第68話 響け歌声、クロケルのリベンジ!
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
この小説には架空のアニメや漫画を表記することがあるのですが、それを考えるのも苦労しますね。なんでこんなセンスが問われる作品を書いているんでしょうか。
磨かれろ!私のセンス。ダサいのはダメだ、ダサいのはダメだ(震)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
俺は頭を抱えた。そうだ、そうだよ。最大にして最難関の試練が俺には残っているのだ。何度も言うがペセルさんに会いに来たのは戦力補充と強化のお願いをしに来たと言う理由も含まれている。
力は貸してくれると言ったが、“ペセルさんとペセルさんのファンの心に響く歌を歌う”と言う条件の元、何とか腹をくくってそれに挑んだものの第一回審査で見事不合格になった。
そもそも心に響く歌ってなんだよ。それともキャラソンを歌ったのがだめだったのか?
心に響くならバラード系か?だが、正直バラードは個人的に好みではないのであまり聞かないし、知らないし歌えないしの三拍子である。
「あの、やっぱり俺、心に響く歌なんて歌えない様な気がします。何度もリベンジさせてくれるのは有難いと思いますが、世の中には向き不向きがあると思います……」
「ええっ!?なんでそう思うの?」
自信がなくしょぼくれる俺にペセルさんが信じられないと言いたげに目を丸くして見つめて来る。何をそんなに驚くことがあるのか……。割と普通のことしか言っていない気がするが。
「ペセルさんはこの国が好きで、この国に暮らすヒトたちの心の支えになりたいって本気で思っているから、ヒトの心を打てるんだと思います。でも俺は、歌に思い入れはないし、この国を救いたいと思う気持ちはペセルさんに負けています」
「だから、心に響く歌は歌えないって言いたいの?」
ペセルさんが悲しそうな顔をして首を傾げた。今にも泣きそうな表情をされて俺は心がズキリと痛むのを感じ、自然と口から「うぐぅ」と声を漏らしてしまった。
『諦めるにしても、もう少し努力してから考えなよ。まだ不合格判定って言ってもまだ1回だけだし、せっかく何度でもリベンジOK貰ってるんだから。諦めない心は大事だよ』
色々な心情で心がグラグラと揺れる俺に向かって聖が諭す様に言う。諦めたらそこで試合終了ってか。確かにあれは良い言葉だよ、素晴らしい。あの言葉で元気を貰えたヒトも前向きになれたヒトもいるだろう。それはいい、その気持ちはわかる。
でもな、前向きな言葉は時として逃げ道を塞ぐことにもなるんだぞ。俺の気持ちもちょっとは考えて発言しろ!
「……わかった。さっきペセルさん(本体)の力を見させてもらって思ったが、ミニセルさん(ペセルさんの一部)が今後の強力な戦力になることは明白だ。訳の分からない連中から世界を救う目的のため、もう少し頑張るよ」
非常に不本意だが、大きな目的の為には多少の苦労と犠牲は必要だ。その苦労を強いられるのは俺だし、犠牲も俺なのはいただけないが。
渋々だが首を縦に振り、歌の試練を続行することを決意した俺を見て、ペセルさんは嬉しそうに頷いた。
「うんうん。それが良いよ!せっかく来てもらったんだもん。ペセルちゃんもクロりんたちの力になりたいもん。頑張って欲しい」
うわ、善意100パーセントの笑顔だ。眩しい……じゃなくてっ!危ない危ない。ちょっと癒されたわ。アイドルスマイル怖い、一瞬負の心が吹き飛んだぞ。
「頑張りますよ。頑張りますが……ペセルさんもおっしゃっていた様に今の俺では誰かの心を打つ歌なんて歌えないと思うんです。最初と全然心持ちも変わってないし。こう、歌と向き合うきっかけの様なものが欲しいです」
歌を誰かの心に響かるなんてふわっとしたことに対してノーヒントでトライするのは少し辛い。そう思ったのでペセルさんに助力を求めた。
「きっかけかぁ。歌の捉え方も価値も想いもヒトによって違うと思うんだよねぇ。具体的にこうです。とは伝えづらいなぁ……大事なのは気持ちとしか言えないかも」
ペセルさんは眉間に皺を寄せて困惑の表情を浮かべている。何となく勘付いてはいたけど、まさかの精神論……。
「うう、早速お先真っ暗だよ」
がっくりと項垂れる俺にペセルさんが苦笑いを浮かべて言う。
「そんなに落ち込まないで。あ、そうだ。最初にクロりんが歌った歌、あの曲には何か思い入れとかないの?」
「思い入れ?」
突然の質問に脱力しながら首を傾げる俺にペセルさんはうんうんと首を縦に振り、キラッキラの笑顔で続けた。
「だって、クロりんが知っている曲の中から選ばれたんだから、理由はあるはずだよね。まさか。曲を1つしか知らない、なんてことないよねぇ?」
なんで、と言われても……深い意味などない。思い入れと言われると、自分の推しアニメで推しキャラのキャラソンだと言うことが当てはまるのか?
選んだ理由はカラオケでよく歌っていたし、リズムとノリで歌唱の拙さを誤魔化せるのではないかと言う、我ながら浅ましい理由だし。
「あの歌を選んだのは単純に好きでよく聞いていたから、ですかね……」
歌っているキャラが推しであると言うこと以外、強い思い入れがない俺は気まずい気分になり、歯切れ悪く返した。
「へえ、好きな曲なんだね!確かに歌いなれていたし、曲は受けが良かったもん。チョイスは間違ってないと思うよ」
「は、はあ……そうですか」
これは褒められたのか?話を全く理解できていない俺の肩をポンポンと叩き、ペセルさんは言った。
「うん、そうだよ。あとはクロりんがその歌が大好きって気持ちを聞いているヒトに伝えられる様にすればいいんだよ」
「歌が好き……」
俺の場合歌が好きと言うよりもキャラが好きって言う思いの方が強いんだがどうすればいいのか。いや、歌も好きだけどね!?俺にとってはでもキャラありきのキャラソンなんだよ。
アイドル系の作品なら曲を好きになって曲を購入することもあるけどなあ……。キャラソンの場合、曲が先行することはあんまりないからなぁ。
『そう言えばアイドル系の作品以外でキャラソン文化って減ったよね』
「ああ、確かにそうだな。昔はそのキャラは歌わんだろ。みたいなキャラも曲出してたし、キャラソンライブとかも結構開催されてたよな。一定の時期からあんまり出なくなった気がする」
心に響く歌とは何ぞやと頭を抱えている俺の隣で聖が唐突にそんなことを言ったので同じことを思っていた俺は素直に返す。
『だよね、歌と無縁の作品でキャラの歌が聞けるのは今だと円盤の特典ぐらいかもしれないね』
「それを言うならCDドラマもそうだろ。昔はCDドラマが原作の作品もあったけど……」
と、そこまで言いかけて俺はハッとした。その場の視線が俺と聖に集まっている。しまった、不意に話しかけられたせいで普通の声量でオタク会話をしてしまった。
色々ヤバいと思った俺の体が頭から指の先まで冷えて行く。思考も体も完全に固まっている俺にシルマがおずおずと聞く。
「あの……お2人もなんのお話をしているのでしょうか」
「ヒトの言葉、文化?やっぱり難しいな……ボクにはクロケルの言っていること、全然わかんない」
シュバルツもがっくりと肩を落としているが、いや……うん。戸惑うのも分かるし、言っていることが分からないって言うのは多分正常だぞ。今の会話は例え俺と同じ世界の人間でもわからないヒトの方が多いと思うし。
「い、いや、さっきの会話はその……」
何と説明すればいいかわからず、全く取り繕えずにしどろもどろになっている俺をペセルさんが不思議そうな表情で数秒じっと見つめて、そして何か思い当たったのか閃いた表情に変わる。声には出していないが「ああ!」と口が動いていた。
そしてオロオロとする俺と、不思議そうな表情のまま俺の返事を待つシルマの間に満面の笑みで会話に割っ入って来て言った
「そんなことより、今日は色々あって疲れたでしょ。とりあえずここで休んで行って。サーバーも回復したし、この部屋も拡張できると思うよ。もちろん、タダでいいから!」
そう言って俺に向かって短くウィンクをした。そこで鈍い俺は気がつく。諸々の事情をシャルム国たちから聞いているペセルさんは当然、俺のレベルが低いことも魂は異世界の住人と言うことも周知しているのだ。
うっかり異世界でのオタク会話をしてそれを指摘されてプチパニックな俺を助けてくれたのか。カチカチに固まっていた心が軽くなり、ジーンとしてきた。
「はい、ありがとうございます」
それは色々な意味が込められた感謝の言葉だった。勢いよく頭を下げる俺を見てその全ての意味を受け取ってくれたペセルさんは笑顔のまま言った。
「いいよぉ~気にしないで。今準備ずるから」
ちょっと待ってね!と言うとペセルさんは何もないところに手を翳した。すると空中にバーチャル画面が出現する。複雑な文字列が並び、何が書かれているか俺にはさっぱりだったが、ペセルさんは迷いなく画面を操作し、そして笑顔で言った。
「よし、問題はないみたいだね。じゃあ、みんなのお部屋用意するね!1人1部屋でいいかな」
ペセルさんの気遣い溢れる質問に誰も異論を唱えることはなかった。異論とまでは行かないが、聖はからかうような口ぶりで言った。
『あ!僕はクロケルと相部屋ね。僕にベッドは必要ないからいいでしょ』
しかし、それを聞いたシュバルツがおずおずとして小さく手を上げた。
「アキラがいいなら、ボクもクロケルと一緒がいい……」
うむ、怖がりと言うか人見知り?は大分マシになったと思ったが、知らない国の知らない部屋で1人で過ごすのはまだ怖いか俺は別に構わないが、聖と2人で色々と相談したいと思う自分もいるわけで……まあ、いいか。と諦めてシュバルツとの相部屋を申し出ようとした時、シェロンさんがスッと手を上げた。
「1人が怖いなら我と同じ部屋はどうじゃ」
「えっ」
驚いてシェロンさんの方を見れば今度はシェロンさんから短いウィンクが飛んでくる。ああ、そうか。このヒト(竜)もヒトの心が読めるんだった。だから配慮してくれたんだな。何で俺の出会うヒトはこんなに気遣いの塊みたいなヒトが多いのか。本当にもう、感謝しかない。
だが、シュバルツはやっぱり俺と一緒が良いのか、不満そうに俺をチラチラと見て来る。うっ、そんな飼い主から離される子犬みたいな目で見ないで欲しい。罪悪感が半端ない。
「これ、あまりクロケルを困らせるのもではないぞ。それに、よく考えて見よ。お前がクロケルと離れても平気だと言うところを見せれば、その成長を喜んでもらえるのではないか」
シェロンさんの言葉にシュバルツの肩がピクリと反応する。
「クロケルが、喜ぶ?」
「そうじゃ。我が子の成長は親にとって喜ばしいものじゃぞ」
俺は親じゃないですし、ジュバルツも息子ではないですけどね。とツッコミを入れているとシュバルツが泣きそうな顔で俺の服の裾を引っ張り、確かめる様に言った。
「クロケルは、ボクがクロケルなしでお泊りできたら、嬉しい?」
「う、嬉しいと言うか、安心かな。これから何があるかわからないし、俺から離れてもシュバルツが不安にならないなら、今後も色んなことをお前に任せられるだろ」
これは本心である。またいつ敵に分断されるかわからないし、もしシュバルツが独りぼっちになる状況になって、俺がいないことで不安が増し、パニックになってしまったらそれこそ危険だ。自立すると言う意味でも俺と離れる練習をしてゆくのも悪くはないのかもしれない。
「クロケルがそう言うなら、ボク頑張るよ」
「ああ、今度どこかの宿に泊まるときは一緒の部屋にしような」
不安そうな顔のまま頑張ると宣言したシュバルツが健気すぎて思わず頭を撫でて約束する。その言葉を聞いたシュバルツは表情を明るくさせて元気に頷いた。
「うん。約束だよ」
「ああ」
約束を交わす俺たちを見てシェロンさんが微笑ましく、そしてどこか満足そうに首を縦に振って深く頷いていた。
「うんうん、美しき親子愛よのぅ。これで決まりじゃな。聞こえたか、ペセル。部屋割はそのように頼むぞ」
「はいは~い。お任せあれ★ちょいちょいっと。はい!ご希望通りの部屋を準備したよ」
「いや、だから、俺たちは親子じゃないですって……え、もう!?」
俺が驚きの声を上げると同時に先ほどまでなかった場所に数枚のドアが出現した。突然出現したドアを凝視している俺たちにペセルさんにこにことして説明をする。
「この扉の先に空間をいじって作った皆の部屋があるから、好きに使ってね。テレビとか、ベットとか、あとお手洗いにお風呂……必要最低限のものは用意しておいたけど、足りないものがあったら部屋に置いてある端末から取り寄せることができるからね。食べ物も取り寄せ可だよ」
「え、めっちゃ便利なんですけど」
ハイテクノロジーを目の前に思わず俺から声が漏れる。誰に言ったわけでもない、呟きに近い独り言だったのが、ペセルさんにはしっかり届いた様で、満面の笑みでブイサインを返された。
「ふふ!これが電子の国の力なの。最新AIのテクノロジー、最高でしょ」
そんなこんなで、俺たちはそれぞれの部屋で過ごすことになった。扉を開いたそこには必要最低限のものが揃った白と黒が調和するシンプルな部屋だった。
俺はレギュラーサイズベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見上げた。頭を過るのはどうすればヒトの心に響く歌が歌えるのか、と言うこと。
「心に響く歌なんてプロでも難しいと思わねぇか」
『そうだね。ペセルも言ってたけど、歌の良し悪しは聞き手の価値観に寄るし、捉え方や受け取り方にも差があると思うし、後は誰が歌っているかにもよりそうだね。知名度があるほど評価は上乗せされそう』
「だろ。しかも歌うのはアマチュアでもないド素人だぜ。誰が聞きたいんだよそんな奴の歌」
ゴロゴロとベッドで半ば自暴自棄になっている俺に聖は困った様な口調で一応、アドバイスをくれた。
『うーん、僕も歌はカラオケレベルだから、偉そうなことは言えないけど……。考え方を変えるのはどうかな』
「考え方ぁ!?」
意外な言葉にベッドから勢いよく起き上がって声を荒げてしまったが、聖は更に続けた。
『うん。誰かの心を振るわせよう、響かせようじゃなくて、感動を共感して欲しいって言う心持で歌えばいいんじゃないかな』
「ほう、その心は?」
聖の言葉は俺に取ってとても興味深く、俺は前の前のめりで聞くと聖は簡潔にわかりやすい言葉で返した。
『つまり、萌え語りだよ。君が選んだ歌は君の推しの歌で、お気に入りなんでしょ。だから推しの良さよ伝われーって思いながら歌えば熱意は伝わるんじゃないかと』
「なるほど、確かにそれなら響くかどうかは置いておいて熱意は込められそうだな」
全く知らない人間に推しを布教すると言う気まずさと恥ずかしさはあるが、何となく歌うよりかは良さそうな気がしないでもない。
数分間、唸って葛藤して考えと気持ちを整理しまとめた後、俺は聖に申し出た。
「聖、頼みがある」
『うん?何々?手伝える範囲なら何でもするよ』
「今すぐ“ネクロマンサーの怠惰な日常”を全話見せろ」
翌朝、俺は薄くではあるが目にうっすらクマを作った状態でグリーンバックの空間に立っていた。少しフラフラするがシルマに回復魔法をかけてもらったのである程度は頭も回るし、体も動かせる……多分。
もちろん、俺から離れたカメラからは映らない位置には仲間たちが並び二度目の俺のライブを見守っている。
「何か掴めた気がする!ってクロりんが言ったからまた配信ライブをセッティングさせてもらったけど……ホントに大丈夫?」
ペセルさんが心配そうに俺を覗き込んで来るが俺はハッキリと答えた。
「はい、心配しないで下さい。ちょっと寝不足なだけですから」
昨夜、聖に頼んで俺が歌うキャラソンのアニメ“ネクロマンサーの怠惰な日常”を徹夜で見た。最5期まである作品を全てだ。
好きだった作品と改めて向き合うことで再熱して作品やキャラへの熱量や愛着が深まるのではないかと思ったからだ。
俺の推しはネクロマンサーである主人公の相棒弟子の男の子で、年齢は15歳。やる気はないダウナー系の主人公とは対照的に明るくて前向きな少年だ。ただ、昔の記憶が全くないと言うきな臭い設定だ。
子犬の様に主人公を慕い、時にはだらしない主人公を叱りつつもお互いに支え合いながら共に時過ごすのだが、俺の推しは実は主人公が初めて召喚に成功した死霊でそれを知った時、あれだけ仲が良かった主人公との間に亀裂が入る事態に。
敵対してしまう時期もあったが、物語は切なくも優しい大団円を迎えるのだ。リアルタイムで見た時も毎回ハラハラしたり、最終回ではハンドタオルをびじゃびしゃにするぐらい号泣したが、改めて見てもダメだった。部屋にハンドタオル10枚ぐらい取り寄せたわ。
でも俺の思惑は成功だ。今、俺の心はとても熱く満たされている。この感動を誰かに伝えたい。いや、あのアニメの良さを知って欲しい、布教したい!
「大丈夫です。早く歌わせて下さい。この興奮が冷めやらぬ内に」
「う、うん。クロりんがそう言うなら、いいけど……。何か様子が変わったね」
オタクモードな俺を目の当たりにし、ペセルさんはアイドルスマイルを忘れて戸惑いを露わにしていた。自分でもちょっと気持ち悪いかなと思うけど、いいんだよ。オタクって自分の気持ち悪さに誇りを持ってるフシあるし。
「流石に目の下のクマは加工させてもらうよ。不特定多数のヒトが見るんだから、印象良く健康的にね!そこは最低限のエチケットだよ」
「はい、ありがとうございます」
「うん、じゃあ始めよう」
ペセルさんが片手を上げると地面で停止していたミニロボカメラ宙に舞い上がり移動を始める。グリーンバックが昨日と同じ大きなホールステージへと姿を変える。
やはりスポットライトを当てられることにはなれなうが、でも昨日と違って尻込みと言うより、緊張をしているだけだそれも嫌悪からの緊張ではなく、少しだけ楽しさが混じったものだ。
「みなさん、やっふぅ~!2日連続緊急生放送!ペセルちゃんチャンネル!今日もお友達のクロりんが歌ってくれるんだよ。みんな、今回も感想よろしくね!度を越した荒しコメはダメだよ!」
ペセルさんがカメラに向かって笑顔で挨拶をする。そして俺の方を見て、小さく頷いた。よし、合図だ、頑張るぞ。
「それじゃあ、歌ってもらいましょう!クロりん、お願いね」
全てのスポットライトが俺を照らす。俺に当たる。一瞬心臓が跳ね上がったが、何とか気持ちを落ち着かせた。
流れる曲は同じキャラのものだが、昨日とは違うもの。昨日歌ったのは第1弾のキャラソンだ。話も序盤で明るく希望にあふれた、子犬系の推しにぴったりなノリノリの元気ソング。
しかし、今日歌うのはアニメ後期に発売された推しのキャラソン第2弾である。1弾とは異なり、己の出生の秘密を知り、ショックを受け、悩み苦しんでいる心情が見事に表現された超絶切ないバラード系の曲なのだ。
俺の推しが何を思い、悩み、物語の中で生きているのかを知って欲しい。そう思いながら俺は懸命に歌った。歌詞が彼の葛藤の通りなので共感・想像しながら歌うのは容易なことだった。
視界の端に俺を撮ろうと飛び回る数台のミニロボが見えて、ノリノリで歌う自分に対して恥ずかしさがこみ上げて来たがなんとかその気持ちを押さえ、歌い続けた。
時間は4分ほど。俺は推しの布教ソングを何とか歌い上げた。曲が終わると俺の周りにいたロボカメラはスーッとペセルさんの方へと向かった。
「最高のナンバーでした!クロりん、2度目の歌唱、ありがとう!そしてお疲れ様。ライブはこれで終わりだよ。感想待ってまーす!ではでは、またね~」
ペセルさんがアイドルスマイルでカメラに向かって手を振り、ミニロボカメラが停止して、グリーンバックの部屋がペセルさんの自室に戻る。
「はあ……終わった」
どっと疲れが出た俺はその場に座り込んで大きく息を吐いた。
な、なんとか歌いきった……。なんだろう、最初に歌った時よりも達成感があると言うか、心がすっきりしている。
ふぅ、吐息を吐く俺の横でパチパチと手を叩く音がする。音のする方へ視線を向けてみればシルマとシュバルツが瞳を輝かせて拍手をしていた。あれ、なんだろう。デジャヴを感じる。
「すごいです!感動しました。昨日クロケル様が歌われた曲も素敵でしたが、先ほどの歌はメロディも歌詞も切なくてもっと魅力を感じました」
「うん、すごくいい歌。でも、ちょっと悲しいね……」
「歌詞の中で物語が完成されているのが素晴らしいな。私も昨日の歌よりこちらの方が好みだな」
シルマ、シュバルツ、シュティレからそれぞれ称賛の言葉を貰い、俺は恥ずかしくて、むず痒くてたまらなかった。ダメだ、すっごい照れる。
「だが、歌唱力はやっぱり普通だな」
「ああ、多少は良くなっている気がしなくもないが、普通だ」
ミハイルとアンフィニから辛辣な評価をされた気がするが、何も言うまい。普通なのは十分にわかっている。下手と言われないだけマシと思おう。うん、前向きに、前向きに……。
「我は良いと思うぞ。昨日と異なり胸が締め付けられるほど切ない曲じゃったのう。まるで本を朗読されている様な気分で感動したぞ」
『うんうん。徹夜した甲斐があったねぇ。君の執念が伝わったよ。僕、もう1回このアニメ見たくなっちゃった。原作って電子版あったよね?』
おおお?これはまさか、高評価じゃないか。俺の心に期待が広がる。地べたに座りっぱなしの俺と目線を合わせる様に座り込んだペセルさんが笑顔で言った。
「うん、すごくよかったよ。一夜で習得できたとは思えないほどの表現力。クロりんのこの歌に対する思いが伝わって来るとっても良い歌唱だった」
「え、じゃあ……」
期待が大きく膨らみ、胸を高鳴らせる俺にペセルさんは両手で大きな丸を作って笑顔全開で言った。
「うん、ペセルちゃんの心にビリビリ来たよ!もちろん合格!ミニぺセちゃんはクロりんたちのモノですっ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聖「次回予告!クロケル、リベンジ大成功!!まさかオタク力で乗り切るとは思わなかった。ゴリ押しってできるんだね!そんなわけで、ミニペセを手に入れることができたけど、まだ問題はあるみたいだね」
クロケル「やりきった、せっかくやりきったのに、また問題とな」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第69話『ミニペセルの初期設定は前途多難!?』精密機械ってある程度の知識がないとセッティングに戸惑うよね」
クロケル「わかるわー。説明書見ても“????”な時あるよな。って初期設定!?」
聖「僕も機械は詳しくないから頑張ってね」
クロケル「お前、自分はタブレットの体しておいてそれはないだろう」