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第66話 スーパーチートアイドルペセル、怒りの絶唱

この度もお読み頂いて誠にありがとうございます。


絶唱と言うとあのアニメが頭を過ります。電脳でチートと言うと某ゲームのラスボス系後輩が頭を過ります。


あの……別にその2つを意識したわけではないのですが書いてる途中で「えっ、もしかしてインスパイアされてる!?」ってなりました。まさか潜在意識の中にあったのか……?


オタクって無意識に影響されるのが怖いですね(遠い目)


本日もどうぞよろしくお願いいたします。

 俺たちはペセルさんの住処から飛び出し、町へと急いだ。辿りついた先で目にした光景に俺は息を飲んで固まる。


 あれだけ近未来な光を放ち輝いていた世界はその色を失い、この町はドーム状に覆われているため、電気の供給がなくなった今は、蓄電による各家庭の明かり以外は光のない黒一色の空間に包まれ、不気味な雰囲気が漂っていた。


 自動で動く道も止まり、宙に浮いていた車も大きなボディを地面に体をつけている。家から漏れる明かりのおかげで辛うじて周りの状況が確認できた。


 何が起きたかわからず、町のほとんどのヒトがパニックになりながら右往左往し、中身は座り込んで泣き出すヒトもいた。


 町中のヒトが耳障りなまでに不安を声に出し、ザワザワとする光景が不気味さと不安さをより一層掻き立てて、見ているこちらも背筋がゾクゾクとして気持ち悪くなってくる。


『これは……想像以上にひどい状況だね』


「ああ、まるでゾンビ映画だ」


 でも、パニックになる気持ちはわからなくもない。ペセルさんの話によればこの国は建国以来、AIの徹底管理により不具合知らずだと言っていた。それが覆された今、この国の誰もが緊急事態を悟ったのだろう。


 サイバーダウンによって生身で暮らすヒトも不便を強いられて気の毒だとは思うが、電脳体になってこの国に訪れているヒトたちは不安どころではないだろう。


「やっぱり……ロボットもアンドロイドも機能を停止してる」


 ペセルさんが道路の真ん中で右足を踏み込む寸前のポーズで固まるヒト型のアンドロイドに手を触れながら悲しそうに言った。


「端末も電波が入らなくなってるな。外部とも連絡ができないのか……」


 まさかとは思い所持する端末を確認すると、電波とWiFiを示すマークに赤色のバツ印が表示されていた。


「電子機器は全てアウトと言うわけですね」


 俺の端末を覗き込みながらシルマが眉を下げて結論付ける。それはつまり、この町にいる限り助けも呼べないと言うことになる。


「この町の外へ出れば何とかなるんじゃないのか。電脳体の連中は厳しいかもしれないが、生身の人間だけでも外に避難させたらどうだ」


 アンフィニがそう意見を述べるがペセルさんは首を振って下を向き、言いづらそうに言葉を紡ぐ。


「この国は出入り口もAIが管理しているから……サイバーダウンしてるってことは門も開かなくなってると思う。門は手動で開く構造にはなっていないから、今この国から出るのは難しい、かな」


 こういう状況になった時に思う。AIって便利だけど、こうなった時には不便だと。全ての物事を任せてしまうと、機能が停止した際に地獄を見るんだと実感した。


 AIを使って楽で住みよい生活を送るのはいいが、ちょっと頑張ればヒトの力で何とかできるものはやっぱりヒトがやるべきだと思った。


 と言うか、緊急事態の時ぐらい手動で門を開けられる様にしろよ。AIを信用し過ぎだろ。もしもの時の労働をサボろうとするからこうなるんだよ!


『ペセル、君のハッキングで一時的にサーバーを回復させることはできないのか』


「この町だけならなんとか……でもさっき簡易なハッキングを試みたらサーバーにウィルスっぽい何かが仕掛けられてるみたい。変に触るともっと状況が悪化する可能性があるから、時間がかかりそう。今すぐには無理かな」


 聖がそう提案したが、ペセルさんはシュンと肩を落として申し訳なさそうに言った。最早解決策なしと言うこの状況に為す術なく立ち尽くし、俺たちは全員で黙り込んでしまった。


「携帯端末もタブレットも使えないじゃない!!どうなってるの!?」


「転移ポッドが使えなくなってるらしいぞ!意識を体に戻せないかもしれないっ」


「いやあああっ!何が起こってるの、どうして何も説明がないのっ!!」


 こうして迷いっている間にも、町中のパニックの声はどんどんと大きくなっていく。しかもそれは不安を通り越し、ヒステリックなものへと変化しつつあった。


「聖、ライアーの魔力反応はどうなっている」


 早く何とかしないと。パニックでヒト同士が些細なことから争いを始め、統率が取れなくなってしまったら助かるものも助からない。そう思って必死で聖に呼びかける。


『この近くにいるよ。ここは……町の外れにある空き地だね。そこで動きが止まってる』


「おい、それ誘われているんじゃないのか」


 ミハイルが訝しげに言う。それはこの場にいる全員が感じ取っていた。絶えず移動していたライアーの動きが止まった。しかも人気(ひとけ)のない場所で。


 これは完全に“こっちへ来い。戦おうぜ”と言われている。ぶっちゃけ起こるはずのないサイバーダウンが起こった時点でネトワイエ教団が関わっているとは思っていたが。


「だが、この状況を作った原因がそこにいるのであれば、誘いに乗る以外解決方法はないだろう」


 シュティレが毅然として意見を述べ、シェロンさんも頷いた。


「そうじゃの。どうやってこの状況を作り上げたのか、この度の目的は何なのか。本人に聞けるチャンスじゃし」


 チャンスって……自ら罠にはまりに行くことをチャンス扱いしていいのだろうか。でも、こればかりは竜の一族コンビの言うことが正しいと思う。


 

 打つ手がないこの状況では相手の罠を受け入れる他に道がない。恐らく相手もそれをわかって誘い込むようなことをしているのだろう。


「仕方ない、空き地に行こう。みんなわかっていると思うけど、これは100パーセント罠だから、気を引き締めて行動しよう」


 罠を受け入れることを決め、俺は改めてみんなに注意を促す。幸い、ライアーの誘いに乗ることに反対する者はおらず、その場の全員が真剣な表情で頷いた。


『僕がナビゲートするよ。みんな、ついて来て』


「ああ」


 聖が先行する形となり、俺たちはライアーが待ち構える空地へと向かった。目的地が近つくにつれ、不安と恐怖で吐きそうになったが気合いで走り抜いた。




「みなさんこんにちは。お待ちしておりましたよ」


 空き地に到着すると、詰まれた資材の上に足を組み、優雅に腰かけているライアーの姿があった。相手は1人、こちらは複数人と人数ではこちらが上回っている状況でも余裕の笑みを浮かべ、両手を広げて俺たちを迎え入れた。


 注意深く周囲を確認したが、ここにいるのはライアーだけの様だ。フィニィの姿は見当たらない。


 それにしてもなんでこんなに余裕なんだろうか。よほど自信がある罠でも用意したんだろうか。俺は緊張しながらも、声を震えさせない様に腹に力を入れてライアーに向かって叫ぶ。


「この国をサイバーダウンさせたのはお前だな!目的は何だ」


「私たちの目的は変わることはございません。世界を救った神子とその仲間の殲滅、そして世界の滅びです」


 ニコリと胡散臭い笑みを浮かべながらライアーはもう何度も耳にした目的を口にした。ロマンスグレーな外見に合った紳士的な態度だと言うのに、纏う雰囲気は相変わらず恐ろしくドス黒い。


 オーラだけで殺されそうなぐらい怖いし、体全体に嫌な空気が突き刺さる。この男の前でははやり油断してはいけないと思った。


『この国に入国する際は申請が必要だけど、どうやって入国したの』


 聖の追及にライアーは平然とそして丁寧に正直に答える。


「電脳体での入国は審査が必要ございませんので。我が教団には転移ポッドの設備があるのですよ。それを利用させて頂きました」


「ふむぅ、と言うことはここでお主をボコしても意味がないし、捕らえることもできないということか」


「はい、そう言いうことになりますね。私の本体に影響はでません」


 満面の笑みで肯定するライアーを見てシェロンさんが「それは厄介じゃのう」とため息をついた。この竜、ボコす気満々でここに来たのか。血の気が多いな。いや、相手は世界を滅ぼさんとする極悪な敵だからそれでいいのか…… ?


「でも、今この町はサイバーダウンをしています。あなたが電脳体だと言うのであれば、あなたもこの国から出ることは不可能なのではないですか」


 シルマが杖をぎゅっと握りしめ、緊張しながらライアーに言葉を投げかけた。確かに、言われてみればそうだ。現在、この町のシステムは全て止まっている。転移ポッドにも電気が通っておらず、使えない状態だとペセルさんは言っていた。


 それは意識を体に戻すことができないことを意味する。その状況が続けば最悪脳死状態になると聞いた。そのリスクを負っているのはあちらも同じはずだ。


 疑問の視線を受けていることを感じ取ったライアーはクスリと笑って言った。


「ご心配には及びません。我が教団には優秀なハッカーがいるのですよ。今回の大業を成し遂げた我が教団の幹部です。さあ、ご挨拶なさい」


 言い終わると同時に、コツコツと靴音を立ててライアーの背後にある資材の影から現れたのは20代半ばぐらいの細身で小柄な青年だった。


 身長は170cmぐらいで、髪の色は藍色でツーブロックの刈り上げたが特徴的だ。黒縁の眼鏡をつけておりレンズの向こうからは切れ長で青い瞳がこちらを見ている。


 服はベルトがたくさんついている黒いコートと同じようなデザインのブーツが印象的で、手にはタブレットを持っていた。


 少し独特な雰囲気を持っていたので、一瞬中二病かな。と口に出しそうになったが、慌ててその言葉を飲み込んだ。


「お初にお目にかかる。俺はヴァイラス、ネトワイエ教団に所属するハッカーだ」


 ヴァイラスと名乗った青年は俺たちに向かって恭しくお辞儀をし、不敵な笑みを向けて来た。


 ここに来てまた新キャラ……しかも中二属性。でも、あいつがこの大規模なサイバーダウンを実現させたというのなら、それはかなりの強敵と言える。


「聖、あいつのステータスはわかるか」


『ダメだ。やっぱりステータスにジャミングがかかってる』


 こっそり聖に確認してみたが、やはり相手のステータスにはしっかりとジャミングがかけられている様だった。これじゃ今後も敵のアナライズは望めなそうだな……。


「国全体の機能は停止させてもらったが、教団とのサーバーだけは共有できる様にしてある。だから、我らの意識がここに取り残されることはない」


 不敵な笑みを浮かべ、ヴァイラスはそう言い切った。あいつらは電脳体としてのリスクを負っていないと言うことか。道理で余裕なはずだ。


「あなたたちがこの国に来た目的はペセルちゃんを始末することなんでしょ。この国のヒトは関係ないじゃない!どうしてサイバーダウンなんて国民に危険が及ぶ様なことをするの」


 ペセルさんがフェミニンな容姿の目と眉をできるだけ吊り上げて、拳を握りながらライアーに食ってかかる。


 アニメ調の声とフリフリ衣装のせいか迫力が半減していたが、荒げる声からは相当な怒りの感情が伝わって来る。


 国民のことを思い怒りをぶつけるペセルさんを前にしても、ライアーの態度は変わらなかった。足を組んだまま、笑顔でペセルさんに言葉を返した。


「私たちの狙いは最初からあなただったんですよ。ペセルさん」


「えっ」


 目と眉を吊り上げていたペセルさんの目が見開かれ、握っていた拳が緩む。ライアーの言葉に驚いたのはペセルさんだけじゃない。俺たちもその意味が解らず、ただ緊張しながらライアーを見つめることしかできなかった。


 完全に困惑する俺たちを見ながら、ライアーはすっと目を開け、冷たく威圧的な視線で俺たちを見つめた。それに恐怖を感じ、俺の喉がヒュッと音立てる。背中に冷や汗まで書いていた。


「ペセルさん、あなたはとても優秀な電脳体らしいですね。しかも生身の体が存在しない“データ”だとか……」


「そうだよ。それがどうかしたの」


 ライアーからのどこか圧が含まれた質問にペセルさんは臆することなく堂々と答えた。相手の語りはなおも続く。


「本体がない、電脳データであるあなたの弱点はあなたの存在を維持しているサーバー完全にシャットダウンすることだと思っていました。そうすれば“ただのデータ”であるあなたは自動消滅すると思っていたのですが……残念ながら失敗してしまったようです」


 残念そうに肩を竦めるライアーの隣でヴァイラスも所持するタブレットを眺めながら、憂鬱な表情を浮かべていた。


「はい。申し訳ございません、ライアー様。理論上はこの国のシステムを停止すればペセルと言う存在を永久デリートできると思っていたのですが……何度試みてもペセルにだけはハッキングが届きません」


思惑が外れ、心底残念そうにする敵2人にペセルさんは胸を張り、強気の態度で立ち向かう。


「ふん!残念でした。ペセルちゃんは独立した電脳体だから、サーバーを切ろうがハッキングしようがペセルちゃんには影響はでないんだよ!わかったら早く町を回復させて」


 ペセルさんは再びライアーを睨みつけて国のシステム回復を要求する。ペセルさんがこの国を大切に思っていることは伝わって来る。


 だが、先ほど彼女の口からこぼれた“独立した電脳体”と言う言葉が少し気になった。サイバーダウンやハッキングに強い電脳体って一体……。いや、今は仲間に疑問を持っている場合ではない。この国のサーバーを回復させる方が先だ。そう思った俺はペセルさんに続いて言った。


「ああ、ペセルさんの言う通りだ。関係ないヒトたちを巻き込むな」


 精一杯の怒りを込めて威嚇をしたが、ヴァイラスは冷たい視線で俺を見やり、鼻で笑って言った。


「ふん。どうせ滅びる世界なんだぞ。今ここで命が尽きたとしても、死期が早まっただけだろう」


「……それは、この騒ぎを回復させるつもりはない、と言うことかの。このままこの国の人間を見殺しにすると」


 シェロンさんがスッと大きな瞳をスッと細めて冷静に言葉を投げかけた。しかし、その声色にはどこか迫力と重みがあり、俺に向けられた言葉ではないのに悪寒が走った。


 ヴァイラスもシェロンさんの言葉の圧に負け、体をビクッと震わせたが直ぐに持ち直してヒステリックに言った。


「だって、こぉーんなに大規模なサイバーダウンを成功させたのに、簡単に回復させたらつまらないじゃないか。せっかくの苦労が水の泡になる!」


「お前の苦労何て知るかよ!てめぇ、ヒトの命を何だと思ってやがる」


 自分の成し遂げたことに酔いしれ、他人のことなど眼中に入れていないヴァイラスに怒りを覚えて感情に任せて叫んでしまったが、シェロンさんほどの迫力がなかったのか、ヴァイラスは一瞬だけ俺を見た後、くだらなさそうに視線を逸らした。


 それがとてつもなく悔しくて、腹が立って、俺は思わず唇を噛みしめて拳を握った。その怒りは仲間たち共通のもので、全員がライアーとヴァイラスに怒りの視線をぶつける。


 俺たちの怒りが爆発寸前の空気を感じ取ったライアーは足を組むことをやめ、ふぅと短くため息をついた後に資材から飛び降り、スマートに地面に着地した。


「ヴァイラスくん、君の言うことは最もですが、この国には私たちの同志もいるかもしれません。そのヒトたちを巻き込むのは忍びないと思いませんか」


「それは……そうですね……」


 ライアーに優しく肩を叩かれ、ヴァイラスは少し不満がある様な表情をしてぎこちなく頷いた。


 同志って……この期に及んでまだ組織の規模を広げようとしているのか。信じられねぇ……頭おかしいんじゃねぇの。


「そんなにガッカリしないで下さい。私も君の努力を無駄にしたくないと思っています。なので、ここは1つ……この町の救済をかけて勝負をしましょう」


「勝負、だと」


 突拍子もないことを穏やかな口調で平然と言うライアーに不信感全開で言葉を投げかけると、相変わらずの胡散臭い笑顔で返答があった。


「はい。とても単純なことですよ。あなた方とヴァイラスくんが戦って、あなた方が勝てばこの国のサイバーダウンを解消させます。こちらが勝てばこの国は未来永劫回復することはない。わかりやすい交渉でしょう?」


 交渉も何も受け入れるしかないじゃねぇか。くそ、わざわざ俺たちを人気のない場所まで誘い出したのはそういうことか。最初から戦わせる気だったな!


「いいよ。受けて立ってあげる。でも、人数で言うとこっちが勝ってるけど、それでもいいんだね」


 ペセルさんが秒速で交渉に応じ、強気でライアーに確認した。


「と言われていますけど。どうですヴァイラスくん、対戦相手を指名制にしますか」


 笑顔を保ちながらふざけた様な口調で確認するライアーにヴァイラスはこちらを小馬鹿にする様な笑みを浮かべて返答した。


「いいえ、何人相手でも構いません。俺の方が強いので」


「……だそうです。問題ないみたいですね。では、ヴァイラスくん。この場はあなたにお任せします」


 ヴァイラスの回答を予測していたのか、ライアーはにこにこと笑いながら左手を挙げ、この場から去る素振りを見せたので、俺は驚いた。


「お前は戦いに参加しないのか」


「え?だって言ったでしょう。ヴァイラスくんと戦ってもらうって。私は他にやる事があるので、ここで失礼します。生きていたら、またお会いしましょう。ヴァイラスくん、期待していますよ」


「あっ!待てっ」


 ライアー笑みを浮かべたままヒラヒラっと左手を振ってその場から一瞬で姿を消した。


「あのヒト、ここからログアウトしたんだね。もう気配を感じない」


 ペセルさんが苛立たしそうに言った。ライアーの意識はこの国から離れたらしい。サイバーダウンをしても教団のポッドだけは機能する様にしていると言うのは本当だったらしい。


 すっかりライアーのペースになってしまい、複雑な思いで立ちつくす俺たちにヴァイラスが靴音を鳴らしゆっくりと近づいて来る。


「ライアー様にこの場をお任せいただけるなど恐悦至極。さあ、戦おうか。お前ら全員、秒速で片づけてやるよ」


 ヴァイラスが笑顔を歪ませながら俺たちを挑発して来る。ペセルさんも言っていたが、数ではこちらが圧倒的に有利。なのにこの余裕は何なんだ。


 自分のことを“強い”と言っていたが、ヴァイラスは細身、と言うかガリガリだ。戦闘向きと言うよりかはサポーターにしか見えない。ハッカーだと言っていたし、本来はサポーターなのだろう。


 アナライズができないのでレベルはわからないが、人数の差を圧倒できる様な戦闘力を持っているとは思えない。あの自信はどこから来ているんだ。


「どうやってこの国をサイバーダウンさせたのか教えて。マザーコンピュータの場所は極秘だし、仮にそこに辿り着けても強固なセキュリティがあるから、こんな短期間で突破するのは無理なはずだよ」


相手の出方を慎重に窺っているとペセルさんが毅然とした口調でヴァイラスを問い詰める。


「ふふん。簡単なことさ。別にマザーコンピュータを探す必要もセキュリティを警戒する必要もない。この国の各地にあるアクセスポイントに少しずつウイルスを混ぜてハッキングしたのさ」


「アクセスポイントからハッキング!?」


 つまりLANを使ってハッキングしたと言うことか。驚いて声を上げる俺の隣で聖が納得がいったと唸る。


『なるほど、入国してから絶えず移動していたのはそういうことか。アクセスポイントを回ってウイルスをばらまいていたんだな』


「その通り!まあ、この国のサイバーセキュリティは予想外に強固で少し骨が折れたけど、何とかなったよ。俺ぐらいのハッカーになるとこれぐらいできて当然だがね」


 よほど自分の成し遂げたことをアピールしたかったのか、ヴァイラスは得意げにペラペラと手の内を明かした。


 そして自分のハッキングが成功したことが改めて嬉しくなったのか、あははははと高笑いを始めた。


「ねぇ、ご満悦のところ悪いんだけど……あなたのしたこと、全部無駄だよ?」


「……何だと?」


 ペセルさんがポツリと言えば、ヴァイラスの高笑いもピタリと止まる。そして気分を害されたヴァイラスは声を震わせて言った。


「負け惜しみを言うな。ただの“データ”でしかないお前が、俺が作り上げたこの完璧な状況から回復できるわけがないだろう」


「できるんだなぁー、それが」


 不敵に笑った後、ペセルさんがスッと手を上げると、俺のポケットからブォンと電子音がして、サイバーダウンによって使えなかったはずの端末が立ち上がった。


それだけじゃない。完全に落ちていた町中の電気がぽつぽつと輝きを取り戻して行くのだ。この事態にはヴァイラスどころか、味方である俺たちも驚きを隠せない。


「な、なんだ。どういうことだ!!どうしてサーバーが復旧したんだ!?」


 不測の事態に狼狽するヴァイラスに向かって今度はペセルさんが得意げに言った。


「ハッカーはあなただけじゃないんだから!ペセルちゃんをチートなの。あなたが鼻高々にペラペラと手の内を明かしている間、こっそりマザーコンピュータに接続してしてちょっとずつウィルスを駆逐してたの」


「な、何だって!?」


 ヴァイラスの目が大きく見開かれ、体が震え出す。それは怒りから来るものなのか、それも動揺なのか、いずれにしても相手の感情が昂っているのは確かだ。


 絶望に近い表情を浮かべるヴァイラスにトドメと言わんばかりにペセルさんは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。


「長話、ご苦労様。ペセルちゃんは時間さえあればこんなの簡単に凌げるんだよ。マザーコンピュータはまだ調節したいところだけど……まだやる?」


 戦いを始める前から敗北モードなヴァイラスを若干気の毒だと思いつつ、ペセルさんの的確な回復術に感心したし、この国も一旦は危機を乗り越えられた様で安心した。


 これで町は回復したわけだし、これで俺たちが戦う意味はない。お約束の「覚えてろよ」と言う流れで先ほど確定した戦いがお流れに……。


「ああああああああああああ!許せない!許せない!俺がせっかく実現させた世紀の大ハッキングを台無しにしやがって!このままではライアー様に合わせる顔がないっ。お前たち全員をここで始末してやるっ!!」


 お流れにならないかー、現実はそんなに甘くなかった。寧ろ色々と台無しにされて激高していらっしゃる。


 体をくの字に曲げ、右手で顔を押さえながらヴァイラスはギョロリと目を剥いた。人間とは思えない異常な雰囲気に恐怖を覚える。


「いなくなれ!お前ら全員いなくなれーーー!!」


 ヴァイラスは曲げていた体をガバッと起こして狂った絶叫を響かせた。その声で体がビリビリと痺れ、思わずたじろいでしまう。

 

 更にヴァイラスは手に持っていたタブレットを素早く、そして乱暴に操作する。手の動きが止まると同時に無数のコードが地面を割って飛び出し、意志を持った鞭の様にしなり、空き地一帯を穴ぼこだらけにした。


「やっべぇ、なんだ……あのコード」


『この国の地下に張り巡らされている電気系統をハッキングしたんだと思う。あんなに乱暴に扱ったら、またサイバーダウンしちゃうよ』


「な、なんだって!!」


 聖から告げられた言葉に戸惑いを隠せないでいると、隣に佇むペセルさんにふと違和感を覚えた。


「一度ならずにどまでもハッキングして、AI技術を悪用して、しかもみんなの土地をこんな風にボコボコにするなんて……」


 ん、んん?なんか真っ赤なオーラが出てませんか?下を向いているから表情はよくわからないけど、纏うオーラがなんだか怖い。これは絶対ブチ切れている。


「もー!許せない。ペセルちゃん、戦闘モード」


 激おこなペセルさんが手を広げると何もない空間からピンクのリボンがついたスタンドマイクが現れた。ペセルさんはそれをしっかりと握りしめて俺たちに向かって言った。


「みんな!ペセルちゃんがフルコーラスで全力サポートしてあげるから、あいつを完膚なきまでにすりつぶして!」


 アイドルらしからぬ物騒なセリフを言い終わると同時にどこからか音楽が鳴り響く。それはフリフリ衣装のペセルさんには不似合いなベーズがギュィーンと勢いよくかき鳴らされた超絶ロックな曲だった。


 突然流れて来たロックな曲に戸惑いが隠せなかったが、ふと体が熱くなってゆくのを感じ、掌を見る。


「これは……力が湧いて来る」


「はい、魔力の上昇を感じます」


 シュティレとシルマも己の手を見ながら体に起こっている変化に驚いていた。何が起こったのかわからず、呆然とする俺たちに聖が言った。


『これがペセルの力だよ。言ったよね、彼女は歌で仲間を強化することができるって』


「強化って俺もか。もしかして、俺も戦える?」


 体に感じる力強い感覚に淡い期待を抱いて聞くと、聖がバッサリと言った。


「まあ、多少は強化されてるだろうけど、レベル1の強化なんて微々たるものだよ。死にたくないなら前線には出ない方が良いと思う」


「はい、そうですか……。後ろにいます」


 見事に期待を打ち砕かれ、ガッカリと項垂れる俺には目もくれず、ペセルさんはマイクに向かってノリノリで言葉をぶつけた。


「さあ!いくよ、ペセルちゃんが滅多に歌わないロックなナンバー!ペセルちゃんも全力で絶唱するから、みんなも魂燃やして突き進めー!!」


 ペセルさんがシャウトすると同時に、再びギュイーン!!と力強いベースが空き地中に鳴り響き、ロックでビートな戦闘の幕開けとなった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


聖「次回予告!自分勝手な敵ヴァイラスにブチ切れ、最強技である絶唱を繰り出したペセル。戦いの行方や如何に!?そして、共闘したことにより絆が深まったペセルから語られる彼女の秘密とは」


クロケル「秘密って……お前は知ってるんだよな」


聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第67話『電脳アイドルの正体』俺だけじゃなくて神子の仲間全員が知ってるよ」


クロケル「知ってるならなんで黙ってるんだよ」


聖「聞かれてないし、本人の許可なしに話せないでしょ。秘密なのに」


クロケル「う、それはまあ……そうか」





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