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にぎやかなクラスの物語  作者: 颯待 彗
一学期~太陽と魔法と。~
10/48

10話 彼の過去

黒風衛理には前世の記憶というものがある。


 それは魂を輪廻転生の輪に預けた際、前世の記憶が強すぎて焼き付いて離れなかったが故のバグ。


 彼は、黒風衛理になる前はコラキエルと言う名の天使だった。




 その日、天使の中でも最上級の位にある特級天使コラキエルはその剣の腕と知識量を買われ第1層へ足を踏み入れていた。最高神直々のお願い、それは過日父親から権能を引き継いで1人になってしまった太陽神殿の姫君の護衛と教育係。考えるところはあるものの最高神の願いとあらばと引き受けその神殿へ向かった。


 神殿に足を踏み入れるとヒールでの疾走音が響き渡った。続いたのはドレスが舞う姿。その少女は明るい茶色の長い髪を揺らし炎が揺らぐ瞳を向け、待ちかねたと言わんばかりに彼を出迎えた。


「待っていたわ。私はアエトス。この神殿の主よっ」

「……コラキエル・ギャルドです……」

「コラキエル……うん。良いわ。さぁじゃあまず。手合わせ良いかしら」

「…………は?」


 それが彼と彼女の最初の出会い。太陽の姫、アエトスは式典で出会う5階層以下の主たちには対外的スマイルを崩さないが2階層の主である最高神、4階層の主である魔王には普段のおおざっぱでよく笑う素の性格を晒していた。魔王に素を晒すのはどうかと思うところもあったが現魔王は元最高神の為、彼女が幼い頃から知っているだけだった。


 こうして彼女と彼は主従関係になった。コラキエルはその対外には出さない者の一部の人間に出しているおおざっぱな性格を直そうと奮闘し、そしてアエトスの望み通り手合わせと言う名の剣の勝負を受けていた。剣は殺戮を許された特級天使の基礎実技。その中でもコラキエルは数少ない達人級と呼ばれていた。そんな彼にアエトスは食らいついていき、毎日のように負けていた。初回、負けたのが初めてで悔しいと5連戦させられたのは天界訪問の時の鉄板の笑い話になっている。アエトスもまた毎日のように聞かされるお説教と小言を表面上は嫌がりながらも今まで誰もそんなことを言ってこなかったが故か楽し気に聞き流し、毎日のように行っている手合わせを嬉々として行っていた。


 彼女はコラキエルの隙を見つけては天界、はたまた魔界まで降りてお茶をしていた。それは階層の主の権能の1つ。他の誰も使わない階層移動の権能を彼女は惜しげもなく使っていた。


「アエトス様っっ」

「うげっコラキエル……」

「うげじゃないでしょうっ此処何処だと思っているんですかっ」

「魔界」

「暢気に言っている場合かこの能天気姫がっ」


 その日も魔界まで行った道筋を見つけたコラキエルはこめかみに痛みを覚えながらもその道を下り魔界に向かい、魔王の城で暢気にお茶をするアエトスを見つけた。もちろん反対側の席には表情を一切崩さない魔王が座っている。


「貴様も苦労するなコラキエル」

「表情が動かなくったって面白がっているだけなのは判っていますからね魔王殿。さっ帰りますよ」

「はぁい。魔王さん、またね」

「いつでも来ると良い、愉快な姫君よ」


 第1層まで引き戻し、説教に入ろうとしたコラキエルはアエトスが強くドレスのスカートを握りしめていることに気付いた。その手をそっと取り、膝を付いて彼女を見上げる。


「どうしました?アエトス様」

「……父様の話を聞いたの。魔王さんがまだ天界に居た頃は父様が太陽の王だったから」

「……先代の」


 先代の太陽の王は力の陰りを察し早々に姫へ権能を譲渡した。そしてきちんと権能が機能しているのを確認した後、引き留める声も無視して幽界へ落ちていった。故に彼女は父王との思い出はそこまで多くない。


「覚えてないってやっぱりやだよね」

「……そうですね」


 一瞬だけ陰るアエトスの表情。だが振り切るように頭を振ると元の元気な彼女の表情へと戻っていった。その虚勢に気付かないコラキエルではなかったが何も言わず立ち上がり部屋に戻るアエトスに従った。


「魔王さんのお話楽しかったぁ」

「それは良かった。ですがそれとこれとは別問題ですからね」

「げっ」


 結局その日は懇々と説教をした。翌日、表の正式訪問である神界の最高神の元で一連の話をすると案の定彼は笑い転げた。若草色の長い髪が揺れ、震えながら天界では貴重な紅茶をすする。


「そもそも魔王にそんなこと言える姫ちゃんが最強って話」

「笑い事ではないんですよ?最高神、深皇しんおう様」

「ごめんごめん。で?魔王のお話は楽しかった?」

「なかなか興味深かったです。深皇さんは父様のことよくご存じじゃないとか」


 庭園には最高神である深皇とアエトス、コラキエルしかいない。故にこの時だけは正式訪問であっても普段の性格でアエトスは対応していた。魔王との会話内容を話し終わり深皇の事に言及すると深皇は困ったような表情を浮かべた。


「うん。大体姫ちゃんの知ってる通りの彼位しか知らないんだ。まぁ魔王に比べちゃね。彼は在位が長かったから。神様なりたて2000年程度じゃとても太刀打ち出来ませんって」

「魔界と天界が戦うと大変だものね」

「もうめんどくさいから戦いませんよ。太陽の権能に傷もつけられないし」


 そう言って静かにほほ笑む最高神、深皇は先代の権能が劣化した原因を2度にわたる魔界と神界の戦いであると認識していた。世界を文字通りひっくり返したその戦いによりすべての世界の在り方が変わってしまい、その結果、先代の権能が弱まった。その重責を今目の前にいる少女に背負わせるわけにはいかない。そう思いコラキエルを姫の護衛として付けたのだから。


「そうだ。せっかくだから剣の腕がみたいな。コラキエル君送ってから結構上達したって聞いたよ」

「深皇様や。あのお転婆に拍車を掛けないでくれ」

「良いじゃない。こういうの御前試合って言うんでしょっ」

「……もう訂正する気も起きない」


 打ち合いが始まればコラキエルはまっすぐに姫と向き合う。口では何とでも言うが誰よりも姫の実力を彼は認めていた。3人しかいない庭園で剣戟の音が響き渡る。もちろん誰か駆け付けてこないように防音魔法もきちんとかけてある。


「だぁっっ」

「まだまだっ」


 踏み込みの甘かった瞬間で剣をはじく。勝負はコラキエルの勝利だった。


「も~っこれで538敗目ぇっ」

「そんなに負け越しているんだ……コラキエル君、手加減とか」

「手加減は失礼に当たると思ったのだが違うのか?」

「……違わないです」

「何よりだ。ほら姫っ今日は正式訪問なのだから靴履き替えてネコかぶってっ」

「判ってますよぉだっ」


 対外用のハイヒールに履き替えたアエトスは最高神の見送りで第1層へ戻る。その間は衆人観衆の中で、そこでは猫を被る必要があった。装うのは深窓の姫君。つい数分前までコラキエルと手合わせしていた少女は一瞬で完璧な太陽の姫君としてそこに居た。


「では、また遊びにいらしてください。太陽の姫」

「はい。深皇様もお元気で」


 完璧な礼と共に第1層へ戻っていく姫の後をコラキエルは追う。本当にこの対外お姫様仕様が続いてくれればと願うコラキエルの想いも虚しく神殿に帰った瞬間ハイヒールを脱ぎ捨てドレスのままベッドへダイブした。


「あぁお前なぁっ皺になるだろうドレスっ」

「ぶ~良いじゃん良いじゃん。お姫様やるの疲れたぁ」

「まったく……仕方ない姫様だ……アエトス様。ちゃんとその対外用ドレスから着替えたらもう一戦お付き合いしたしますよ」

「言ったねコラキエルっ」


 姫の着替えのため部屋を出るコラキエル。第1層の神殿は自分と姫以外数人の太陽の神官が詰めている以外誰も居ない。本来ならば侍女も護衛も増やすべきなのに彼女は頑なに嫌がる。太陽の神官たちはその場所で全層の太陽の運行を見守る役割の為、こまごまとした姫の世話も彼の役目だった。本来誰かに手伝わせるべき着替えなどは姫1人で行っている。姫は多少の魔法が使えるため困らないと言い張るがそれにしても誰も手伝う侍女も居ないのは仮にも階層の主である姫君として問題と考えている。


 それでもいつか姫は女王になるのだから、それまでに侍女ぐらいは置きたい。きっとその頃にはこの神殿にも人があふれ、にぎやかになるのだろう。コラキエルはまだ見ぬ未来に思いを馳せていた。



 だが、それは永遠に叶わない未来となる。



 夏至の日、太陽の輝きが一番増すその日には100年に一度式典が行われ、不可侵条約を結んでいる冥界や幽界の主達も、人間界と無界以外の5層の主達が一堂に会し太陽の力を分け与える。もっとも万年単位で生きている者たちばかりなので100年などあっという間。この前やらなかったかと言った声すら聞こえるのんびりとした集会。


 姫はその日専用のドレスを身に纏い、太陽の錫杖を用いて権能を行使する。


 本当にただそれだけの式典のはずだった。


 カランと、錫杖が転がる音が響いた。コラキエルは目を疑った。今まさに錫杖を掲げようとした彼女の胸元には深々と矢が刺さっていたのだから。刺客などありえるはずのない場所で、そして誰も無しえない角度から、彼女は射抜かれた。


「きゃぁぁぁっ」


 続いたのは六陽の悲鳴。各階層の主達が事態を把握し混乱に陥る。ぐらりと姫の身体が傾いだ瞬間、行使しようとしていた権能が彼女の周りを包み込んだ。


「っ史真ししんっ」

「……何処からだ?」


 最高神と魔王が彼女に深々と刺さった矢の出所を探す中、コラキエルは必死に姫の元に辿り着こうと炎の壁に立ち向かっていた。だが相手は火よりも炎よりも強い太陽の力。コラキエルの肌を焼き、長い髪を焼き、それでも彼は初めて心の底から膝を付いたただ1人の主の元へたどり着いた。


「アエトス様っ」

「……コラキエル……?」

「今っ治癒術をっ」

「いいの……もう……」


 権能行使の為に誂えられた儀式用オレンジ色のドレスの胸元は血を吸って赤く染まっていた。それはどう見ても致命傷の出血。天使や神であっても致命傷を負えば死ぬ。それは誰も逆らえない摂理。それでもコラキエルは治癒術を発動させていた。


「助ける……何があってもっ」

「……コラキエル……あのね……」


 震える手でアエトスはコラキエルの方に手を伸ばす。その手を取ったコラキエルの瞳には涙が浮かんでいた。泣かせたくはなかった。この神殿に来て以来コラキエルは真面目な顔から時折ほほ笑むようになっていて、それがアエトスはたまらなく嬉しかった。だから笑ってほしいのに、彼女の胸元からは血が流れていく。上手く動かない唇で、彼女はただ1人の大切な従者へ言葉を紡ぐ。


「アエトス様?」

「たのしかった……コラキエルといっしょで……」

「っアエトス様っ」

「……ありがとう……わたしの……じゅうしゃ……」


 コラキエルへのばされていた手が地に落ちる。瞳を閉じた姫は、もう目を開かない。次第にその身体は魂となり、存在そのものが薄くなっていく。身体は光の粒となり、コラキエルの腕の中から重さが無くなっていく。


「アエトス様っアエトス様ぁぁぁっ」


 彼の叫びも虚しく、彼女は光の粒となり、太陽の権能と共に消え去った。


 異変はすぐに起きた。常に太陽が煌めく第1層、それが突如暗闇に包まれた。失われた太陽。事態を理解した深皇は魔法世界の双子女王の黒い方に声を掛けた。


「っ六嘉っ」

「判っているっ」


 魔法世界の双子女王のお陰で明かりは保たれた。最高神深皇は茫然と座り込むコラキエルの傍に立つが彼は微動だにしない。そんな主を失った従者の代わりに深皇は各階層主に言葉を告げた。


「各界、光魔法で対処を……次代が権能を行使しない限り……太陽は戻らない」

「判っている」


 各界の主達が対応を行い、コラキエルは第2層へと運ばれた。太陽の権能を抜けた際の火傷も酷かったが、心の傷が一番重かった。何も話さず、茫然と座り込んだままの彼を放っておけなくて深皇は傍に立っていた。


「コラキエル君……」

「……」

「深皇様」

「あ、うん」


 そうして深皇が目を離した瞬間、彼は持っていた短刀を己の喉元に突き立てた。


「コラキエル君っっ」


 戻ってきた深皇が見たのは血の海に沈むコラキエルの姿。そして彼もまた光の粒となり魂となり消えていった。



 それは、1000年前の出来事。


 そして、コラキエルは黒風衛理として転生を果たす。悲しすぎる前世の記憶を持って。




 黒と白の女王の城。あの日と同じ炎の壁に衛理は挑んでいた。後ろからは頼りになる教え子たちが水魔法で援護してくれるため前よりは入りやすく、怪我することなく中に入ることが出来た。背中が若干痛いのは水弾の威力が強すぎた為だったが許容範囲内だった。


 この中心に倒れているのはオレンジのドレスの姫君ではない。戦闘科専用の赤いジャージに身を包んだ真唯。背中からの肩への矢。血は殆ど流れていない。これならばと治癒術式を発動させる。矢は治療が進むたびに抜けていき、カランと地面に落ちる。矢が抜けたことにより真唯をひっくり返し治癒術式を続ける。そして、あの日あの時永遠に閉じた瞳が揺れながら開いた。その瞳の中に炎の煌めきを見て一瞬息を飲んだが、見開いた目はいつもの薄茶の瞳だった。


「……あれ……センセー?」

「とりあえずこの暑いの閉じろ」

「う、うん?」


 炎の壁が消え、元の大広間へと戻る。クラスメートたちの歓声が上がる中、衛理は安堵の息を吐いていた。





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