第83話 小休止。報告会と言う名のティーパーティー
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
またガチャの話で大変申し訳ないのですが、限定低レアが欲しいのに何故か限定高レアが来るってことありませんか……?
潤沢だった石が底をつきかけ、なけなしの石で単発でガチャ回して高レア2枚抜きした時は頭を抱えました。その運が合ったら低レア引けるやろ。
でも考えてみると高レア2と低レア1と言う風に同時ピックアップされている場合、確率で言うと高レアの方が出やすいんですよね。確率って怖いなぁ。
結局欲しいキャラ(低レア)は来ませんでした(泣)福袋とかで限定低レアを入手できる機会が欲しい。切実に!
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「みんな集まっていたんだな」
仮眠用にと案内された部屋は普通に豪華なホテルの寝室だった。キングサイズのベッドはふかふかで、良い匂いがした。枕に至っては高反発と低反発の2種類が用意されていた。
ベッドの脇にあるテーブルにはリラックス効果のあるハーブティ、癒し系の音楽、お香の安眠グッズトリプルコンボが用意されていたので驚いた。因みに、引き出しの中には耳栓とアイマスクもあった。
それらを有難く全て利用させてもらったせいか、それとも相当疲れていたからなのか、仮眠どころか2時間ぐらい寝てしまった。
流石に「ヤベェ、寝すぎた」と声に出るほど焦って部屋の外に出てみると、メイドさんが1人控えており、先ほどまで寝ていたせいで乱れていた俺の身なりを有無を言わさず手際よく整えた後、そのままみんなが待っていると言う応接室へと丁重に案内された。
で、現在に至るのである。応接間には仲間たちが全員揃っていた。個別に休憩を取っていたはずの協調性皆無コンビ、ミハイルとアンフィニの姿もあり、大遅刻したのは自分だけと知って心の中で「嘘だろ!?」と叫んだ。
仲間たちは長机を囲む様にしてお茶とお菓子を楽しみながらなにやら楽しそうに話していたが、扉が開き俺が入室したことによりそれが一旦止まる。うわー、注目されてるぅ……なんか気まずぅーい。
「ご主人様!お待ちしたおりました~」
気まずさに身を固くする俺に向かって飛び込んできたのはアムールだ。勢いよく突進して来て大ジャンプしてきた小さな体を慌てて両手を使って受け止める。
そのまま器上になった俺の掌に収まったアムールは満足そうに笑ってそのまま腕を伝って俺の肩までよじ登って満足そうに腰を掛けた。
何の断りも遠慮もなく座るのもどうかと思うが……うん、清々しいぐらいの良い笑顔。そこに座るのはお前のポリシーなんだな。もう好きにしたらいいよ。
『遅いよ、クロケル!待ちくたびれたよ』
「悪い、めっちゃ寝心地良くて……」
上機嫌のアムールに苦笑いしていると聖がむくれた声でおれに詰め寄って来た。どうやら遅れて登場したことに相当ご立腹の様だ。
聖とは基本、何があっても良いように常にニコイチで行動する様にしているが、俺が仮眠をすると決めた際、疲れている俺に気を遣ってか、安眠室について来ようとはせず、アリスたちと応接間で待つと言ってくれたのだ。
因みに、俺と一緒がいいと駄々をこねたアムールも安眠の妨げになるから引きずって行ってくれたのも聖である。そのおかげで心は休まったが遅刻してしまったわけだが……目覚ましをかけて置けばよかった。
「元々何に集まると言う決まりはありませんでしたからね。ゆっくりクロケル様がお体を休めることが出来たのであれば、それで良いと私は思います」
シルマが笑顔で懐深い言葉をくれたが、どんな理由があっても2時間もヒトを待たせるのは流石によくない。しかも理由が爆睡だなんて目も当てられない。
自分だけが遅れて登場してしまったことに大反省し、その場に立ち尽くしたまま身を縮めていると、アリスがクスクスと笑って言った。
「うふふ。快眠できたみたいで良かったです。お部屋を提供した甲斐がありました」
「そうそう。私たち、ずっと喋ってたからクロケルさんが遅れて来ることはあんまり気にしてなかったし。ささ、適当に座って下さい」
アリスの隣に座るカルミンもこの大遅刻を咎めることなく、花の形をしたクッキーを手にして俺に着席を促す。
「じ、じゃあ……失礼しマース」
そ、そうだな。このまま突っ立っていても余計に疎外感を覚えるだけだし、座らせてもらおう。えーっと、開いている席は……。
罪悪感に耐えつつ席を探すとシュティレの隣が開いていたのでおずおずと座る。隣で背筋を正してコーヒーをすする彼女の姿を見て、俺は疑問を口にした。
「……なあ、シュティレ。その恰好どうしたんだ。ああ、シルマも」
その問いかけにシュティレもシルマも少し恥じらった素振りを見せた。2人はいつもの漆黒の鎧や純白のローブではなく、フリフリでもこもこの愛らしいルームウェアを着用していた。
よく見てみればお揃いだ。どちらもクリーム色で滑らかなシルクの生地をベースに作られており、デザインとしては膝丈までのワンピースに形状が近い。胸元にはリボンがついていて、シュティレはミントグリーン、シルマは桃色のそれを蝶結びにしている。
いや待て。女子組が全員ルームウェアだな。もこもこ度が高めのアリスは水色の縞模様がタオル地のワンピース風。アリスは赤色で半袖のニットプルオーバーの下に白のショートパンツ姿だった。
まさかの楽しくお茶会ルート……。何でこんなことになってるの。俺が寝ている間に一体何が……。
こんなに女子会な空気の中でクールに溶け込むミハイルとアンフィニはどう言う精神構造をしているんだろか。俺なんて既に目がチカチカしている。
「あ、あのですね……、この服はアリスさんのお母様のお手製らしいのです。お風呂を頂いた際に是非来てみて欲しいと詰め寄られてしまって」
戸惑う俺にシルマが苦笑いで説明をした。なるほど、アリスの母親、ワンダーミラ夫人が用意したものなのか……なら、この大量の飲み物と食べ物もワンダーミラ家のおもてなしだな。なるほど、納得だ。
「アリスのお母さん、裁縫が上手なんだな。こんな難しそうなデザインと素材を扱えるなんて凄いぞ。売り物みたいだ」
「ふふ。そう言って頂けると母も喜ぶと思います」
母親の裁縫技術を称賛されたアリスは嬉しそうに笑っているが、これはお世辞抜きに凄い。趣味のレベルではない、職人技である。
でも、アレだよな。シルマとシュティレのこういう緩い姿ってあんまり見たことがないし、新鮮だな。ああ、シュティレの普段着なら1度だけ見たことがあるか。
あの時はシックなワンピースだったから、ここまで少女趣味な格好はやっぱり新鮮に感じる。シルマは元々おっとりふんわりしているため、ルームウェアの雰囲気とかなりマッチしている。
普段の重そうな鎧やローブよりもこっち方がリラックスできるだろうし、少し休むぐらいの間はこっちの方が彼女らの為かもしれない。
「あ、あまりジロジロと見てくれるなよ。似合っていないことぐらい百も承知だ」
「はい……じっくり見られてしまうのは恥ずかしいです」
そう言って2人はモジモジとリボンや自らの髪をいじりながら、挙動不審に視線を泳がせた。え、何この空気。気まずいのに何故かむず痒い。
『クロケルってばヤラシー、無防備な女の子の体をガン見するのは良くないよ』
聖のからかう様な言葉で俺は自分のとんでもない変態行動を理解して青ざめる。そうだよ、無防備(?)な姿の女子の体をまじまじと見るとか変態だ、変態!一瞬で肝が冷えた俺は反射的に立ち上がって冷や汗をダラダラとかきながら弁解をする。
「ち、違うんだ。決して疚しい気持ちがあってガン見していたわけではなくてだな。部屋ぎとか普段あんまり見ない姿だから、めずらしいなぁって思っただけで下心は一切なくてだな……」
ダメだ、やっぱり無計画且つ焦るだけの弁解は良くない。言葉を紡げば紡ぐほど怪しさが増すし、自分が激しく動揺していくのが分かる。本当に疚しいことなんてないのに激挙動不審になっている。
しどろもどろな俺に全員の視線が集中して超痛い。女子組から「何が言いたいんだろうこのヒト」と言う思いが伝わってきてつらい。ミハイルとアンフィニに至っては可哀そうな者を見る様な視線を送ってきている。
「と、とにかく!俺が言いたいのは2人共、似合っているし、かわいいってことだっ」
もうどうにでもなれとヤケクソに叫べばその場が水を打った様に静かになる。本当に全ての音が消失したのだ。テレビやラジオであれば完全に放送事故レベルである。
え、なんで誰も何も反応しないの。寧ろなんでみんな目を見開て俺を見て固まっているんだ。まさか俺、言葉のチョイスを間違えたのか。不安に苛まれ、ぎこちなく隣に腰かけるシュティレとその向かいに座るシルマを見る。2人とは目が合ったのだが、直ぐに逸らされてしまった。
「きゃー!!クロケルさんってば情熱的ですね!でも、良いと思いますよ。女の子はそれぐらい素直に褒めてあげないと」
静寂を破ったのはカルミンの黄色い声だった。頬をピンクに染め、両手を頬に当てて体をくねらせて、足をじたばたさせながら楽しそうに叫んだ。
「そうですね。素直な男性は女子的には嬉しいです。クロケルさん、見た目はクールなのにそう言うことも言えてしまうのですねぇ。意外です」
続いてシルマも頬を朱に染めながら俺を見つめてモジモジと言った。盛り上がるカルミンとアリスの姿を見て、俺のパニックは加速する。
「えっ、えっ」
褒める?なんだ、褒めるって……。きゃっきゃっとはしゃぐ女子学生独特のノリについて行けず、ポカンとその場で立ち尽くしていると俺の隣で浮遊している聖が呆れた口調で素気なく言った。
『座りなよ、この天然タラシ』
「はあ!?」
不名誉(?)な言葉をぶつけて来た聖に苛立ってつい大きな声を出してしまったその時だった。
「おや、随分とにぎやかだね。クロケルさんもお目覚めの様で」
「お飲みものとお菓子の追加もご用意しましたの。よろしければどうぞ」
応接室の扉が開いてワンダーミラ夫妻が揃って入って来た。その後ろにはお茶やジュースなどの数種類の飲み物と、焼き菓子やサンドイッチを乗せたワゴンを押すメイドさんが控えていた。
「あ、すみません、騒がしくしてしまって……」
多分、俺たちの声は廊下まで駄々洩れだったに違いない。考えただけでも大迷惑な行為である。
「いいえ、お気になさらず。にぎやかなのはいいことです。ねぇ、あなた」
「そうだね。娘に気兼ねなく話せる友人が増えるのは親として喜ばしいことだ」
絶対に騒がしかったはずなのにこの反応と言葉……やはり菩薩か。人間が出来過ぎているヒトたちを目の前にして、急に気持ちが落ち着いて来た気がする。混乱の中で立ちっぱなしだった俺はゆっくりと座った。
丁度空いていた上座にある二人掛けの椅子にワンダーミラ夫妻は優雅に腰をかける。それを見計らってメイドさんが飲み物と食べ物を手際よく補充して行く。
「では、さっそくですが話を始めようか。異世界の旅の報告会を」
普段の優しい声よりも少しだけ低く、真面目な口調と表情でワンダーミラさんは口を開いた。それにつられるように、すっかり女子会ムードだった空気が一気に緊張に変わり、各々が固く頷いた。
「一応、今からの会話は全て録音・記録させてもらうよ。個人情報を心配するのなら安心して欲しい。関係者であるアリスとカルミンを除く全ての名前は伏せるし、音声データを提出する際は声を変えさせてもらうからね」
ワンダーミラさんはそう断りを入れてから、テーブルの上にレコーダーを置いた。隣でワンダーミラ夫人が記録用にノートを開き、ペンを手に取る。その時に俺たちと目が合い、緊張していることに気がついたのか優しい口調で言った。
「そんなに緊張しなくてもいいのですよ。お茶とお菓子を楽しみながらお喋りして下さいな。お茶会だとお思いになって力を抜いて」
ふんわりとした言葉が張り付いた空気を一瞬にして緩める。不思議と変な緊張が抜け、俺たちは目の前に並ぶお茶とお菓子手を伸ばす余裕が生まれた。
緊張感が適度に抜けたところで、ワンダーミラさんはアリスから手渡されたメモ帳を開いてそれにざっと目を通した。
「今回は一度言ったことがある異世界に移動したんだね」
「うん、不思議の国だよ。今回は結構密度の濃い体験をしたから、良いレポートが書けたと思うの」
真剣にメモを読む込むワンダーミラさんにアリスは胸を張って答えた。あんな怖い体験をしておいて何故そんな風に胸が張れる。
「ふむ、なるほど。行方不明だと思っていたうーちゃんは屋敷に戻って来ていて、何故か逃げてしまったので追いかけて書斎に向かったらそのまま異世界に転移してしまったと」
「うん、そうなの。私の声を無視して呼びかけても飛び跳ねて行っちゃって」
このヒトもうーちゃんって呼ぶんだ。と一瞬思ったが、あのウサギもこの家の一員なのだから当然だと自分に言い聞かせた。
本音を言えばこんなにイケメンで壮年の男性からファンシーな名前を聞くとこう……妙なかわいらしさと違和感があるが、今が大事な話の途中だ。雑念は捨て去ろう。
「異世界でも中々ウサギが見つからなくて苦労したなぁ……ああ、そう言えば途中で送られて来た生物探索アプリ、あれ凄く役に立ちました。ワンダーミラさんたちが開発のご協力をして下さったとお聞きしました。本当に感謝しています」
ウサギを見つけ出せず、行き詰まっていた時に聖から送られてきたアプリ。あれがあったおかげで楽に
ウサギの位置を特定することができたのだ。その存在を思い出して頭を下げた。ワンダーミラさんも思い出した様に頷く。
「ああ、アレか。礼には及ばないよ。アキラ殿から君たちが異世界に行ってしまったと報告を受けて帰る方法を相談された時に思いついたんだよ。うーちゃん探しに困っているんだったら、見つけやすくすればいいのではないかってね」
「アキラさんのプログラミングを組む速さには感服しましたわ。たった数分で夫が設計したアプリを理想の形にして下さったんだもの」
ワンダーミラ夫妻は尊敬と感心の言葉を聖に送り、それを受けた聖は声をドヤらせて自慢げに言った。
『ふふ、僕は天才AIですから。あれぐらい当然ですよ。でも、ワンダーミラさんの設計も素晴らしかったです。わかりやすくて正確だからプログラムも組みやすかったです』
「今まで似た様なアプリを開発しようとは思っていたのだけれど、時間や技術的な面で実現には程遠くてね。まさか、このタイミングで完成するとは思わなかった。こちらこそ感謝するよ、ありがとう」
『いえいえ、アリスさんの異世界の旅は続くでしょうし、これからどんどん活用して下さい』
頭を下げるワンダーミラさんに調子よく聖が答える横でミハイルとアンフィニが黒いオーラを出し、眉間に皺を寄せながら苛立たし気に不満を口にする。
「そのおかげで俺たちはとんでもない苦労をしたがな。自分の毛を落とさずに他の動物の毛を探して運ぶ苦労がお前らにはわかるか?」
「ああ、ゴミに塗れて動物の毛を集めるのはもうごめんだ」
そう言えば捜索アプリにを使うにはDNA情報が必要なんだっけか。捜索対象であるウサギの毛を探して屋敷中を奔走してくれたって聖が言っていたな。
「そうだな、苦労を掛けてごめん。ありがとう。ミハイル、アンフィニ」
本当に感謝しているので素直に感謝を伝え、頭を下げたが2人の機嫌はあまり良くならず、チラッとこちらを見てから、そのまま無視された。悲しい。
『あはは、ご機嫌斜めな2人は放っておいて、話を進めよう。異世界での冒険は僕も興味があるし』
聖がケラケラと笑って話の続きを促した。ちょっと楽しそうで呑気な親友を見て思わずため息が出た。
そこからはほぼアリスのレポートを元に話は進んで行った。最初にチェシャ猫さんに協力を仰いだこと、ウサギを探す最中、とんでもなく暴君で恐ろしい能力を持つ女王と出会い、最終的に戦うハメになったこと、思い出せることは全て話した。
特に女王と戦った時の話はシュティレの勇ましさにすっかり惚れ込んだカルミンがお前は講談師かと突っ込みたくなるほど流暢で情熱的に語っていた。
「で、最後はクロケルさんが女王の魔力の源である法律書をスパーンッて斬り捨てて、見事その場を凌いだんだよ。シュティレさんもそうだけど、やっぱり騎士様って勇ましくてかっこいいって思っちゃった!」
「ぶっ」
突然話の内容がシュティレを称賛するものから俺に切り替わったので、俺は飲んでいた炭酸(味はコーラに似ていた)を思わず吹き出した。
『うわ、汚っ。何してんのさ!クロケルっ』
「ゴホッ、わるいっ、ちょっと驚いて……。カルミン、よく思い出せ。大活躍だったのはシュティレだけだっただろ」
むせてヨレヨレにりながら俺は分厚い卵サンドとレモネードを交互に楽しんでいるカルミンに呼びかける。
「むぐ、そうでしたか?」
卵サンドをもぐもぐしながらきょとんとするカルミンに続いてシュティレが姿勢を正してコーヒーを飲みながら言った。
「そんなに謙遜することでもあるまい。実際に女王の魔術を打ち破ったのはクロケル殿なのだから」
シュティレの善意だとはわかるが個人的にはいらんフォローのせいでワンダーミラ夫妻の瞳が輝く。
「それは大きな功績だね。それを自ら口にしない辺り、シュティレ殿もクロケル殿は騎士らしく立派な方々だ」
「ええ、アリスはとても素敵な方たちと知り合えたのね」
こちらを見て尊敬の念が含まれた微笑みを向けられ、気まずくなった俺はストローに口をつけたままサッと目を逸らした。
カルミンやシュティレが言ったことは嘘ではない。嘘ではないのだが、正直カッコ良くはなかったと思う。大分ビビってたし、腰は引けてたし。女王の魔術のせいでシルマの力に制限がかかっている状態だったから根性を見せることが出来たと思う。
自分は追い詰められないと根性を出せないへっぽこなので、そんな歴戦の気騎士を称える様な瞳で俺を見ないで下さい。
否定も肯定もできず、ただ黙っている俺を他所に、ワンダーミラさんは再びメモに目を落とし、興味深そうに言った。
「しかし、驚いたな。まさか異世界の女王と戦ってしかも勝って帰って来るとは……土壇場で相手の魔術の弱点まで見つけて来るなんて十分な功績だよ」
「女王の法律。法律書に書かれたことが本当になるなんて恐ろしい技ね。でも興味深い能力ですわ」
よほど研究熱心なのか、ワンダーミラ夫人は少し興奮気味でノートにペンを走らせていた。これが研究者魂……アリスは確実にこのヒトの血を引いているな。
「そしてこちらの世界に戻るための扉が開いて無事帰還か。チェシャ猫さんとやらもついて来てしまったと」
最後のページをめくりながら、ワンダーミラさんが絨毯の上で床に腹をつけて伏せの状態で寝そべっているチェシャ猫さんを見る。
「うにぁん、そう言えばアリスのご両輪にはちゃんと挨拶できてなかったにゃあ」
視線を言受けたチェシャ猫さんは体を起こし、ピンと姿勢を正して名乗る。
「改めまして、お初にお目にかかりますにゃ。俺ちゃんはチェシャ猫。前回アリスが不思議の国に迷い込んだ時からの友達にゃ。因みに、猫になったり、ヒトになったりできるにゃん」
チェシャ猫さんは尻尾を揺らした後にポンッと言う音を立てて猫からヒトの姿に戻る。そしてまた素早く猫の姿に。これを数回繰り返し、最終的には猫の姿に落ち着ついた。
猫とヒトが高速で切り替わる光景に、始終穏やかな姿勢を崩さなかったワンダーミラ夫妻もさすがに目を丸くして固まっていた。
「これはこれは……君は変化の魔術が得意なんだね。しかし、どうしてこちらの世界へ来てしまったのかな」
「いや~、結構ピンチだったからほぼ勢いと言うか流されて飛び込んでしまったにゃん」
ワンダーミラさんの真面目な問いかけにチェシャ猫さんは照れくさそうに笑った。そんな彼を見てワンダーミラ夫人が困った表情で言った。
「あらあら、異世界の存在をこちらに連れて来てしまって大丈夫なのかしら。慣れない土地で体調の変化とかはない?」
「俺ちゃんが体が丈夫なことがだからにゃあ。全然問題ないのにゃあ」
にこにこと笑い呑気に応対するチェシャ猫さんにシュティレがファンシーな服装のまま腕組みをして言った。
「先ほどから随分と余裕がある様だが、お前は元の世界に戻れなくてもかまわないのか」
その問いかけに対し、チェシャ猫さんは眉間に皺を寄せて「んー」と唸った後、けろりとして言った。
「それについては深く考えてにゃいにゃあ。俺ちゃんは元々気まぐれで旅好きだし、感覚としては今までの変わらにゃいのにゃ。ぶっちゃけ、あの世界に戻れなくてもいいと思っているにゃ」
住み慣れた場所をこうもあっさり切り捨てられるものなのだろうか。俺なんて未だに前世で暮らしていた世界に未練たらたらである。
まあ、あの女王が治めている国で一生をクラスのは辛いと言う気持ちは理解できる。と言うかチェシャ猫さんは俺たちの協力者になってしまったのあの世界に戻るのは危険じゃないのか。
「俺としても、少なくとも今はチェシャ猫さんは元の世界に戻らない方がいいかと思います」
「ほう、と言うと?」
俺の言葉に首を傾げるワンダーミラさんに俺は自分の意見を述べた。チェシャ猫さんは結果的に女王に逆らう形になってしまったこと。猫の姿ではあるが顔を見られてしまっていること。あの後女王がどうなっうたかは知る由もないが、恐らく処刑の対象になっていること。
それらを考慮して、このまま移住した方がチェシャ猫さんにとって良い未来になるのではないかと伝えた。チェシャ猫さんは俺の方を見ながら満足そうにうんうんと頷いていた。
「うむ、そう言う理由なら仕方がないか。こちらの世界に危害を加える存在でもなさそうだし、私は別に構わないと思うよ」
「一応、国王様には経緯と共にご報告させて頂くことになるけれど、この国は移住者も多いから許可を取るのは困難ではないと思うわ」
期待できそうなワンダーミラ夫妻の返答にチェシャ猫さんは猫目を大きく輝かせ、嬉しそうに言った。
「にゃ!だったらお許しついでにもう1つお願いを聞いて欲しいにゃ」
「お願い?何かな。私たちにできる範囲のことであれば聞き入れよう」
チェシャ猫さんは姿勢を正し、少しだけ真面目な空気を作りワンダーミラ夫妻を正面から真っすぐ見つめて言った。
「見ての通り、俺ちゃんにはいくアテがないのにゃん。だから、この館に住まわせて欲しいのにゃん」
「また大胆なお願いを……」
姿勢はあくまで丁寧で真面目だったが、口調がいつもの様に飄々としていて軽い。ヒトにものを頼む態度としては非常に微妙だと思った。
「アリスは異世界転移が日常にゃんだろ。俺ちゃんは強いから、異世界に行く彼女の護衛もできるにゃん。それに異世界の研究をしているんだったら俺ちゃん、自分の住んでいた世界のことをできる限り教えてあげるにゃんよ」
企業面接でも受けているのかと思うほどチェシャ猫さんは自分のセールスポイントを精一杯アピールした。そして最後に「結構役に立つと思わにゃいかにゃ」と笑顔で締めくくる。
ワンダーミラ夫妻はチェシャ猫さんの話を最後まで聞き、そして顔を見合わせてから一度アリスに視線を送る。
チェシャ猫をここに住まわせて欲しいと思っているアリスは懇願の瞳を両親に送り、祈る様にしながらその返事を待っていた。
「アリスもお世話になったことだし、いいよ。許可しよう。このことも併せて国王様に報告させてもらうけどね」
「住める場所を提供してもらえるなら報告でもなんでもしてもらって構わないにゃん。しっかり役に立から、これからもよろしくにゃん」
右手を上げて手招きポーズを取るチェシャ猫さんに優しく触れながらワンダーミラ夫人は優しく笑いかけた。
「うふふ、こちらこそ。頻繁に異世界に行ってしまうアリスの護衛は大変だと思うけど、よろしくね。頼りにさせてもらいますわ」
凄い、話が全て上手くまとまった。世の中こんなにもトントン拍子に事がいい方向に進む場合もあるんだな。いいなぁ、俺もあやかりたい。俺なんてトントン来るのはトラブルだけだし。
「さてと、あらかた話は聞けたかな。みなさんの疲れも完全には取れていないだろうし、この辺りで話を切り上げようか。何か気がついたことや言い忘れたことがあれば私か妻、もしくはアリスに」
そう言ってワンダーミラさんはレコーダーを切っり、夫人も静かにノートを閉じた。
「え、もういいんですか。ほぼメモ通りのことしか喋っていませんが」
戸惑いの表情で見上げる俺にワンダーミラさんはメモ帳をポケットにしまい、穏やかに微笑んだ。
「ああ、十分だよ。アリスが書いたメモを同じ経験をした第三者が証明をする、これほど正確なレポートはないよ。感謝します、ありがとう」
「さあ、ここからは本当にパーティね、堅苦しい話は終わりにして、お茶とお菓子を楽しみながらみなさんの帰還をお祝いしましょう」
ワンダーミラ夫人は頬の横で両手を合わせて小首を傾げ、楽しげに言った。それを聞いたアリスとカルミンが両手を上げて喜ぶ。
「やった!ティーパーティーだ」
「アリスの家の食べもはおいしいから、めっちゃうれしー!!いっぱい食べるぞ~」
あっ、これはこれから騒がしくなるノリだな。ふと視線を巡らせると、シルマもシュティレもいつもより軽装のせいか、そわそわわくわくと浮足立っている様な気がする。ティーパーティーとやらに参加する気満々である。
「クロケルさん、ここまでの旅のお話聞かせて下さいよ!シルマさんとかシュティレさんとの関係とか、興味があります!」
陽キャな空気に若干戸惑っているとカルミンが俺の服の裾を引っ張って、楽しそうにロクでもないことを聞いて来た。
「いや、話せる事なんて何も……ってか他の奴に聞けよ。俺に絡むな」
酔ってるのかこいつ、と思ってカルミンのグラスを見たが、ジュースが入っていた。そもそもこの場には未成年もいるので酒類は置かない配慮がされていた。
シラフで絡まれるの、辛い。若者のノリ、超嫌い。
せっかく仮眠をしてすっきりできたと思ったが、また疲れる予感がして俺はその場でゆっくりと頭を抱えた。
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聖「次回予告!報告会も終わり、本格的なお茶会が始まる空気に。そこでクロケルたちは次なる目的地、星の国の話をアリスちゃん聞く機会を得る」
クロケル「色々ありすぎて忘れてたわ。俺たち目的地あったんだ。俺たちが本来抱える問題も全然解決してなかったんだった」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第84『いざ登山へ!ちょっと待って……あなたはどこのギャルですか』ちょっと、しっかりしてよね!今回は寄り道みたいなものなんだから」
クロケル「その寄り道でこんな死にそうな経験したくなかったよ」