15話 彼が来る
『幽暗』による2日連続の襲撃から1週間が経過した。穏やかに終わる授業の中、神哉は1人、学年主任室で思案していた。
どこか『幽暗』と呼ばれるテロリストはおかしいのだ。もちろん誰もなしえない筈の生命創造の力を行使して構成員を作っているのもそうなのだが、今彼らは各地の学校や研究所を無差別に攻撃している。目的は真唯の太陽の力とみてまず間違いないにも関わらず。まるで何か別のモノを探しているように。
襲撃された学校リストを見ながら思案していると神哉の端末が着信を告げた。
「っと……もしもし?」
『雪柊さん。報告です』
「聞かせて」
『黒風さんのマンション付近と鴻さんの自宅付近を1週間護衛しましたが『幽暗』やその賛同者の姿は確認できませんでした』
「そう……魔法省側はなんて?」
『稀有な力です。鴻さんの護衛もですがそれを戦闘で守れる黒風さんの護衛も続けるようにと』
「その通りでお願い」
『はい。では』
通話が切られる。あの後、衛理が怪我をした2日目の襲撃直後、有無を言わさず神哉は魔法省の護衛を衛理に、そして真唯に付けた。稀有な太陽の力、そしてそれを護衛する実力者。失う訳にはいかないと魔法省にもごり押しした。もちろん衛理は嫌な顔をしたが、寝不足の原因をD組にばらすよと言えば押し黙った。
再び端末が鳴る。ここ数日で慣れた通話の相手であることを確認して出る。
「もしもし?遅いじゃないか」
『神哉……どう入るこの学校には』
「あ、うん。校門は解るよね?今行く」
『頼む』
守衛に止められたのだと理解した神哉は笑みをこぼした。確かに彼の風体は教員にも学校関係者にも見られないだろう。だけれども、明日から彼は教員としてこの学校に通うのだ。
そして、神哉は放課後の職員室に彼を連れて行った。実力テストの採点をしていた教員の中で今後の真唯の教育方針を考えていた衛理は見覚えのある人物の登場に立ちあがる。
「司!?」
「衛理か……学生時代以来だから何年ぶりだ?」
「っと……2年ぶり?だな」
「……校長。先日言っていた1年戦闘科補佐講師を連れてきました」
「黒治司と言う。今日から赴任することとなった」
「こんな偉そうな奴ですが戦闘科教員レベルは9、他学科の教員レベルも8以上。実力は保証します」
「ちょっと待て神哉。聞いてないぞ補佐講師なんて」
「その件は今から説明するから学年主任室集合」
「ったく……」
「お前も苦労するな、衛理」
「まったくだよ。司」
形ばかりのあいさつを終え、学年主任室に3人は揃う。始まりは衛理の深いため息からだった。
「で?」
「先日のようなことがあった場合衛理だけで対処は難しい。ってのが表向きの名目」
「本音は」
「司をこの学園に入れておいて『魔王』の対処をさせたい」
「……なんで司に」
「司。その認識阻害解いて良いよ」
「ふむ……そう言えば、これにかかっている必要があったのはお前だけだったな衛理」
ふわりとヴェールが剥がれるように認識阻害の術式が解かれる。そこでようやく衛理はその相手が、高校から大学院に至るまで一緒に過ごしていた級友が誰だったのか、正しく認識した。
「おまっ……は!?魔王殿!?」
「そういう事。此方が第4階層の主であり僕の天敵であり、魔法省に所属していた魔王、史真です」
「その反応、ある意味懐かしいな、コラキエル」
「なんっで言わなかった神哉ぁぁっ」
「だって言う必要なかったんだもん。今まではね。でも『魔王』の対処を魔王がやるのは当然じゃん?」
「と、神哉に力説されてな。お前も知っての通り教員免許と魔法教員免許は取っていたから臨時講師としてこの学園に入ることになった」
「……魔王が補佐ってどんなんだよ」
頭を抱える衛理。その様子を神哉と司は懐かしいものを見るような目で見ていた。衛理の前世、コラキエルは常に主であるアエトスに振り回されていた。第1階層の主だけが持つ特別な権能、どの階層にもいつでも行けるその力をもって上は天界、下は冥界まで自由自在に行き来していた。コラキエルだった彼はそのとき通ったあえて残されていた道筋をたどり、アエトスをいつも連れ戻していた。その時大体魔王の元に行っている時は頭を抱え、その話が最高神の前で出ると頭を抱えていた。生まれ変わっても変らない苦労性に神哉も司も懐かしい気持ちになっていた。
「さて。明日から司には衛理の補佐をしてもらう。D組以外も見るんだ。その威圧感増しの態度はどうにかしておくこと。あと襲撃にも気を付けてね。特に司。薙ぎ払うと鴻さんから苦情が来るからね」
「わかっている」
「ったく……」
終わりもまた衛理の深いため息。お馴染みの光景に神哉はようやく笑みをこぼした。
翌日。戦闘フィールドで戦闘科1年D組を待っている衛理はジャージを纏った司に知らず笑みを浮かべていた。
「……どうした」
「いや何。あの司ってだけで違和感なのに、さらには魔王殿ときた。そんな奴がジャージ着て教師やるっていうんだから面白いと思っただけだ」
「ふむ。確かにこの状況は興味深いな」
司としても魔王としても彼には欠陥があった。それは人間の感情を理解できないという事。自分の感情も解らず、他人の感情だけはかろうじて数値として認識するだけ。学生時代常に独りだった司の周りに立っていたのは神哉であり、それに引きずられる形で衛理も一緒に居た。その司がこうして講師としてあのにぎやかさで溢れたD組を待っているのだ。面白い筈がなかった。
そして彼女たちはやってくる。衛理よりも黒い彼を不思議そうに眺めながら。もちろんそこには真唯も居る。太陽の姫と髪の長さ以外瓜二つの彼女が。その姿に、生前の彼女を思い浮かべ司は誰にも解らない程度に表情を崩した。
「授業が始まる前に連絡だ。今日から戦闘科の授業に補佐で講師が入ることとなった」
「黒治司だ。よろしく頼む」
「基本偉そうな奴だが、一応俺と神哉の同級生だった奴で実力は俺と神哉が保証しておく」
「まぁ、そこ連名で保証されたらね」
「じゃあ授業開始。いつも通り的当てからだ」
「は~いっ」
「鴻はあまり張り切らないように。司がビビって逃げても困るからな」
「問題ない。人類未踏の力、興味深くもある」
「なら良いか」
笑いが漏れる。このクラスには愉快と楽しいと、人間の正の感情が溢れかえっていた。まぶしいものを見るように司は見守る。ただ其れだけが自分に出来ることなのだから。
当然のように真唯が炎弾3連撃で的を破壊するのだが、司は冷静に見聞を始めるだけ。その様子に大丈夫そうだなと彼女たちは安堵するのだが、それもまた彼女たちの日常だった。
秋の学生は忙しい。各種大会もそうだが、学校行事も盛んだった。総泉女学園で二学期に入ってすぐ行われるのが体育祭だった。
「縦割りかぁ……」
「元気ないな鴻」
「先生……真唯は縦割りされるとちょっと問題があって」
「あ~……なんとなく察した。嫉妬の嵐か」
「まさしくその通りで……特に今3年の生徒会長が」
総泉女学園高等部の体育祭は縦割り学科別で赤白別れることとなる。戦闘科は赤組。戦闘科が設立されて以来、赤組のリーダーは戦闘科が務めることとなっていた。そして縦割りにされると何が起きるかと言えば、鬼才と言われる1年に嫉妬する上級生との確執。特に実力至上主義の戦闘科は顕著で、その中でもひときわ1年、特に真唯を毛嫌いしているのは戦闘科3年D組所属の生徒会長、里旗結。
彼女は真唯が入学するその時まで天才として周囲にもてはやされていた。魔法を人類が手に入れてから2年しか経っていないその短い間で戦闘科と呼ばれる稀有な学科に所属することを決め、実力を如何なく発揮していた。魔法を手に入れる前、ただの女子生徒だった頃から優秀だったのも相まって彼女は祭り上げられていた。中学3年に進学した時、人類未踏の炎の力を持った真唯と言う存在が入ってくるまでは。彼女をもてはやしていた周囲はすべて真唯に向かう。それ以来、結は真唯を毛嫌いし続けていた。
「学年主任は知っているんだろ?」
「知ってる。中学の時に言ってくれたけどキレられて終わってる」
「そうか……まぁ体育祭の間だけ我慢だな」
「生徒会長の事含めて毎年の事だから慣れてまぁす」
「ならよし。ほら、ホームルーム始めるぞ」
放課後になれば生徒達は体育祭の準備の為に決められた場所へ向かう。珍しくトボトボと歩いていった真唯の背を見送った衛理は神哉に話を聞くべく職員室に向かった。
「神哉、ちょっと良いか?」
「縦割りと鴻さんの事でしょ?」
「クラスでちょっと聞いたが、中学から高校まで見守っていたお前の話が聞きたい」
「良いよ。大林先生も構いませんね?」
「あぁ。いい加減里旗のあの態度もどうにかしたいと思っているところでな」
「と言う訳で学年主任室に」
「おう」
3年の学年主任に口頭で許可を取った神哉は1年の学年主任室に向かう。そこでは職員室に席の無い司が今日の授業のまとめをしていて、それでも良いかと神哉と衛理は座った。
「で?里旗ってのは鴻を毛嫌いしている認識で合ってるのか?」
「うん……僕もね、中学時代注意したんだよ。だって顔見る度にすんごい顔するし、肩無理やりぶつけてくるし……でもヒステリックにキレられて、周りの先生が何とか宥めてそれっきり。さすがにそれ以来彼女も鴻さんを見ないようにしているみたいだし、高校1年の教室は別棟だから顔を合わす機会はこうして縦割りにされる時だけだったから」
「……クラスで仲が良いから失念していた。本来ならば女子校ってのは怨念渦巻く魔境じゃなきゃならないわけだな」
「そのようだ。戦闘科の上級生は比較的マシだが、他の学科の上級生はクラス内他者への憎悪が激しい傾向にあるな」
「司診断でもこれだからね」
「……願わくは1年D組は上級生になっても仲良くあってくれ」
「1年は大丈夫じゃないかな。全クラス結束が強いから。でもそれすら上級生にとっては脅威でありまぶしいものである」
「そうか……俺の方でも気を付けておく」
「お願いするね」
見守る教師たちが状況を確認するその頃。真唯は若干げんなりしながら運動場で学科対抗リレーの練習をしていた。真唯の出番は第5走者、アンカーの直前の位置。体を動かすことは好きな真唯だったがそのアンカーが問題だった。
「足、引っ張らないでくださいね」
「はい……」
アンカーは生徒会長であり戦闘科の代表となった人であり、赤組の総大将ともいえる位置に着いた里旗結。中学の時もこの配置にされたが練習でわざとバトンを落とされそれを真唯のせいにされたりして因縁を付けられ散々だった覚えがある。本番が上手く行ったのが唯一の救いで、その時は戦闘科所属の赤組は優勝したからよかったものの、真唯にとって結は苦手な人物とインプットされていた。
「やってるな」
「あれ、センセー」
「一応戦闘科の先生だからな」
そこへ衛理が他の戦闘科の教員たちと共にやってくる。2年担当の内藤、そして3年担当の竹内は比較的仲は良好だがそれでも一般女子校並みに仲が悪いクラスを憂いていた。1年D組の仲が良いのは単に戦闘の際命を預ける相手であるが故の事。今ようやくスライム種と戦うことを行っている2年生や武器への魔法付与で苦戦する3年生にはその覚悟が足りていなかった。
「じゃあ第1走者からやりますね~っ」
「しっかりやれよ木原」
第1走者の悠華が走り出す。順調にバトンは渡り、第5走者の真唯へと渡される。
「……体力お化けとは思っていたがこれほどか」
「いつ見ても早いですよね鴻さんは」
真唯の運動センスは戦闘の時だけではない。普段週に1コマ存在する一般教養科目の中に存在する体育の授業でも抜群の運動神経を見せていた。
そして結にバトンが渡される。あれと、真唯は感じた。あの時は本当に誰が見てもわざとバトンを落とされたのだ。だが今はきちんとバトンを受け取っている。むしろ落とさないという覚悟すらみえた。
「ゴール。タイムは?」
「これなら今年の学科対抗リレーも安泰でしょうな」
「張り切りすぎてバトン落とさないか心配だったけど杞憂だったな鴻」
「あ、うん。そりゃ当然。だって次生徒会長だし」
「このくらい当然です。黒風先生に心配されるほどでもありません」
「そうか。本番も頼むな?」
「は……はい」
真唯たちは知らない。学内で今人気を二分する教員、それが雪柊神哉と黒風衛理だった。もちろん黒治司も人気がじわじわと上がっているが人当たりもよく、顔もよく、生徒からの支持も厚い2人の教師は学校では人気を博していた。もちろん衛理が来るまで神哉一強だったのは言うまでもない。
そして生徒会長、里旗結は同じ戦闘科と言うこともあって衛理派だった。思春期の女子生徒、当然憧れの先生にはよく見られたい。例えばその先生が1番目を掛けているのが毛嫌いしている真唯であっても。真唯に嫌がらせをしてマイナスの印象を与えるか、品行方正な生徒会長であることでプラスの印象を与えるか。天秤にかけて結は後者を取っただけである。
一方衛理は内心安堵しながらも不思議がっていた。真唯に対するリレー事件は神哉からも聞いた話。リレーの練習をすると聞いて何かできることが無いか考えていた衛理に神哉と司はこう言ったのだった。
「2年と3年の戦闘科の先生誘って見に行けばいいんじゃないかな?」
「そうだな、それで問題も無くなるだろう」
若干の疑問を持ちながら衛理は言われた通り視察名目で2年と3年の戦闘科の教員たちを誘ってリレー練習に向かった。衛理は知らない、自分が学内人気ツートップであることを。神哉は知っていた、結が衛理を憧れの視線で見ていることを。それゆえの衛理派遣だった。効果はてき面と神哉は遠見の魔法で衛理たちの様子を観察していた。
「愉快そうで何よりだ」
「そりゃね……それよりも、だ」
「あぁ。体育祭とやらは父兄の出入りも激しくなる。全ての来場者を確認するのも難しかろう」
「……何もなければ良いんだけれどもね」
そして、波乱を含んだ体育祭の日は訪れる。




