14話 得難きモノ
それは都内のどこかにあるビルの一室。椅子に座る青年と、床で跪く男女数十名。『幽暗』に所属する者達は自分たちを導く存在『魔王』の言葉を待っていた。
「あの力を手に入れるのに、こいつは邪魔だなぁ?」
椅子に座る青年はくるくると手の中で水晶玉を回していた。つい先ほどまで、そこでは総泉女学園に襲撃を掛けた『幽暗』と戦闘科1年の戦闘風景が映し出されていた。
「邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。なら居なくなってもらわないとなぁ?」
発言の意を組んだ男たちが立ちあがる。数人の男たちが消えるが椅子の青年は気にもせず水晶玉を覗き込んでいる。
「欲しいな……早く欲しいなぁ」
男の声だけが室内に響きわたっている。それに答える者は、誰も居ない。
『幽暗』との戦闘をこなし、戦闘科1年D組の機嫌も取った衛理はその後職員室で教師の仕事を終えるとまっすぐ帰宅した。居酒屋で神哉の愚痴でも聞いてやるかと思ったが当の神哉が落ち着いており、明日またと言ったため脳内で組み立てていた予定をキャンセルして帰宅の途に付いた。
総泉女学園から最寄り駅の路線で3駅の駅チカ物件が衛理の住むマンションだった。現在衛理は一人暮らし。家に帰っても誰も居ない生活には慣れたものだった。
「っと、夕飯どうするか……って卵無い……」
クラスではお馴染みになった深いため息と共に先ほどまで着ていた上着と、カバンの中から財布と端末だけを取り出して買い物に出掛けた。
嫌な感覚は家を出た時から存在していた。それは卵と総菜を買ってスーパーを出た時も感じることのできるモノだった。スーパーからの帰り道。暗がりで衛理は5人の男たちに囲まれた。
「……何用だ」
「……お前は、邪魔だ」
衛理が木刀を召喚して対応するが早いか、男たちは異形に転じて衛理へ襲い掛かってきた。
「ったく……卵が割れるだろうがっ」
右手だけで対応していた衛理だったが今はあのにぎやかなクラスの居ない場所であることに思い立ち、蹴り技を駆使して対応を始めた。あまり上品ではないため学校では封印しているが彼は真唯と同じく本来蹴り技が主体の戦闘スタイルだった。
最後の1人をかかと落としで沈める。面倒だが此処に彼らを放置するのも面倒と警察の魔法対策課に通報する。異形に転じた事を考えるに彼らは『幽暗』。昼間、真唯たちに対処させなかった結果、衛理さえどうにかすれば総泉女学園に侵入できると考えたのだろう。
おそらく、そうまでしてあの学校に侵入したい理由は予想がついていた。奪えと彼らは言った。邪魔だと彼らは言った。彼らが欲しいのは真唯の力、炎を超える、太陽の力ではないか。
つらつらと考えていると魔法対策課の車が到着した。学外であっても衛理は魔法戦闘科教師。そして相手は今一番有名な魔法テロリスト。狙われる心当たりはと聞かれて今日合った出来事を一応話したが管轄が違う関係でなかなか信じてはもらえなかった。しばらくして総泉女学園管轄の魔法対策課に問い合わせた結果が返って来たのかようやく衛理は解放された。なお卵は全部無事だったが総菜が少しぐちゃぐちゃになった程度の被害で済んでいた。
そしてその日衛理は眠れぬ一夜を過ごすこととなる。自宅周辺での襲撃というからには自宅の場所が『幽暗』サイドに知られているとみてまず間違いは無いだろう。せめて自分が囮になれば大切な自分の教え子たちを守れる。其の一念で夜通し警戒を続けた。
だが『幽暗』は自宅への襲撃は行わず、眠らずに衛理はそのまま学校に向かうことになった。
「衛理大丈夫!?聞いたよ課長さんから」
「五月蠅い神哉……それ関連。徹夜で警戒かけてたんだ」
「無茶して……」
どさりと荷物を置く衛理。教員が出勤する朝早く、まだ学校に生徒は居ない。無茶をする同僚であり親友でもある衛理を心配する神哉は椅子を持ってきて衛理の横に座った。
「魔法省で護衛付けた方が良いんじゃないかな?手配するよ?」
「要らない。あの程度自分で追い払える」
「でも……じゃあせめて今日午前中は保健室で寝てきなよ」
「午前中しか授業無いのに午前中寝てどうするよ」
全て固辞する親友をどうしてくれようかと神哉は思案する。元々衛理は自身の事に関して無頓着だった。それは1人でこの世界に生まれ変わってしまった負い目から。神哉と出会い、真唯と出会い、おおよそ改善されたその悪癖は無理無謀をするときにこそ出やすくなっていた。
「衛理……」
「……これぐらいで音を上げていちゃ、アイツ等の担任なんてやっていられないだろう?」
「そりゃそうなんだけれども……せめてでも始業まで寝てきなよ」
「……絶対起こせよ?」
「約束するから」
「じゃあ、学年主任様のお言葉に甘えますかね」
ふらふらと保健室方面に向かう衛理に他の教員も心配そうに視線を送った。とんでもない実力者を有する今の1年、そのとんでもないトップクラスがD組の戦闘科であり筆頭たる真唯が居る。その戦闘科D組の手綱を握る若き新任教師は尊敬と憐れみと、心配の目で見られていた。それを知らないのは衛理本人だけ。
「……もう……心配かけさせるんだから」
「やはり今日の授業はお休みさせてあげるべきでは?」
「起こさなかったら僕が怒られちゃうからなぁ……せめて衛理に匹敵する実力者が衛理の補佐に入れば良いんだけれども」
「難しいでしょう……黒風先生の戦闘科教師ランク10はこの国最高峰ですから」
「……ん?でもランク下がってもあの子達に対応できる人材なら良いわけか」
「心当たりが?」
「あるなら早くに手配してあげましょうよ雪柊先生」
「う~……アイツに借り作るの嫌だけど……背に腹は代えられないからなぁ……」
嫌々神哉はどこかへ電話を掛ける。始業まで後2時間弱。そして始業直前、神哉は保健室へ向かった。
「失礼します」
「あら、雪柊先生」
「衛理は?」
「ぐっすり眠っていますよ。保険医として治癒科の人間として、黒風先生にはこのまま眠っていて欲しいんですがね」
「起こさないと僕が怒られちゃいますから」
示されたカーテンの向こう。衛理は眠っていた。眉間の皺も無く穏やかに眠る彼を見て起こすのを躊躇った神哉だったが始業の時間が近いことを思いだして意を決し声を掛けた。
「衛理」
「んっ……あれ神哉……どうやら約束は守ったみたいだな」
「だってぇ……各所から起こさない方が良いって言われても起こさないと衛理めっちゃ怒るじゃん」
「よくお解りだな。でもまぁ眠れて良かった。あ、すみませんでした。朝からベッド使わせてもらって」
「もう少し眠っていても良かったのに」
「手のかかる生徒が待っていますから」
いつもなら私服からジャージに着替えてホームルームに向かうのだが時間が無いとそのまま衛理はホームルームへ向かった。階段を上がる間も同僚の教師達から心配の声が掛けられる。
「黒風先生、大丈夫ですか?」
「えぇ。仮眠を取ったらスッキリしました」
「無茶はなさらないように」
「ありがとうございます」
そして衛理は戦闘科のドアを開けた。珍しい私服での登校に目を丸くする戦闘科D組の生徒達。
「びっくりしたぁ……ジャージに見慣れ過ぎていた」
「わかる」
「俺はいつもこんなんだ。ほらホームルーム始めるぞ」
始業のチャイムが鳴り響く。今日ぐらいは穏やかな授業を。
だがその願いは届かない。
戦闘科1年が戦闘フィールドで訓練をしている最中、2日連続の爆発が起きる。眠気も覚める爆発に衛理は真っ先に駆け付けた。後から戦闘科クラスも付いてきている。其処に居たのは昨日と同じローブの『幽暗』達。
「2日連続とは豪勢なっ」
「センセーっ」
「鴻、絶対に無理はするな」
「わかってる」
そして彼らは異形に転じる。衛理は木刀を、真唯は素手で敵に立ち向かっていった。
「今日の俺は機嫌が悪い。遠慮なく行かせてもらう」
「今日は暴れられるから絶好調っ」
「そりゃ何よりだ」
D組の生徒達も慣れた戦闘補助を行っていく。敵が異形に転じた点、それ以外は慣れたテロリスト対策戦闘だった。
「昏倒魔法重ね掛けしておいてっ」
「了解っ」
パチリと空気が爆ぜた。続いたのは背筋が凍るほど鋭い雷鳴。先兵を感電させ昏倒させたのはどこかで、具体的には第2階層天界で最高神に会った時に、見たはずの槍を携えた神哉だった。
「衛理っ鴻さんっ」
「獲物取るな神哉っ」
「そうそうっ」
「だってっ」
「心配するなっ」
衛理は、真唯は、着々と敵戦力を潰していく。昨日の倍のテロリストに怯むことは無い。あと5人、そう思ったその瞬間、テロリストの1人が腕をも異形に転じさせた。それは人間ではありえない巨大な腕。伸びるその腕は一直線に真唯へと向かった。
「鴻ぃっっ」
その攻撃から真唯を守るために、衛理は渾身の力で真唯を押し出す。真唯を捉えられないと見た腕は爪を変形させ、そして、衛理を貫いた。
「衛理っっ」
「黒風先生っ」
突き飛ばされた真唯はゆっくりと起き上がる。そこには衛理が倒れていた。血が流れる。その光景は、あの秋の長雨の日に似て。赤い記憶が、あの日の記憶が流れ込んできて。
「っ……ぁ……」
そして、真唯はその身に宿る炎の力を爆発させた。
「何?!」
「ちょ、真唯!?」
「っ鴻さんっっ」
炎の奔流が舞う。拙いと判断した神哉は炎で焼き尽くされる前に残りのテロリストを雷で昏倒させ、全員を端へと退去させた。
「やだ……やだよ……っ」
炎の中心で座り込む真唯。その中心には誰も近づけない。
ただ1人、その炎の中に取り残された、彼を除いては。
「っ……は……」
「衛理!?」
自分への応急処置で治癒魔法を発動させる。そして寝不足と血の不足で回らない頭を使って状況を判断すると衛理はその手にある物を呼び寄せた。
「鴻」
こつんと、真唯の頭に何かが当たる。それは衛理がいつも授業で使っているバインダー。真唯はいつもこのバインダーで小突かれている。顔をあげればそこには当然衛理が居た。
「馬鹿野郎……威力調節しろっていつも言ってるだろ」
「せん……せー……?」
「ほら、出来るな?」
「うん……」
炎が収束する。焼け焦げた校門前をいつもの溜息を吐いて見渡した衛理はそのまま再び倒れた。
「っセンセー?!」
「衛理っ」
「……わり……後片付け頼む……血足りないのと寝不足で限界……」
「それぐらいいくらでもやるからぁっ保健室ぅっ」
「は、運びますっ」
様子を見守っていた教員たちが衛理を保健室へと運ぶ。残された真唯は座りこんだままバインダーを拾い上げていた。
怖かった。あの日みたいに、母親と同じように、衛理が永遠に居なくなってしまうのではないかと。ただ其れだけが怖かった。だって自分を認めてくれた先生だ。真唯の力も許容して、真唯の力がなんであるか教えてくれた、
大切で、得難い先生なのだ。
「……鴻さん」
コツンと手が当てられた。それは座りこんだ神哉の手。グーで握られたその手は優しく開かれ真唯の頭を撫でた。
「衛理なら拳骨くらわすところだけれども、優しい学年主任の僕はこの程度」
「学年主任……」
「鴻さんに何が合ったか、一応保護者であるお兄さんから中学の時に聞いている。だから気持ちだけは解る。でもね、鴻さんが暴走して、そうさせてしまった衛理が一番傷付くことだけは覚えておいて」
「っ……」
「衛理は君の事を一番心配している。もちろんD組の生徒達全員衛理は気を配っている。それでもね、人類未踏の太陽の力なんて言うとんでもない力を持ってしまった君を、衛理は一番心配しているんだ」
「……ぁ……」
「だからね……君はもっと大人を頼るべきだ。君は大人を頼ったことが無いのだろう。だけれども、大人はもっと頼れるものだと、知るべきだ」
優しくも厳しい学年主任の言葉が、心配で集まったD組の生徒達に囲まれた真唯の心に落ちる。実際その通りだった。大人は頼りにならないから、自分たちで何とかしてきた。生活だって、戦闘だって。それでも、頼れと、頼ってほしいと願う大人は居るのだ。それは目の前の学年主任であり、きっと、運ばれていった担任もそうなのだろう。
溢れる何かが、真唯の頬を濡らした。涙だと理解したのは、学年主任の手が強く真唯の頭を撫でた時。
「……ようやく泣いてくれたね。鴻さん」
気付けば真唯は、バインダーを抱えて泣き崩れていた。それは安堵の涙。だって担任は生きている。生きて、自分にバインダーをぶつけてくれた。いつものように、いつもみたいに。
しばらく泣いた真唯をクラスメート達は思い思いに抱える。泣かない真唯をずっと心配し続けた爽子はつられて泣き出していた。仲の良いクラスメート達はようやく泣いたクラスの中心を囲み、そして泣き笑った。
衛理が復活したのは下校時刻近くになって。帰りのホームルームにまだ眠そうな顔で出てきた。
「黒風先生怪我はっ」
「もともと腹を掠った程度だったんだよ……まぁ血は出たが」
「も~……真唯もだけど、黒風先生も無茶しすぎっ」
「学級委員長として今度から黒風先生も無茶しすぎないか見張り対象にしますっ」
「そんなの有ったのか」
「ほら、真唯だし」
「だったな」
「……センセー」
おずおずとバインダーが差し出される。泣いた時ぐちゃぐちゃになった用紙は何とか伸ばしたがそのままで、それでもそこに落ちた涙の跡で全部を察した衛理は受け取ったバインダーで再び真唯の頭を軽く叩いた。
「お前は馬鹿みたいに笑っていろ。それで十分だ」
「……うん……わかったっ」
「あぁ……ほら帰りのホームルームやるぞ。そして俺を仮眠に戻らせろ」
「はぁいっ」
「てか先生の機嫌の悪さって寝不足だったんだ」
「事情があって徹夜したせいでな」
「寝て」
「だからさっさとホームルーム終わらすぞ」
そして、いつものようにホームルームは行われていった。それがいつもの日常だったから。真唯にとって、それだけが救いだった。




