第78話 女王の法律(クイーン・オブ・ゲゼッツ)
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
先日、シャッターを開けたらハチが顔面に飛んできて驚いてスッ転びました。虫系全般怖くはないのですが、突然ブーンって羽音と共に顔面に突撃されると流石に驚きます。
突然の転倒でしたが咄嗟に受け身を取れたので特に怪我もなく、ハチも網で捕まえてから逃がしました。窓を開けたかったんですけど、他の子が入って来ても困るので……。
あと武道をやっていて本当に良かったと思った瞬間でした。受け身って割と日常に必要なものなんだと実感した瞬間でした。
って前書きは日記じゃねぇよ(セルフツッコミ)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「みんなお疲れにゃん。凄い緊張感だったにゃんねぇ。俺ちゃんも久々にドキドキしたにゃん」
死と隣り合わせの緊張感と精神的疲労でグロッキーになっている俺たちとは違い、チェシャ猫さんはどこか楽しそうに、意気揚々とそう言った。
「ちょっと!アトラクションを楽しんでるんじゃないですよ。めっちゃ怖かった。昔VRでプレイした某ホラーゲームよりも怖かった!」
ほぼ半泣き状態でずーっとにこにことしているチェシャ猫さんに割と大声で詰めよると、彼は目を丸くして首を傾げた。
「ぶいあーるってなんにゃん?」
「引っかかるトコそこですか!?」
この状況を楽しんでいるチェシャ猫さんに抗議したはずが、それを完全スルーして全く関係のない言葉に興味を示した彼に秒速でツッコミを入れる。
うう、さっきから緊張したり、不安になったり、半泣きになったり、怒ったり……俺の感情がジェットコースターでしんどい。
「VRはバーチャルリアリティの略ですねー。仮想現実のことです」
ハテナマークを浮かべながら首を傾げるチェシャ猫さんに俺の肩に乗っているアムールが笑顔で説明する。足をパタパタとさせながらのんびりと答えるその姿に、お前もあんまり緊張感ないな……と思ったがなんとなく口にはしなかった。
「うにゃー、あんまりピンとこないにゃあ。全部聞き馴染みがない言葉だにゃん」
簡単な説明をされても理解ができず「にゃむむ」と唸り続けるチェシャ猫さんを見て、この世界ではそう言うテクノロジーが存在していないのかと論点がズレかかった時、シュティレがため息混じりに話に割って入って来きた。
「そんなことはどうでもいい。それより、我々の真の目的を忘れているのではあるまいな」
「目的……あ」
思い出した。そうだよ、元の世界に戻るためにアリスのウサギを探してここまで来たんだった。ラスボスっぽいヒトが序盤で登場したせいで頭から目的がすっぽ抜けていた。
「まさか、本当に忘れていたのか」
「え、えへっ★」
信じられないと目を見開くシュティレの視線があまりにも耐えがたく、気持ち悪いと思いながらも誤魔化す様にかわいく(?)笑い返すと、彼女はむぎゅっと眉間に皺を寄せてからもう一度大きなため息をつき、若干呆れながら続けた。
「はあー。とりあえず思い出してくれた何よりだ。まあ、ここへ来たのは無駄足だった様だが」
「そうですね。広場にはうーちゃん、いませんでした……」
アリスがぐるっと広場を見回してしょんぼりと肩を落とす。大切に書き込んでいたメモ帳に皺は寄るほど強く握りしめていることから、彼女の悔しさが伝わって来る。
「ああ、この国にはやべぇ女王がいると言うこと以外収穫がなかったな」
「そうですね。良い風に捉えればあの女王様には絶対に関わってはならないと言う教訓になる経験でした」
シルマがげんなりとして言ったが、多分お前なら1KILLじゃないかな……レベル500だし。と言うかこの状況でも本気を出さないつもりなのか。どんだけ自分のレベルがバレたくないんだ。なんでそんなに頑なになっているんだ。
前にも思ったけど高レベルならバレてもよくない?少なくとも仲間に知られる分には支障はないだろう。どう考えても。
世間バレたら高難易度な仕事を依頼されて危険と隣り合わせになる可能性はあるけど、それを言うならこの“不思議の国”に異世界転移した時点で命の危険MAXだからね。危険と隣り合わせどころか死線のど真ん中だから。時と場合を考えて実力を開放しようぜ。マジで。
「確かにあの女王は我々にとっては脅威だ。しかしこちらにも元の世界に戻ると言う目的がある。ここまでウサギの手がかりが何も掴めてない以上、あまり休んでもいられない」
「う、そうだな。正直、あまり気は進まないがこの国に探索を続けよう。女王とは関わらないように」
冷静に気持ちを切り替え、次の行動に移ろうとするシュティレの騎士精神を尊敬しながら俺も気が進まないながらもそれに同意した。
「いざとなれば戦闘もやむないかもしれない。気を引き締めて行こう」
「にゃあ?女王様と戦うつもりにゃ?それはやめておいた方がいいと思うけどにゃあ」
毅然としてみんなに注意を促すシュティレの言葉を聞いてチェシャ猫さんが人差し指を顎に当て、きょとんと首を傾げる。
「なに、それ。抵抗するなってこと?」
カルミンが即座に反応するとチェシャ猫さんが微笑みを浮かべたまま首をゆっくりと左右に振る。
「そこまで言ってないにゃん。ただ、抵抗するのは無駄かもにゃあ~と思ってはいるにゃん」
何かを知っていることはこの態度から明白で、意地悪くもったいぶる様に言いながら体と尻尾をゆらゆらと揺らしてチェシャ猫さんは薄ら笑う。
「無駄とはどういうことなのでしょうか」
アリスが困惑を浮かべながら聞くとチェシャ猫さんは楽しそうな姿勢を崩さないまま答えた。
「女王様はこの国において、ほぼ最強の魔術を有しているにゃん。その名も女王の法律」
「私たちの世界では聞いたことがない魔術ですね。具体的にはどういう力なのでしょうか」
神妙な面持ちでシルマが聞けばチェシャ猫さんはくるんと尻尾を巻いてすらすらと喋り出す。
「その魔術は王家に伝わるオリジナルのものだと聞いたことがあるから唯一無二の魔術らしいにゃん。能力はそうだにぁ……相手の意志に関係なく自分に従わせることができると言う表現が一番近いかもしれないにゃ」
「相手の意志とは関係ない、と言うことは洗脳系の魔術か何かなのか?」
シュティレが即座に女王の能力を独自に分析するが、即座にそれは否定される。
「洗脳とは少し違うかもにゃ。女王様は所持ずる法律書に書き込んだこと真実にできるのにゃ」
「「書き込んだことを真実にできる?」」
驚いた俺たちの言葉が重なる。戸惑いの反応に心を良くしたのか、チェシャ猫さんは得意げに笑っている。
「ヘラヘラしていないで早く詳細を教えてくれないか」
いつまで経ってものらりくらりな態度を崩さず、始終もったいぶって話をするチェシャ猫に痺れを切らしたシュティレが少し強めの口調で言った。
「もう、せっかちだにやぁ。でも、そうだにゃあ……例えば女王様が法律書に“国民は自分に絶対服従”と書き込んでいた場合、国民は無意識にそれに従ってしまうにゃんね」
「え、まさか国民が周りのヒトたちが理不尽に処刑されているのに無反応で演説を聞いてそれを受け入れているのは……」
「多少の保身はあるかもしれにゃいけど、女王が既にそう書き込んでいたなら、みんなはそれに逆らえないということになるにゃあ」
恐る恐る確認した俺にチェシャ猫さんは他人事のようにへらり笑って答えた。なんで笑っていられるんだよ。あんたもこの世界の住人だろ。
「現状はそれが書き込まれている可能性は低いでしょうか。チェシャ猫さんは女王に服従しておられる様子はないようですし」
シルマがまじまじとチェシャ猫さんを観察しながら言う。そう言えば、出会ってからずっと、それこそ広場で女王の姿を見た時もチェシャ猫さんが服従している様には見えなかった。
そう考えると“国民の服従”と言う法律はまだ書には記されていないのかもしれない。そう思っているとチェシャ猫さんは何度目かのにやりとした不気味な笑みを浮かべて答えた。
「それはどうかにゃあ。厳密に言うと俺ちゃんはこの世界の住人じゃにゃいからにゃあ。“服従”するのが“国民”でなければならいのであればカウントされないのかもしれにゃいにゃあ」
「この世界の住人じゃない……?それってどういう」
眉をひそめる俺にアリスがくしゃくしゃになったメモをポケットにしまい、遠慮がちに話に入って来た。
「それは私も以前に伺いました。チェシャ猫さんは旅好きで、色々な場所を巡ってこの不思議の国が自分の波長と合ったから拠点にしているって」
「え、でもさっきこの猫さん、この国の女王はよそ者は異物として即刻処刑!みたいなこと言ってなかった?それで焦ってるんだよ、私たち。まさか、嘘ついたの?」
まさか適当なことを言ったのか、と言いたげにカルミンがジト目でチェシャ猫を見る。どうやらカルミンはあまりチェシャ猫を信頼していないらしい。ずっと敵意をむき出しにしている。
多分、不気味で掴みどころがない奴が大事な家族兼親友と親しくしているのがきにくわないんだろうなぁ。わかるよ、その気持ち。自分の知らないところで自分と仲の良い人物が親しくなっていたらジェラシーだよな。
こんなにもわかりやすく、割と強めの敵意を向けられているのも係わらず、チェシャ猫さんはのんびりとして答える。
「嘘なんかついてないにゃあ。そもそも女王は俺ちゃんがこの国のあの場所に住んでるなんて知らないと思うにゃ」
「お前、この国のことを知っている風なことを言っておきながら不法滞在をしていたのか」
呆れた様子のシュティレの言葉にチェシャ猫はヘラヘラと笑う。
「へーきにゃ。住んでいる場所は処刑されたヒトが住んでいた場所で空き家になっていて管理不行き届きだったのを自分でリノベしただけにゃ。それに俺ちゃんは姿も気配も消せるし、女王様の目につく可能性は低いにゃ、問題はないにゃ」
いや、論点はそこじゃないと思うんだが。ツッコミたい、凄くツッコミたいが話が逸れそうなのでグッと我慢する。
「でもなるほどな。あんなに暴君なのにこの国で逆らう者がいないのはそういうことか」
「はい。逆らわないのではなく、逆らえないのですね。王家の権力からくる圧力かと思っていましたが、魔術を使ってこの国のみなさんを押さえつけていたのですね」
「ああ。ノートに書きこまれたら終わりとか、聞き覚えがあるってか既視感しかない」
聞き覚えのある能力に俺は思わず小刻みに震える。昔そんな漫画あったよ。ノートに書いたらその通りにヒトが命を落としちゃうやつとか、書いたことが本当になっちゃう系のノートとか日記とか。
全部面白いよね。自ら戦わなくても紙とペンがあってそれを活用できる知能さえあればほぼ勝ちが確定って言うちょっとチートなところが面白いです、全部大好きな作品です。えっ、待って。そんなチート能力をあの女王が持っているってことか。詰んでない?
「まあ……クロケル様のお住まいの地域では女王様と同じ能力を持っている方がいらっしゃったと言うことですか」
俺の言葉にシルマが目を丸くするのを見て俺は自分が失言したことに気がつく。しまった、漫画の知識をポロッと漏らしてしまった。俺のばか、聖もいないのに誰が賛同してくれるんだよ!
オタクな面を出してしまったことを激しく後悔したが後悔しても時すでに遅し、シルマ以外の視線もばっちり独り占め状態になってしまった。
自らの顔が引きつるのがわかる。ヤバい、これはどこの出身ですかと聞かれるパターンだ。「実は俺も異世界出身でーす」とか「漫画で見たんですぅ」なんて言ったら聖のことを含めて説明がややこしくなる。頭がイカれてる奴だと思われる!!
最悪なことに毎回上手くフォローを入れてくれる聖は今ここにはいない。何とかして誤魔化さないと色々バレる。それは絶対に避けなければ!
「え、いや……うん。直接見たわけではないが似たような力があるとは聞いたことがある気がして」
「なんだ、歯切れが悪いな」
強く決意した割に明らかに誤魔化す様な口調になってしまった自分が実に情けない。嘘もまともにつけないのか俺は。ああ、シュティレが怪訝な表情で俺を見て来る。そんな目で俺を見ないで、お願い。
「だ、だって本当に聞いただけで自分の実際に目では見たことがないんだ。都合のいい力だなって言う印象はあるけど」
早口で続ける俺をじーっと見た後、シュティレは疑わし気な視線を向けつつも毅然として俺に聞いて来た。
「気になることはあるが今はスルーしてやろう。しかし、女王の力と類似した能力を知っているのであれば、対処法も分かるのではないか?」
「え、対処法!?う、うーん。要は相手に書き込ませなければ問題ないはずだから、女王が持つ法律書やペンを隠すとか、法律書自体を焼き払ってこの世から消すぐらいしか方法はないんじゃないか」
それはチートな書き込み系能力を持つものに対する鉄板とも言える対処法、と言うか唯一の打開策と言っても過言ではない。相手は書き込めるものを持っている限り無双できるわけだし、魔術の源であるノートやペンをこちらが奪うしか方法はない。
「魔力の源である焼き払うか……他に聞いた方法はあるか?」
シュティレが難しい顔をして意見を求めて来たので、俺は自分が見て来た漫画やアニメの内容を脳みそフル回転で思い出す。
「そうだな……あとは法律書を奪って俺たちの都合のいいことを書き込むとか」
「都合のいいことって例えば何ですか」
カルミンがきょとんとして言ったので俺は更に考えを巡らせる。様々な名作のワンシーンを思い出し、そして言った。
「例えば、このノートに書いたことは全て無効になるとか」
「なるほど。確かにそれだと女王様の力に打ち勝つことはできそうですね」
意見を聞いたアリスが興味深そうにこくこくと頷いた。しかしカルミンが即座に右手の裏をアリスの胸に軽く当ててツッコミを入れる。
「いや、方法としては良いかもしれないけど、今言ったことを実現する場合、まず法律書を女王から奪わないとだめなんだよ。最善だけど難しい方法なんだよ」
そうなのである。俺が言った全ての方法は「女王から法律書を奪う」ことで成立するのだ。対処するにあたってとんでもないリスクを背負うことになるのだ。
「にゃ~、面白いアイデアにゃんねぇ。方法としては悪くにゃいと思うし、どうしても女王様と戦わなければならなくなった時は、実践してみてもいいかもしれないにゃん」
「そんなことには絶対になって欲しくないです」
俺の強い否定の言葉の後、その場に沈黙が流れる。どうしよう、女王のことを考えてたらもう何が正しい行動かわからなくなって来た。
恐らく、この場にいる全員がみんな同じことを思っている。不安と恐怖が循環している悪すぎる空気の中、シュティレが凛として口を開く。
「ここで考えていてもしょうがない。とりあえず女王には関わらない様にしてウサギを探そう」
「でもぉ、この世界の広さは分かりませんが、ウロウロしすぎると住人とかモンスターとか、それこそ女王様に見つかるリスク大ですよ」
俺の肩でアムールがこてんと首を傾げて意見する。その言葉にその場の全員が黙り込む。確かに、今のところウサギの影すら見当たらなし、かと言ってよそ者である俺たちが目立つわけにも行かないのでその辺の住人を捕まえて聞き込みをすることもできない。
「う、それは分かっているんだが……歩いて回る他に方法が見つからないだろう?」
完全に行き詰まっている。それはここにいる全員が分かっているのだ。しかし、行動を起こさないと物事は動かないのだ。だから、リスクを承知で気配を消しながら歩き続けるしかない。
そう思った瞬間、ポケットの中の端末が震える。情けないことに一瞬ビクッとなった後、それを確認してみると聖からの着信だったので慌てて応答する。一応、みんなにも話を共有できる様にスピーカーモードにしておく。
「聖か。どうだ、そっちで分かったことはあったか」
『元気そうで良かったよ。でも、ごめんね。君たちがこちらへ戻る手がかりは掴めていないんだ』
聖の罰が悪そうな言葉に俺の心が少しだけ曇る。向こうからのレスポンスだったので正直、少しだけ期待していたが違った様だ。
「そうか……でも連絡をして来たってことはなにか進展はあったんだよな」
『うん、良いか悪いかって言われると良い知らせだよ。でもその前に、アリスちゃんのうさぐは見つかった?』
「いや、手がかりなしだ。それにこの国の住人と女王がちょっと大分要注意人物で行動も制限されているんだ」
俺はここまでに分かった不思議の国の事情を重要なところを伝えつつ、かいつまんで話した。もちろん、協力者であるチェシャ猫さんのことも。
『なるほど。でも協力者が見つかってよかったじゃない』
「おお、この声の奴が別の世界にいる君たちの仲間かにゃん。こんにちはにゃーん」
チェシャ猫さんが俺の手首と端末を掴んで聖に調子よく話しかける。ちょっ、推さないで欲しい、痛いから。あとくっつかれると暑いから。
『こんにちはー。元の世界に戻れるまで、みんなをよろしくね』
「任せるにゃー」
顔も見えない初対面の相手にグイグイ距離を縮めて会話をするパリピのコミュ力にドン引きしながら俺は体重を預けて来るチェシャ猫さんを押しのけ、聖との会話を再開する。
「はい、挨拶ご苦労さん。で、良い知らせってなんだ」
『ああ、うん。ウサギが見つかってないのなら役に立てるんじゃないかと思って。実は即席でアプリを開発したんだよ』
「アプリ?」
なんでアプリ。意味がわからず、周りで俺たちの会話を聞いている仲間たちも首を横に振って理解できていないと言う意志を示す。
『ウサギを探すアプリだよ。既に対象のDNAデータは取り込んであるからすぐ使え、あっ、ちょっと上って来ないでよ、あーーっ』
「え。な、なんだ?」
端末の向こうゴン、ガサガサっと慌ただしい雑音が聞こえて耳が一瞬不快になる。そしてそれが治まったと思ったら今度は大声が聞こえた。
『おい、俺たちの苦労を無駄にするなよ。さっさとウサギを見つけて早く戻って来い!』
『そうだ。フィニィを財団から助ける協力をしてくれると約束しただろう。早く用を済ませて次の目的地に行くぞ』
声が大きすぎてキーンッと音が響く。最初に怒鳴ったのはミハイル、続いてアンフィニが声だけで詰め寄って来て、その勢いに思わず気圧された。
『どいて!僕は繊細なんだよ!登って来ないで!』
ドンドサッと何かが落ちた音が聞こえる。聖、あの2体に乗っかられたのか。で、ふるい落としたんだな。何となく状況を想像して苦笑いを浮かべていると聖が気を取り直して続けた。
『ごめん。ちゃんと説明するね。あの後アリスちゃんのご両親にも連絡が取れて、事情をはなして相談したんだ。それで考え付いたのがアプリ開発なんだよ』
「アプリ開発ってそんな短時間でできるものなのか?はっ、まさかこっちの時間とそっちの時間がズレているみないなことはないよな」
浦島現象だけは勘弁してくれ。祈る様に確認すれば聖は俺を安心させるように優しい口調で答えた。
『大丈夫、こっちは君たちが落ちて2時間ぐらいしか経ってないよ。その間、爆速でアプリ開発をしたんだ。アリスのご両親とミハイル、アンフィニにも協力してもらってね』
「そうか、2時間ぐらいなら俺たちのいる世界と並行してるな。で、アプリっの話だな。えっと、ウサギを探すためのアプリだっけ」
『そうだよ。名付けて“生物探索アプリ~”(ダミ声)』
シリアスな雰囲気をぶち壊しで聖が国民的キャラのマネをしながら調子よく叫んだ。おい、知ってるか。近年ではそのキャラのマネをする声のトーンで年齢がバレるらしいぞ。そしてこれはツッコミ待ちだな。よし、その期待に応えてやろう。
「そのままじゃねか!あとキャラマネのせいで全体的に安っぽくなってるんだよ!」
俺は腹の底から声を出して端末に向かって叫び、ツッコミを入れる。もちろん、裏手パンチつきである。
「安っぽいとは失礼な!対象のDNAさえあればピンポイントで居場所を特定する超高性能アプリ」
自分でボケておきながら端末の向こうで聖は不服そうに言った。まさかあれでウケると思ったのか。え、本気で?天然ボケな親友に戸惑っている間にも生物探索アプリとやらの説明は続く。
「DNAの採取にあたって屋敷中に落ちているウサギの毛とか、掃除された後のゴミ箱や掃除機の中からミハイルとアンフィニに体毛を見つけてもらったんだ』
「なるほど、俺たちが異世界を彷徨っている苦労をかけたみたいだな。それは早くそっちに戻って皆に感謝しないとな」
先ほどのボケ発言で戸惑っていたはずの心が、聖たちの尽力を知った途端に温かくなって、向こうで待つ仲間ためになんとしても元に戻らなければと言う気力が湧いて来る。
『うん、全員無事で戻って来て。さっきも言ったけど、ウサギのDNAデータは読み込んである。今からアムールにこのアプリを送るから使ってみて。データを取得したらすぐに使えるはずだから……よし、送信完了』
暫く間があって、アムールが数回瞬きをして笑って言った。
「データを受信しました。データの破損なし、ウィルスの検知なし。正常なアプリです」
「よし。受信できたみたいだ。早速使ってみるよ。ありがとう、聖。ミハイルたちにも礼を言っておいてくれ」
『わかったよ。でも、ちゃんと直接御礼を言いなよ。僕にも、面と向かって感謝して』
少しだけ厳しく、それでいて励ます様な言葉を受けて俺は泣きそうになる感情を押さえながら浅く息を吸う。絶対に全員で帰る、この協力を決して無駄にはしないと意味を込め、俺は短く返事をした。
「ああ」
毎度襲って来る名残惜しさに耐えながら通話を切った後、俺はさっそくアムールに指示を出す。
「アムール、アリスのウサギの居場所のサーチを頼む」
「了解しました。探索開始……登録された生体反応を検知、ナビゲートを開始します」
数秒も経たない間にアムールはウサギの居場所を見つけ出した。流石、聖の開発したアプリだ。世界の長の力、すげぇ。と思いかけたが、あいつ元々システム組むの趣味だったわ。と気がついてハイスペックな親友を心から尊敬した。
「よし、行こう」
その場の全員が首を縦に振り、俺たちはアムールのナビの元、ウサギの行方を急いで追った。
時に小走りで、時に歩き続けること数十分。俺たちはとある大きな建物の前に辿り着いた。そこでアムールが静止を促す。
「ここです。この建物の中にウサギの生体反応があります」
そう言われて見上げたそこは赤い煉瓦造りの巨大な城だった。周りを茨がモチーフの鉄の門と赤い薔薇の垣根で囲まれている。
「ここは……城、だよな」
え、城?嫌な予感がする。城=国の頂点が住まう場所と言う方程式は子供にもわかる共通認識だろう。
「クロケル。ここ、あのヒトの気配がするよ」
シュバルツが泣きそうになりながら俺の服の裾を引っ張ったのがトドメとなり、俺の予想は的中した。
「チェシャ猫さん……一応聞きますけどウサギが逃げ込んだこの城ってまさか」
「うん、女王様のお城にゃんね」
「やっぱりー!!」
あっさりと断言されてしまい、俺は頭を抱えて大絶叫した後にその場に崩れ落ちた。なんで、どうして、女王には関わらないって決めたばっかりじゃねぇかぁぁぁぁぁぁっ!!!
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アムール「次回予告!一番関わりたくない相手の本拠地に足を踏み入れることになってしまったご主人様たち。女王の目を搔い潜ってウサギを見つけ、城からも異世界からも脱出することはできるのでしょうか」
クロケル「戦闘は回避したい。戦闘だけは絶対に回避したい!」
アムール「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第79話『潜入!鮮血の女王の居城』ああ、震えるご主人様も可愛いくて素敵です……」
クロケル「ちょっと思ってたんだけど……お前、俺に変なフィルターかかってねぇか?」