第81話 一筋の光を目指して
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
どこかのスレかツイートでも見たのですがソシャゲの「ガチャ単発で限定高レア出た」は決して自慢ではないですよね。「1回勝負で出た」と「何十連もしくは何百連しても出なかったけど、ヤケクソで回したら単発で出た」では意味が違って来ると思うのです……(なにがあったか察して下さい)
まあ、無課金なので財布は痛んでませんがコツコツ貯めた石が吹き飛ぶと言うのは課金・無課金に関係なく辛く悲しいものだと思うのですよ。
だから前書きは日記ではないっつーの。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
チェシャ猫さんがいない。そのアリスの言葉でまさかと思い慌てて辺りを見回す。確かに、先ほどまで俺たちと足元で待機していたはずの猫の姿が見当たらない。もちろん、人間の姿になっている様子もない。
「本当だ。どこにもいない……どこに行ったんだ」
知らない間に捕まったのか?もしくは俺たちを置いて先に逃げたとか。いやいや、こんな絶体絶命の状況で出会ったばかりとは言え仲間を置いて逃げるなんてことさすがに……あり得るかも。
正直、彼の気まぐれな性格上そうなってもおかしくはないと思う。俺たちを貶め様とか悪意があるとかそう言うのではなくて「単にそうしたかったから」とか「飽きた」とかそんな理由で逃げそうな感じはある。
「まさか……あの猫1人で逃げたんじゃ」
仮にも仲間である彼を証拠もなしに疑うのは良くないと思い、口に出すまいとしていた疑いをカルミンが眉間に皺を寄せて唸ると言う疑心暗鬼全開の態度で遠慮も躊躇いもなく口にした。
「か、カルミンちゃん。証拠もないのに疑うのは良くないよ。それにチェシャ猫さんはそんなことしないよ」
親友であり家族でもあるカルミンに自分が信頼している相手を疑っていることがショックな様で、カルミンは悲しげな表情を浮かべていた。
「ずっと思っていたんだが、アリスは随分とチェシャ猫さんに信頼を置いているんだな。前にこの世界に来た時にそうとう良くしてもらったのか」
前回アリスがこの世界に来た際、どれほどの時間をチェシャ猫さんと過ごしたのかはわからないが、アリスのチェシャ猫さんへの信頼感は相当強いと思われる。
俺たちもここに辿り着くまでに、相当彼に助けられたと言う自覚も感謝もあるが、端々に見える危機的状況を楽しむ様子や、のんびりで気まぐれな様子に振り回されていることもあり、頼りにはなると思っても心から信頼はできない。
恐らくアリスは以前にこの世界で行動を共にした際、彼と共に相当大冒険をし、危機的状況を乗り越えて絆を結んだに違いない。だってそれが物語のセオリーだから。
個人的に違う世界や時代をキャラ同士が冒険を重ねて絆が深まる展開は大変好ましい。だがそれはあくまで二次元での話であり、今は現実だ。絆アップのシナリオは存在しない。どんな相手でもその素性を見極めなければ命取りとなる。
「チェシャ猫さんは異世界転移をして途方に暮れている私に声をかけ、親身になって相談にも乗ってくれて、最後までうーちゃん探しを手伝ってくれました」
本当にチェシャ猫を信頼してもいいのか。と言うみんなの視線を受けながら、アリスは一所懸命に自分の思いを述べ、一度呼吸を整えて泣きそうになりながら続けた。
「……私が帰る直前、扉が現れたことで油断してモンスターに襲われそうになった時、チェシャ猫さんは身を挺して私を守って下さいました。も、モンスターの攻撃が当たって血が出た瞬間もこの目で見ました」
その時の情景を思い出したのか、アリスの瞳にじわりと涙が溢れる。必死で足止めをしてくれているシュティレの様子を気にしつつも、刺激が強すぎるアリスとチェシャ猫さんの過去につい引き込まれ、脱出法も考えられぬまま黙り込んでしまう。
アリスは並みだが零れ落ちる前にぐしぐしと服の裾で顔を拭い、これに関しては絶対に譲らないと言う瞳で俺たちを射抜く。
「扉が開く瞬間、こちらを見て笑ってくれたので、チェシャ猫さんはきっと生きている。そう思う様にしました。今回またこの世界に訪れた際に1番にあの方の安否を確認したいと言う思いもあって家を訪ねたのです。生きていてくれて、本当に良かった」
胸を押さえ、大切な思い出を語る様にアリスは目を伏せ、そしてまた強い意志をしっかり瞳に宿らせて、無言で耳を傾けている俺たちに向かって断言した。
「チェシャ猫さんはふざけている様に見えますが、仲間を裏切ったり出し抜いたりする方ではございません。信じて下さい」
「……わかった。お前の話も、チェシャ猫さんのことも信じるよ。まさかそんな過去があったなんて思いもしなかった。何も知らずに疑って悪かったな」
これで完璧にチェシャ猫さんを信用したと言えば正直嘘になるが、アリスがこんなにも一所懸命になっているのだ。恐らく彼の行動に嘘はないだろう。少々掴みどころはないが、アリスの気持ちに免じて、事が済むまでは信用してもいいかもしれない。
「だとしたら、チェシャ猫さんはどこに消えてしまったのでしょうか」
口元に指を当て、首を傾けるシルマの服の裾を何かに気がついたらしいシュバルツがある1点を見つめながらくいくいと引っ張る。
「どうかしましたか。シュバルツくん」
それに気がついたシルマが振り向けば、ゆっくりとした動きでとある場所を指差し、俺たちにしかわからないぐらいの小声で言った。
「猫、あそこにいるよ?」
猫?チェシャ猫さんのことか。そう思って指示された先に視線を移すと、目に移ったのは激しく武器を打ち合わせるシュティレと女王の姿。その真上にある大きなシャンデリアの端に猫らしき姿が見えた。
なんであんなところに……と言うかいつの間にどうやって登ったんだ。俺は必死でその姿を確認しようと試みる。
しかし、思い切り首を曲げて見上げなければならないほど高い位置にあり、キラキラと光を放って電飾としての役目をしっかりと果たしているシャンデリアを直視することは困難で、良く見ようと思えば思うほど、首が痛いし目も眩んでしまう。
シャンデリアの眩しさに目を細めた次の瞬間、チェシャ猫さんと思われる影が陽炎の様に一瞬で掻き消えた。
「えっ」
何が起こったのかわからず、驚きの声を上げてしまったと同時に、ぶつかり合う金属音がピタリと止み、出会って初めての女王の動揺する声が響いた。
「ぐぅっ……ね、猫だと!?いつの間にっ……お前たちの力は私の法律で封じたはずっ」
見れば猫の姿をしているチェシャ猫さんが女王の顔面にびったりと張り付いていた。視界を塞がれた女王はそれを振り払おうと、体を思い切り左右に振ってヒステリックに叫びながらその場で暴れる。
「俺ちゃんのステルスはスキルだからにゃあ。魔術や攻撃とは性質が異なるから、女王様の法律には触れていないと思ってチャレンジしてみたら大正解だったにゃん」
「ぐぎぃぃぃっ、離れぬか!この無礼者っ」
「にゃは!隙だらけにゃ~」
女王の抵抗を物ともせず、チェシャ猫さんは得意げに笑ってタイミングを計り顔面から身を離した後、素早く腰に収められていた法律書をかすめ取る。見事なまでに無駄がない行動に思わず視線を奪われる。
「なっ、貴様っ!それを返せ」
「そうはいくかっ!!」
それに気がついた女王が鬼の形相でチェシャ猫さんに斧を振りかざす。が、それをシュティレが槍で受け止める。
「今のは危なかったにゃ。ありがとにゃん。シュティレ」
奪った法律書を一度床に置いてからチェシャ猫さんか笑顔で感謝を述べるとシュティレはギリギリと押し込まれる斧の力に耐えながらも笑顔を返した。
「気にするな。お前にも考えがあるのだろう。女王は私が止める。だから早くここから離れろ」
「了解にゃ、後は任せて欲しいにゃん」
チェシャ猫さんは法律書を咥え直てし、そのまま軽やかにまっすぐ俺たちの方まで駆け抜けて来た。
「退け!小娘っ」
「それは聞けないな。それに、小娘とは失礼な。私の方が年かもしれないぞ、人間っ」
瞳孔を限界まで開き、狂気の表情と血を吐く様な叫びで威嚇する女王に臆することなく、シュティレは斧を押し付ける女王を膝の力を使って勢いよく押し返す。
「退けと、言っているだろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
押し返されたことによって少しバランスを崩した女王だったが、完全にブチ切れて我を忘れている女王は斧をめちゃくちゃに振り舞わしてシュティレを襲う。
シュティレは何とかそれを全て受け流し、チェシャ猫さんを追おうとする女王の行く手を阻む。再び金属音が激しくぶつかり合う音が鳴り響く。
こちらへ向かってくるチェシャ猫さんは後方を振り返り、そして咥えていた法律書を唐突に勢いよくこちらへ投げ飛ばす。無造作に放りながられたそれは、綺麗な弧を描いてこちらに向かってくる。
「それが法律書にゃん。それを何とかすれば俺ちゃんたちの勝利にゃん」
何とか!?何とかってナニ、まさかの他力本願!?待って、こっちにそれを投げられたとて何をどうすればいいんだよっ!
と言うか自分で発言しておいてなんだが、法律書を何とかすれば本当に女王の魔術から解放されるのか?あれは俺のアニメや漫画から学んだ知識だ。実際に効果があるかの確証なんてない。
しかし、シュティレやチェシャ猫さんが危険を承知で行動してくれているのに、自分はこのまま何もしないわけにも行かない。勝利できる可能性があるなら行動しなければ何も始まらない。寧ろ行動しないと終わる。
「え、えーと。正攻法で行けば燃やせばいいのか?」
必至で考えて思いついた方法、それはアレを燃やしてこの世から消すこと。多分、それが一番確実で手っ取り早い。
シルマの魔術で焼き払ってもらうか?だが魔術は女王の法律によって封印されている。あの法律書がここに存在する限り、ここにいる誰1人として魔術を使うのはできない。じゃあ、直接火をつけるとか……でもライターなんて都合のいいものは持ってない。
「だ、だれか火をつけるものを持ってないか」
多分誰も持っていないだろうナァと思いつつも、ちょっとだけ希望を持って仲間たちに聞いてみたが、その場の全員が首を勢いよく横に振る。デスヨネー!!
ほらぁ、持ってないよ!当たり前だ、魔術が使える世界で文明の利器を持っている奴なんているかよ!!俺だって火を出せる力があるならライターじゃなくてそっちを使って生活するわ!
いつだって人生は上手くいかないっ!やり場のない怒りが込み上げて来て、思わず拳を握りしめて地面を思い切り踏みしめながら震えた。
あああ、アホなこと考えてる間に法律書が迫ってくるぅ。考えろっ、魔術を以外でアレをこの世から消す方法……うーん。ダメだ、思いつかん。ついに止まる思考、止めどなく溢れ出る焦り、迫って来る法律書。完全に詰んだ。
「クロケル殿、それを斬り捨てろ」
思考停止状態で固まる俺に届いたのはシュティレの鋭い叫びのアドバイス。ハッとして彼女の方を見れば、怒りに任せて斧を打ち込んで来る女王の攻撃を必死で防ぎながらこちらの様子を窺っていた。
シュティレの言葉で俺の頭の中のモヤが晴れて行く。そうか、別に燃やす他にも紙を使えなくする方法があった。紙を破けばいいんだ。なんでそんな簡単な方法が思いつかなかったんだ、俺はっ。
だが、破ると言ってもあんな分厚い法律書をどうやって破けばいいんだ。コミケのカタログぐらいはあるそ。そう悩みかけた時“斬り捨てろ”と言うシュティレの言葉が反芻する。そして、はたと己の剣に視線をやる。
……これで、斬れるんじゃないか。だって攻撃を仕掛けるわけじゃない。物を斬るだけなのだから、女王が掲げた法律には触れないんじゃ……。
物は試しと考えた俺は、まだ使い慣れてないそれをゆっくりと抜き放ち、徐々に勢いを失ってゆっくりとこちらへ落ちて来る標的に狙いを定める。
剣を振るうと言う緊張一で一瞬、息の仕方を忘れてしまったが、何とか息を体内に取り込んで自分を落ち着かせる。
大丈夫、相手はただの書物だ。ヒトを斬るわけじゃない。こちらに向かってくる物を狙って剣を振るうだけだ。
昔ゲーセンでやった“居合の達人”を思い出せ……回りのヒトの視線に耐えながら最高スコアでランキング1位を取った自分を信じろ。
「やめろ!私の法律書に何をするつもりだ!」
今から俺が何をしようとしているのか悟った女王が法律書を取り返そうと必死でこちらへ向かってこようとするのが見えた。だが、その慌てた様子を見るに、やはり彼女の魔術を打ち破る鍵は法律書であることがわかる。
血走った目をまともに見てしまい、思わずひるんで剣を握る力を弱めてしまう。情けないことに足の力も抜けそうだ。
「あなたの相手は私だ。仲間の邪魔はさせん!」
「うがあああああっ、退けぇぇぇぇっ!!」
半狂乱の女王の行く手をシュティレが阻む。力を制限されているにも係わらず、俺たちを守ろうとしてくれるその姿に奮い立たされ、俺は柄を握る力と足に再び力を入れてその場で剣を構えた。
「でりゃっ」
ここだ!と思ったタイミングで俺は渾身の力を振り絞って剣を振るった。同時にシュティレと対峙しながらこちらを睨みつけていた女王の絶叫が響く。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ」
剣を振るうことに慣れていないせいで「斬る」と言っても、大根斬り打法の如く剣を上から下に振り下ろすだけの動きになってしまったが、剣は空中に浮かぶ法律書を確かに捉え、それを真っ二つに引き裂いた。
「うわぁお……切れ味抜群」
予想以上の切れ味と刃物を武器として扱う危険さを改めて実感して自然と他人事の様な呟きが零れた。同時に自分の顔が引きつっているのが分かる。
カルミンが弾かれた様に振り向いてドアノブを上下させると、固く閉ざされていたはずの扉が勢い良く開き、嬉しそうに叫んだ。
「やった!扉が開いた!」
第三者を法で縛るための魔力の源である法律書を使い物にならなくすればその力は無効になる、と言うアニメから学んだ俺の知識から導き出した見解は大当たりだった。
「よし、このまま門まで走るぞ!シュティレ、お前も早くこっちに」
「ああ。了解した」
俺の呼びかけにシュティレがこちらを向いて頷いた。しかし、声が聞こえていたのは女王も同じ。法律書を斬り捨てられ、魔術を打ち破られたことにより彼女の怒りは頂点に達していた。
怒りに顔で真っ赤に染め、目を血走らせ髪を振り乱して狂気的に叫びシュティレに向かって斧を乱暴に振り下ろす。
「貴様ら!よくも、よくも私の大切な法律書を!逃がさぬ、決して逃がしてなるものか!おまえたち全員を捉えて民衆の前で無残に処刑してくれるわ!」
怖いこと言ってるぅー!!危機的状況を乗り切れたと思ったけど怒りと恨みを買っちまったっ。これま以上に全力で逃げねばっ。
「逃がすかぁぁぁぁぁぁぁっ」
女王は行く手を阻むシュティレに向かって錯乱状態で繰り出される不規則で乱暴な攻撃を繰り出す。
ただ斧をめちゃくちゃに振りまわす攻撃だったがスピードはあるそれをシュティレは全て見切り、防ぎきる。先ほどまでとは明らかに動きが異なっていた。
「申し訳ないが、これ以上あなたに付き合っている暇はない。失礼させてもらう」
法理書が破られたことによって“女王の前では魔術や攻撃を仕掛けてはならない”と言う抑制魔術から解放されたシュティレはこれまでの仕返しだといわんばかりに、槍で斧を防いだまま、長い足で女王の腹を力いっぱい蹴る。
「ぐはっ」
遠目から見ても情け容赦のない蹴りは女王の腹ど真ん中をしっかりと捉え、その細い体をいとも簡単に弾き飛ばした。
軽々と吹っ飛んだ女王はその勢いのまま薔薇の彫刻が美しい真っ白な壁に背中から激突して体を弾ませてそのまま壁を背にしてピクリとも動かなくなった。
それの光景を呆然と眺める俺たちの元へ背後を一瞥もすることなくシュティレが冷静な表情で俺たちの元へ駆けてくる。
「どうした。ぼーっとしている暇はないぞ」
「女王も相当ご機嫌斜めみたいだからにゃあ。早くここから離れてどこかに身を潜めないと危ないにゃ」
いつも間にか足元に座っていたチェシャ猫さんが尻尾を揺らしながら言った。仲間が全員が揃っていることを確認し、俺は頷く。
「ああ、みんな全力でここから出るぞ」
仲間同士で励ます様に頷き合い、俺たちは門に向かって団子状態になって走る。同時に、背後から掠れて弱々しいが女王の怒号が耳に届く。
「ぐぅ……奴らを逃がすな!追え!」
「嘘だろ!?もう意識が戻ったのかよ。あの女王っ」
全力で走りながら後ろを振るとかなり弱ってボロボロになっていたが、壁を支えにして立ち上がっている女王の姿が見えた。
正直、血の気が引いた。遠目から見ても重たそうなシュティレの蹴りを腹にまともに食らったにも係わらず、気絶は一瞬で尚且つ立ち上がるとかどんな強靭な体してるんだよ!女王なのに体鍛えてんじゃねぇぞっ。
あと俺たちへの執着がヤバすぎ問題。怪我してるんだから一時的にでもいいから諦めろよマジで!!
「御意、各班へ通達。侵入者が正面玄関に向かって逃走中。直ちに捕らえ女王様の元へ連行しろ」
女王の号令で集まった武装兵士たちがインカムで連絡を取り合い、数で俺たちを捉えようとするやりとりが目に映り、俺は目を逸らす様にして前に向き直り、走り続ける。
って言うか、この城どれだけ武装兵士がいるんだよ。俺たち結構倒しましたけど!?湯水のように兵士が湧いて出て来た怖い通り越してウザいんですけどぉ!!
背後から聞こえるガチャガチャと鎧が揺れる音の数が段々大きくなる。恐る恐るもう一度振り向いてみれば、視界を塞ぐほどの数の武装兵士が密集状態で俺たちを追いかけて来ていた。その異様な光景に俺の喉がヒュっ鳴る。
「ちょっ、多い多い!いくら何でも数が多過ぎだっ」
「はぁ、はぁ……っど、どうしましょうっ……もうこうなったらまとめて蹴散らしますか」
俺の隣を走る仕方がないと言った表情を浮かべ、めずらしくレベル500の力を開放する様な言い回しをした。それだけ余裕がないと言うことだろう。
しかし“蹴散らす”と言う言葉をさらっと使う辺り、シルマも腹をくくったら結構容赦がない奴なのかも、とちょっぴり恐怖を抱いた。
「はぁ、はぁ。ぞ、それは悪くない提案だとは思うが、大丈夫か。あいつら結構なスピードで追いかけてきているぞ。一瞬でも隙を作ったら多分アウトだぞ」
背後に迫る武装兵士たちは数も然ることながら、重そうな鎧を纏っているにも係わらず動きも早い。一瞬でも動きを止めればすぐに捕らえられてしまいそうだし、よくみたら銃や弓など、飛び道具を持っている奴もいる。魔術発動中に隙を突かれたら危険だ。
どんなにシルマが強くてもあの武装集団に1人で立ち向かわせるのは危険だし、非常に気が引ける。
かと言ってシルマの補助をまともにできるのはシュティレしかいないが、絶対的戦力である2人が離れると、今度は逃げている俺たちに攻撃が及んだ際に対処できる自信がない。
「た、確かに……体力の消耗を考えると少しの隙も作らずに戦うのはちょっと厳しいかもですっ」
シルマはヘロヘロになりながら少し思案して何か閃いたのかハッと息を飲んだ。そして涙目で走るシュバルツに優しく声をかける。
「シュバルツくん、あなたの力で足止めできるかもしれません」
「ぼ、ボク?」
走りながらシュバルツが不安そうシルマを見る。シルマの考えていることを即座に理解した俺はシュバルツに訴えた。
「そうか、シュバルツ!お前の影を操る力であの武装集団を引き止めるんだ!」
シュバルツの瞳が揺れるのが分かった。こいつは人一倍臆病だ。危機が迫っているこの状況でこんなことを頼まれて不安なのはわかる。怖がりのシュバルツに戦えと言う罪悪感もある。だが、今はその方法しかないのだ。
「頼む!シュバルツ、お前の力が必要なんだ」
「お願いします、シュバルツくん。もしもの援護は私が務めますので!」
走りながら必死でシュバルツを励まし。お願いをするとシュバルツは、くっと唇を噛んで声を震わせ頷いた。
「う、うん。ちょっと不安だけどそれでクロケルたちの役に立てるならボクやってみるよ」
「ありがとう。後でなんでもお願いを聞いてやるからな!よし、じゃあ頼むぞ」
シュバルツはコクリと頷き、踵を使って軽やかにターンをして大きく息を吸った後、己を支配する恐怖を吹き飛ばす様に強気で大きな声で祝詞を唱えた。
「か、影の支配者として命ずる!影よ、汝の動きを自ら止めよ!」
祝詞を言い終わると同時に後方に迫る女王と兵士たちの影がぐにゃりと曲がり始め、意志を持って動き出し、スライムの様にぬるりと地面から抜け出て本体に巻き付き、拘束して動きを止めた。
「な、なんだこれは!!」
自らの影に捉えられた女王が気持ち悪さと悔しさを浮かべ、その場で必死でもがくが影は本体をがっちりと掴んで離さない。
武装兵士たちも同じように全身を拘束されてその場で固まっていた。武器を持つ手も影にガッチリと絡みつかれ、様々な格好で固まる彼らはまるでオブジェの様だった。
あの影、見た目は柔らかそうなのにびくともしないな。どんだけの力で抑え込まれているんだ。さすがはシュバルツ。俺の推しキャラ「影坊主」をコピーしているだけはあるな。
「よし、チャンスだ!今の内に体力が尽きても走り続けろっ」
必死で叫び、指示をした瞬間、肩の上で振り落とされない様にしがみついていたアムールの小さな体がピクリと反応した。
「微量ですが時空の歪みを感知しました」
「時空うの歪み……?」
何こんな時にを言っているんだと思わず怪訝な表情を浮かべた時、アムールにその言葉の意味を確認する前にシュティレが叫ぶ。
「……!おい、あれを見ろっ」
全員が息を上げながらも全力で門へ走る最中、シュティレの叫びに反応して前方を見ると、門の手前にいつの間にか白い光の扉が出現していた。扉からは白い光りが漏れている。後方で息も絶え絶えの状態でアリスが叫ぶ。
「はぁ、はぁっ……あれです!元の世界に戻ることができる扉!」
「マジか!!ってことは、ウサギは満足したんだな!」
突然の出口の出現に安堵と驚きが込み上げ、シルマの腕の中のウサギを見たが、無表情で鼻と髭をピクピクさせて素知らぬ素振りを見せていた。くそ、この小動物なんでこんなにクールなんだ。ちゃんと状況を把握しているのかっ。
見れば扉は全開だ。この扉を通れば元の世界に帰ることができる。絶望的な状況でついに現れた希望の光。肺が冷たくて、痛くて、息苦しかったがそれよりも希望が勝る。俺は渾身の力を腹に込めて叫んだ。
「みんな!飛び込めっ!!」
同時に全員が躊躇いなく全力で地を蹴る。俺たちの体と意識はあっという間に白い光の中に飲まれて行った。
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アムール「次回予告!危機的状況の中見えた文字通りの一筋の光。ご主人様たちを包んだ光は無事元の世界へと導いてくれるのか……それとも、別の世界に導かれてしまうのか」
クロケル「はぁ、はぁっ……うえっ。だめだ、肺が……肺が痛い」
アムール「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第81話『地獄からの帰還』全員で帰りましょう!」
クロケル「おお?それ、タイトルでネタバレしてねぇ?」
アムール「予告やCM経由のネタバレはよくあることだとアキラさんから聞きましたよ」
クロケル「あいつ、余計なことばっかり教えんなよ」