第85話 星の国ルシーダ、天に輝く清浄なる地
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
今回も少し長めになってしまいました。前にもこんなこと書いた気がしますが、自分の文章って余計な部分が多いですよね……。
直したいのに「あれもこれも詰め込みたい」って強欲さが前に出てしまい、大体きっちきちな文章が出来上がるんです。そして詰め込んだからと言って中身があるのかと言われると「あります!」とは言えない悲しみ。
学生時代は枚数制限のある作文に苦労させられましたよ。「感想文四枚とか少なすぎ……絶対に収まらねぇ」って頭を抱えていました。文章を書くのは好きなんですけどね。
だから下書きが大事なんだよツ!(時間がなくて未だにノープラン&ノー下書きの思い付き執筆中)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「アストライオスさんって、ルシーダに2人いるのか?同姓同名的な」
衝撃発言すぎて思わず一番銃重要なワードである「星の国で一番偉い」を無視する形で聞いてしまう。
「はあ!?そんなことある訳ないし。言ったっしょ、あたしのおじいちゃんは星の国で一番偉い人だって」
「ご、ごめん。ちょっと色々ビックリして……」
エクラと名乗ったギャルは両手を腰に当てて頬を膨らませて声を荒げた。また不機嫌にさせてしまったので俺が再び謝罪すると、エクラはそのまま大きくため息をつく。
「はあああああ。よくあるんだよねぇ、あたしとおじいちゃんの血縁を疑う奴。みんな見た目で判断しスギ!マジで石頭なんだけど」
「本当にごめん。俺たち、キラキラ系女子?に体耐性がないだけで決して君を疑っている訳じゃないんだ。えっと、話を詳しく聞かせてもらえるかな」
なるべく低姿勢で頼むとエクラは少しだけむすっとしたまま頷き、少し不満げな口調で話し始めた。
「まあ、いいよ。あたしはオトナだから流されてあげるぅ。あたしがここに来た目的はさっきも言ったけどおじいちゃんにアンタらを迎えに行くように命令されたから」
さっきよりも言葉の表現が荒くなってますよお嬢さん。まだ根に持ってるよね、全然オトナな対応できてないぞ。
「確かに入国をしやすくするために事前連絡は入れたが、今から向かう連絡は入れてないはずだ。なぜ私たちが今日ここにいるとわかったんだ」
キラキラギャルを目の前にしても全く動じることなく、シュティレが無表情で冷静に質問を投げかける。
「ん?ああ、それはねぇ。おじいちゃんの星詠みのチカラのおかげ。星の動きで未来を予知するんだ。だから、アンタらが今日ここにどうやって来るか……もっと言えばここまでなにがあったか(点々)まで全部お見通しなの。さすが、おじいちゃん!」
ご機嫌斜めだったエクラはドヤ顔で身内自慢をした。この子、命令されたと言う割にはおじいちゃんのこと大好きだな。
んん?今日ここまでどうやって来るかお見通しとな……また俺の頭に何かが引っかかる。そして思い出されたのはやはり先だってのペセルさんとの会話だった。
『ここに来るまで災難に巻き込まれる気をつけろよって。それなりに時間がかかるのは理解しているから焦らなくてもいいって』
『え、災難?災難ってナニ』
そうか、そう言うことだったのか。アストライオスさんは俺たちがアリスたちと再会して不思議の国であれやこれな災難に遭うことを見通していたんだな。あの時の言葉の意味が今わかった。
……いや、わかった。じゃねぇよ。視えてたんならもうちょっと具体的に教えてくれても良くないか。災難とか言う言葉でざっくりまとめないでお願いだから。
『具体的に言われたところで不運体質でお人好しの君が回避できたと思う?』
「思わねぇな」
単調なトーンで失礼なツッコミをしてきた付き合いの長い親友にこの時この瞬間ばかりは素直に頷くしかなかった。
「ふむ、君が星の国の長の孫であり、未来予知の話が本当だったとして……迎えに来たとはどういう意味だ。この山のナビゲートでもしてくれるのか」
「ええぇ!?それってあたしがこの山をアンタらと登るってコト?ないない、やめてよ。超笑えなーい」
真面目なシュティレの言葉にエクラは左手をヒラヒラとさせながらきゃははっと声を上げた。笑えないって言ったクセに笑ろとるやないかい。どっちやねん。
「で、ではどうやって山頂まで向かうのですか。聞いたとことによると、星の国は頂上のそのまた先にあるのですよね?」
独特なテンションを持つエクラについて行けず、シルマが困惑して聞くと、とても緩い口調で返答があった。
「ダイジョブダイジョブ~。登山なんて星の力を借りたらすぐなんだから。ちょっと待っててね」
長い爪を物ともせず、エクラは端末を素早くタップする。その度にカカカカッとキツツキが木を突いた時みたいな音が鳴ってるけど画面は大丈夫か……?
端末の画面の耐久性を心配すること数秒、エクラが某光の国からの巨大宇宙人の様に端末を天に突きあげて、元気いっぱいに宣言した。
「両翼の白馬よ。あたしの声を聞いて!ここにいるみんなをルシーダまで連れて行って。カモ~ン!ペガサスちゃん」
天に掲げられた端末の周りに金色の魔法陣が現れ、それが回転して白く光り出す。すげぇ、なんかガチャを回したの映像見てるみたいだ。すっごい久々な光景。
端末が放つ白い光が勢いよく天に向かって太い光りの柱を作り真っすぐ伸る。それが弾け散った後、空中に白い体に大きな翼を持つ馬がいた。つぶらな瞳だが、近寄りがたい雰囲気を出してこちらを見下ろしている。
「ぺ、ペガサス……だと!?」
当たり前だが生前俺がいた世界では普通の白馬は両翼を持つ白馬など存在しない。漫画やゲームの世界では親の顔よりも見た気がするけど。様々な作品によく取り入れられている存在と言う認識はある。
王道ファンタジーな生き物を前にちょっぴりテンションが上がる。驚きと興奮でマトモに頭が回らず、異世界ってすげぇなぁー。と言うアホな感想しか出て来ない。
「す、すごいです……私、ペガサスさんは初めてみました」
「あっ、こっちの世界でも珍しいんだ」
呆然とペガサスを見上げているシルマの言葉につい本音が漏れる。誰に向けたわけでもない、自分の素性が見え隠れしたうっかりな小さな呟きをシルマはしっかりと拾ってしまった。
「こっちの世界……?」
「はっ。いや、世界……じゃなくて地方!俺の住んでいたところではペガサスも妖精も竜も伝説や空想上の生き物として扱われていたんだ。ここ最近、竜の一族とか異世界転移とか不思議体験が続いてもみんなあんまり驚いた素振りがなかったからコレも常識なのかと」
シルマの怪訝な視線を受けて俺は以前、ライアーは俺が異世界の存在であることを見抜き、それをシルマの前で暴露しやがったことを思いだす。彼女は大層驚き、動揺していたが、その後は色々とあったせいでうやむやになっていたんだった。
他の連中もいるし、ここでバレるわけにはいかないと思い、嘘と本当を織り交ぜ、しどろもどろになりながら俺は必死で誤魔化した。凄く早口になったし、言葉に脈絡もないので怪しさ倍増だった気がしたがもう押し通すしかあるまい。
「ペガサスは我ら竜の一族と同じ貴重種だからな。それに繊細な性格でヒトの感情を敏感に読み取ってしまうと聞く。それ故、基本は人里から離れ神域で住んでいるらしいからな。本来は誰の目に触れることはないし、ヒトに使役されることもないはずだが……」
共同不審な俺の隣で俺に対しての先入観がないシュティレが冷静に言った。なるほど、設定まで二次元界隈と同じなのか。
エクラがいとも簡単にペガサスを呼び出したことに疑問を抱き、首を傾げるシュティレにエクラが当然のことの様にきっぱりと言い切った。
「この子はあたしのトモダチだから。使役とかそう言うのじゃないの。まあ、トモダチになれたは七光りって言うか、あたしが星の一族の血縁だからだけなんだどぉ」
最後は少しだけ自虐的に口を尖らせていたが、その言葉を聞いて改めて目の前で端末を片手に佇むギャルの素性を認識する。
「そ、そうか。星の国の長であるアストライオスさんが祖父にあたるってことは、君も神族なのか」
「うん、そう。純血の星の一族!なんと、一族初のギャル神様でぇーす」
エクラは自分が歴史ある神の血族であることをあっさり肯定した後、軽いノリでウィンクをしてからのピースをキメて見せた。
一族初のギャル神……なんと言うパワーワード。話を聞いた時は格式が高そうな一族かと思っていたが、何がどうなってギャルに……気になる。もの凄く気になる。
「全然そんな風には見えないがな。だが、その理屈だとペガサスを呼び出せるのにも合点がいく」
ミハイルがジト目で嫌味がたっぷり込められた言葉を投げられたエクラはピクリと眉を動かして腕組みをしてミハイルを睨み返す。
「そこのフクロウまじでムカつく。言っとくけど、七光りは他のヒトより底上げがされてるだけで苦労は必要だからね!?神族の血を引いていても仲良くなれないこともあるんだよ。こうして呼び出しに答えてくれるのはあたしの努力の結晶なの。勘違いすんな」
神族であるエクラと魔族であるミハイルの間にバチバチとした火花が見える。ギャルとフクロウの睨み合い……なんとも奇妙な絵面である。
話が完全に止まりかけたため、見兼ねた聖が火花を散らす1人と1匹の間にするりと割り込んだ。
『ペガサスは神獣に分類されているからね。それを呼び出せるなんて凄いよ。心が通い合っている証拠なんじゃないかな』
「ふふーん。でしょでしょ?中々わかってんじゃん、タブレットくぅん」
ミハイルから視線を外し、エクラは胸を張りドヤ顔で答えた。心の切り替えが早すぎる。一触即発の空気をぶった切られたミハイルは舌打ちをしてその場から飛び去り、近くの岩場に止まり、そのまま無言になった。
あえて空気を読まないマンのミハイルのせいで一度止まりかけた話を進めようと俺は本筋から逸れない様な話題を選び口を開く。
「神獣を端末で呼びだせるのって近代的だよな。それにしても……ちょっとサイズが大きくないか」
ペガサスと言えば体は馬。だからサイズも競馬とか乗馬の馬と同じかと思っていたのだが、目の前に浮かぶペガサスは俺の想像の倍はある。
正直、大きいどころのレベルではない。恐らく5メートルはあるのではないかと思われる。立派な翼を入れたらそれ以上の大きさになると思う。あの堅そうな蹄で踏みつぶされたら終わりだ。
「まあね、この子はペガサスの中でも大きい方なんだ。その分能力も高いんだから。この子はとっても優秀なの。下りておいで、ペガサスちゃん」
すっかり機嫌が直ったエクラが手を伸ばすとペガサスはその声に応えてゆっくりと地に足をつけ、そのまま伸ばされた手に頬ずりをする。相当エクラに懐いている様だ。
それにしても馬ってまつ毛長いんだな。美形じゃん。間近で見るペガサスの整った顔と美しい毛並みについ見惚れてしまう。
「よしよし、いい子だねぇ。ってことで、アンタらにはあたしと一緒にこの子の背中に乗ってもらうから」
ワシャワシャと両手で包むようにペガサスを撫でながら、エクラは唐突でよく分からない話を当然のことの様にさらりと言った。
「一緒にペガサスに乗る!?なんで」
「なんでって……何回も言ってんじゃん。あたちはアンタらを迎えに来って。登山とかロープウェイに乗らなくても、この子ならルシーダまで楽々ひとっ飛びだよ。……まさか、登山したいわけ?」
いや、そんな“何を言っているんだ”みたいな顔をされましても。初対面のギャルが目の前でペガサスを呼び出した後に、一緒にペガサスに乗りましょう!って急展開に持って行かれた奴の気持ちも考えて?
「ひとっ飛び……では、ルシーダからここに来られる際もペガサスに乗って?」
エクラに撫でられて気持ちよさそうにしているペガサスを興味深そうに眺めながらシルマが聞くとエクラは右手をヒラヒラと振って否定した。
「ナイナイ。あたしは瞬間移動ができるし。アンタらが登山口に辿り着いたって聞いたから秒でここに来たの。この子を呼び出したのはアンタらを送るため。感謝してよね?」
それについては本当に有難いことだ。登山口までの道のりだけで体力の限界間近だったし、途中で休憩やテント泊をしたとしてもルシーダに辿り着ける自信は(体力的に)まったくなかった。
大変な道のりをショートカットしてくれると言うエクラには感謝するべきだろう。御礼を述べた。
「ああ、迎えに来てくれてありがとう。本当に感謝するよ」
俺の言葉に続いて全員が(ミハイルとアンフィニを除く)頭を下げて感謝の意を表した。
「うふふ、素直でよろしい。ペガサスちゃん、このヒトたちは大切なお客様なの。背中に乗せてあげてね。さ、屈んで」
楽しそうに笑い、エクラがペガサスに優しく語り掛けると言う通り、俺たちが乗りやすくするために大きな体地面につけて座った。エクラはそっとペガサスの頭に触れる。
「うん、ありがとう。いい子だね。さ、みんな乗って。自分の体を支えられない子は誰かに抱っこしてもらってね」
「なあ、エクラ殿。確かにこのペガサスは体の大きい個体の様だが、この人数を乗せるには無理がないか」
乗馬を促すエクラにシュティレが渋い表情を浮かべて言った。シルマも同じことを思っていたのか、心配そうな表情を浮かべてペガサスを見る。
「そうですね、仮に乗れたとしても重量オーバーでペガサスさんの体に負担がかからないか心配です……」
確かにそれは思う。乗せてもらえるのは嬉しいが、俺たちが楽をするために希少種である神獣に負担をかけるというのはいかがなものか……。
ペガサスのことを心配するムードが漂い始め、二の足を踏んでいるとエクラがすっぱりと言った。
「おじいちゃんから聞いたよ。そっちの竜騎士さんは竜の姿になったら空を飛べるんでしょ。速さもそれなりにあるみたいだし、あなたは単体で飛べばいい。あたしが先導して上がるからついて来て」
「む、星詠みの力とやらはそんなこともわかるのか……だが、そうだな。1人減るだけでも大分違うと思うし、私は竜の姿で追わせてもらう」
そうだった。シュティレは空を飛べるんだったな。戦う時も基本はヒトの姿だし、ヒトを背に乗せては飛べないと言う理由もあって竜バージョンを見る機会がないから忘れていた。
でもこれでペガサス負担問題は解決である。ペガサスに乗るのは心を通じ合わせているエクラ、俺、シルマ、シュバルツで、その3人で聖とミハイルとアンフィニを抱える。シェロンさんの背中に乗らせてもらった時と同じポジションだ。
なお、高速空の旅を初体験のアムールは大変危険なので定位置になっている俺の肩ではなく、俺の腕の中で聖と共に収まっている。何故か満足そうに微笑んでいた。
最初はどう見ても繊細なペガサスの背を跨いだ時は申し訳なさと恐怖しかなかったが、どっしりとして引き締まった筋肉を持つ体に安心感を覚えた。
ペガサスって見た目は儚げで繊細だけど、肉体はめっちゃ筋肉質でかっこいいな。ムキムキ過ぎてちょっとお尻が痛いけど。
「みんな乗ったね、じゃあ行くよぉ」
エクラの掛け声とともにペガサスが軽々と舞い上がる。地面から離れ、何度か軽く羽ばたいた後、ペガサスは勢いよく雲を目指して加速した。
体にグンッとGがかかった瞬間、俺は思った。ジェットコースター飛行の悪夢、再び。そう思っている間にも加速は止まらず、ペガサスに乗った俺たちは文字通り風を切って進んだ。正直、後ろに続く竜の姿のシュティレを気にする余裕はなかった。
もの凄いスピードで意識を飛ばしかけている中、現実逃避なのか俺の脳裏にしょうもないことが過った。ワンダーミさんたちに用意してもらったキャンプ道具、無駄だったなぁ。
「はい、到着ぅ!ここが星の国ルシーダだよっ」
数十分の旅の後、勢いよくペガサスから飛び降りたエクラが両手を広げて示した先には、見事なまでのギリシャ建築の建物が並ぶ世界だった。
真っ白い箱型の家が密集した街並み、ここからでも確認ができる迷宮の様に入り組んだ路地、彼方で回る風車、蒼い宝石の様に広い空と海。ペガサスから降り、その景色を目にした瞬間、超スピードの旅で削れていた俺の精神と体力が秒速で回復する。
「すげぇ……全部が綺麗で写真を切り取ったみたいだ」
「ああ、そうだな。我が故郷である竜の谷に負けず劣らずな美しい国だ」
しっかり追いついていたシュティレが竜の姿からヒトの姿に戻って俺の言葉に頷いた。ペガサスのスピードはシャレにならんぐらい凄まじかったと思うがあれについてこられるなんて……さすがは竜の谷の長であるシェロンさんが認める実力者である。
「あの、検問を通り越して来てしまいましたが大丈夫でしょうか」
シルマが背後にどっしりとそびえる鉄製の全長数十メートルの門をチラチラと気にしながら不安げに言う。すっかり景観に気を惹かれていた俺はハッとする。そうだ、この国って検問が厳しいんじゃなかったか。
「まさかの無断入国!?おいおい、普通に犯罪じゃねーかっ」
「えええっ、どうしましょう。逮捕とかされてしまうのでしょうかっ」
テンパる俺とそれにつられて青ざめてオロオロとするシルマにエクラさんはペガサスを撫でながら屈託のない笑顔うでケラケラと笑った。
「あははははっ、反応が超面白い。めっちゃウケる~。ダイジョーブ!アンタらが来るって決まった時点でおじいちゃんがに入国を事前許可したからね、今回の検問はパ~ス。だから逮捕もナ~シ。安心していいよぉ」
「そ、そうか。良かった……」
「はい、安心しました」
胸を撫でおろす俺とシルマの前にふわりと飛んできた聖が呆れた声で辛辣なツッコミを浴びせて来た。
『いや、こういう場合は話を通してるのが普通でしょ。なんで迎えに来てくれたヒトがわざわざ客人を犯罪者にすると思ったの』
「う、言われてみればそうだが審査がある場所をパスするって違和感があるんだよ」
例えるならアミューズメントパークとかの年パスを使う同じような気持ちを抱いてしまう。だって、あれって本人確認は基本的に顔だけだし、事前にまとめて支払うのが「年パス」だからその場ではお金も払わなくていいわけじゃん。
それが分かってても緊張するんだよなぁ。他のヒトたちがルールに準じている横を自分たちは省略して通り過ぎることへの罪悪感?みたいな。
『ふーん、変な性分だね』
「うるせぇ。個性として軽く流せ」
興味なさげな聖に俺が軽く威嚇したところでエクラがギスギスの空気を両手で振り払う様に間に割って入って来た。
「はいはい、喧嘩はやめ~。とりあえずおじいちゃんのところに案内するからついて来てね。ペガサスちゃんはお疲れ様、運んでくれてありがと。ゆっくり休んでね」
エクラが微笑み御礼を言うと、その場で大人しく待機していたペガサスは軽く頷いた後に光に包まれ、淡い光となって消え去った。
「おわっ、消えたぞ」
「うん、今のところ用事もないし、とりま帰ってもらったの」
「帰ったってどこに」
「ペガサスちゃんたちが普段暮らす場所。所在は秘密ね!よし、じゃあれっつごー」
俺の質問にテンポよく答え、それでいて隠すべき場所はしっかりと隠して言葉を紡ぎ、軽い足取りで歩き出したので、俺たちもその後に続くことにした。
目的地までの道のりで周りを観察しながら歩いてゆく。特に目に留まったのは道行くヒト服装だろうか。老若男女問わずウールやリネン素材の一枚布を体に巻き付けており、足元はサンダルと言う、町の景観に合った古代ギリシャ人の様な服装をしていた。
もちろん、現代衣装に身を包むヒトもいたがそれはあくまで少数派。よそ者である俺たちはもちろん、ルシーダの住人であり意気揚々と先頭を歩くエクラでさえこの空間からは浮いている。
しかし、浮いているからと言って特に注目されるわけでもなく、みんな素知らぬ顔で俺たちをすれ違って行く。エクラはこの国の長の孫と言うこともあり、声をかけられていたが挨拶程度である。
町の中は全体的にとても静かだった。ヒトが多く集まる市場でさえ、ザワつき1つもない。みんなが必要最低限の声で優雅に買い物を楽しんでいる。
何と言う上品空間……まさに上流階級という感じがする。若干息苦しい気もするけど流石、神族と共にある住人だ。でも個人的には流石に市場ぐらいはもう少し活気があってもいいんじゃないかな。そっちの方が売ってる食べ物とかもおいしそうに見えると思う。
そんな俺の感情を知ってか知らずか、エクラが歩きながら振り向いて苦笑いを浮かべて言った。
「静かでいいトコだけどちょっと寂しいっしょ?静かなのは嫌いじゃないけど、もう少し元気があってもいいよねぇ。なんか窮屈だしさ」
「あ、あはは」
まさに似た様なことを思っていたがこんな大勢の住人が行き交う前でそれを肯定する勇気もなく、俺は乾いた笑いを返し誤魔化した。
そんな会話を続けつつ、迷路の様に入り組んだ住宅街と路地を歩き続けて数十分。開けた場所に辿り着きエクラがピタリと立ち止まる。
「はい、とうちゃ~く。ここがおじいちゃんのお家で~す」
エクラがドヤ顔でキメポーズの如く指差した先には荘厳な宮殿がどっしりと構えていた。外から見ただけでも神々しいオーラをビンビンに感じる。見た目はやはりギリシャに近い。
柱と梁からなる直線的な造りにどっしりと重厚で均整がとれた建築様式。たくさんの柱が間隔で並んで屋根を支えているのも特徴と言える。柱は頭に豪華で美しい装飾が施されているからコリント式のものであることがわかる。
『詳しいねぇ、クロケル。まさかギリシャ建築も君の担当なわけ?』
「相も変わらず遠慮もなしに俺の心を読んだことは流しておいて……ああ、まあ。直近でハマってたゲームでギリシャ神話系の推しがいてさ。国や神話についてかなり調べた過去があったんだ」
俺は基本、完全ドはまり型のオタクである。例えば押しのイメージカラーが緑だった場合、俺は暫くの間無条件で緑が好きになるし、食べ物等の生活必需品が全て緑中心になる。更にはありとあらゆる場面で緑に過剰反応をする体になる。
対する聖はドライ系。作品そのものやキャラに愛着はあるが作品の範疇でしか萌えやエモさを感じないタイプだ。公式のキャラグッズは買うが非公式なものには興味がないのだ。もっと言えば聖地巡礼すらネット上の誰かの呟きで満足するタイプ。
まあ、オタク価値観は千差万別。好きの感情には種類はあっても上下はない。まさにみんな違ってみんな良いのだ。
今はギリシャ神話を具現化した様な世界に浸りたい。何故なら生前に推してたゲームの世界観に近いから。かつて学生だった俺にはお金にも行動にも限りがあったからな。外国の地など滅多に踏めるものではない。
厳密に言うとここはギリシャではないが、世界観が近いならこれは実質、聖地巡礼と言っても過言ではないのだ。
「ご主人様、ご主人様、置いて行かれますよ」
肩の上に戻っていたアムールが俺の頬をぺちぺちと叩いた。何だこのデジャヴ、アムールに言われて辺りを見回すとそこには俺しか残っていなかった。仲間たちはすっかり1人の世界に浸っていた俺を放置したまま宮殿の中に入ろうとしていた。
「おい、だから置いていくなって!せめて声をかけろぉぉぉ」
何とかみんなに追いついて、俺たちは共に宮殿の中を進む。叫んで走ったせいで息がしんどい。因みに宮殿の中にはありとあらゆる壁や扉に彫刻が施され、存在そのものが美術品の様に美しく立派だった。
宮殿内はとても広いのだが、俺たち以外のヒトの姿は見当たらない。辺りは不安になるぐらい静まり返っていた。大理石の長い廊下の壁にいくつもの扉が並んでおり、同じ様な風景が続く。
静かな空間にコツコツと自分たちの足音だけが響く。妙な緊張感のせいか、元々自ら率先して話す様な奴がいないからか、誰も口を開こうとはしない。
出合がしらテンション高めのギャルだったエクアも話す話題がなくなったのか今は無言で先頭を歩いている。そろそろ静寂に耐えきれなくなり、何でもいいから静寂を打ち破ろうと口を開いた時、ある扉の前でエクラが足を止めた。
「ここ、ここがおじいちゃんの部屋。おじちゃーん、エクラだよ。お遣い完了でーす」
エクラは3回ノックをした後、部屋の中からの返事を待たずして扉を開いた。そのままグングンと足を進めたため、俺たち恐る恐るそれに続く。
部屋の中は大量の資料や天秤、ホロスコープ、羅針盤など様々な道具が散乱していた。いや、これ散らかってないな。良く見たらちゃんとディスプレイされてる。紙類は紙類、道具は道具で分けてある。
そんな部屋の中心、これまた資料が山積みになっている横幅2メートルぐらいの机に人影が見えた。しかし、大きな椅子の背もたれをこちらに向けている状態なので明確な姿は確認できない。
「さ、みんな。今から長との謁見だよ。机の前に並んでね~」
エクラに促されるまま机に近づき、できる限り横並びで待機する。数秒の間の後、椅子がくるりと回転し、星の国ルシーダの長がその姿を現した。
「よく来たな。まっておったぞ」
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聖「次回予告!向かうのが難関だとされていたルシーダにも無事到着。古代ギリシャ情緒あふれる街を抜けた先の宮殿でいよいよ国の長であるアストライオスに謁見することになったクロケルたち。話はどう展開していくのか、そしてネトワイエ教団は今どこに?」
クロケル「そう言えばネトワイエ教団の動きがないな……ここまで来るのにめっちゃ苦労してるとか……いや、まさかなぁ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第86話『星詠みの魔術師アストライオス』彼にはギャル孫について徹底的に事情を聞きたい」
クロケル「アストライオスさんにギャル孫がいることがそんなに意外なのか」
聖「以外ですとも。アニメやゲームの宣伝ポスターのセンターにいたキャラが主役じゃなかった時ぐらいの意外性と衝撃だよ」
クロケル「ああ、それは確かに意外だなぁ……」