第61話 二次元の主人公は大体変にフェロモンを垂れ流している
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
何度も言いますが、戦闘シーンって難しいですよね。臨場感とかどうやって表現するですか文字だけで!!でも表現できる方もいらっしゃるので本当に尊敬します。自分も精進しないと。
あと、恋愛描写も書くのが苦手です(じゃあ何が書けんねんって話ですが)
少女漫画が苦手なせいでしょうか、甘酸っぱい恋とか淡い恋とかどう書くの(ポケー)状態です。でも、二次元の恋愛作品が全て苦手と言うわけではなので、そう言う展開も書けたらいいなと思います。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
本気でお相手を致す、なんてハッタリをかましたものの、ここからどうすべきか。そもそも俺には例え敵であろうと斬り捨てる覚悟も根性も持ち合わせていない。
ましてやこう言った模擬戦の様な場面で相手に打ち込むなんて無理ゲーすぎる。怪我をさせたらどうしよう、命を奪ってしまったらどうしよう。そんな気持ちが先行して剣を振るうことができない。
対するシュティレの表情も態度は一切変わっていない。相手を傷つける覚悟、自分が怪我をする覚悟、武器を使うことへの責任が感じられて思わずたじろいでしまう。
剣を構えたまま中々動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、シュティレがキッと眉を吊り上げて涼やかに言った。
「来ないのであれば、こちらから行くぞ。たあっ!」
ガシャンと鉄の鎧を揺らしてシュティレが容赦なく槍を打ち込んで来る。また一瞬で間合いを詰められ、驚きと恐怖を覚えた俺は何とか悲鳴を飲み込んで体を翻す。思いっきり腰をひねったのでビキッてなったが、痛みを何とか我慢してシュティレと距離を取る。
何でそんな重そうな鎧を身に着けた状態で素早い動きができるんだよ、竜族だからか!?怖すぎるわ!
「おのれ、ちょこまかとっ」
自分の戦闘能力に自信があるのか、それとも俺を舐めているのか、3度も攻撃を躱されたことが相当腹立たしく感じた様で、忌々しそうに俺を睨みつけて来る。
そんなに怒るなよ、俺だって必死なんだから。避けなきゃ俺に未来はないんだぞ!と不満を漏らしつつ、どうしたものかと心の中で頭を抱える。
ケイオスさんのところでわずかな時間だが鍛錬を受けたとは言え、実践は実質これが初めてだ。ライアーと戦った時はシルマの補助がなければ隙だらけで100パーセント負けていた自信があるし。
「ふぅっ」
俺は息と共に緊張も吐き出す。そしてシュティレを見据えながらもケイオスさんとの地獄の鍛錬を思い起こす。
~ 回想 ケイオスとの地獄の鍛錬 ~
「いいか、武器や拳を振るうのに一番大切なことは情け容赦なく殺るという覚悟だ」
「こ、怖すぎませんか。その覚悟」
ゲームの世界では確かに情け容赦なく敵を葬って来たが、特に迫り来る大量の敵を切りつける無双的なアレは好きだったが、現実で自分の手で誰かを斬り捨てるのは正直、怖すぎる。
当然だが俺はヒトを刺したことも斬ったこともない元男子高校生。生憎とそんな覚悟は持ち合わせていない。
「怖いものか。それが戦うと言うことだ。戦う者は相手の命を奪うと言う覚悟、そして自分の命を守り勝利すると言う覚悟が必要なんだ。それがなければ戦いに勝利することなんてできねぇよ」
青ざめる俺にケイオスさんは眉間に皺を寄せ、腕組みをしてそう言った。戦いにおいての覚悟は相手への敬意と言うことなのだろうが、そんなものとは縁遠いところで生きていた俺には簡単に納得できる考えではない。
そしてそれとは別に、先ほどのケイオスさんの言葉の中には気になるものがあった。
「じ、自分の命を守る?」
「は?何でそこを疑問に思う」
ケイオスさんは眉間の皺を一層深くして俺を睨んだ。どこどう疑問に思ったのか、本気で分からないと言う視線を受けながらも俺は抱いた疑問を口にした。
「戦いって国や世界の為に命を懸けるとかじゃないんだなぁって思って」
「お前、臆病者のくせにそんな思考回路してたのか。バーカ、自分の命を守れねぇ奴がそんなデケェもん守れるわけねぇだろ。自分を守って他も守る。それが真の強者だろ」
「うぎゃあっ」
バシッと鞭で叩かれた音と共に額に激痛が走る。俺はケイオスさんにデコピンをされた。あまりの痛さに額が爆散するかと思った。これ、絶対に額が真っ赤になってるやつやん。
「第一、お前みたいに弱い奴が命を捨てて戦うなんて10万光年ぐらい速ぇよ。そう言うのは戦う覚悟とそれなり実力をつけてから言え、アホ」
10万光年と来たか。遠いなぁ、実力がつく頃には俺の人生も終わってるよ。元も子もねぇよ。
「だから、お前は自分の命を守るためだけに戦え。お前のスキルと魔術もそんな感じだし、丁度いいじゃねぇか」
「自分を守るためですか」
確かに、今の俺の能力は姿を消すことができる「隠形」のスキルと、発動の方法はまだつかめていないが相手を結界に閉じ込めるという防御魔術のみだ。戦闘向きではない気がする。
「ああ。死にたくないって思いながら戦えば、案外なんとかなるかもだぜ。まあ、そのために今から死ぬほど鍛錬するんだけどな」
ケイオスさんがニヤリと口角を上げた。なんだ、この真っ黒い微笑みは。激しく嫌な予感がするぞ。
「あ、あの。ケイオスさん、俺さっき大岩を背負ったまま腕立てやらスクワットやらやらされてトラックも走ったばかりなんですが?」
ブルブルと震える俺にケイオスさんは笑顔を絶やすことなく平然と言った。
「体力づくりは終了だ。次は体術と剣術の基礎を教えてやる。おら、始めるぞ」
「や、やだー!!休ませてくださーい!!」
回想終了。今思い出しても震えが止まらないし吐き気もする。しかも基礎って言われても決死の戦いにおいて型はほぼ無意味だからとか言う理由で喧嘩殺法みたいな技指導だったし。
まだまだ己の実力に不安は残るがあんな大口叩いて宣戦布告をしたんだから、もう逃げられない。
大丈夫だ、俺の耐久はシングルのティッシュ並みにペラッペラだが相手の攻撃が当たらなければKOしない。自己防衛戦法を最大限に活かして頑張るぞ!
「こ、今度はこちらからいくぞ!たあっ」
俺は思い切り剣を横一文字に振り抜いた。
「なんの!」
シュティレは槍の柄で俺の一撃を受け止める。ガキィンと金属同士がぶつかり合う音がして、剣と槍の柄で力比べをする形でギリギリと押し合いになる。くっそ、めっちゃ力強いな。
これじゃ直ぐに押し負ける。心が折れそうになりながらも俺は必死で相手を観察し、そしてある一点を見つけた。よし、ここだっ!大きな槍を両手で持ち、俺の攻撃を受け止めている状態の為、脇腹のガードが甘い。
それに気がついた俺はシュティレの脇腹めがけて右足を振り抜く。鎧で守られているためダメージは浅いだろうが、せめて吹っ飛んでくれと渾身の力を込めた。
「!?」
さすがは竜の谷随一の竜騎士。俺の蹴りに即座に反応したシュティレは左腕で蹴りを受け止め、槍で俺を押し返すと、バックステップで俺から距離を取った。
やっべ、足が超痛いんですけど。向う脛の辺りがジンジン痺れて来て辛い。めっちゃ摩りたい。でもカッコ悪いから我慢する。
くっそ、やっぱり鎧を纏う相手を蹴るもんじゃないな。ぶっちゃけ無意味だった。当たり前だけど。
「なるほど、体術も心得ているのか。ますます面白い」
シュティレは俺を見据え、楽しそうに笑っていた。え、嘘。さっきの戦法のどこにそう思えるんだ。鎧の相手に物理攻撃(しかも蹴り)ってよく考えたらアホだし、俺がどれだけ鍛錬をしようがレベル1なことには変わりないから威力もそんなにないよな。
まさか戦いで感情が昂っているせいでそう言う細かいことが全く気になっていない感じなのか?気にしてくれよ、そこは!!こいつも強者好きの狂戦士か!そう言うの勘弁してお願いだから。
「だが、私とて遅れは取らぬ。行くぞ!」
ひぃっ。そんなやる気(殺る気)満々で来ないで!戦いを楽しまないで!!シュティレが迷いのない真っすぐに槍で突いてくる。
だが、ちょっと打ち合って見てわかった。シュティレは戦う時に確実に急所を狙っている。これは模擬戦の様なものだと言うのに胸や、頭、足首を執拗に攻撃して来る。正直、めっちゃ怖い。
それは自分の俊敏さや槍捌きに自信があるからできる戦法なのだろうが、狙われてる場所が分かっていると守りやすくもあるのだ。
ドッジボールの時とかも、わざと目立って狙われやすくした方が避けやすい。要はそれと同じなのである……多分。
そして、何とかここまで無事である俺ができることは己の力量の分析。この戦いに勝利するには今の俺が持つ最大限の能力を活かすしかない。必死な俺の脳裏に過るのは、やはり地獄の鍛錬の際に言われたケイオスさんの言葉である。
『そう言えばお前、シャルムやあいつの騎士……いや、王妃の攻撃も躱したんだってな』
『は、はい。まあ、死に物狂いでしたので……たまたま避けられてラッキーと言うかなんと言うか……反射神経は良いって褒められ(?)ましたけど』
『それなんだが、俺が思うにお前、良いのは反射神経じゃなくて“目”じゃねぇか。動体視力ってやつ』
『動体視力?うーん、自覚はないですが』
『まあ、平凡に生きて来たんなら自覚する機会なんざそうないだろう。せっかく良い目を持ってるんだ戦いにしっかり活かせよ。相手の動きをよく見て分析しろ。突破口が開けるかもしれねぇぞ』
前線で戦って来たケイオスさんが言うんだ。俺の動体視力が良いのは本当だろう。なら、その言葉を信じて相手の動きをよく見る。
シュティレの戦法が急所を中心にの攻撃と言うことは確かだ。なら急所を守りつつ自分の攻撃を当てないと!相手を降参させなければこの戦いは終わらないのだから、俺からも攻撃して何とかシュティレを戦意喪失させないと!
「でりゃっ」
胸をめがけて繰り出された槍突きを、なんとか剣で往なし、その勢いでシュティレに剣を振り下ろす。
「甘いっ!はっ!」
俺の一撃は簡単に槍で弾かれる。シュティレの力が強すぎて剣が手からすっぽ抜けそうになったが、必死に柄を握りしめて剣が飛ばされるのを阻止する。
「まっ、まだまだ!やああああ……あ!?」
「な、何っ!?」
シュティレの懐に潜り込み、そのまま踏み込もうとしたその時、俺は足元の小石につま先を引っかけ、つんのめった。あ、これ格好悪いやつだ。
自分の格好悪さを自覚しつつ、踏ん張ることもできないので、諦めてそのまま間抜けな声を出しながら体を重力に任せる。シュティレもまさかこのタイミングで俺がこけるとは予想していなかったらしく、目を見開いたままその場で固まっていた。
結果、俺はシュティレを巻き込んで前傾に倒れてしまった。
『こけたね』
「こけたのう」
遠くから俺の無様さを聖とシェロンさんが実況するのが聞こえる。やめろ、恥ずかしいから!
「いってて、もう散々だ……ハッ!」
とりあえず体を起こそう、そう思ってふと目線を下に落とすと俺はとんでもないことに気がついた。
おれ、シュティレを、おしたおして、いる。
パニックのあまり片言になって思考が数秒停止してしまったが、自分の目が改めて現実を映す。
俺は転倒した際にシュティレを押し倒してしまったのだ。そして今俺は彼女の上に跨っている。なんと言うヤベェ状況だ。
で、でも鎧のおかげで体には一切触れていないぞ。だからセーフ!セーフだよな?こればかりは鎧を着てくれていてありがとうとしか言い様がない。
とか無意味な弁解している場合ではない。早く退かないと俺の人生が終わる。死とは違う意味で終わる!アッ、なんか腹の底と背筋が冷たくなってきたっ。
「ご、ごめん。ちょっとドジ踏んだ。ワザとじゃないんだ。立てるか?」
俺はハンザップの状態で秒速でシュティレの上から退いて謝りながら手を差し出す。謝って許してもらえるとは思えないが、不幸な事故だと言うことだけは理解して欲しい。マジで、下心など一切ないのだからっ!!
「~~~~~~!!」
「いって!あっ、ちょっシュティレ!?」
暫く固まっていたシュティレだったが、突然ハッと反応したかと思うと、差し出した俺の手を思い切り払い退け、こちらを一瞥もせずに真っ赤な顔をしたまま一目散にどこかへ走って行ってしまった。
めっちゃ顔赤かったんですけど。思いっきり手を叩かれたんですけど。ヤベェ……そうとう怒らせたみたいだ。そうだよな。初対面の男に戦闘中に押し倒されるとか普通にブチギレ案件だよな。だ、大丈夫かな。俺、訴えられないかな。
いや、その前にちょっと待て。まだ勝負の途中だけど!?決着がついていない気がするけど、この場合勝敗はどうなるんだ?
『シェロン……君、こうなる未来が視えていね。だからサシで戦わせたんでしょ』
「まあの。お主も視ようと思えば視えたであろう。同じ千里眼の持ち主なのじゃから」
『僕はあんまり千里眼で未来を視ないスタンスなの。先を知ったらおもしろくないでしょ。ネタバレとか嫌いだし』
「ねたばれ、とやらやようわからんが、気持ちはわからないでもないのう」
シュティレが全力疾走して言った方を見つめていると背後からそんな会話が聞こえた。振り返ってみるとそこには、聖とシェロンさんの姿があった。
シルマたちはまだ遠くの方で不思議そうな表情をしたままこちらの状況を窺っていた。
ハッ!さっきのアレ、みんなにも見られてんじゃん。べ、弁解しないと変態扱いされる。アレは事故だと証明しなければっ。
「ち、違うんですよ。俺、好きで押し倒したわけじゃなくて」
「ああ、わかっておるよ。あのこけ方はワザとじゃないじゃろう」
「そ、そうですか。なら、よかった……」
シェロンさんがあっさりと頷き、俺は心底ホッとした。こけたとか言われるのはちょっと恥ずかしいけど。
「ふむう。戻って来ぬか……シュティレは戦意を喪失した様じゃの」
シェロンさんはぐるりと周囲を見渡してシュティレの姿を探し、腰と顎に手を当ててそう言った。
「えっ、何で!?」
あれだけ戦いに気持ちを高ぶられていたのに、戦意を喪失ってどう言うことだ。あ、まさか、俺がこけたから興ざめしたとか?それならちょっと、いや大分申し訳ないしカッコ悪すぎるぞ俺。
不完全燃焼気味な空気の中、シェロンさんが咳払いを1つして、満面の笑みを浮かべた後、高らかに宣言した。
「と、言うことでシュティレは戦意喪失。勝負あり!クロケルの勝ちじゃ」
「えっ、ええええっ!!」
ゆるっと決まった自分の勝利に驚くことしかできない。俺、まだ何もしてませんよ。こけただけで勝利ってラッキー過ぎませんか。と言うか、契約を懸けた決闘なんですよね。
こんなモヤモヤとした感じで良いんですか。誇り高き竜の一族っ!!勝った俺の方が納得できてませんけど。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、シェロンさんは軽くウィンクをして言った。
「約束通り、今後の旅にはあやつを連れて行くが良い」
「いや、そんなあっさり……」
話が良い方向に進みすぎていることに戸惑いを隠せずに脱力をしている俺にシェロンさんはもう終わったことだと言わんばかりにひらひらと手を振った。
「いいんじゃよ、これは決定事項。さ、お主ら。次の国へ出発するまでは竜の谷でのんびりと体を休めるがよい。寝泊まりする場所も用意してやるからの」
そう言ってシャロンさんはシュティレを探してくると言い残して姿を消してしまった。訓練場に残された俺たちは聖以外このぐだぐだな空気について行けず、暫くぼんやりとその場に佇んでいた。
その日の夜。俺は木製の高台から1人で景色を眺めていた。竜の谷は竜族がヒトから隠れて住むための場所のためか、文明とはかけ離れていた。
自然は多いし、水も綺麗で畑も開拓されているため、食べものや飲み水に困ることはないが、家は布製のテントだし、市場はあるが物の売り買いするのではなく畑でできたものを配っているようだった。
客人などほとんど来ることがないため、俺たちの寝泊まりする場所は急遽、竜族の方々が大きく頑丈そうなテントを作ってくれた。もちろん、男と女(と言ってもシルマだけだが)を分けてもらって2つ。
自然の中で暮らしていると言うところに好感が持てるし、テントに泊まれる機会などそうないため不満はないのだが、いかんせん俺の生前はバリバリの現代っ子。暇なときはスマホを触ったり、テレビを見たりして過ごす文明馴れした人種なのだ。
つまり、何が言いたいのかと言うと……。
「暇、だなぁ。やることがない」
この世界では野宿をすることも少なくなかったが、モンスターに襲われないかビクビクしていたから退屈とは無縁だったし、シルマと会ってからは宿に泊まれることも多くなったため、普通にテレビをみて過ごせていた。
竜の谷には文明好きの竜族もいて、テレビを持っている竜もいるらしいのだが、見せてもらいに行くほどのものでもない。
なので、俺はこうして高台から景色をみて時間を潰しているのだ。まあ、集落の明かりしかないからほぼ闇なんだが。風が気持ちいいので良しとしよう、そう思ったその時、背後から声をかけられた。
「く、クロケル殿っ」
「うん?ああ、シュティレ。どうしたんだ」
振り向くとそこにはシュティレが立っていた。鎧姿ではなく、黒い長そでのワンピース姿だったので、そのギャップに少しだけ驚いた。
鎧姿の時は騎士らしく勇ましい印象だったが、今の姿は普通の大人しい町娘と言った感じだ。心なしか、しおらしくなっている気もする。
それに胸も結構……いや、やめておこう。別に俺は女性のステータスが胸だと思ったことは一度もない、本当だぞ。でも、規格外にデカかったら目線は行くものだから、それは許して欲しい。
シュティレは両手を後ろにし、赤い顔をしてモジモジしたあとに、決心をした様に息を止めてずいっと俺にしゅばっと目にも止まらぬ速さで何かを差し出した。
「え、なに?あっ、お菓子とお茶……?」
差し出され、いや突き出された銀のトレーの上には湯気を立てる紅茶と果物を花の形に模したタルトが乗っていた。戸惑いながらもそれを受け取る。
「時間があったので作ったのだ。それでその……作りすぎてしまった故、お前にも分けてやる」
「えっ、これシュティレが作ったのか」
プロじゃん。タルトなんてクオリティが高すぎて元の果物が何かわからないぞ。薔薇っぽいのがリンゴであのオレンジのがマンゴーか?
「わ、私は騎士だがヒトの食べ物にも興味があってな。稀に菓子を作ることもあるのだ」
シュティレは言葉を詰まらせ、顔を真っ赤にしながらプイッと外方を向いた。うーん、(不可抗力で)押し倒してしまったこと、まだ根に持ってるのか?
謝っては見たものの、あれじゃ誠意がなかったのかもしれない。でもお菓子持ってきてくれてるしなぁ。許してくれていると思いたい。
「凄いな。料理が得意なのか?」
「りょ、うりは、個人の味覚に合わせなければならない故、あまり得意な方ではないが、菓子は決められた材料で作れるからよく作るのだ」
質問にはしっかりと答えてくれるあたり、(わざとじゃないけど)不貞を働いた俺にガチギレしているわけではないらしい。とりあえず、よかった。
「そっか。細かい造形とかプロみたいだ。でも、何で俺に?」
「今後世話になるのだから、贈り物をするのは当然のことだろう。勘違いするなよ、同じ理由でお前の仲間にも配っているからな!」
「そっか。ありがとう」
シュティレが何故か早口で説明して来て俺は納得した。なるほど、そう言えばシェロンさんが契約は成立したって言っていたもんな。お近づきの印ってやつか。あ、でもそれだと……。
「あー、世話になるのは俺の方だと思うけど、ごめん、今俺何も持ってないわ」
「いらぬ。お前は私との契約を懸けた決闘で勝ったのだから、気にする必要はない」
割と強い口調で言いきられてしまい、俺は何も言えなくなってしまう。シュティレは顔を真っ赤にした状態でまたプイッと外方を向いてしまった。
うん、実に気まずい。あ!このタルトの感想を言えば会話は続くかもしれない。そう思って手元のトレーに視線を落とした時、視界に黒い何かがチラリと過った。俺は直ぐにその正体に気がつく。
「シュティレ、尻尾出てるけど。いいのか?」
「えっ、ひやっ」
何となく言ってみただけなのだが、シュティレが顔を更に朱に染めてお尻抑え慌て始める。あっ、これは言わない方が正解だったのか?
俺の視界に映ったのは黒いウロコが輝く長い尻尾だった。それが慌てる彼女に共鳴する様にピコピコと動いている。シェロンさんが尻尾や角は意図的に仕舞えるって言ってたけど、本当だったんだな。
「こ、これは、その……き、緊張すると力が緩むと言うか……」
「緊張?」
何に緊張するんだ。お菓子の感想が聞きたいのか?なら、食べた方が良いかな。そう思ってタルトを口に運ぼうとした瞬間……。
「と、とにかくっ、菓子と茶は嫌でなければ食べてくれ!では、私は夜の鍛錬があるので失礼する!」
それだけ言うとシュティレは顔を真っ赤にしたまま脱兎の如く走り去ってしまった。彼女が巻き上げた土煙がタルトと紅茶にかからない様に手で守りながら、俺はシュティレが走り去った方向を呆然と見つめていた。
~ 一方、とある物陰から ~
『……シルマちゃん、覗くぐらいだったら声かけたら?』
「の、覗いてませんよ!クロケル様を探していたらシュティレ様とお話し中だったのでお邪魔をしたら悪いかなって思ったので、様子を窺いながらここで待っていただけで!」
『うん、それを覗くって言うんじゃないかな』
「うううっ。わ、私、シュバルツくんの様子を見て来ます」
そう言ってシルマちゃんは顔を真っ赤にしてクロケルがいる方とは逆の方向に走って行った。
それを見て不謹慎だけど僕の心がワクワクと踊り出す。これ、超面白い展開なんじゃない?クロケルは多分、なーんにも気がついてないだろうし。
シュティレは多分、騎士として生きて来たが故に恋愛耐性がなくて惚れっぽいんだろうけど、シルマちゃんはどこでフラグが立ったんだ。
まあ、そんなことはどうでもいいか。恋とか愛って理屈じゃないもんね、せっかく守った世界をもう一度救う、なんて正直ダルいし謎の教団なんて即天罰!とか思ったけど、これはちょっと見届けたいかも。
「あん?聖、こんなところでなにしてんだ」
『うわぁお!!いきなり背後に立たないでよ。ビックリした』
「いや、お前が壁に張りついていたのが見えたから来ただけなんだけど」
いつの間にが背後に立っていたクロケルに驚きつつ、僕は心を弾ませながら言ってやった。
『これから楽しくなりそうだよ。女心は難しいけど、想いは大切にしてあげなよ?』
「はぁ?」
訳が分からないと言いたげに眉間に皺を寄せ、クロケルは首をひねっていた。それを見て、笑いを堪えきれなくなって、僕は夜の静かな空間で大爆笑をしてしまった。
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聖「次回予告!頼もしい仲間が増え、面白い人間関係を構築される予感。彼が立ち向かうべきは恋かそれとも謎の教団か!」
クロケル「いや、そこは教団だろ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第62話『英雄たちの戦略論争』恋愛に冷め過ぎじゃない?そんなんじゃ完全な恋愛朴念仁だよ、クロケル」
クロケル「恋とか恋愛とか、今の俺に無縁じゃねぇか?俺も特に好きな奴いないし」
聖「うそでしょ。あんなにわかりやすい反応なのに何も感じないとか気持ち悪いぐらいラブコメの鉄板じゃん。漫画とか読んでたらわかるよね、この展開」
クロケル「ラブコメ?どこが」
聖「うーわー」