない因縁の馴染みを見つけ声を掛けた。
「司」
「神哉か……入り込んではいる。だがこの人波だ……刺客の方だろうな」
「やっぱり……」
学校側も対策をしていないわけでは無い。人の多くなる学校行事の際は警察の魔法対策課に依頼して警護をしてもらっている。故に襲撃は今まで一度も無い。だが刺客はおそらく初めての事態だろう。
「衛理も仕事で離れる場合もある。さっさと見つけちゃわないと」
「わかっている」
2人は別れて警戒を始める。其の頃、衛理が他の教員に呼ばれて席を離れたのを見た結は真唯に近付いていった。
「鴻さん、ちょっと良いかしら。リレーの事で話があるの」
「あ、はい」
「真唯」
「大丈夫。えっと」
「こっち」
真唯と結は雑踏に消える。戻ってきた衛理は真唯が居ないことを確認すると頭を抱えた。
「鴻は?」
「さっき生徒会長に、リレーで話があるからって」
「それで付いていくアイツはいったい何なんだ……」
「真唯って性善説全面押し出しみたいな感じですから」
「ったく……」
端末を取り出す。戦闘科の席を離れ、神哉へと電話を掛けた。
「もしもし神哉か?」
『どうしたの?』
「里旗に鴻が連れ出された。万が一里旗が『幽暗』だった場合マズイ」
『其れは無いと思うけれども、刺客が入り込んでいるこの状況ではマズイね』
「俺も探してみる。お前等も頼む」
『了解。任せておいて』
雑踏に足を踏み入れる。刺客を探すか真唯を探すか一瞬迷った衛理だったが真唯を探すことにした。いくらあの元気が服着て歩いているような鴻真唯であっても、あれだけしおれるぐらい縦割りで起こる嫉妬の嵐にはうんざりしていたのだ。
其の頃。真唯は結に連れられて人の入らない用具置き場に立ち入っていた。
「えっと、会長?」
「貴方。あの黒風先生に一番目を掛けられているそうじゃない」
「へ?そう、かな?センセー皆均等に見てると思うけど」
「……それでも、黒風先生の特別な生徒は貴女なのよ……何をしたらそうなるのかしら?」
思い当たることが無いわけでは無かった。真唯は、おそらく誰も明言はしていないけれども衛理の前世の主、アエトスの生まれ変わりなのだ。漂白され、アエトスであった痕跡は残っていなくても、真唯の魂はアエトスのモノなのだ。そして真唯の力はアエトスと同じ太陽の力。だがそれを戦闘科1年D組は誰にも言うつもりは無かった。言っても信じてもらえないというのもある。だが彼女たちは真唯とアエトスの事、真唯の太陽の力の事、衛理の前世の事、神哉の正体の事、そのすべてに口を閉ざした。吹聴しない方が全ての為だと解っているから。
「何も、してないんだけど……威力だしすぎなことぐらいしか」
「炎の力……人類未踏の力……嵐の属性に変っても、まだその頂に届かないっていうの?」
「会長……」
ガタリと、体育祭の用具が揺れた。其処に居たのは3人の男。
「誰です。此処は部外者立ち入り禁止区域ですよ」
「待って会長っなんか変っ」
「……奪え……その力」
3人の男は翼と角を生やす。初めて見る敵の姿に結は絶句した。だって先ほどまで彼らは人間の姿をしていたのだ。それが翼と角を生やした異形に転じるなんて。とっさに動けない結へ見境が無いのか手が伸びる。
「ぅおらぁっ」
真唯の蹴りがその手を結から遠ざけさせる。そのまま戦闘態勢に移行した真唯だったがクラス援護も無く、教員たちのサポートも無い『幽暗』との戦闘は実質初めて。仕方がないと、座り込んでしまった結に声を掛けた。
「こいつら『幽暗』っさっさと片付けないと拙いから会長の武器貸してっ」
「ぇ、でも」
「良いからっ」
「っ……扱い切れなくても知らないから」
結が取り出したのは竹刀。その獲物に真唯は笑った。何故なら真唯の一番慣れ親しんだ武器は竹刀なのだったから。
「行くぜっ」
一閃で先頭に居た男の翼が切り裂かれる。とっさに結は防音魔法を用具置き場一帯に掛けた。その手の細やかな魔法は全部クラスメートにお任せしていた真唯は口元をあげた。
「次ぃっ」
炎を纏わせた竹刀が異形の部分を切り裂いていく。それは担任が木刀でやっていたのと同じ行動。角は切り取りに苦労したが何とか斬り、3人の男たちは地に伏せった。
「……どうして助けたの……こんな、危険度EX++の相手にも立ち向かって」
「……いやだってさ」
竹刀が差し出される。焦げを見せないそれは担任の魔力調整特訓のおかげで。そして真唯は空に輝く太陽のように笑った。
「会長居なかったら学科対抗リレーのアンカー居なくなっちゃうじゃん」
唖然とした。ただそれだけの理由で彼女は毛嫌いされている結を助けたのだ。もちろん狙われているのが真唯だったのもあるだろう。対処が可能だったのが真唯だけだったのもあるだろう。それでも、彼女はただただ、リレーのアンカーが居なくなるという理由だけで自分を助けた。
「……貴女って……」
何か言ってやろうと結は思った。だってあれほどまでに自分は彼女を毛嫌いしていたのだ。自分を軽々と超えていく実力者、いまだ届かない頂に居る下級生。それでも結は言葉を無くしていた。結に出来るのは、真唯の担任のように溜息を吐くだけ。
防音結界が破られる感覚が響いた。飛び込んできたのは神哉。倒れ伏す刺客だったであろう男たちと座り込んでいる結と立っている真唯を見て彼は大体何が合ったか察した。
「鴻さん里旗さんっ大丈夫!?」
「大丈夫っ今日も完勝っっても会長のおかげだけど」
「わたし、の?」
「だって会長が武器貸してくれなかったらもっと時間掛かってたもん。そしたらリレーに間に合わないじゃん」
「……ふっ……ははっ……ええそうね。すみませんでした雪柊先生。私の独断で鴻さんに武器を貸しました。まさか彼女が武器への魔法付与を会得しているとは思いませんでしたがね」
「う……武器の貸与に目をつぶるからその件は内密に」
「はい……戻りましょう。此処、お願いします」
「学年主任っリレー間に合いそう?」
「あ~……うん。あと2競技」
「入場間に合うかな」
「間に合わせましょう」
足早に少女達はグラウンドの方へ戻っていく。捜索に当たっていた衛理と司に戻るように指示、魔法対策課課長に足元の男たちを引き取るように連絡を入れながら、神哉はその背を見送っていた。
真唯と結が戻ると迎えたのはお決まりになり始めた衛理のバインダーによる洗礼だった。もちろん結にもそれは平等に降り注ぐ。
「お前らなぁ……ったく無事ならそれでいい。ほら、そろそろリレーの入場準備だ」
「よっしっ」
「……はいっ」
他の戦闘科の生徒と共に結と真唯は入場口に赴く。おもむろに衛理は唖然と見送る1年席に近寄った。
「見間違いじゃなければ態度軟化してないか?」
「です、よね……何かあったんですか?」
「一応刺客が来ていて鴻が対応したと神哉から連絡は来ている」
「怪我も無さそうだし、騒ぎにもなっていない……あ、でも魔法対策課の人達今行った」
「『幽暗』的な?」
「らしい。鴻に防音魔法を張る細やかさがあるとは思えないから」
「会長が……?」
「共闘したってことですかね」
「かもしれない……まぁ怪我が無いなら何よりだ。見てみろ鴻を。こっからでも目立つほど跳ねて」
言われてクラスメート達は真唯を見る。離れたところで並ぶ生徒達。その一番後ろの方で真唯は飛び跳ねていた。何やら結と話している姿も見える。おそらくコンディションでも聞かれたのだろう。その姿に、クラスからは笑いが溢れた。
「ま、仲良くとは言わないけれども軟化してくれるならそれで良いか」
「本当は上級生とも連携取りたいけどね」
「そうね……出来ればいいな」
「……だな」
1年の席を離れた衛理は興味深げに見ていた司の元に戻る。其の頃には魔法対策課に刺客たちの引き渡しを完了させた神哉も戻ってきていた。
「どうしたよ司」
「いや……人間の感情と言うのはこうも短い間隔で変わるモノなのだなと」
「具体的には?」
「里旗と言う生徒、朝見た時には鴻への感情は嫌悪9割だった。だが今は3割にまで減っている」
「……それが、人間と言うものなんだよ。司」
「そうか……時に、私は学校行事に詳しくないのだが体育祭に魔法は使わないのか?」
「一応競技に魔法は使用禁止。じゃないと鴻さんみたいな生徒ばっかり活躍しちゃう」
「鴻は魔法無くても体育祭は花形だけれどもな」
「そうか……人間とは興味深い生き物なのだな」
「そのまま興味深く居てくれ」
「そうだね」
笑い合う2人、何やら解らない司。その様子を生徒たちは競技そっちのけで盗み見て、男女問わず父兄からの注目も集めているのだが知らないのは本人たちだけだった。
里旗結の感情は悔しさに満ち溢れていた。だってあれほど毛嫌いしていた真唯に守られた。これで対抗リレーの時に嫌がらせしようものなら自分のプライドが傷付く。
走者としてグラウンドに立つ。いつも通り、戦闘科はトップを走る。順調に真唯にバトンが渡されたのを見て結は準備を整えた。視線の先には仲の良い神哉と司と一緒の衛理が居る。これ以上、無様な姿は晒せない。
「会長っ」
「任せなさい」
断トツのトップで真唯から結にバトンは渡される。結は文武両道の生徒。もちろん足も速く、圧倒的速度でゴールテープを切った。
「よっしゃっ」
「真唯は元気ねぇ……会長となんかあった?」
「特には?ほら僕等、喋れないこといっぱい。頭いっぱい」
「なんか増えそうな気もするからその頭の容量増やしておきなさいな」
「わかってる。めっちゃ頑張る」
クラスメートである悠華と話が弾む。そんな真唯を結はゴール地点から見守っていた。しばらくすれば断トツで遅い治癒科の生徒もゴールするだろう。そうすれば後は学年対抗リレーを残すのみ。学科対抗に出た生徒は出られないので結は見守るだけになる。
ただただ、結は羨ましかったのだ。人類未踏の力を持ち、クラスメートとの仲も良好で、誰からも元気そうと笑って見守られる真唯が、自分が持たない何もかもを持っている彼女が、本当に、羨ましかったのだ。
治癒科もゴールし、最終種目は学年対抗リレー。この学年対抗リレーだが余興と称して教師も加わる。去年までとある担当だった教師は外れ、衛理が第1走者を務めることになった。
「先生この枠ってことは」
「思いっきり走って良しと神哉に言われたが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「例年の事ですから」
スタートの合図が鳴らされる。飛び出したのは衛理。当たり前だが衛理もまた運動神経は良かった。四半周差をつけて第2走者の神哉にバトンは渡される。魔法基礎学の教師ではあるが神哉もまた人並みに運動神経は良い方。結果、半周差が付いた状態で第3走者にバトンが渡される。
「良いのか?これで」
「大丈夫です。此処からですから」
そして教員のバトンが渡される。だが教員は皆運動神経が良いわけでは無い。特に治癒科と研究科の教員は文武の文に全振りした教員ばかり。そう言った教員の為に半周ではなく四半周走る領域が設けられている。それでも遅いのが教員と言うもので、あっという間に差は詰められ、治癒科1年担当教師の時に一気に3学年に抜かれて差を付けられた。
「なるほど。余興納得だ」
「ですよねぇ」
「あとは家の学年が勝てるかどうかっ」
「勝率は?」
「全戦全勝」
「そりゃ凄いな」
第1走者だった爽子の言葉通り、1年チームはその差を広げていく。そして、ゴールテープが切られた。中学から通算して4度目の学年対抗リレー優勝の瞬間だった。
「やったっ」
「良かったな」
「衛理~」
「神哉……お前無理するなよな」
「だってコレ毎年楽しみにしている生徒多いんだもんっ」
「さよか」
こうして波乱の体育祭は終了した。戦闘科が率いる赤組が優勝したのは言うまでもない。
余談だが撮影係が撮影した体育祭の写真の中で、後日断トツの売り上げを誇ったのが衛理から神哉にバトンが渡される瞬間の写真だったことは、当事者だけが知らない事実だった。




