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第94話 振り払われた手はもう二度と掴めない

この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。


またちょびっとシリアス展開になって参りました……書き始めた当初は本当にドタバタギャグコメディを書く予定だったのですが、ギャグって話を考えのが難しいんですよね(個人的な意見です)


どうしても短編になると言うか、長編にならない……。もっとたくさん文章を書いて練習しなければと思います。


そしていつか、いや近い内にこのお話を改定したい。実行できる様に頑張ります。


本日もどうぞよろしくお願いいたします。

 繭が完全に破れ去ったことによりそこから吹きだしていた暴風も止み、ようやくまともに立てる様になった。


 宙に浮きながら黒い光を繭に送り続けていたウサギのぬいぐるみからは光が消え失せ、ドサリと無機質に地面に転がった。


 同時に繭から解放された目の前のフィニィの瞳がゆっくりと開かれる。残念な事に特に弱った様子もなく、呆然とする俺たちの方を見て極めて冷たい、はりついた笑顔をこちらに向けて来た。


「ああ、びっくりした。流石、お兄様の()()をしているだけあって、私のことをよく研究してる。ちょっと気持ち悪い」


 フィニィはあくまでも目の前のアンフィニを本物とは認めない発言をした。そして土まみれになって地面に落ちていたぬいぐるみをそっと拾い上げてそれについていた土埃を払う。


「はあ。ライアーの言う通りだった。私って直ぐに感情的になっちゃうんだなぁ。これがないと危なかったかも」


 独り言の様に呟きながらぬいぐるみの汚れを綺麗に払い落とし「よし、綺麗になった」と満足そうに微笑んだ後、改めてぬいぐるみを抱き直す。


「……どうしてあの繭から抜け出せた」


 アンフィニが感情を抑える様に静かに問いかける。フィニィはそんなアンフィニをチラッと見た後に余裕の笑みを浮かべて言った。


「うふふ、それはねぇ、この子のおかげだよぉ」


 ふにふにとぬいぐるみを突きながらくすくすと笑うフィニィに不気味さしか覚えず、言葉が何も出て来ない。


 俺たちが驚いて何もできないことに気分を良くしたのか、フィニィはぬいぐるみを抱きしめながら嬉しそうにクスクスと笑っていた。


「でも外側からの刺激に弱い繭でよかった。意外に早く脱出できたし」


「ぬいぐるみに事前に何か魔術を仕掛けていたってことか?」


 とっさに思いついたことを口にすると魔術師であるシルマが信じられないと言う視線でフィニィを見つめながら俺の発言を否定した。


「ですが、救助用の魔術を施したとは言え、術者が魔力を送らなければ術は発動できないはずです。シュバルツくんの繭は内側からは魔力を通さないので魔術の発動は不可能のはずです」


「え、事前にそう言う魔術がかかっていたら何も不思議なことはないんじゃないのか」


 フィニィが俺たちに捕まることを想定して脱出する(すべ)を事前に準備したってことだろ。相手が一枚上手だったって話じゃないのか?


『魔術素人の君にわかりやすく言うと、事前に術を掛けていたとしても術の発動中は魔力を送り続ける必要があるんだよ』


 シルマの抱く疑問を全く理解できていない俺に仕方がないと言わんばかりにため息をついて聖が割り込んで解説をする。


「え、そうなのか。事前にぬいぐるみ術を掛けてたら後はお任せでいいんじゃないのか」


『後はお任せって……最新の電化製品じゃないんだから……』


 認知していた魔術原理とは違っていたことに驚いている俺に聖が嫌味なツッコミを入れてきたので若干イラッとしているとシルマが聖の言葉に続いて説明を付け足す。


「仕掛け魔術は術者との連動が必要なのです。原理で言えば精霊や神霊たちを召喚して力を貸してもらう時と同じですね。今回の場合で言いますと、影の繭から出ることが出来るまで術者は自分の魔力を送り続ける必要があるのです」


『でも、シュバルツが作り上げた繭は内側からの魔力は通さない。なのに彼女は外側にあるぬいぐるみに施した魔術を発動させて脱出をして見せた。これって不思議なことなんだよ』


 シルマと聖の言葉にフィニィへの謎と警戒心が高まり、その場の視線一気に彼女へと集中する。それを受けたフィニィはワザとらしい態度で拍手をして言った。


「おおー。結構鋭いねぇ。いいよ、確信に近づいたご褒美にからくりを教えて上げる」


「からくり?」


 眉間に皺を寄せて聞けば彼女はぬいぐるみをそっと抱きしめ、こちらを見て怪しげに微笑んだ後、ゆっくりと口を開く。


「このぬいぐるみはもう1人の私がいるの。この子と私の魂は繋がっているんだよ」


「……は?」


 その言葉の意味は全く分からなかったが、衝撃過ぎる発言に全員がぽかんと口を開けて固まった。


 恐らくこの発言が視えていたであろうアストライオスさんは驚いてはいないものの、深刻そうに唸ってフィニィを見つめていた。


『なに、それ。まさか、魂を分けたとか怖いこと言わないよね』


 理解が追いつかない、いやもしかしたら理解したくない俺たちの代りに聖はフィニィに問う。


「え、寧ろそれ以外に何があるの?」


 フィニィは聖の問いかけをあっさり肯定したことによってますます混乱が生まれる。魂を分けるって何だよ。異世界ではそんなことできるのか?


 いや、俺も異世界に転生してから随分と立つがそんな技術があるなんて聞いたことがないし、あったとしても魂を分けると言う単語だけでそれが人工魔術師並みに禁忌であると言うことがわかる。


「はあ?魂を分けるなんて無理っしょ。わけわかんないんですけど」


 フィニィの肯定を信じられないとエクラが真っ向から否定する。しかし、フィニィはぬいぐるみを抱きしめ、頬を膨らませツンとして言った。


「無理じゃないもん。ネトワイエ教団は人工魔術師とか、魂の転移とかの研究が進んでいるの。だから不可能じゃないの」


 おおう、今どさくさに紛れたてとんでもない発言をしたな。人工魔術師と魂の転移とかの研究、ネトワイエ教団は何のためにそんな研究をしているんだ。あいつらの目的は世界の破滅じゃなかったのか?


 ネトワイエ教団について様々な疑問が浮上し、悶々として立ち尽くしているとシュティレが槍の先をフィニィに向けて冷たく言い放った。


「ほほう。それは初耳だ。大それたことをしているな。しかし、それはお前たち教団の極秘事項ではないのか。敵である私たちにペラペラ喋ってもいいのか」


 槍先を向けられていると言うのに、フィニィは微動だにしていない。寧ろ、無表情で槍とシュティレを見つめ、数秒無言になった後にこりと笑って答えた。


「うん。だって、あなたたちは今日ここで消えるんだから」


 笑顔で恐ろしいことを言われた。ダメだ、この子完全に俺たちを今日この瞬間に抹殺しようとしている。どうしようもなく激しい不安を覚えながら俺は仲間の様子を確認する。


いつでも戦えるように槍先でフィニィを捕えるシュティレ、技が破られてしまったことと、敵が間の前にいる恐怖から涙目で震えるシュバルツと彼に抱きしめられたまま切なげに妹を見つめるアンフィニの姿が見えた。


 さらに視線を泳がせると眉を下げ表情をしながらも、杖を片手に何かブツブツと呟いているシルマに、無言で羽ばたくミハイル、そしてやはりちょっと楽しそうにしているアストライオスさんの姿が確認できる。


 現場は静かに混沌としていた。もう色んな感情が渦巻いて現在の状況が何なのか説明がつかない。


『ああ、そう。じゃあ消す前に色々教えてよ。そのぬいぐるみにもう1人の君がいるってどういう意味。もっと詳しく教えて』


 いつ攻撃して来るかもわからない雰囲気のフィニィに聖が強気に踏み込んだ質問をする。なあ、おい。今、そんな質問をしている場合か。逃げる準備か戦う準備をしておいた方が良いんじゃないのか。


 そもそも相手がそんなにポンポン質問に答えてくれる保障なんてあるわけないだろ、と突っ込もうとした時だった。


「いいよ。教えてあげる。冥途の土産ってヤツだね」


「いや、答えるんかい」


フィニィが秒速で頷いたので思わず別なツッコミを入れてしまった。しかもモロに声に出した。恥ずかしい。


「聞きたいんでしょ。答えてあげるよ。口封じすれば問題ないし」


 彼女は微笑んでけろりとして言ったが、その表情の裏にはそこはかとない狂気が感じられて寒気がする。と言うかそんな理由で簡単に秘密を漏らすな。そしてホイホイ命を奪おうとするな。


『好きにすればいいよ。こっちも全力で立ち向かうから。さ、早く話して』


 純粋な狂気を丸出しにするフィニィを物ともせず、聖が強気で急かすと彼女はその上から目線な態度に若干ムッとしながらも話を始めた。


「えーっと、なんだっけ。ああ、このぬいぐるみがもう1人の私ってやつね。これについてはそのままの意味だよ。ネトワイエ教団の技術で魂を半分に分けて、ぬいるぐみに移植したの」


「……偉く簡単に言うんだな」


 魂を分けてぬいぐるみに移植なんて聞いただけで気でも気持ちが悪いし。穏やかではない研究と技術である。それをあっさり口にしてしまうフィニィに対し、やはり根深い狂気を感じてしまう。


「だって、実際に簡単なんだもん。魂を分けるときは痛みとかは全然ないし、分けても体には得に影響もでないから。だからぜーんぜん平気」


 ねー。とフィニィはぬいぐるみに呼びかけたが当然、ぬいぐるみは答えない。そしてヘラヘラとしたまま俺たちの方に向き直って言った。


「別にぬいぐるみじゃなくても魂の移植はできるんだよ。好きな器に自分の魂を半分入れておけばチャンネルを合わせるだけで勝手に引き合うから」


「いい、そんな話。興味はない」


 魂の移植を軽いものとして扱うフィニィの言葉と態度がだんだん気持ち悪くなってきて俺は強めの口調で突き放す。


「ええぇ、どうして?よく考えてみてよ。魂の移植って夢があると思わない?体がダメになっても魂が残っていればなんとかなるもん。それって“死なない”ってことになるんだよ」


「魂の移植……死なない」


 フィニィ無垢に告げられた言葉には覚えがあり、思わずアンフィニに視線を移してしまい、目が合う。アンフィニは気まずそうに視線を逸らした。


 アンフィニはフィニィと同じく研究施設で人工魔術師の実験を受けた末、事故で命を落としたが何故か魂だけは助かり、自分の死を目の当たりにして精神崩壊寸前の妹であるフィニィの心を支えたい一心で彼女が大切にしていたぬいぐるみに入ったと言う過去を持つ。


 事情や経緯は違えど、まさか兄妹で似たようなことを体験しているなんて。兄のアンフィニからすればとても複雑な心境だろう。


『魂を2つに分けているのに、そのぬいぐるみの方は随分と大人しいじゃない』


 聖は極めて冷静な口調で微動だにしないぬいぐるみに注目した。それについては俺も気になっていた。あのぬいぐるみの中に分けた魂が入っていると言うのなら、アンフィニと同じく意思を持って動き回るものではないのか。


 先ほど影の繭を脱出する際はひとりでに浮いて光っていたが、それ以降はただのぬいぐるみと同様に微動だにせず、その無機質さを晒している。


 聖の質問を受けてたフィニィは一瞬きょとんとしてから首を傾げ、こちらにぬいぐるみを見せる様に抱えて言った。


「そんなの、人間の私の魂がメインだからに決まってるでしょ。魂を分けても個人が持つ“意志”は分けることができないの。()()は本体である私と魂を繋げるためだけの存在。まあ、いざとなったら、いつでもどこでもお互いの中に魂を統合できるんだけどねっ」


『なるほど、統合ね。じゃあさっき繭の中に閉じ込められそうになった時、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 それは重い圧を感じる確認の言葉だった。聖の言葉にアストライオスさんが深く頷き、それ以外の面々は目を見開いて息を飲む。


「すごいすごい!ご明察。そうだよ、繭に閉じ込められる寸前に人間の器の魂をぬいぐるみに移したの。で、空っぽになって閉じ込められた本体を救出するためにぬいるぐみの体で外側から魔力を送って繭を破ったんだよ」


 聖に真相を言い当てられたことが嬉しかったのか、内側からの魔力を通さないはずのシュバルツの繭を打ち破った真相をフィニィは体を弾ませながら楽しそうに語った。


 いざ真相を聞いてみると成程としか言いようがなかった。繭の中に閉じ込められたフィニィが妙に大人しかったのも魂が抜け出ていたからだっのだ。彼女はもとより内側から抵抗をする気などなかったのだ。


「ま、簡単に言えば魂を分けて保険を作ってるの。さっきみたいに捕まりそうになった時、わざとぬいぐるみを自分から放して魂の逃げ道を作るの。ぬいぐるみを気にするやつなんてあんまりいないでしょ?相手は私を捕まえたって安心しているわけだし、隙もできるから」


 あとはそのまま逃げるのも良し、ぬいぐるみの体で攻撃するも良し!とフィニィは笑った。全く参考にしたくない戦法である。


「なるほどねぇ。じゃあ、あたしたちは見事にアンタの戦略にハマったってことか。うわ、めっちゃ悔しいわ。ソレ」


 飄々を話続けるフィニィにエクラは悔しそうに腕組みをしてむくれる。このシリアスと狂気が入り混じる雰囲気でそんな態度が取れるなんてやっぱり根性が座りすぎている。流石、アストライオスさんの孫である。根性と精神が岩なのかもしれない。


「あははは、そうだね!見事にハマったみたいで滑稽だったよ」


 フィニィはぬいぐるみを抱きしめ、俺たちをバカにして楽しそうに笑った。なんだか最初に会った時よりも戦略家になっている気がする。まさかライアーの入れ知恵か……?


 俺の脳裏にキャラ的にはもの凄くタイプだが、絶対に関わり合いになりたくないあの胡散臭いロマンスグレーの姿が過り悪寒を感じた時、シュバルツに抱きしめられたまま暫く押し黙っていたアンフィニが、もう一度フィニィをまっすぐ見据え、言葉を投げかける。


「体をいじられる実験で一番苦しんでいたのはお前だろ。なんで自分の人生を狂わせた研究をする教団に加担するんだ」


「私は長様の復讐ができればそれでいいの」


 アンフィニは悲痛な思いで叫びに対し、フィニィはそれを突き放す様にスッと目を細めて突き刺すような冷たい声では早口ではっきりと言い切った。


「フィニィ……どうしてっ」


 何を言ってもどんなに想いを伝えても愛しい妹は首を縦には振らない。昔の様に笑ってはくれない。それを改めて理解したアンフィニはぐっと唇を噛み、掠れた声で妹の名前を呟いた。そして冷たく見下すフィニィの方を切なげな表情で見上げて言った。


「最後に、もう一度だけ聞く。復讐をやめて俺と生き直す気はないか」


「何度も言わせないで。そんな未来、お断りよ」


 フィニィはやはり差し出された手を取ることはなかった。一度振り払った手を掴むことは二度とない。何度歩み寄られたも話し合いには応じない。兄を真っすぐに見つめる妹からその強い意志が伝わり、家族の絆が完全に砕け散った音が聞こえた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


聖「次回予告!気持ちをぶつけ合う度にその関係に亀裂が入り、ついに完全に道を分かつことになったアンフィニとフィニィ。譲れない想いを抱く兄妹はどう動いて行くのか」


クロケル「仮にフィニィを確保することが出来たとしても、このままじゃずっと平行線な気がするな。フィニィの気持ちが揺らぐ様な大きなきっかけがあれば違うんだろうが……」


聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第95話『戦闘再開、ピンチを乗り越え進化した力』でも、自分が信じて行動して来たことをたった1人の家族に否定されるのは辛いことだと思うし、その過ちを認めて変わるのも勇気がいるし、難しいことなんだよ」


クロケル「ああ、そうだろうな。俺だって自分の考えを信じて来た家族や友人に否定されるのは嫌だよ。だから、偽善でもいいからあいつら兄妹を救ってやりたいんだ」


聖「うん、そうだね」


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