第6話 ドッキドキ!クロケルとシルマの珍道中
今、目の前の美少女は何と言ったのだろうか。身代わり?確かに身代わりと言ったよな。異性の手を握り手を握り、決意して言った言葉が身代わりになって下さいとは、これ如何に。
さっきまでドキドキと高まっていた感情がスンッと収まって行く。自分の心がもの凄い勢いで覚めて行くのがわかる。
「え、何。お前何言ってんの」
思わず低い声で聞き返してしまったが、仕方がないよな。だって意味がわからんもの。
シルマは俺の態度にビクッ肩を震わせ、握っていた手を離してしばらくオドオドとしていたが、自分を奮い立たせる様にぷるぷると頭を振って言った。
「じ、実は私、今すごく困っていてクロケル様みたいな方を探していたんです」
「俺みたいな奴?」
全く話が見えて来ず、聞き返せばシルマはコクコクと首を小刻みに首を縦に動かす。
「先ほども話に出ましたが……私、レアリティは低いのですが、その、レベルがとんでもなく高くてですね」
それについてはまったくもってうらやましい限りである。
「レベルが高くて困ることがあるのか?」
俺みたいにレベルが低いといつやられるかわからないと言う恐怖に震えなければならないが、シルマは俺と違い高レベル。何を恐れる必要があると言うのか。
「レベルが高いとどうしても危険な仕事を任されることが多くて……正直もう、うんざりなんです」
「任される?依頼は神殿で自分で好きに選べるはずだろ。任されるってなんだよ」
俺が聖から聞いた話では神殿に出された依頼は自分で受けに行かなければならないはず。実際おれも身銭を稼ぐために何度も足を運んでいる。依頼を任されると言う単語は初耳だ。
『ああ、それはね。依頼をこなしていけば実績が溜まっていくからだよ』
「実績ぃ?」
けろりと答える聖を見やれば、疑問しか持たない俺を他所に調子よく説明を続ける。
『依頼を受ける時に書類にサインするでしょ。その名前が神殿に登録されていて依頼をこなせばこなすほど、そして高難易度な依頼を達成するほど実績は積みあがっていって、優秀と見なされた者には神殿側から依頼が行くこともあるんだ』
「はい、そうなんです。地道にレベルを上げて依頼をこなしている内にとんでもない量の依頼や高難易度の依頼が私の下に届く様になってしまって」
シルマはしょんぼりと肩を落として言った。どうやら高難易度の依頼を任されることが心の底から嫌みたいだ。
「なんでだ。危険な仕事の方が報酬もいい。そりゃあ、多少の危険は伴うかもしれないが、お前のレベルなら大体のことはこなせるだろ」
レベルの低い俺からすればここまでのシルマの言動は自慢に聞こえない。本人にそんなつもりがないのはわかっているが、低レベルの生活が続き心が荒みまくっている俺にはシルマの気持ちなど全く理解できない。
正直な感想を言えばシルマはキッと眉を吊り上げ語調を強めてずいっと俺に詰め寄った。
「自分のレベルが高いからと油断してはいけません!いつ強敵が現れるかもしれませんし、相手のスキルによってはレベルの差があっても負けてしまう場合もあります。危険と隣り合わせるよりは危険から距離を置いた方が安全です!」
うん、まあそれには同意だが、でも、お前はレベルを上限解放するために入手困難な石の破片を集めたんだよな。死たくないから危険を承知で上限解放に必要な石の破片を集めたんだよな。で、上限レベルすらもカンストするぐらい頑張ったんだろ。
それ、色々と矛盾してね?
死にたくないから危険を冒してまでレベルアップを目指すとか意味がわからん。途中でくたばったらどうするつもりだったんだこいつ。
「お前、言ってることと現状がちぐはぐ過ぎるぞ」
指摘をすればシルマは表情を曇らせる。
「私、昔から怖がりで……痛いのも怖いし、死ぬのも怖くて、それを避けるためにコツコツと頑張っていたらいつの間にかこんなことに……」
はあ、とシルマは溜息とついているが、いや、頑張りすぎだろう。
「何でレベルを上限解放した上にカンストさせちゃったんだよ。怖がりってだけでそこまで努力しようと思ったことがすげぇよ。いや、怖ぇよ」
「うう、強くなれば将来安泰かと思いきや、強くなったらなったで危険が伴うなんて、自分でも予想外です」
ううん、そう言う問題じゃないと思うけどナァ。
「でも、お前は高レベルだろ。なんで俺が身代わりになる必要がある」
だって身代わる必要なんてないだろうに。大体、なんの身代わりだよ。と言うか身代わりって言う響きが既に不穏で怖いんだよ。
「じ、実は私……ちょっとだけ嘘をついていまして」
「嘘?」
思わず眉をひそめてモジモジとするシルマを見てみれば彼女はとても言いにくそうにしながら口を開く。
「自分は強いって知られてしまうと困るので、神殿で依頼を受ける時はとある方の遣いで依頼を受けに来ていると言う体にして、自分はサポート役で戦闘は自分のパートナーに任せている言い続けてここまで来ました」
「ほお、でも実際は受けた依頼全てを自分でこなしていたと」
問い詰める様に聞けばシルマはぎこちなく頷いく。
「でも、いつまでもこんな嘘をついていられるわけもなく……依頼の場に毎回本人が現れないことを不審に思われ始めたのかパートナーを連れて来いと言われ……」
シルマは泣きそうになりながら俯いた。
自分の実力に思い悩むシルマを見ていると、高レベルで実力があるヤツでもそれなりに悩みはあるんだと思った。
自分は低レベルで損ばかりの人生だと思っていたが、高レベルでも大変なんだなと思っていると、俯いていたはずのシルマがパッと顔を上げて俺を見た。
「だから、レア度が高くて、見た目も強そうだけどレベルが低い方を探していたんです」
シルマがまた俺にキラキラと期待に満ちた視線を送って来る。なんだろう。すごく期待をされている気がする。これは、猛烈に嫌な予感がする。
「初めてあなたの姿を見たのは大量発生したスライム退治の依頼を受けた時でした」
それはまさかスライムと泥仕合になったあの時の事だろうか。嘘だろ、あれを見られてたわけ!?
だとしたら俺がこのナリでスライムから逃げたところもバッチリ見られてたって事か。恥ずかしい、めっちゃ恥ずかしいんですけど!?
「その時はたまたまお姿を拝見しただけだったんですが、クロケル様の戦いを見て思ったんです。この人は抱える事情が私と逆なお方ではと」
あのへっぽこな姿を見て何故、俺にそんなキラッキラとした目を向けることができるんだ。そしてよく考えたら、さっきからなんかものすごく失礼なことを言われてるよな。
そんなことに気づき始めた時、シルマの興奮に近い語りは最高潮に達する。
「真相を確かめるためにあなたの後を今日までつけて来ました。そして確信しました。あなたな高レアにして最弱な方だと」
興奮気味なゆるふわ系美少女に見事に自尊心を打ち砕かれ、俺はその場で固まってしまった。
『ファーーーーwwwww』
相当笑うことを我慢していたのか、聖は盛大に噴き出した。高音過ぎてサイレンかと思ったわ。草生やすな。壊すぞこのタブレット。
ってか「ずっとあなたを見ていた」ってそう言う意味かよ!!あと身代わりの意味も分かったわ。こいつは自分が依頼を受けて達成した実績を誰かに押し付けたいのだ。全ては自分の評価を上げないために。
荒ぶる心の俺の手をシルマは再びしっかりと握り、目をキラキラさせていった。純粋な視線が戸惑う俺に突き刺さる。
「あなたは私の理想の人です!」
「ま、まさか俺にその最強のパートナーを演じろと!?」
「はい!」
うわ、はっきりと肯定したよ。この子。自分が何を言っているかわかっているのかな自分がこの子は。それは無茶振りだよ。わかっているのカナ。
「ちょっと待て!何で俺みたいな奴が良いんだよ。上限レベルカンストは難しいかもしれないが、強い奴ならそこらにいるだろ!強い奴と組めば戦いも有利になるし、お前も楽なんじゃないのか」
俺はまともな事を言っているはずだ。シルマは実績を押し付けたいだけ。実績が欲しいやつなんてごまんといるだろう。
それに、死にたくないと思うのであれば弱い俺と組むより強い奴と組んだ方がシルマの生存率もあがるはずだ。
「はい……普通に考えればそうなんですが、こういう場合、協定を結ぶ相手の人間性も問われます。レベルの高い方に同じお願いをしようと考えた事もありますが、その……寝首を掻かれた時に抵抗しやすいほうが色々と安全かなぁと思いまして」
シルマはすごくモジモジとして言ったが、要は組んだ相手が何か拍子に裏切った時にレベルが高い奴より低い奴の方が抵抗しやすいから俺を選んだと言うことだろう。
はっはー、ナメめられたもんだよなぁ。でも今のままでは多分、いや確実にシルマには勝てないだろうがなぁはあー。自分で言ってて悲しくなってきた。
「来た依頼を断ると言う選択肢はないのか」
「死にたくないと思うのは本心ですが、困っている方を見捨てられないと言いますか……自分に救えるものがあるなら何とかしたいと言う思いもありまして」
もにょもにょとしがならシルマが理由を述べる。
へえ、身代わりになれとか言うぐらいだから自分が生き残ることしか考えてないと思っていたが、他人を思いやる気持ちもあるの奴なんだな。見直した。
「なるほどな。死にたくはないけど、救える命は救いたいと」
「はい」
「だが、俺はレベル1だぞ。いくら実績を押し付けたいからと言え、大分役不足だと思うが」
本当にそう思う。レベル1の俺がレベル500のシルマの代役などできるはずもない。だって、戦闘に参加できないんだぞ。
「大丈夫です!基本的な戦闘は私が行います。クロケル様の育成に必要な素材も私が集めます。なので、クロケル様は心置きなくレベル500を目指して下さい。私、お世話をしますから」
おおぅ。これは告白に見えて全然告白ではないと言うトンデモ展開。
と言うか俺がレベル500目指すのは決定事項なんかい!!
『いいじゃない、クロケル。君1人じゃいつまでたってもレベル1のままだと思うし、つよーいシルマちゃんに育ててもらいなよ』
こいつ。呑気なことをっ。他人事だと思って楽しんでやがるな。この腹黒大魔神。
「もし、俺が強くなっていってお前を裏切る可能性は考えないのか」
警戒心が高い割には俺に危機感を持っていないことを疑問に思ったので聞いてみたが、璃々魔は眩しい笑顔で即答した。
「あ、それはないですね。あなたの実力を確認すると共に人間性もチェックさせて頂きました。あなたはとってもおもしろくてお人好しな方なので、万が一にも裏切らないと思いますっ」
「ああ、そう……もう好きにしてくれ」
俺は考えることをやめた。と言うかこんなにハッキリと言い切られてしまうぐらい俺はへっぽこでお人好しなのか。どこに信頼置かれてるんだよ俺。
『これはアレだね!』
気分がどん底な俺を他所に、聖はテッテレーと言う聞き覚えのある効果音と共に威勢よく言い放つ。
『魔術師シルマが仲間になった』
「はい。よろしくお願いします」
呑気な聖に元気よく答えるシルマ。ああ、だめだ。眩暈がして来た。
「はあ、もう嫌だ……こんな人生。こんなの俺が知ってる異世界転生じゃない」
俺の嘆きはお気楽な2人の耳には届かず、突如吹いた風にかき消されて消えた。
結局、シルマと行動を共にする事が決まり、これから先に不安しかない俺は心の底からげっそりとしていた。
「疲れた。疲労感半端ない。誰かタスケテ」
『まあまあ、いいじゃない。シルマちゃんのおかげで今日はちゃんと宿に身を置けるんだから』
「それはまあ、喜ぶべきところだとは思うが」
シルマは俺の後をつけてきたと共にドラゴン退治の依頼も請け負っていたらしく、それを達成したので森からでた俺たちはひとまず神殿に向かった。
ドラゴンが俺の育成素材をドロップしたが、1体分の素材ではまだまだ足りず、レベルアップには至らなかった。素材はとりあえず聖がデータ化して預かってくれることになった。
さっそく身代わりの機会が訪れ、任務達成の報告をする。
俺がレア5の魔法騎士で、シルマは予てからの相棒だと伝えれば神殿の職員は特に調べる事もなくあっさりそれを信用した。そして、報酬の500,000ゴールドも無事に受け入れることができた。
そして、神殿から出た時には日も暮れて来たので、俺たちは宿に泊まることにした。報酬が手に入ったこと、シルマがたっぷりと貯金をしていたことから、ちょっといい宿に泊まることができた。もちろん、割高だが部屋も別々だ。
久々に野宿から解放され、ふかふかの布団でモンスターの襲撃に怯えずに眠ることができるのはとてもありがたい。そこはシルマの存在に感謝すべきだ。
色々と考えたい事もあるが、後から考えよう。
それよりも今は温泉だ。ここの宿には温泉があるらしい。いい宿なので各部屋にも温泉が引いてあるらしいが、やっぱり温泉と言えば大浴場。大きい場所で伸び伸びと浸かりたい。
時間によって男湯と女湯が入れ替わるシステムらしく、今は男湯の時間。ちゃんと暖簾も看板も確認したし、大丈夫だ。
転生して初めての温泉で俺のテンションは爆上がりだった。異世界にも温泉ってあるんだなぁ。ありがてぇ。
ヒノキ製の引き戸を開けて浴場に足を踏み入れればそこは白いモヤで覆いつくされていた。近くにあるシャワーや積みあがった桶は見えるが、湯船の方はかろうじて形状が確認できるぐらいに視界は湯気と熱気に包まれていた。
でもちょっと湯気立ちすぎじゃねぇか。これでは前が全然見えない。転ばない様に気を付けて歩かねば。
レベル1の俺はちょっとのダメージも命取りだからな。こんなところで滑って転んでDEADではシャレにならん。
『はっ!クロケル、これはアレだよ。桃色な気配がするよ』
慎重になっている俺の隣で聖がピコンと音を立てて変なことを叫んだ。
「はあ?桃色な気配ってなんだよ」
『もう!よく考えて。温泉地で男女2人旅、男女の時間が入れ替わる露天風呂、不自然な湯気……これは!ラッキースケベフラグだよ!』
だよー。だよー。と語尾にエコーを響かせる聖だったが、俺には意味が解らなかった。
「お前、頭おかしいのか」
あーでも、こいつそう言う系のゲーム好きだったなぁ。全部の女の子を攻略するんだ!って新作ゲームが出る度に息巻いていたっけこいつ。
「確かに、こう言う時は大概男女が鉢合わせるけど、それはあくまでファンタジーの世界であって現実には起こり得な……」
い。と言おうとしたが俺は言葉を途中で止めた。視線の先に見覚えのある影、と言うか姿を見つけてしまったからだ。
「し、シルマっ」
俺の目の前にいたのは涙目で赤面し、タオルで体を隠して震えているシルマだった。
体を隠しているとい言ってもタオル体に巻いてあるのではなく、それが間に合わなかったのか、必要最低限の場所を隠しているだけなので、ちょっと色々ヤバかった。
湯けむりでぼんやりとはしているが、タオルで隠れきれていない部分から少しだけ見える白く柔らかそうな丸い形のそれは明らかに胸だと言うことが分かり、見てはならないとわかっていても、悲しいかな男の性なのか、つい視線がそこに向かってしまう。
ダボッとしたローブ姿のシルマしか見ていないから全然気がつかなかったが、シルマってグラマラスな方だよな。脱いだらすごいとはこう言うことか。
などとくだらないことを考えていたら、俺は随分と長い間(と言っても数秒とは思うが)シルマを凝視していたらしく、最初は涙目で震えていたはずの彼女が、今度は俺を睨みなが震えていた。
因みに「ぶるぶる」と寒くて震えていると言うよりは「わなわな」と言う表現に近い震え方だったため、100パーセント怒っていると言うことがわかる。
って、冷静になっている場合じゃない。なんで!なんでシルマが大浴場にいるんだ。今は男湯の時間だろ!俺は暖簾と看板を見て入ったぞ!
プチパニックを起こしている俺の脳裏に先ほどの聖の言葉が蘇る。
「……ラッキースケベフラグ」
サァッと血の気が引き、体が冷えて行くのがわかる。俺は助けを乞う様に勢いよく聖が浮かんでいた方を見上げれば、いない。あいつ、逃げやがった。裏切り者めっ!
「きっ……」
バチバチっとシルマの体から白い電撃が走る。
えっ、杖なしでも魔法使えるのか
待て待て!ヤバい!この場所で電撃系の魔法はヤバい!
「ま、待て!シルマ。話を、俺の話を聞けっ!いや、聞いて下さいっ」
「きゃああああああああああああああっ」
シルマの絹を裂く様な叫びと共に大浴場に雷と目が眩むほど閃光が走り、俺は半ば意識が真っ白になり、遠のいて行くのを感じた。
あー。俺の人生終わったわー。
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聖「wwwwwww。じっ、次回予告っ」
クロケル「人が死にかけてんのに笑ってんじゃねぇぞ、コルァ」
聖「だっ、だって、こんなに漫画見たいな展開で死にかけるなんて大草原不可避でしょ、ぷくくくっ」
クロケル「笑いすぎだっつーの!!」
聖「くくっ、お約束のラッキーズケベで絶体絶命のクロケル。レベル500のシルマの攻撃を受けた彼の運命や如何に。次回『レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第7話 温泉宿はトラブルだらけ 』皆、異性の入浴を覗いちゃダメだよ」
クロケル「覗いてねぇよっ!てかトラブル続くのかよぉぉぉぉっ」