第64話 歌えクロケル、魂の歌唱
この度もお読み頂いて誠にありがとうございます。
よかった……今日はもう投稿できないかと思いました(泣)どうして仕事が減らないのでしょう。片付けた先から増えるってひどいです。もう慣れましたけど……。
今回も長くなってしまって申し訳ございません。お時間がある時にのんびりと読んで頂ければ幸いです。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「え、えーと……。ぺセルさん?」
「ん、なぁに?」
キラキラアイドルの挨拶を至近距離で見せられて反応に困ってしまったが、なんとか平静を装って声をかけると見事なまでのアイドルスマイルが返って来た。
うわ、眩しっ。至近距離でのアイドルスマイルは危険だ。ファンじゃない俺でも直視できない。
「いや、なんでこんなところにいるのかなって」
「なんでって……あなたたちが来るってシャルっちから連絡を貰ったから迎えに来てあげたんだよッ★」
またウィンクをされた。ファンサのつもりなのかな。あんまり乱発されても反応に困るんだが……。いや、それ以前に気になることがある。
「シャルっちってまさかシャルム国王のことですか」
「そうだよ。シャルっちとケイくん。ぺセルちゃんの大事なお友達だよ。あ、もちろんシャロちゃんもね!お久―!」
ペセルさんが弾ける様な元気な口調でそう言って、シャロンさんに手を振った。
「おお、久しいのう。相変わらず元気で何よりじゃ」
何か妙な呼び方をされていた様な気がしたが、シャロンさんは何事もなかった様に笑顔で手を振り返した。このテンションに平然と返せるなんてハートが強い。
ってかシャルっち……他国の国王に向かってシャルっちと呼ぶのは問題があるのでは。そしてケイくんとは恐らくケイオスさんのことだな。
元仲間とは言え、よくそんな呼び方ができるな。あの2人は受け入れているのだろうか。俺なら恐れ多くてそんな風には呼べないぞ。いや、頼まれたって呼ばない。呼べるか!
とか思っている場合ではない。頑張れ俺、この手のキャラは油断するとどんどん自分の世界に引き込んでくるぞ。ぐだぐだにされる前に要件を済ませるんだ。
「そ、そうですか。お迎えありがとうございます。では、今回俺たちがこの国へ来た目的もお聞きですよね」
「うん、事情は全部聞いてるよ!ちゃんと協力してあげるから安心してね」
ペセルさんは胸の前で小さくガッツポーズをしながら満面の笑みで頷いた。ダメだこのテンションについて行けない。会話をしているだけなのになんか疲れてきた。
「あ、ペセルちゃんだ!」
「本当だ、今日は町に来てるんだね」
「サイン貰えるかな」
ぐったりする俺の耳にそんな声が聞こえて来たので、辺りを確認すると道行くヒトたちが立ち話をする俺たち否、ペセルさんの存在に気がついてザワつき始めていた。1人が気がつけば連鎖反応でそれが広がって行く。
気がつけが俺たちは町中のヒトたちに円状になって囲まれていた。すごい、人気コスプレイヤーになった気分だ。注目されているのは俺じゃないけど。
呑気に状況を捉えてみたものの、これは正直怖い。俺たちを囲むほとんどにヒトが、やれサインだ、やれ握手だと言いながらジリジリと合間を詰めてくる。ちょっとしたきっかけで飛びかかって来そうな気配すらする。
「これ、ヤバいんじゃないの」
どこの世界ににもいるよな。好きな俳優や声優を捕食でのするのかってぐらい激しい愛情向けるヒト。敵意に匹敵するぐらい怖い愛情ってどう言うコト?
「ありゃ、やっぱり握手会終わりにそのまま来るのは良くなかったかぁ。仕方ない、ここはペセルちゃんが対応するから、今から指定するから全力でダッシュしてね。そこのタブレットちゃんにデータを送るからッ★」
ギラギラとした視線を向けられてもペセルさんは一切の動揺や怯えを見せることなく、宙に浮く聖に向かって手で銃の形を作ってそれを打つポーズをした。
『OK受信した。みんな、僕が先行する。ついて来て』
ヒュンッと音を立て、聖が猛スピードで宙を駆け抜ける。突然の展開について行けないんですけど!
「と、とにかく行くぞ。聖に続け!ミハイル、悪いがアンフィニを抱えてくれ」
戸惑いながらも俺が叫ぶとシルマとシュバルツが頷き、ミハイルも面倒くさそうにアンフィニを足に抱えた。
「俺も走れるが」
「その体で全力疾走は無理だろ。コンパスの長さを考えろ」
不服そうな反応をアンフィニに返されたがこればかりは仕方がない。俺が指摘するとアンフィニはプライドがあるのか、やはり納得の行かない視線を送って来たが今はそれどころではないので無視をした。
僅かに開いていた隙間を見つけ、俺たちはペセルを囲むヒトの輪を駆け抜ける。そんな俺たちの姿をみて誰かが言った。
「あ、誰か逃げるぞ」
「ペセルさんの知り合いかな」
「なら、色々聞けるかもしれないよ」
「追え追えー」
ちょっとぉぉぉぉ!?関係のない俺たちまでロックオンされてますけど!!過激派こわーい!
ちらっと後ろを確認したら数住人のヒトが固まりになってこちらにもの凄い勢いで迫って来るのが見えて血の気が引いた。捕まったらヤバい気がして俺たちは走りながら頷き合い、必至に足を動かした。
「はーい、みんなー!ペセルちゃんの即席撮影会だよっ。適切な距離を保ってバシバシ撮影してね。時間制限アリのレア撮影会だから、よかったら参加してねー」
背後からペセルさんの元気な声が響き渡る。エコーがかかっていたのでマイクでも使ったのだろう。それを聞いて俺たちを追いかけていたヒトたちがピタリと動きを止め、ざわざわとし始める。
「即席撮影会だって」
「そう言えばあの衣装、さっきの握手会のやつだよね。確かにレアかもしれない」
「時間制限ありなら急がないと!」
「みんな戻れー!!」
あれだけ勢いよく走っていた集団が、急ブレーキをかけて回れ右をしてまた走り出す。気持ちの切り替え速すぎだろ。と言うかなんでそんなに統率が取れているんだ。訓練でもしとんのか。
でもとりあえずは助かった。ホッとしながらそのまま走り続けて数分、数十分が経ったが、聖が止まる気配はない。
全力疾走したせいで俺もシルマも、シュバルツも体力の限界が来ているのか体がふらつき始めている。
シュティレとシェロンさんは平然として走っている。寧ろもっと速く走れるのに俺たちに合わせてる感が半端ないぐらい流して走っている気さえする。翼を広げ、風に身を任せて飛んでいるミハイルもまだ余裕みたいだ。
「な、なあ。聖、どこに向かって走ってるんだ。と言うかどれぐらい走ればいいんだ」
まだ走るの必要があるのならせめて休憩したい。いや、足を止めたい。息切れがヤバい、肺が冷たいし痛い……死ぬ。
『頑張って、もうちょっとだよ。よし、あそこだ』
聖の言葉を聞いて正面を見てみればそこにあったのは……
「はぁ、はぁ……っおい、海じゃねぇかよ!」
少ない肺活量で全力でツッコミをいれる。この状況で冗談はよせ!と思ったが、聖が止まることはない。まさか、マジで行ってるのか!?
『飛び込んで』
「なんだって!!」
息切をしながら驚く俺に続いてシルマとシュバルツも走りながら驚愕する。
「ど、どうしましょう、私、着衣のまま泳ぎ方を存じ上げていません」
シルマ、ズレてるぞ。だが突然海に飛び込めと言われてもすぐに実行できるか。そもそも海に入る準備もしていないのに溺れたらどうするんだよ!
『いいから、早く』
聖が早口に言い、そのまま猛スピードで海の中に突っ込んで行った。マジか!聖の体って防水加工なのか?タブレットが海に使ってショートしないのか!?
そんなことを考えている内にもどんどん海は迫って来る。道はない、ナビゲータをしていた聖は海の中だ。
「よし、みんな。飛び込めっ」
俺は、俺たちは覚悟を決めて地面を蹴った。ざぶんと水が体を包む感触、しかし不思議と冷たくない。
だが、体が浮かないことに気がついた。溺れているのではない、自分で泳いでいる訳でもない。体がゆっくりと海の底に沈んで行くのだ。それに一瞬だけ焦ったが、息苦しくないことに気がつく。と言うか、息ができる。
落ち着いて辺りを確認すれば俺以外の全員も同じ状況らしく、シェロンさん以外は不思議そうな顔で水の中を浮遊していた。そのまま水に身を任せること数分、ふと前をみると真珠のように白くて丸い物体が目に映った。
しかも中々のデカさである。修学旅行でみた大仏ぐらいはあるんじゃないか。そう思ってその球体を観察していると聖が目の前に聖が現れた。
『こっちだよ』
そう言って俺たちをその球体の近くまで導く。球体に近づくと、目が眩むほどの光がパッと俺たちを包む。
「眩しっ」
思わず目を閉じ、そして次に視界が開けた時に目に映ったのは薄いピンクを基調としたパステルカラーの部屋だった。
白いレースのカーテンや紫やピンクのクッション、ユニコーンやモフモフのウサギのぬいぐるみが敷き詰められたファンシーな部屋。こう言うの「ゆめかわ」って表現するんだっけ。と言うか、海の中に家って何?どういうこと。
「はーい、いらっしゃい!ペセルちゃんのゆめかわルームにようこそ~」
激しく動揺する俺たちの前にひょっこりとペセルさんが現れて更に驚く。
「えっ、ペセルさん!?ファンのヒトたちをたちを引きつけてくれてたんじゃ……」
「時間制限アリって言ったでしょ。ある程度撮ってもらってから切り上げて来たんだよ」
「でも、ここに来るの速すぎません?」
状況的にペセルさんは俺たちよりも後に来るはず。それにあれだけのファンのひとたちをそう簡単には撒けないだろう。なのに全力疾走した俺たちと同時に到着っておかしくないか。
『ペセルは電脳体だからね、ワープぐらい容易いでしょ』
「で、電脳体?」
聖の言葉に思わず声を上げる。シェロンさん以外の全員の視線がペセルさんに集まり、彼女はくるりと体を回転させて得意げに言った。
「そう、ペセルちゃんはこの世界が創ったアイドルと言うプログラミングだよ。みんなみたいに生身の体を持たないの。あんまり好きな表現じゃないけど、データなんだ」
「で、データ!?」
データが意志を持ってこんなにハイテンションアイドル活動をしているのか。それに神子の仲間として世界も救っていると言う事実もあるわけで……。何でとしか言いようがない。
「ペセルは出会った頃からずっとアイドルとしての人気をキープしてるんだ。この国で一番人望があると言ってもいい」
「えへへ、発表曲の全てが20年連続オリコン1位でーす」
な、なるほど。長い間人気ってそう言うことか。電脳体だから年を取らないだろうし、何年経っても元気に歌えそうだ。
「ここなら落ち着いてお話できるね!改めまして自己紹介!レアリティ5、アイドルハッカーのペセルちゃんです。最近レベルアップしてレベル98になりましたー!いぇーい、ブイブイ」
ノリノリで自己紹介をして来たペセルさんに非常に戸惑いつつ、俺たちはそれぞれ至って普通の自己紹介をした。
「ふんふん、クロりん、シルっち、シューくん、アンくん、ミーくん、ティレちゃんってとこだね!よろしく★」
何か変な仇名をつけられたぞ。え、うそだろ。このノリずっと続くの?受け入れなきゃダメな感じ?しんどいなぁ~。
「なあ、アイドルハッカーってなんだ」
自己紹介の中に聞きなれない単語があったので隣で浮かぶ聖に質問を投げかける。
『ペセルは電脳体を利用して色々な電子回路に忍び込むことができるんだよ。情報を盗んだり書き換えたり、言わばハッカーみたいな役を担っていた』
「あとは我らの能力を歌で強化してくれたりしていたのう」
「歌で強化……確かにアイドルらしいかも」
歌いながら戦ったり、歌で仲間にバフをかけたりする作品はたまに見かける。ハッカーかつ補助系キャラ……めっちゃ有能じゃん。
「ペセルさん、シャルム国王から事情はお聞きなんですよね。ネトワイエ教団と戦うために戦力が欲しいんです。力を貸していただけませんか」
戦力強化が目的の1つである俺は深く頭を下げ、誠心誠意お願いをした。
「いいよ~。ペセルちゃんが戦力になってあげる!って言いたいんだけど、実は今年はライブがつめつめで不定期で長期の旅にはついて行けないんだ。ごめんね」
ペセルさんが両手を合わせて頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。出たよ。前作のキャラは協力者にはなってくれるけどパーティには入らないパターン。シャルム国王もケイオスさんもシェロンさんもみーんなそうだよ。
って言うか、なんで1回期待を持たせる言い方をしたんだよ。一瞬、喜んじゃったじゃねぇか。
「では、仲間になって貰えそうな方を紹介して頂けませんか」
戦力強化だけは譲れない条件だ。そう思った俺は図々しい願いだと自覚じつつも、更にペセルさんに願い出た。
「ペセルちゃん、チートだからね。あんまり仲良しさんはいないの。ファンの子はいっぱいいるけど、戦いに推薦できるコはいないかなぁ」
「そうですか……」
さらっと自分を高く置きつつも、肩を竦めて申し訳なさそうに苦笑いするペセルさんを見て俺は目的を果たせないことを悟り、がっくりと肩を落とした。
「ふぁ~、こりゃ、戦力補充は厳しいんじゃないのか。お前の考えた策が早速崩壊したな」
ミハイルがあくびをしながら厳しい現実を嫌味を交えて突きつけて来る。こいつはヒトの神経を逆なでするのが趣味なのか。あと態度も悪ぃんだよ。
しかし、腹は立つがミハイルの指摘は紛れもない事実である。でも、この可能性は考えておくべきだった、と我ながら後悔する。そもそも簡単に戦力補充ができるわけないよな……考えが甘かった。
「紹介してあげられるヒトはいないけど、ペセルちゃんの分身なら貸してあげるよ」
「分身?うわっ」
ペセルさんが俺の前でパッと手を広げる。思わず仰け反ったが、その手を改めて見てみると手の平サイズ2頭身のデフォルメペセルさんがピョンピョンと跳ねていた。
「驚いた?ミニペセルちゃん。通称ミニセルちゃんでーす」
「み、ミニセルちゃん……」
紹介されたことが嬉しいのか、ミニセルはこちらに小さな腕を命いっぱいのばし、笑顔で両手を振って来た。うん、かわいい。マスコット的なファンシーさがヤバい。
「ペセルちゃんには劣るけど、良性能だからきっとみんなの助けになると思うな。でも……貸すには条件があるの」
「じ、条件」
来たな、仲間加入イベント。ソシャゲのイベント限定キャラも加入条件が厳しくて苦労した過去を思い出す。コンシューマーゲームでも仲間になるためにイベントが発生するけども!
毎回思うよ、何故素直に仲間になってくれないんだとまどろっこしい。理不尽なことを思っているとは自覚しているがやっぱり不満である。唇を噛みしめて湧き上がる感情に耐えているとペセルさんが言った。
「ミニセルちゃんがペセルちゃんのデータの一端。ヒト言えば命の一部みたいなものなの。だから、信頼できるヒトにしか貸せないんだ。シャロちゃんたちが認めているんだから、大丈夫とは思うんだけど、自分の目で確かめたいんだ」
「……わかりました。その条件と言うのを教えて頂けますか」
条件付きとは言え、せっかく力を貸してくれると言っているんだ。受けるしかない。それに命の一部、とか重いことを言っていた様な気がするし、大切な力を分けてくれると言うのなら、こちらもそれ相応に他意応じなければ失礼だ。
よく考えればここまで来るのにも大分体を張って来たし、怖気づくのも今更である。例え今から戦えと言われようと、それ以外の危険なことを突きつけられようと驚かない。もう破れかぶれだ、ドンと来い!
覚悟を決めた俺にペセルさんは笑顔で言った。
「うん、条件はねぇ。歌でペセルちゃんとペセルちゃんのファンを満足させて欲しいの」
「はい?」
歌?ファンを満足ってどう言う意味だ。てっきり体力系の何かだと思っていた俺は拍子抜けしてしまい、間抜けな声を上げて固まった。
俺だけではない。聖とシェロンさん以外の全員がポカンとしてペセルさんを見つめていた。
「ペセルちゃん、アイドルだからね。歌でそのヒトの本性を見抜くことができるんだ。クロりん、あなたリーダーなんでしょ。代表して歌って欲しいな」
ペセルさんはキラキラアイドルスマイルで小首を傾げて言ったが、俺は騙されないし流されない。こんなに見た目が可愛いヒトなのに、今はどんな仕草をされても全く魅力を感じない。
「む、無茶を言わないで下さい。歌なんてあんまり歌ったことないですよ!?現役アイドルを満足させる歌唱力なんて持ち合わせていません!それになんであなたのファンにも満足してもらわにゃならんのですか!!」
別に音痴と言うわけではないが、上手いと言われたこともない。要は普通の歌唱力なのだ。そう、中途半端で一番触れにくいやつだ。
カラオケに行くことはあったが悲しいかなアニソンまたはキャラソンが俺のレパートリーの過半数を占めている。何故に異世界で出会ったヒトたちの前でそんな醜態を晒さにゃならんのだ。
いや、別にアニソンが恥ずかしいと言っているのではない。アニソンも電波系からバラード系まで色々あるし、パッと聞いただけではアニソンとわからないものもあるからな。有名なアーティストさんが歌っている場合もあるし。
ただ、初対面に近い人たちの前で歌うと言うのが無理なのである。配信って画面の向こうに何十、いや下手をしたら何万の人がいるってことだよな。
ペセルさんは人気アイドルだし、チャンネル登録をしているファンも絶対規格外に多い気がする。まさに公開処刑と言えるだろう。
「クロケル様が、歌を?」
「歌?クロケル歌うの?聞きたい!」
シルマとシュバルツが期待をする様な眼差しで俺を見る。俺の心がピシっと音を立ててひび割れた。
「クロケル殿が歌うのか……想像がつかない」
「ああ、歌うようには見えないな」
シュティレとアンフィニが困惑しながらもどこか興味深そうに俺を見る。俺の心がビシビシッと音を立ててさっきよりも深く大きな亀裂が入る。
「あはははは!いいじゃねぇか。死に物狂いで戦うよりは簡単な試練だ」
「うむうむ。我も歌は好きじゃぞ。楽しみじゃ。頑張れよ、クロケル」
ミハイルが大爆笑しながら俺を馬鹿にして、シェロンさんがもの凄くいい笑顔でエールを送って来たところで俺の心は粉々に砕け散った。
「嫌!嫌です!歌いたくないです!無理、できない!」
全力で拒否する俺にペセルさんはアイドルスマイルをキープしながら俺を勇気づける様に言った。
「大丈夫、歌の上手さで判断しないから。判断基準は心に響くかどうか。素敵歌が歌える人は心も素敵なヒトだもん。ペセルちゃんのファンの前で歌ってもらうのも同じ理由だよ。もちろん、満場一致で評価されなくてもいいよ。1人でも誰かの心に響けばOK」
歌の上手さは関係ないのか、それなら……と騙されかけたがでもちょっと待て。誰かの心に響く歌の方が難しくないか。
「で、でも俺は素人だし、付け焼刃で歌っても心に響く歌なんて歌える自信ないんですが」
「そう言うのに素人もプロも関係ないの!因みに、何回チャレンジしてもOKだからね。だから安心して歌って!」
踏ん切りがつかない俺にペセルさんが善意100パーセントの笑みとウィンクをしながら言った。
ダメだ。もう逃げられない。どうして、どうしてこんなことになったんだ。戦闘になるかもと覚悟はしていたが、歌う覚悟はしてねぇんですよ。斜め上の試練をぶつけられてパニックですよ。
『歌うって言ってもどこで歌うのさ。ステージでも用意してくれてんの?』
「うぉぉぉぉぉい!聖、てめぇ何勝手に話を進めようとしてるんだ」
試練を課せられた本人がまだ決心できていないと言うのに、ペセルさんからの条件を受け入れた前提で質問をした聖に盛大なツッコミを入れる。
『いや、だって戦力が欲しいなら僕らに拒否権はないでしょ。歌う一択じゃん』
力強く叫んだせいで息が切れている俺に向かって聖が無慈悲なまでにケロリとして言った。そうかもしれないけど、そうじゃないんだよ!!
「急なことだから本格的なステージは用意してあげられないけど、ここをステージにして歌っている姿をペセルちゃんのチャンネルで配信しようと思うんだ!ってことで、ステージ展開」
ペセルさんがウィンクをして左手を挙げると、ゆめかわでファンシーだった部屋が一瞬にしてグリーンバックに変わる。
いつの間にか現れた空飛ぶ丸いミニロボットが俺に向かってカメラを向けているのも凄く気になる。
「えっ、えっ。何これっ」
突然のことに俺はブンブンと首を勢いよく振り辺りを見回す。なんか撮影の準備がバッチリ整ってませんか。
「ペセルちゃん専用の簡易スタジオだよっ!歌に合わせてグリーンバックに搭載されたAIが曲調に合った背景に変えてくれるんだよ~。ミニロボも自動で色んな角度からいい画を取ってくれるから!便利でしょ」
わー、すごい便利~。じゃない!どんどん準備が整えられている!素人の歌が配信される!地獄のカウントダウンが始まっている!
「ま、待ってください!難の歌を歌えばいいか……。それに音源はどうするんですか。流石にアカペラとかは嫌ですよ」
「歌は何でもいいけど……音源かぁ。この世界に存在するもの大概のものはデータバンクに入っているとおもうけど……そっか、あなたは特殊な事情だったね」
俺が聖と同じ異世界から来た存在だと言うことを前以て聞いていたのか、ペセルさんは困った表情で首を傾げた。
「知っている曲、1つもないかな」
「そ、そうですね。ないです」
その言葉に嘘偽りはない。この世界の歌は本当に知らないし、さっき町中でヘビロテしたペセルさんの曲はサビしかわからない上に本人とファンの前で歌えるわけがない。
これはこの状況を回避できるかもしれない。知らないものは仕方がないもんな。なら、歌うのはやめで他の条件を……そんな淡い期待を抱いた時だった。
『なら、僕が探してあげるよ。クロケル、曲の曲を歌いたい?』
「わ!さっがだねぇ。アっくん」
ペセルさんが嬉しそうに言い、俺は気分がブルーになった。ブルーどころか目の前が真っ白である。
味方の中に敵がいた。親友に期待をぶち壊されるとは思わなかった。悲しい、非常に悲しい。
そうだった、聖はチートの力で次元を超えて情報を引き寄せることができたんだった。シュバルツの今の体のコピー元も俺が生きていた世界のアニメの情報を引っ張り出して貰ったんだった。
あの時はチート便利だと思っていたが、この状況下ではそのチート能力が恨めしくてたまらない。
もう逃げられないと悟って俺はヤケクソに言った。
「わ、わかった。歌う、歌うよ!もう!あの歌で頼む」
『ほいほい。OK見つけた。いつでも音源を流せるよ』
聖の言葉を受けてペセルさんがうんうん。と楽しそうに頷いた。
「アっくんありがとう!じゃあ、早速始めよう!クロりん以外は下がってね。カメラには映らない様に!あ、盛り上げるための声な出してもいいよ。その方がステージっぽいし。じゃ、行くよ!配信スタート!」
ペセルさんの号令と共にミニロボカメラが移動し始め、グリーンバックが大きなホールステージに変わる。
「あっ、やっぱ俺無理かも」
生まれてこの方ステージになど立ったことがない俺はバカでかく眩しいスポットライトを浴びただけでも尻込みしてしまう。
「みなさーん、こんにちは!緊急生放送、ペセルちゃんチャンネル!略してペセチャン。今日はお友達が歌ってくれることになりました。みんな、是非コメント欄に感想よろしくね!正直なコメはOKだけど、必要以上の荒しコメはダメだよ!約束ね」
ペセルさんがカメラに向かってキラッキラに笑顔を振りまきながら状況を説明する。そして俺の方を見て、にっこりと笑った。ああ、これは地獄が始まる合図だな。
「それじゃあ、さっそく歌ってもらいましょう!クロりんよろしく!」
ペセルさんが両手を広げて俺を紹介すると同時にスポットライトが俺に当たる。眩暈がした。もちろん、光のせいではない。
そしてド緊張する中、耳に良く馴染んだイントロが流れ始める。曲調はアップテンポでシンセサイザの音が最高にリズム感を演出してくれる曲。
俺の推しアニメのキャラソンでカラオケでもよく歌う十八番で歌い慣れている。それに多分これならリズムとノリで誤魔化せる気がするのだ。
数台のミニロボがあらゆる角度から俺を映して移動する。緊張しながらマイクを握りしめ、俺は歌った。動画配信されていて不特定多数に見られいることも一旦忘れ、恥も外聞も捨てて懸命に歌った。俺的には魂も込めて熱唱した。
歌唱している間も心臓が体と分離するぐらいの勢いで脈打っていたが、それにも耐えて俺は何とか歌いきった。
「はい、クロりんありがとう!そしてお疲れ様。お友達ライブはこれで終わり!みんな、感想よろしくね、じゃ、またね~」
ペセルさんがカメラに向かって手を振った。そしてミニロボが地面に降り、空間が元のゆめかわファンシーなペセルさんの自室に姿に戻る。
「すごいです!クロケル様カッコよかったですよ」
「うん。かっこいい」
シルマとシュバルツがキラキラとした視線を向けながら拍手をしてくれた。うん、そんな純粋な目で見ないで。恥ずかしいから。
「変わった歌だったな。私はヒトの世界の音楽を聞くことがあるが、あの曲は初めて聞いたぞ」
シュティレが興味深そうに言った。そりゃそうだよ、俺の世界の曲だしアニソンだもの。変わってるって言われてもしかたないわ。
「若くて一生懸命なのは良いことじゃの」
「だが普通だな」
「ああ、可もなく不可もない。無難な歌唱だな」
シェロンさんが微笑ましげに頷いた後にアンフィニとミハイルが二連続で俺の歌を「普通」と評価した。うるぇわ、普通なのは自分で分かってますぅ~改めて言わないでくれ!
『で、どうなの、ペセル。クロケルの歌は君のお気に召したかな』
聖がペセルさんに問いかける。そうだった、どんなに恥をかいて一生懸命歌ったところでペセルさんの評価を得ることができなければさっきの俺の勇気ある行動は全て無意味となるのだ。
「うん。そうだねぇ……」
ペセルさんは頬に右手の人差し指を当てて返事をもったいぶる。ああ、何か緊張して来た。オーディションに来ている気分だぞ。
暫く返事がなく、俺の緊張が限界に達した時、ペセルさんはこれまで聞いたことがないぐらい冷たい声で言った。
「全然ダメ。そんなのじゃペセルちゃんの魂には響かない」
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聖「次回予告!クロケルの魂の歌唱はまさかのダメ出しに終わる」
クロケル「何故、異世界来てまで黒歴史を作らにゃならんのだ。泣くぞ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第65話『サイバーダウン!?電子の国の危機!!』歴史はね、繰り返すものなんだよ」
クロケル「黒歴史は繰り返したくねぇよ!?」
聖「でもそう言うのって無自覚に積み上がっていくものだから」
クロケル「やめろ、怖いこと言うな」