第67話 電脳アイドルの正体
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
また長くなってしまいました……。一応、戦闘シーンには力を入れておりますので楽しんで頂けると幸いです。
次回こそ!良い感じの長さで書けたらいいなと思います。思うんです!
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「すまない。ここは騎士として、1対1の勝負がしたい」
ペセルさんの歌で強化され、戦闘態勢を取っていた俺たちにシュティレが落ち着いた声で提案した。
「え、でも相手は全員でかかって来ても良いって言ってたぞ。相手は敵だし、遠慮をする必要はないんじゃないのか」
自分は強いからと余裕綽々で薄ら笑っていた。相手の戦闘の力は未知数だし、様子を見ると言う意味でも、人数で相手を圧倒するのも1つ戦法だと思う。
1対複数は卑怯なことではない。戦隊もののヒーローも、ヒロインが変身して戦う作品も大体は敵1に対して数で圧倒してボコしているし、問題はない。
ヒーローやヒロインが古来より使っている戦法なのだから卑怯な戦法なわけがない。本気でそう思ったのでシュティレに意見をしたものの、彼女はしっかりと首を左右に振り言った。
「例え相手が極悪人であっても、騎士としてまずはサシの勝負がしたいのだ。これは私の心情で誇りだ」
そんなに真剣に言われてしまうと、蔑ろにできなくなってしまう。シュティレは強いし、今はペセルさんの歌でバフもかかっているから問題はないと信じたいが、やはり危険は伴うので、素直に送り出すことはできない。
「いいではないか。シュティレがそう望んでいるのだ。ここは一旦、任せてやってくれ」
迷う俺にシェロンさんがさらっと意見する。まだ少し、心配はしているがシュティレのことは信じたい。
「わかった。その代わり、どうしようもない危険が伴う様であれば直ぐに助けに入るぞ。それでもいいなら、行って来い」
「ああ、もしもの時は頼むぞ」
緊張と心配が混じって少し震える俺の言葉にシュティレは固く頷いて、鎧を鳴らして身を翻し、ヴァイラスの前に立った。
「なんだ、1人で戦うのか。全員でかかって来いと言ってやったのに。よほど死にたいらしいな」
「悪いが、ここで死んでやるつもりない」
鼻で笑うヴァイラスをシュティレは冷静な視線で見つめ、冷たく返答した。
「ペセル殿の応援の応援に応える!竜騎士シュティレ、参る!!」
槍を構えシュティレが地面を蹴り、勇ましい名乗りと共に目にも止まらぬスピードでヴァイラスとの距離を詰める。
「しねぇぇぇぇぇっ」
怒りからなのか、シュティレが迫る恐怖からなのか、ヴァイラスは顔を歪ませヒステリックに叫んだ。
同時に地面から生えるコードが電気を放ちながら走って迫るシュティレを襲うが、彼女はそれらを槍で切り落とす。
「おい、アレ切って大丈夫なのか?この国の電気系統なんだろ」
シュティレの戦いを見つめながらミハイルが言うと、歌唱中で答えられないペセルさんの代りに聖が苦笑いで答えた。
『本当はよくないけど……この場合は仕方がないよ。あいつがコードをハッキングしている限り、コードを無傷で残すなんて無理だし、多少の損害はペセルも予想してると思う』
「まあ、あやつなら電気系統の復旧など朝飯前じゃろう。我らが心配ずる必要はない」
シュティレとヴァイラスが激突する中、そんな会話が繰り広げられる。なんでお前らそんなに落ち着いてるんだ。と言うかツッコむところはそこなのか!?
「きぃぃっ!!これならどうだっ」
コードを全て切り刻まれたことに焦ったヴァイラスが、髪の毛を振り乱しながらタブレットを乱暴に連打する。
「どわっ」
同時に地面が大きく揺れ、戦うシュティレを見守ることに集中していた俺たちは、突然の大きな横揺れにバランスを崩してよろける。シュティレも一瞬だけ体制を崩したが、槍地面に立てて体制を持ち直す。
ペセルさんは体制1つ崩すことなく、歌唱を続けている。聖曰く、歌唱をやめると強化も無効になるためらしいが、突然の揺れにも一切臆することなくマイクを握れる根性は凄いと思った。
そしてこの揺れは何事かと前を見れば、長さ数千メートルはありそうな鉄製の極太のロボットアームが地面を割って現れた。
それは先ほど地面から現れたコード同様、意志を持っているかの様にグネグネと動き、シュティレと俺たちを威圧する。
その姿はまるで鉄製の大蛇にも見え、俺は恐怖と動揺と、とにかく色んな気持ちで混乱して、それが声になって現れた。
「な、なんじゃありゃあああああああっ!!」
『うわお。あれはこの国の防衛システムの一部だね。あんなのが地下にあったのか』
「てめぇ落ち着いてんなよ!と言うか防衛システムをハッキングされたら俺たちが危ないんじゃないのか!?」
この国のセキュリティは優秀だと聞くその防衛システムがハッキングされているなんて末恐ろしいわ。“うわお”で済まされるレベルじゃないぞ。なにちょっとワクワクしてるんだよ!
ロボか、目の前のロボ的な対象を目の前にして少年の心が刺激されたのか!?俺もロボ系には憧れはあるが、状況的に全然心が躍らんわ!!非常事態でも踊ってしまう少年の心と好奇心など捨ててしまえ、命を守るために。
「どんな攻撃を繰り出されようと同じ事、全て薙ぎ払う!」
俺が心の中でマシンガンツッコミを入れているとシュティレが槍を構え直し、再び地面を蹴ってヴァイラスに迫った。
それを防ぐ様に極太のロボットアームがブォンと風を切ってヴァイラスと距離を詰めつつあるシュティレに勢いよく、容赦なく襲いかかる。
「負けないで!その勢いのままぶっちぎれーーーーっっ!!」
響き渡る曲が間奏に入り、ペセルさんがアニメ声を限界までシャウトさせて叫ぶ。マイクを通してビリビリと迫力が伝わって来て、間近で感じるアイドル根性に圧倒される。
ふとシュティレの姿を見れば一瞬だけ赤いオーラを身に纏っていた。それがふっと消えたと思うとシュティレは何かを感じたのか不敵に笑った。
「ぬるいっ!!」
シュティレは愛槍をまるでバトンでも扱うかの様に大きく振り回し、迫り来るロボットアームを全て切り刻んだ。
ただの鉄屑となったロボットアームがガラガラと金属音を立ててその場に雪崩の様に崩れ落ちる。
「す、すげぇ……」
『歌唱中からの声援か……ペセルの上位スキルである瞬間強化だね』
動きのキレが増したシュティレを見て感嘆の声を漏らす俺に聖がさらりと解析をした。瞬間強化か……歌唱を受けただけでもバフがかかるのに更にその上を行く強化が可能だなんて有能サポーターだな。
「ぐぎぃぃぃ!!生意気なぁぁぁぁぁぁっ」
繰り出す攻撃を全て無効化され、ヴァイラスのヒステリックさに拍車がかかる。まだだと言わんばかりに手早くタブレットを操作すると、また地面を割って複数のロボットアームが出現する。
この国の防衛システムどうなってんだよ。地面の下にどんだけのコードとロボットアームが張り巡らされているんだ。あっ、想像したら寒気がっ。
余計な想像をして身を震わせる俺の前で先ほどより数を増やしたアームが不規則な動きで、しかしながらもの凄い速さでシュティレを潰そうと襲いかかる。
「シュティレ!!」
危ない!そう思って思わず叫んでしまったが、俺の心配は秒速で杞憂に終わる。シュティレは表情1つ変えること無く不規則にうねるコードを足場にし、跳躍しながらついにヴァイラスの眼前へと辿り着いた。
「取った!!」
シュティレの槍がヴァイラスの首元を捉えた、その場の誰もがそう思ったが寸前のところで2人の間にロボットアームは出現し、盾の代りとなってシュティレの攻撃を弾く。
「くっ、小癪な」
悔しそうに舌打ちをした後、シュティレはバックステップでヴァイラスと距離を取り、槍を構え直した。
「ふ、ふん!俺のハッキングは最強なんだ。今の俺はこの国の防衛システムの全てを味方につけてるんだぞ」
ヴァイラスは笑顔を作ってそう言ったが、表情は引きつっていたし、冷や汗をかいているのも容易に確認できた。どいうやら相手にとって相当危ない状況だったみたいだ。
その証拠にシュティレの強化済みの痛烈な一撃を食らったロボットアームは歪に曲がり、抉れたか箇所からはコードがはみ出て漏電をしていた。ギリギリ攻撃に耐えたと言うことは明白だった。
「この防衛システムをハッキングしている限り、俺は無敵なのだが……先ほどから耳障りこの上ないこの歌は止める必要があるなっ」
ヴァイラスが眼前のシュティレの存在を無視し、突然歌唱中のペセルさんに向かってロボットアームを伸ばした。
味方にバフをかけることができるペセルさんを邪魔に思ったのだろう。それにネトワイエ教団の目的には神子とその仲間の殲滅である。よく考えなくてもペセルさんを狙うのは当たり前の行動だ。
歌唱中で無防備なペセルさんにロボットアームが迫る。それを目視したペセルさんだったが、躱す気配がない。歌唱中は動けないのか?やばい、助けないと!!
「ペセルさん!!」
危ない、そう思うと同時に俺は何も考えずに駆け出していた。剣を構え、ペセルさんの前に立ちはだかり、ロボットアームを受け止める。
瞬間、ペセルさんの目が見開かれる。信じられない、そう言った視線を感じた。それはそうだ。ペセルさんは俺がレベル1だと知らされているのだから。強化されているとは言え、最弱な奴が無防備に飛び出して来たら誰だってそう思うよな。
でも仕方がないだろ!体が勝手に動いたんだよ!俺は心の中で泣きそうになりながらそう叫んだ。
ゴキンッと剣とロボットアームがぶつかり合う音がする。振り下ろされたロボットアームは腕がもげそうなぐらい重かった。ケイオスさんのところでは大岩を背負わされたが、乱暴に振りかざされた鉄の塊の威力はその数百倍はある様に思えた。
「いっ」
腕と手首の神経がビキビキと音を立て、肩の関節と腕の関節が今にも外れそうな衝撃に襲われ、痛みに耐えられず、思わず声が漏れた。
「クロケル様っ」
シルマの焦った叫びか聞こえる。真っ青な顔で杖を振るった姿が見え、同時にあれだけ痛かった骨や神経がふっと軽くなった。
回復魔法をシルマが施してくれたのか。よかった、助かった。と胸を撫で下ろしたのも束の間、また腕にぎしりと重みを感じた。
うう、そうだった。受け止めているロボットアームを何とかしない限り俺の体への負担は永続するんだ。でも、ステータスがゴミな俺では受け止めるのがやっとなのだ。強化されているはずなのにマジで受け止めるのが限界なのである。
「クロケル殿!!」
いつの間にか俺たちの近くまで走って来ていたシュティレが槍を振るい、俺が必死で受け止めているロボットアームをいとも簡単に切り刻む。
「うわっ」
体にかかっていた圧が急になくなり体が軽くなったため、俺はその場に尻もちをつく。はあ、ヤバかった。人生が終わったかと思った。ああ、なんかクラクラする。
「クロケル様、ご無事ですか。もう一度回復魔法をかけますね」
血相を書いて駆け寄って来たシルマが俺に改めて回復魔法を施す。体が内側から暖かくなるのを感じ、眠さを覚えるほどに重たかった体が軽くなり、意識も鮮明になって来た。
「ありがとう、シルマ、それにシュティレ。本当に助かったよ」
「いいえ、クロケル様がご無事でよかったです」
「礼はいらない。そんなことよりあまり無茶をするなよ」
守ってくれたそれぞれに感謝の気持ちを伝えると2人ともホッとした表情を浮かべながら俺を気遣ってくれた。
優しさが身に染みるなぁ。呑気にそんなことを思っていた時、座り込む俺を開放するため両膝を地面につけてしゃがんでいたシルマがゆらりと立ち上がった。
あれ、なんだ。なんか、雰囲気が怖い……?もしかして怒ってるのか。ぞわっと背筋に寒気が走った瞬間、ペセルさんの歌がサビに向けて最高潮の盛り上がりを見せた。
ギター、ベーズ、ドラム、全ての楽器が合わさりそのシャウトが衝撃波となってその場をビリビリと震わせる。ライブならば「イエーイ!!」とノリノリになっているところだが、それどころではないし心どころか全身がシビれまくりである。
迫力と盛り上がりを見せるペセルさんの曲とシンクロするかの様にシルマが杖をしっかりと握りしめ、目と眉をキッと吊り上げて珍しく声を荒げて言った。
「せっかくシュティレ様が1対1の勝負と言って下さったのに、それを放棄してペセルさんを狙うなんて、卑怯過ぎます!それにクロケル様にまで怪我をさせるなんて、許せません」
「はん!お前、見たところ低レアの女魔術師だろ。強化されているから強気になっているんだろうが、雑魚はどんなに強化されようと雑魚だ。粋がんなよ」
シルマを見た目で判断したヴァイラスが蔑むような視線をシルマに送り、見るからに不遜な態度で極めつけには鼻で笑って彼女をバカにする発言をした。
ヴァイラス、その態度と言動は盛大な負けフラグだぞ。心の中でそう憐れんだ瞬間、シルマが眉間の皺を更に深くさせてすぅと息を吸って詠唱した。
「雷の精霊よ、汝の力を我が杖に。かの者に天罰を!走れ、雷!雷の制裁」
同時に屋根で覆われているはずのこの国の上空に何故か真っ黒な雲が出現し、一瞬でヴァイラスの頭上を覆った。突然のことにヴァイラスも動けないのか、呆然としてそれを見上げていた次の瞬間、ピカッと白い光が辺りを照らし、その数秒後にバリバリッと大きな音が辺りに響く。
「ぎゃああああああああああああああああああ」
爆音の後に真っ白な稲光がヴァイラスを襲う。全身にまともに雷を食らったヴァイラスは苦悶の大絶叫を上げた。
地球が割れたのではないかと思うほどの爆音は、シルマさんの歌をも停止させる。あまりにも大きい音に鼓膜が破れそうな錯覚に陥り、思わず耳を塞いだ。
雷が落ちたのはたった1回、そして数秒のことだったが、その威力は凄まじいものでヴァイラスは体の所々を焦げさせ体から煙を上げ、所々から微量の電気を迸らせながら一言も声を発することなく、その場に倒れ込んだ。
「ふん!しっかり反省して下さい。さすがに命を奪うのは躊躇われましたので手は抜きましたが今度はもっとすごいの落としますよ」
地面に倒れ伏したヴァイラスに向かって頬を膨らませたシルマを見て、俺は心から思った。マジ切れシルマ怖ぇ~。不可抗力で1回雷食らったことあるけど、ぜってぇ怒らさないでおこう。
「中々の実力ですね、シルマ殿。今度手合わせをお願いできないでしょうか」
怒りの熱が冷めやらないシルマにシュティレが瞳を輝かせて詰め寄る。そこで初めて冷静な心を取り戻したシルマはハッとした後にシドロモドロになりながら取り繕った。
「あ、ああああのっ!これはシルマさんの強化があったからできたことで……普段はこんな威力ではないんですよ?」
にこやかに首を傾げているが、ちょっと無理がある様な……強化は個々の実力に上乗せされるわけだし、シルマに実力があるからこそのあの威力だとは思うが。
と言うか仲間にはお前のレベルのことを話してもいいんじゃないのかと思わなくもない。
戦いの緊張感から解放され、のんびりとそんなことを考えていると聖夜がビュンと風を切って俺の元に文字通り飛んできた。
『ちょっと!クロケル、何やってるの。危ないでしょ!!もう少し自分の実力を把握して行動しなよ』
戦いで疲労困憊の俺に聖が厳しい言葉をかけて来たので少しカチンと来てしまい、俺も乱暴に返す。
「ペセルさんが危なかったんだぞ。一番近くに居た俺が助けるべきだろう」
『何言ってんの。ペセルは電脳体なんだから物理攻撃は通らないよ』
「えっ」
意外な返答をされて俺は間抜けな声を上げてその場で固まる。すると歌唱を終えたペセルさんがちょこちょこと小走りで駆け寄って来てにっこりとして言った。
「アっくんの言う通りだよ。ペセルちゃんに物理攻撃は無効だよ。だからさっき攻撃もやり過ごそうと思ったけど、クロりんが飛び出して来たからビックリしちゃった」
「うむ。我とアキラが止める間もなく駆け出して行ったからの。さすがの我も驚いたぞ」
「クロケル!無事でよかった!」
シェロンさんが微笑みながら、シュバルツが泣きそうになりながら近づいて来る。言葉は発さないが、ミハイルとアンフィニも呆れ顔で俺を見ていた。
みんなの反応からするに俺は相当無意味かつ無謀なことをした様だ。とっさのこととは言え、ちょっと反省……。
『強化されてなかったら危なかったよ。前以てバフをかけてくれたペセルと瞬時に回復魔法を施してくれたシルマちゃんに感謝しないと」
聖が呆れながらも心配している様な口調でそう促して、既に自分のお人好しさと無謀さを反省していた俺は素直にそれに従った。
「ああ、それには本当に感謝しかない。ありがとう、それからみんな。勝手なことをして申し訳ない」
誠心誠意頭を下げるとペセルさんが眩しい笑顔と明るい声で言った。
「気にしないで。ペセルちゃん、チートだし、庇ってもらえたのは久々だったから嬉しかった。かっこよかったよ、こちらこそありがとう。クロりん」
ああ、やっぱりアイドルの笑顔って眩しいかも。俺がペセルさんの笑顔に癒されかけた時、倒れていたヴァイラスの体がピクリと動く。
「えっ」
気絶していたんじゃないのか、そう思った瞬間ヴァイラスは勢いよく体を起こし、ヒステリックに叫んだ。
「くそ、せめてペセルだけでもぉぉ!」
ヴァイラスは奇声を上げながらこちらに向かって追突して来る。手にはUSBメモリの様なものを持ち、それをペセルさんに突き立てようとしているのが分かった。
『ペセル!気をつけろ、そのUSBはウィルスが記録されている。データであるお前は少しでも触れたらヤバいぞ!』
アナライズをした聖が叫んで注意を促す。ペセルさんが構え、それを守らんとシュティレやシルマも己の武器を持つ手に力を込めたその時だった。
「往生際が悪いぞ。若造」
シェロンさんが素早くみんなより1歩前に出て、ヴァイラスの腕を掴みUSBを取り上げる。その流れる様な動きに思わず見惚れてしまった。
「知らんのか。握手会を除き、アイドル手を触れてはいかんのじゃぞ」
そう言ってシェロンさんは取り上げたUSBを躊躇なくヴァイラスの胸に突きたてる。
「あ、ぐっ」
ヴァイラスは苦しそうな声を上げ、手に持っていたタブレットを落としてその場に両膝をついた。同時に、全身ににノイズが走る姿が確認できた。
ヨダレを口から垂らしながら、ヴァイラスは恨めしそうに眼前に立つシェロンさんを睨みつけ、息も絶え絶えに言った。
「て、めぇ……覚えてろ、よっ」
その言葉を最後に、ヴァイラスのは耳をつんざく雑音を立てて掻き消えた。
『やっぱりあいつも電脳体になってこの国に来ていたんだね。自ら作ったウィルスに感染して消滅するとか哀れだな』
「あいつ、どうなったんだ」
『さあ、生身の体はあるっぽいから身体的な影響は出ないと思うよ。強制ログアウトさせられただけじゃない』
敵のことなどどうでもいいのか、聖夜は素っ気なく答えた。ともあれ、これでトラブルは解消された。やっと一息つけると思い、俺は安堵のため息をついた。
戦いを終えたペセルさんがマザーコンピュータを改めてスキャンした結果、問題なく稼働ができる様だった。それに伴い自動修復機能も働き、戦いで穴だらけになった空き地も切り刻まれたロボットアームも瞬く間に修復され、元の姿を取り戻したのだった。
そうして、俺たちはペセルさんの部屋に戻って来ていた。ゆめかわな部屋で円になって座ったのだが、皆無言だった。
と言うのも、全員がペセルさんと言う存在が気になってしょうがなかったからだ。ハッカーのウィルスの除去、スキャンするためとは言えマザーコンピュータへアクセスする権限、そして何よりサイバーダウンの影響を受けない“独立した電脳体”言う言葉が気になる。
しかし、それを聞いたもいいもかと全員が躊躇していた。元仲間である聖とシェロンさんなら知っているかもしれない。いっそ2人に聞こうか、そう思った時、ペセルさんが微笑んで言った。
「ペセルちゃんの正体、気になる?」
「えっ、いやそのっ……」
そうなのだが、気まずさから肯定できずに口ごもらせているとペセルさんはクスリと笑った。
「いいよ、話してあげる別に隠すようなことでもないし」
快く頷いた後、小さく息を吸い静かに言った。
「ペセルちゃんはね、偶然生まれたバグなの」
「バグ?」
俺の疑問の声にペセルさんはコクリと頷いた。みんなの注目を集める中、ペセルさんは淡々と己の出生の秘密を語り出す。
「ペセルちゃんはエレットローネが建国された時に生まれたの。この国を総合管理するAI……マザーコンピュータがプログラミングされた際にはじき出された余分なデータなんだ」
「そうだったんですか」
シルマが驚いた様な、気まずいような合いの手を入れる。シュバルツには難しい話だった様で首を傾けて頭上にハテナマークを浮かべていたが、彼なりに理解しようと必死で話を聞いていた。
シュティレ、アンフィニ。ミハイルのクール組は無言で、しかし興味深そうにペセルさんの話に集中し、かつての仲間で事情を知っているであろう聖とシェロンさんは黙ってペセルさんの語りを見守っていた。
「でも、その……偶然生まれたあなたがどうして電脳アイドルとしてこの国で活躍されているんですか」
この質問をすることは非常に躊躇われたが、気にかかったていたことを聞く。もしかしたら気を悪くしたかもしれないとハラハラしたが、ペセルさんが怒ることはなかった。
「マザーコンピュータがね、慈悲をくれたの。ペセルちゃんは自分の一部だから、消滅させるのは可哀そうだって。この国のために正しい働きをするなら、存在し続けることができる様にしてあげるって、そう言われた」
ペセルさんはいつのもアイドルスマイルではなく、儚げで大人っぽくはにかんだ。ペセルさんってこう言う表情もできたんだな……。
「この国のための働き、と言うのがアイドルか」
ミハイルのぶっきらぼうな質問にペセルさんは少しだけアイドルモードに戻って元気に笑った。
「うん、そうだよ。ラジオとかテレビで流れている歌を聞く機会があって、素敵だなぁって思ったんだ」
「それが歌とペセルさんの出会いなんですね」
何となく聞こえた音に心が惹かれる、と言うのは分かる気がする。ラジオや町中で知らない歌を耳して興味を持って調べた経験は俺にもある。偶然ヒトの世に誕生したペセルさんにとって歌との出会いはとても劇的なものだったのだろう。
「その時は今みたいなヒトの体じゃなくて町に設置されているロボットと同じ姿をしていたんだけど、見様見真似でその場で歌ってみたらたくさんの拍手を貰えたんだ。その時、ただのデータでしかないペセルちゃんの中に心が生まれたの」
そう言って大切そうに自分の胸に手を当てて、瞳を閉じ柔らかにはにかんだ。
「たまたま聞いた歌があなたに大きな影響を与えて、アイドルの道に進んだんですね」
俺が聞けばペセルさんは俺に視線を向けて明るく元気に断言した。
「うん!ペセルちゃんの歌でみんなの心を元気にしたいって思ったの。国民の心を潤すことが、国のためになるんじゃないかって。そう言ったらマザーコンピュータも納得してくれて、ヒトの体と力を分けてもらえたんだ」
「それが歌で強化する力なのですね」
シルマが納得してそう確認するとペセルさんはガッツポーズを作って笑った。
「その通りだよ、そのおかげで神子と一緒に世界まで救えて、本当に嬉しいよ。ペセルちゃんの歌で国どころか世界まで救えて、本当に嬉しかった。歌はペセルちゃんの誇りだよ」
明るく笑うペセルさんをその場の全員が見つめる。初対面ではハイテンションアイドルかと思っていたが、健気に語るその姿は胸を打つものがあった。
「では、強化能力に加えペセル殿がハッキング能力に長けていることもマザーコンピュータに与えられた力、と言うことになるのですか」
スッと左手を挙げ、冷静に質問を投げかけるシュティレにペセルさんはうんうんと頷いた。
「そうそう。元は同じ存在だったからね。この国のサーバーにアクセスする権利を貰ったの。この国の副管理人だと思ってもらっていいよ。そう言う面でもさっきみたいなひどいヒトたちからも守ってあげたいって思うよ」
「……お前がそうまでしてこの国を守りたいと思うのはお前がこの国を管理するマザーコンピュータの一部だからじゃないのか」
真剣に語るペセルさんにミハイルが刺々しい言葉を投げかける。何故そんなことを言うのか、そんなに敵を増やしたいのか。
「バカ!なんてこと言うんだこのっ」
「いてぇな、何すんだよッ」
自分のことを言われたわけではないが、ついカチンと来た俺は思い切りミハイルを押さえつけたが、するりと逃げられた。くそ、レベル1なせいで腕力が足りない。しかも逃げる寸前に蹴りやがった。
「うーん、どうだろうね。確かにそれは一理あるよ。それはプログラムを組まれている電脳体とかロボットの宿命かも」
あれだけトゲのある言葉をぶつけられてもなおペセルさんは怒ることなく、寧ろミハイルの言葉を受け入れる様な言葉を呟いた後に笑顔で続けた。
「でもね。この気持ちがプログラムでもいいの。ただのバクだったペセルちゃんをみんなは必要としてくれている、頑張れって応援してくれている。だから、ずっと歌い続けたいの。アイドルとして歌でみんなの心を救いたいんだ」
その表情から、言葉から自分の出生と向き合い、心から国民を想う気持ちが伝わって来る。
「俺、ペセルさんが……ペセルさんの歌が長く国民に愛される意味と、ペセルさんの歌が強化に繋がるかわかる気がします。ペセルさんが自分の歌に誇りや想いを持って歌っていつから心に響くんですね」
俺の言葉に、全員が頷いた。ミハイルは不機嫌そうに顔を逸らせたが、ここにいる全員がペセルさんの想いはプログラムではないと思っているのは確かだった。
みんなの想いを感じ取ったペセルさん花が咲いた様に笑って口を開いた。
「うん、ありがとう。だから早く心に響く歌を聞かせてミニセルちゃんを仲間にしてねっ」
「え……あっ」
御礼と共に良い雰囲気をぶち壊す様な言葉が返って来て俺は固まってしまった。俺以外の面々もまさかの返しに目を丸くしている。
色々ありすぎて忘れてた。俺にはまだペセルさんの分身(通称ミニセルちゃん)を戦力としてもらうために心に響く歌を歌うと言う大切な試練が残っていたのだった。
「そうだったあ~」
一番重要なことを思いだした俺は、頭痛と眩暈を感じてその場に座り込んだ。
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聖「次回予告!一難去ってまた一難、本来の目的を思い出したクロケルは再びマイクを握ることになったのだった」
クロケル「俺が引退した歌手みたいな言い方はやめろ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第68話『響け歌声、クロケルのリベンジ!』さあ、リベンジなるか!クロケル」
クロケル「はあ~気が重い……」
聖「そこはやってやるぜ!でしょ!?」