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第80話 理不尽な法律に打ち勝て!死に物狂いの脱出劇

この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。


今回も少し長めの構成になっておりますが、お時間がある時にゆっくりとお楽しみいただければ幸いです。


最近、若手の声優さんが私の推しの声優さんに「学生の頃あなたのラジオを聞いていました」とか「〇〇さんのCD持ってます。カラオケでも歌います!」と言っているのを聞きくとビックリします。時が経つの速すぎでしょ……。そりゃ私も年取るわな。


本日もどうぞよろしくお願いします。

 振り向いた先には全生物が秒速で絶滅するレベルの極寒ツンドラオーラを放ちながら悠然と佇むこの世界の頂点にして要注意人物、ローゼ・ブルート女王がいた。


 それにしても寒い、寒すぎる。視線でヒトを凍えさせることってできるんだな。さっきから震えが止まらねぇです。


「あらら~。見つかっちゃったにゃん」


 チェシャ猫さんが何故かにんまりと笑ってこの危機的状況をまったりと実況した。俺は思わず大声でツッコむ。


「あらら、じゃないです!これ絶体絶命の最悪な状況ですよ!?」


 できればこのまま無言で真逆の方向に全力疾走をしたかったのだが、最悪なことに俺たちがいるのは突き当り。目の前には壁しかなく、真逆の方向へ逃げることは叶わない。状況は絶望的である。


「みんな、私の後ろへ!決して私より前に出るなよ」


 誰もが冷や汗をかき、真っ青になっている中、騎士精神からなのか唯一シュティレだけは一切怯む様子もなく、それどころか怯える俺たちを守る様にして毅然として武器を手に目の前に立ち塞がる。


 その勇ましさにうっかりホレそうになってしまいそうだが、同時にこの中で唯一の男である俺が恐怖に震えていると言う事実を改めて客観視してしまい、シュティレへの尊敬の念よりも自分の不甲斐なさが勝り、悲しくなってきた。


 いや、男だってビビッてもいい!怖いのは仕方がないし、悪いことだとは思わない。思わないが……一応レアリティ5で魔族の見た目は強そうな俺が何もせずに震えていてそれを女騎士が守っていると言う絵面は誰がどう見ても情けないよな?


「ほほう、女騎士か。私のオーラに気圧されず、武器を向けることができるとは中々の精神力だ。褒めてやろう」


 オーラは重く、冷たいまま女王が武器を構えて睨みをきかせるシュティレを見ながら少しだけ目を見開き、意外そうな表情を浮かべていた。


「どうして私たちの姿が見えているんだ」


 一瞬もひるむことなく、シュティレは強い口調で女王に追及した。突然のラスボス登場で全く気がつかなかったが、言われてみればそうだ。俺たちには隠形スキルと魔術がかかっているはずだ。もちろん、それが解けた様子もない。


 なのに、どうして。恐怖と焦りと緊張で全身がピリピリと痺れる、速くなて行く鼓動に冷えと気持ち悪さを覚えながら、返答を待つ。


「私には心眼のスキルがある故な。侵入者がいると分かった時点でそのスキルを発動させ、城内を探せば簡単にネズミを見つけられるのだ」


 女王はあっさりと答えた。正直、こちらの問いかけになど答えずに即刻捕獲からの即刻処刑と言う展開もあるのではないかと思っていたのでこの対応は意外だった。


「お、俺たちが侵入したってどうしてわかったのですか」


 恐怖をなんとか抑え込んで今度は俺が女王に質問を投げかける。すると女王は冷たい視線を俺の方に向けて真顔で答えた。


「簡単なことだ。いつもはしっかりと鍵を掛けている書庫の窓が開いていたからだ。空気の入れ替えの時間でもなかった。状況から見るに何者かが内側から窓を開け、複数人で侵入を試みた。そう考えるのが普通であろう?」


 窓!?そう言え窓そのものは念のため閉じたが鍵は閉めなかった気がする。思わぬ失態を冷静に指摘され、体が氷の様に冷たくなって行くのがわかる。見つからない様にするのが精一杯で細かいところに気が回らなかった数分前の自分を呪う。


 と言うか、俺たちが書庫を出たのはついさっきだぞ。奇跡的な入れ違いをしたのかよ。結果的に見つかってるから奇跡でもなんでもないんだが!!


「まあ、先陣がどの様な方法で城内に侵入して書斎の窓を開けたかは気になるところだが、私は終わったことは気にしない性分でな。今は目の前の罪人を捕獲することが最重要事項だ。侵入方法については黙認してやろう」


 獲物を借る猛獣の瞳で女王は俺たちを見据える。その視線をまともに受けたカルミン、アリス、シュバルツの3人が恐怖のあまり真っ青になって俺に身を寄せて来る。


 正直、俺もこの野獣の視線にはチビリそうなぐらい恐怖を抱いたが、ここはレアリティ5且つ男の意地とプライドでカルミンたちに背を向け、彼女たちを庇う体制を取る。体が震えていることについては気にしないで頂きたい。


 シルマは緊張した面持ちながらも、杖をぎゅっと握って臨戦態勢を取っている。死にたくないと言う割にここぞと言う時に座る彼女の若干矛盾した根性には、毎度のことながら感服する。


「それにしても、女王自ら侵入者を探しに来たと、それはご苦労なことだな。まさか、暴君が過ぎる故に信頼できる部下がいないのか?」


 真っ黒い微笑みを浮かべる女王に毅然とした言葉に挑発を織り交ぜて立ち向かいながら、シュティレが背後で見寄せあう俺たちの方をチラリと見た。


“逃げる準備をしておけ”そう言われた気がして俺たちは小さく頷き、いつでも動ける様に全神経を足元に集中させた。


 恐らく俺たちのやり取りに気がついていない女王は、警戒心をむき出しにしている俺たちを見て優越感たっぷりに笑う。


「ははは。威勢が良いな。しかし、それ故腹立たしい。教えてやろう、私が自ら動く理由はただ1つ」


 そこまで言うと女王は力強く空中に手を翳した。一瞬の光の後に金色に輝く本と杖の様な形状をしている真っ赤な斧が女王の手の中に現れる。


「私の国と法律を汚す輩を、自らの手で屠るのがたまらなく好きだからだ。見たところ、そなたらはこの国の者ではないな。ならば、侵入の罪と合わせてこの私が処刑してやろう」


 ぎゃー!!このヒト自ら手を汚すタイプの女王だったー!!もう俺たちを()る気満々じゃん。その斧の色は元々赤でしかたかっ、それとも他のナニカの色ですか、いずれにしても怖いです!


「申し訳ないがこちらもあなたに処刑される気はさらさらないのでね。全力で撤退させてもらう!竜の光よ、その輝きを示せ!」


 シュティレの短い詠唱の後に眩い光が現れ、真っ白に発光しながら辺りを照らす。直視できない強い光に目が眩んでしまう。


「く、忌々しい光めっ」


 眼前に佇む女王もそれは同様で、俺以上に至近距離で目に光をまともに浴びた女王は苦しそうに目を細め、本と斧を持ったまま両手で目に注がれる光から逃れようともがいている。


「今だ!私が先行する、全員全力で走れっ」


 その一瞬の隙を見逃さず、シュティレが鋭い声で叫んだ。俺たちも目を開けることはかなり困難な状況だったが、せっかくシュティレが作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。


 目を細め、できる限り光を目に入れない様にしながら先頭を走るシュティレの足音を頼りに全力で女王の傍を駆け抜けた。一応、殿は俺が務めるが本当はめっちゃ怖い。


「くぅ、待たぬか!我が兵士たちよ、あやつらを捉えよ!」


 背後から女王の怒号が飛ぶ。近くで控えていたのか、声が響いてからの数秒後に深紅の甲冑を纏う武装兵が何十人も廊下の角から現れた。


「邪魔だ、退けっ」


 シュティレが容赦なく大槍を振るうと風が起こり、その衝撃波で前に迫って来ていた数十の兵士がドミノの様にあっという間に吹き飛ぶ。


 倒れ伏し、気絶している兵士の体を跨ぐ様にして全力で広く長い、赤い絨毯が敷かれた走りにくい廊下を形振り構わず駆け抜ける。


 廊下を走っちゃいけません、昔大人たちにそう注意されたことが頭を過るが、罪悪感を覚えている場合ではない。今は命が優先だ。走らなければ死が確定するので俺たちは必死で逃げ道を探し足を動かし続ける。


 背後からもガチャガチャと鎧を揺らす音が聞こえ、追われていることを嫌でも実感する。ああっ、これ追いつかれたら最後尾の俺がヤバい奴じゃん。かと言って大人数を相手にできるほど俺は強くねぇぞ!


風精霊の交響曲(シルフシンフォニー)!!」


 追いつかれる恐怖に怯える俺の隣を一陣の風が渦を巻いて通り過ぎる。一瞬何が起こったか理解ができなかったが、竜巻が背後に迫る兵士たちを次々に飲み込んだ光景を目にして確信した。シルマの魔法だ。


 前を行くシルマの方に視線を戻すと走っているため表情は少し苦しそうだったが、口パクで「後ろは任せてください」と伝えて来て、俺は心の中で感謝の言葉をマシンガンの様に打ち出していた。毎度のことながら後でしっかりと御礼を言おう。


「正面玄関はこっちにゃん!」


 チェシャ猫さんが身軽さと四足歩行を十分に活かし、後方から軽やかに駆け上がって道案内を名乗り出る。


「ああ、頼むぞ」


 シュティレが頷いて先頭をチェシャ猫さんに譲る。入り組んだ廊下を走ること数分、残念なことに玄関は一向に見えて来ない。


「おい、アリス!ウサギを見つけたら元の世界に戻れるんじゃなかったのか」


 息を切らしながらも俺は前を走るアリスに必死で聞いた。先ほどからずっと思っていたウサギが見つかったと言うのに元の世界に戻る兆しがないのは何故なのか。


「そ、そうなんですけれどっ!うーちゃんが満足しないことには何とも……」


 全力疾走中でヨレヨレになりながらアリスが返答する。満足!?ああ、そう言えばウサギが満足しないと元の世界に戻る扉が出現しないとか言っていたな。って、納得できるかこんちくしょー!!


「これだけの大冒険をしておいてまだ満足してないのか!?お前のウサギは大冒険家だな!」


「ふえぇぇぇ。ごめんなさい~」


 危機的状況と全力疾走で体力がこそげ落ち始めているせいですっかり心が狭くなっている俺はつい責める様な口調になってしまい、アリスが涙目で必死に謝罪する。


「おい、口を動かす体力は足を動かすことに使え!ここから出るまで気を抜くな」


 前を行くシュティレの厳しい注意の言葉が飛んで来る。がっつり怒られてしまったが、確かに彼女の言う通りである。


「ぜぇ……はあ……っ。悪い、アリス。ちょっと気が立って言葉が荒くなった」


 シュティレの言葉と全力疾走をしているせいで冷たくなって行く体が俺の頭を冷やしてゆく。ピンチになるとどうも器が小さくなってしまう自分を自覚し、先ほどの暴言を詫びる。


「い、いいえっ、巻き込んだのは私、ですから……っ」


 全力疾走で体力ゲージを見るからに削りまくりながらも、アリスは俺に笑顔を返してくれた。器の違いを見せつけられながらも、優しいアリスに感謝した。


 ウサギに対する不満が消えたわけではないが、こればかりは仕方がない。何とか自分を納得させ、そのまま口を噤んで足だけを必死に動かすことに全体力と意識を集中させた。


 後ろを振り返ることなく、先導するチェシャ猫さんに続いて必死に走る。廊下と言う無機質で同じ景色が続く上に、城自体が広すぎて入り組んだ迷路の様でどこを走っているかわからなくなってこの道が正解なのか不安になって来た頃、チェシャ猫さんが叫んだ。


「見えた、正面玄関にゃん」


 その嬉しい言葉に酸欠寸前でぼーっとし始めていた意識が再び覚醒する。俺たちの目の前には重厚な木製の扉。出口だ!


 猫の姿のチェシャ猫さんは扉を開けられないため、2番手を行くシュティレが前のめりの状態で扉に他を伸ばし、ノブに手を掛けた。次の瞬間、切れ長の瞳が見開かれ、その場で立ち止まる。


「うわっと……シュティレ!?何で立ち止まるんだ。早く扉を開けないと追いつかれるぞ」


 逃げ道を目前に急ブレーキをかけたシュティレにぶつかりそうになったが、何とかぶつかる寸前で全員が扉の前で立ち止まり、扉の前で立ち尽くすシュティレを見る。


「シュティレさん。どうかされましたか」


 シルマもチラチラと後方を見て追っ手の様子を確認しながら、固まるシュティレを覗き込む。


「……扉が、開かない」


「「……!?」」


 俺たちの問いかけからやや間があり、シュティレが静かに絶望且つ最悪な言葉を述べた。その言葉を聞いた全員が息を飲み、目を見開く。


「う、嘘だろ!?」


 焦りからシュティレを押しのける形で俺もドアノブを上下させようとしたが、ドアノブは接着剤でも流し込まれたのか錯覚してしまうほど、固くなっていて動かない。その事実に血の気が引いていくのを感じた。


「ならば扉を破壊する」


 シュティレが扉を壊そうと槍を振るう。この至近距離だ、もちろん槍は扉を捉えたのだが、扉は破壊されるどころか傷1つ付いていなかった。


「な、何っ!?」


 恐らく手ごたえはあったのだろう。それにも関わらず無傷の扉を見て、ここまで冷静だったシュティレもさすがに動揺を露わにし、呆然と無傷の扉を見つめる。それに驚いたのは俺たちも同じで、何が起こったのか全く把握できない。


 どんなに頑張ってもドアノブが動かず、シュティレの攻撃にも耐える扉の前でなす術なく立ち尽くしていると、背後からコツコツとヒールを鳴らす音が響く。同時に威圧的なオーラも感じ、全身がギクリとする。


 振り返ると正面には余裕の笑みを浮かべる女王が、そしてどこから現れた数十人の武装した兵士が俺たちを囲んでいた。あれだけ倒したのにまだ武装兵がいるのかよ!!


「女王の新法律第818条。この城に入った侵入者は二度と城からは出ることはできない」


 警戒心を高める俺たちの前で、女王は手に持っていた斧を仕舞い、代わりに赤色で薔薇がモチーフのペンを持ち、口に出しながらサラサラと法律書にペンを走らせる。その様子を茫然と見つめる俺たちに女王は高慢で優雅な微笑みを返して更に言った。


「今、新たな法律を作った。女王の法律により、お前たちは二度とこの城から出ることは叶わない。まさに、袋のネズミよなぁ」


「ま、まさか、これが女王の法律(クイーンオブゲゼッツ)


 真っ青な顔で呟く俺に女王から虫けらを見る様な視線が送られる。そして少しだけ意外そうな表情で感心した様に言った。


「ほほう、私の力を知っておるのか。まあ良い。知られたところで私が遅れを取ることなどないからな。その通りだ。この法律書に書かれたことは全て“正当化”される」


 女王はせっかく整った顔を狂気の笑みで歪め、間を見開き両手を広げて金色の法律書をこちらに見せつけた。


「あれが件の法律書か」


「はい、あの書物からはとても強大な魔力を感じます。アレは間違いなく、あのヒトの力の源です」


 法律書を凝視する俺に肩の上に座るアムールが頷く。やはり法律書が魔力の源か。そうであればなんとしてでもアレを奪わなければどんどんこちらが不利になるような気がする。


「さあ、もうお前たちに逃げ場はない。大人しく捕まれ。そして1人ずつ処刑してやろうではないか。私に逆らったことを後悔するぐらいゆっくりとな」


 いやぁぁっ!?なんか楽しそう且つ怖い顔でこの上なく恐ろしいこと言ってるぅ!!せめて一思いにスパッと処刑してくれ。いや、嘘です!処刑は嫌です。


 法律書を奪う気力を一瞬で奪われ、気がつけば俺たちを囲んでいた兵士がジリジリと距離を縮めて来ていた。


「まだ逃げ道はあるよ!戦って勝って逃げれば問題ないっ。アリス、行くよ」


 どうすればいい、そんな焦りの空気をぶち破り、勇ましく言い放ったのはカルミンだった。彼女の目はまだ逃げることを諦めてはいなかった。


「うん!あ、シルマさん。うーちゃんをお願いします」


「は、はい。お任せ下さい」


 そんな強気の親友に影響されたのか、アリスも決意した表情で頷き、ウサギをシルマに預けた後、鞄に手を突っ込んで粉が入った数個の小瓶を取り出した。


 俺の中でフラッシュバックが起こる。これは、あの時と同じだ。ライアーの武装部下に囲まれた時と状況が似ている。


「お願い!カルミンちゃんっ」


「任された!」


 アリスが両手を使って小瓶を上に頬り投げる。同時にカルミン元気よく相槌を打ち、空中から愛銃を出現させる。やっぱり、眠り薬が入った小瓶を狙い撃つつもりだ。


 しかし、前回と異なりここが室内。天井に煌めくシャンデリアが小さな小瓶を輝かせ、この位置からでは見えにくい、狙い撃てるのか。そう思ったのが一瞬だった。カルミンは素早く小瓶に狙いを定め、小瓶のみを全て的確に打ち抜いた。


 キラキラと輝く緑色の粉が上空から降り注ぐ。カルミンとアリスの唐突で流れる様な連携に敵も味方も視線が上に奪われる。数秒、粉を眺めていたシルマがハッとしてウサギを書か手に杖を振るう。


「みなさん、なるべく私の近くへ!盾の女神の加護(アイギスエヴロギア)


 小瓶は的確に打ち抜けても降り注ぐ眠り薬までは操ることはできない。味方の方に眠り薬がかるのを防ぐために前回ケイオスさんがしたのと同じ様にシルマは味方に防御壁を張った。


 更に言えば防御壁を張ったことによって眠り薬からも、仮に遠距離から攻撃されても身を守ることが出来、一石二鳥なのだ。さすがはシルマ。ナイスな判断である。


「な、なんだこれ……意識が」


「俺も、ねむい、かも」


 粉の正体を知らぬ女王と兵士たちはまともに粉を全身に浴び、兵士たちはぐらりと体を揺らして次々に床に倒れて行く。


「すげぇ、鎧を着ていても効果があるのか。あの眠り薬」


「鎧にも隙間はありますからね、私の眠り薬は吸い込んだ量が微量でも効果がある様に調合していますから。呼吸を必要とする限り、薬を防ぐことは不可能です」


 薬の効果には絶対的な自信があるのか、アリスはキッパリと言い切った。それは凄いと思うが……。


「なんでお前、薬を持ち歩いてんの」


 今回はそのおかげで助かったけど、どう言う需要を見込んでその鞄に入れてるんだ。その疑問にアリスがバツの悪そうな表情を浮かべて答えた。


「ほら、私は“アリス”ですので、毎回予期せぬ形で異世界に転移してしまうんですよ。だからいつしか護身用として色んな効果のある薬を持ち歩く様になりました」


「な、なるほど。お前も苦労してるんだな」


「いいえ、もう慣れましたから」


 ぎこちない上に薄っぺらすぎる俺の慰めの言葉をアリスは笑顔で受け取ってくれた。 異世界転移なんて何度も経験する様なもんじゃないもんな。そりゃ護身用の薬も持ち歩きたくもなるわ。


「後は私の悪夢症候群ナイトメアシンドロームで精神的ダメージをっ……!?」


 そろそろ全員眠った頃かとアリスが視線を敵の方へ向けると、そこには折り重なって倒れる兵士の真ん中に平然と佇む女王がいた。その恐怖の光景に思わず俺の体と声が震える。


「な、なんで」


 薬を吸い込んでなかったのか?だが、先ほど見た時はまともに粉を被っていたように見えた、と言うか確実に被っていたはずだ。


「なるほど、眠り薬か。だが残念だったな、私には対毒スキルが備わっている。眠り薬を含め、私の心身に影響を与えるものであればいかなる毒や薬、魔術は全て無効となる」


「なに、そのチートスキル。やばくねぇ?女王特権ってヤツ?」


 ありえない状況に恐怖を通り越して脱力しぼやいていると、女王は苛立たし気に真っ赤なドレスにまとわりつく緑の粉を乱暴に払い落とす。


「ああ、せっかくのドレスが妙な粉で汚れてしまったではないか。これも罪として上乗せしておくぞ」


 女王はギロリとアリスとカルミンを睨みつけ、それに気圧された2人が俺の背後に隠れる。ちょっと、やめて。俺を盾にしないで。


 俺の背後で震えるカルミンたちを数分ほど睨みつけた後、女王はそのまま俺たちを1人1人目で追って行き、深くため息をついた。


「ふむ、しかしここまで抵抗されるのは厄介よなぁ。無駄に部下を倒されても不便なのは私だからなぁ」


 どうやら女王も俺たちが部下を蹴散らしたことが相当痛手の様だ。これは、全力で抵抗した甲斐があった。この調子で何とかして逃げ切れないものか、そんな淡い期待を抱いた時、女王が意地悪く微笑んで法律書にペンを走らせた。


……何かとてつもなく嫌な予感がする。


「ふふ、これならばどうだ。女王の新法律第819条、女王の前では何者も魔術や攻撃を仕掛けてはならない」


 女王がそう宣言した途端、俺たちを守っていた防御壁は突然消え去った。


「防御壁が、消えた」


「わ、私は解除していません!!」


 突如としてなくなった守りに動揺しているとシルマも焦った表情で防御壁の解除を否定した。


「と言うことは、先ほど書き込まれた女王の法律の効果か」


 シュティレが悔しさに顔を歪ませて金色の書物を持ち、余裕の笑みを浮かべる女王を見据えた。


「女王の前では魔術や攻撃を仕掛けてはならないってことは……私たち、あのヒトがここにいる限りはなにもできないってことですか!?」


 即座に状況を理解したアリスが俺の背中からひょっこり顔を覗かせて顔を青くしたまま叫んだ。


「……!!本当です。防御壁を張り直せない。魔術が発動できません」


「わたしもです。歌が歌えませんっ」


 シルマとアムールが真っ青になりながら言った。嘘だろ!?アムールの歌によるバフとレベル500のシルマは俺たちの頼みの綱とも言えるだぞ。それを禁じられるとか、もう絶望的である。


 チートな存在が更なるチートにねじ伏せられるとかありかよ!?ゲームで言うところのエクストラモードか、この世界は!!


「さあ、これでそちらの戦力は封じた。私自ら捕らえてくれよう」


 狂気的な口調でやりと笑い、女王は法律書を腰のホルダーに収めた。そしてその手に再び深紅の斧を出現させる。そしてそれを勢いよく振りかざし、凄い速さで間合いを詰めてきた。


 怖っ、めっちゃ戦い慣れている動きするじゃん……まさかの武闘派。戦える系の女王様でしたか。個人的には好きなキャラですが、今はちょっと嫌いです。


 死が目の前に迫っていると言う現実逃避から、高速オタク思考でそんなことを考えているとシルマが真っ先に俺たちの前に飛び出した。


 ガキンッと金属がぶつかり合う音がする。女王の斧が俺たちに届く寸前でシュティレの槍がそれを受け止めたのだ。


「くっ、仲間を傷つけることは許さないっ」


 勇ましく言い、シュティレは力任せに斧を押し込もうとする女王を渾身の力で押し返した。よろける形で後方へと飛ばされた女王は分が悪いと思ったのか、そのまま数メートルほど距離を取った。


 なるべく俺たちから離れなければと判断したのか、シュティレは離れた場所で武器を構える女王に向かって飛びかかり、間髪入れずに追撃する。しかし、力強く振り下ろされた槍は女王によっていとも簡単に防がれる。


 しばらく打ち合いを続ける2人を見て、俺は違和感を覚えた。


「シュティレの動き、何か鈍くないか」


「え、あ。そうですね、言われてみればいつもよりキレがないような」


 一度シュティレと戦ったことがある俺には直ぐにわかった。目の前で戦うシュティレの動きが力強さも素早さも明らかに彼女の実力ではないと言うことに。よくみれば攻撃を防ぐだけで仕掛けようとする気配がない。どこか怪我でもしているのか?


 俺の言葉を受け、隣で戦いを見守るシルマも首を傾げている。そして、何か思い当たったのかハッとして言った。


「そうか。これも女王の魔術効果ですよ!“女王の前では魔術や攻撃を仕掛けてはならない”これには魔術だけでなく、物理攻撃も含まれているんです。だから自分から攻撃ができないんですよ」


「な、なんだって」


 だが、シルマが辿り着いた答えには頷ける。女王の法律により、シュティレはどう頑張っても攻撃ができないのだ。だから、相手の攻撃を防ぐだけになっている。辻褄が合いすぎて笑えて来る。


「なんとかして助けないと、このままじゃシュティレが危ない」


「あれっ!?」


「今度は何だーっ」


 シュティレを助けなければと焦ってオロオロとする俺の後ろでアリスが不安げな声を上げ、俺は乱暴な口調で勢いよく後ろを振り向いた。


 俺の勢いに一瞬だけビクついたアリスだったが、それでもこれだけは言わなければならないと言う風に決意し、不安の色が見て取れる真っ白い顔で叫んだ。


「チェシャ猫さんがいません」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


アムール「次回予告!女王法律に縛られながらも懸命に戦うシュティレさん。そして、この危機的状況で消えたチェシャ猫さんが意外な動きを見せるのでした」


クロケル「どうしよう、振り返ってみても俺、何にもしてない。ずっと焦って叫んでるだけ……我ながらゴミムシで泣ける」


アムール「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第81話『一筋の光を目指して』出しゃばるより身の丈に合った行動をする方の方が好感度はあるのでは。私はご主人様が好きですよ」


クロケル「逃げて叫ぶだけの奴に好感持てるか?」


アムール「ご主人様限定で好感が持てます」


クロケル「うわ、いい笑顔」







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