第58話 ネトワイエ教団の全貌
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
今日も投稿できないのではないかと思って焦りました。忙しいのってリア充ではないですよね。だって「充実」はしていないから。ああー、充実した仕事がしたいです。
本編が少し長くなりましたが、本日もどうぞよろしくお願いいたします。
ライアーの結界から解放され、主に精神的疲労でヘトヘトのヘロヘロになって座り込んでいる俺にシルマが遠慮がちに聞いて来た。
「あの、クロケル様。あの方がおっしゃっていた“異世界の魔法剣士”とは一体……」
「えっ、あっ、ああ~。あれは……」
緊迫した戦いだったから、その発言はうやむやにならないかなぁって淡い期待を抱いていたが、やっぱり聞き逃してもらえなかった様だ。そうだよなぁ。そこ気になるよな。
シルマは悪い人間でもない。俺の過去を話したところで気持ち悪がったり、距離を置いたり、誰かに言いふらしたりする様な人間ではないと言うことは十分に理解している。信頼もしている。
しかし、俺の過去を話すと言うことは同時に聖の秘密を明かすことになる。それは避けなければならない。
聖のことはぼかしながら断片的に話すか、いやそもそも聖に相談せずに俺が転生したと言う話をしてもいいのか。
このまま話すべきか。それ以前にどう説明すべきかわからず、言葉を濁していると、眉を下げ、不安とも取れる表情をして俺を見つめていたシルマの表情がふっと柔らかくなる。
「申し訳ございません。変なことを聞いてしまいましたね。さっきの質問はなかったことにして頂けますか」
その表情は笑顔だったが、どこか寂しそうにも見えて、俺の心をチクリと刺した。
「あ、いや違うんだ。好きで隠していたわけじゃないし、言いたくないわけでもないんだが、これには事情が……」
なんで浮気がバレた彼氏みたいな反応してるんだよ俺。アッ、周りを歩くヒトたちも俺たちの微妙に沈みかけた空気を感じ取っているのか、めっちゃそう言う目で(点)見て来る。すっごいチラチラ見られてる。
別に悪いことも後ろめたいことも何もしていない。しかし、シルマの寂しさを我慢している切なげな表情を見ているとどうしようもなく辛く、罪悪感に苛まれる。
元の笑顔に戻って欲しい。そう思って必死にかける言葉を探すも、こんな特殊な状況は初めての為、気の利いた言葉など出で来るはずもなく、水を失った魚の様に口をパクパクと動かすことしかできなかった。
気まずい、非常危機まずい。ライアーと対峙した時とは別のピンチに襲われ、何もできずにその場でシルマと対面で立ち尽くしていると背後から聞き慣れた声が聞こえた。
『あっ、いた!クロケル、シルマちゃん』
「聖!」
これぞ天の助け!俺は地面に座り込んでいた体制から勢いよく立ち上がり、親友の声を呼んで振り返った。そこにはこちらへふよふよと飛んでくるタブレットと必死にこちらへ駆けて来るシュバルツの姿が確認できた。その隣にはシェロンさんもいる。
そしてその後には猛禽類の鋭い爪の足でガッチリと掴まれたまま項垂れるぬいぐるみ(アンフィニ)の姿もある。え、アンフィニが大分薄汚れているけど何、そっちでも何かあったのか。
「クロケルー!」
「げふぅ!?」
アンフィニの姿に気を取られ、胸に向かって超突進して来たシュバルツを受け止める準備ができずまともにタックルを受けて情けない声と共にその場に仰向けでひっくり返る。
せっかく立ち上がったのにまた地面と触れ合うことになるとは思わなかった。そして頭を打たなくて良かった。腰は強打したけど。そして男子高校生の体格を持つシュバルツがずっと腹に乗っかって重いし苦しい。ぐえーっ。
「く、クロケル様、大丈夫ですかっ」
「だ、いじょうぶ、じゃないかも」
レベル1の俺ではただのタックルでも大ダメージを負ってしまう様だ。ああ、意識が遠のくぅ~。敵組織のボス(多分)からせっかく逃れられたのにこんなことで死にかけるなんてアホすぎるだろ。
「回復します!頑張って意識を保って下さい!」
「あう、ごめんなさい。クロケルしっかりして」
自体に気がついたシュバルツが俺の上から降りたのが薄れゆく意識の中で分かった。シルマシュバルツが俺の名前を呼んであわあわとしているのが分かる。
仰向けになっている俺をシェロンや聖が覗き込んで様子を確認しているのもぼんやり見えるが、なんかもう頭が回らなくなってきた。周りの音も聞こえにくい、ダメだ、これは意識を失う。
俺は低レベルで紙耐久な自分を呪いつつ、重くなる瞼と遠のく意識に耐えきれず、その場で意識を手放した。
「う、うううっ」
ぼんやりとした視界の中で映るのは見慣れない白い天井。綺麗な花畑の中を天使が飛んでいるのが見えた。
え、俺死んだのか。一瞬そう思ったが、耳に聖のホッとした声が届き、現実に引き戻される。
『あ、起きた。もう、びっくりさせないでよ。マジで目ぇ覚まさないと思った』
「うう、あれ。俺、どうなったんだ」
フィルターがかかった様にぼんやりとする意識の中、頭を振って無理矢理意識を覚醒させる。改めて周りを把握してみると俺の下には簡易なベッドがあり、さっき見えた花畑と天使は天井に描かれた絵だった。
ベッドで横たわる俺の周りには仲間が囲む様に立っており、目が覚めた俺に向かって隣で俺を覗き込んでいたシュバルツがおずおずと言った。
「クロケル、ごめんね。ボク、クロケルのことが心配で、見つかって無事だってわかったら、気持ちがふわってその後にブワッてなって、思い切り抱き着いちゃった」
要は俺とはぐれたことで不安になって、再会できて嬉しくなって全力で抱き着いたと。つまりそういうことだな。
うーん。タックルされて死にかけたけど、そう言う理由だとちょっと嬉しい、と言うか可愛いと思ってしまう兄(仮)心。
「いいよ。こうして助かったし。ありがとう、心配かけてごめんな」
悪いことして御主人様に怒られるのではないかと耳と尻尾を垂れさている子犬の如く、しょんぼりとするシュバルツの頭を撫でてやればパッと笑顔になった。
「うん。クロケルが無事でよかった」
『ホントだよ。シルマちゃんの回復魔術で事なきを得たけど、今度からクロケルに全力でタックルしちゃダメだよ、シュバルツ。ソフトタッチでね』
「うん、気をつける」
聖に念押しをされたシュバルツは首を力強く縦に振り、しっかりと頷いた。
「ところでここはどこなんだ」
少しごたついたが、気持ちも落ち着いて来た。改めて自分の現状を確認する。
「神殿じゃ」
質問に答えてくれたのはシェロンさんだった。とてもいい笑顔で答えて頂きありがとうございます。
「神殿って、たしか最初の目的地だったよな」
今回の目的である、ネトワイエ教団の情報を竜の国で得ることができず、町に出て聞き込みをしようと言う話になり、最初の目的となったのがこの国の神殿だ。
目標を決めた矢先にライアー関連でゴタゴタがあって躓いたけど、俺が気を失っている間に目的地に到着していたらしい。
「お主のことは我が担いでやったのじゃぞ。感謝せよ」
「えっ、シェロンさんが!?で、でもその体でどうやって……」
シェロンさんはヒトの時は幼女の姿をしている。対する俺の体は成人男性。担ぐといっても体格差があり過ぎる。担ぐと言うより引きずると表現になる気がするが。
まさか、竜の姿に戻って運んでくれたとか?いや、でも竜族ってあんまりヒトに姿を見られたらいけないんだよな。
「ふふん。こうやってじゃっ」
シェロンさんが得意げに指を鳴らすと、ボンッと音がして姿が白い煙に包まれる。それは一瞬で飛散し、晴れた煙の中から現れたのは腰までの緑色のロングヘアでエメラルドグリーンのドレス姿の、胸に立派なものをお持ちの身長が180cmはありそうなスレンダーで大人の魅力満載なお姉さまがいた。
なんと言うかこう……妖艶と言う言葉が良く似合う気がする。フェロモンに反応しているのか、恋愛感情ではないドキドキが俺の胸を打つ。
「はっ、えっ、どちら様!?」
突然視界をお色気に支配された俺は挙動不審になりながらお姉さまの素性を確認する。するとそのヒトは悪戯っぽくにっこりと笑って言った。
「はははっ、驚いたかの。我じゃ、シャロンじゃよ」
「しゃ、シャロンさん!?えっ、成長もできるんですか」
驚きと動揺で体を震わせ、指を差して聞けばドヤ顔で返された。
「説明したであろう。竜族は年齢を選べると。故に、いつでもどこでも何度でも年齢を変える……ヒトの言葉で言えば“成長”することができるのじゃ。我は力には自信があるし、この姿でお主を担いで神殿まで歩いたのじゃ」
そこまで言うとシェロンさんはまた指を鳴らして幼女の姿に戻り、ドヤ顔をキメていた。
え、俺あんなモデル体型の美人に担がれてたのか。どれぐらいの距離を歩いたのかは知らんが、それってすげぇ絵ヅラじゃね?美人に担がれる魔族の成人男性(俺)って滑稽すぎない?
気を失っていてよかった、と思うと同時に絶対注目のまとだったじゃん、恥ずかしい!と言う気持ちが俺の中でせめぎ合う。
『君が気を失っている間にシルマちゃんから色々と話は聞いたよ。ライアーに会ったんだって戦闘になったんだって?』
内心で悶絶していた俺は聖の声で意識を引き戻され、色々な心情からぎこちなく首を縦に振り、簡単に事情を話す。
「俺を戦力の要だと思っていたらしくてな。早期に始末したいがために罠を仕掛けて俺とお前らを分断したと言っていた」
『なるほど。即戦力から潰す、か。戦法としてはアリだけど、よっぽど自分の腕に自信がないとできない作戦だよねぇ。生きててよかったよ』
聖がタブレットの向こうでうんうんと頷いているのが分かった。それに関しては俺も同意見だ。
「ああ、シルマがいてくれて本当によかった」
『それはお疲れ様。でも、こっちも大変だったんだ。アンフィニが勝手に行動したせいでね!』
聖がタブレットの体をシュバルツに抱きしめられたまま無言で俯くアンフィニにグイッと体を近づけて言った。語調が強いことからかなり怒っていることが分かる。
ミハイルもシェロンも渋い顔をし、シュバルツは悲しげな表情でアンフィニを見ていた。部屋の空気が明らかにアンフィニを責めるものになっている気がして、その重苦しい空気に耐えきれなくなった俺は状況を把握しようと口を開く。
「な、なあ。町での出来事が罠ってことは俺も知っているんだが、そっちでも何かあったのか。アンフィニとか特にボロボロなんだか」
再開した時からずっと気になってはいた。ぬいぐるみであるアンフィニの体は土まみれで砂利まみれ。布の体には小さいが複数の擦り傷があり、まるで地面に強い力で抑えつけられた様にも見える。
聖たちの方でも戦闘になったのだろうか。いや、でも他のみんなは怪我をしている様子も体力を消耗している様子もない。
「ああ、それについてはそいつの自業自得だから気にしてやるな」
困惑する俺の足元でベッドの縁に止まっているミハイルが明らかに嫌味が含まれた言葉を吐くが、アンフィニは反論することなく座っていた。
「自業自得ってどういうことだ。フィニィと戦闘になったわけではなさそうだが」
アンフィニ本人に聞こうにも口を開く気配がない。どうしようかと視線を聖の方に泳がせる。
『彼ね、これは罠なんだよって僕らが教えても、それでもかまわないからフィニィを追うんだ!ってまだ彼女の姿を追おうとしたから、イラッとしてミハイルに取り押さえてもらっちゃった★』
「イラっとしたってお前ねぇ」
星マークをつけておどけている風を気取っているがこれはかなり怒っている。苦笑いをする俺にミハイルが言った。
「まあ、あの時ばかりはそのタブレットに賛成したな。どう言う罠かも把握できない上に、姿が見えたと言うこいつの妹だって本物ではない可能性もあるってのに、こいつ、俺たちの言うことを聞きゃしなかったし」
そう言ってまた呆れた視線をアンフィニに送る。うん、まあ。アンフィニが見たフィニィはライアーの話によると本物だったみたいだけど、今は言わないでおこう。なんかややこしくなりそうだし。
改めて何があったのか話を聞けば、アンフィニが町でフィニィを見かけたと駆け出した後、結局その姿を捕えることはできなかったらしい。そして、気がついた。俺とシルマの姿がないことに。
急いで元居た場所にも戻っても俺たちの姿はなく、聖とミハイルがかすかな魔力反応を感じ取り、フィニィのことも含めてこれは罠だと言うことに気がついた。
しかし、そんなに魔力反応を辿ろうとも俺たちの居場所の特定には至らなかったらしい。恐らく、ライアーが全てを見越してそうなる様に魔術を施していたのだろう。それだけ彼は頭も切れて、魔術に長けていることになる。
ライアーから逃げ切れたことに改めて安心し、同時にそんなやつの罠にはめられ殺されかけたと思うとかなりぞっとした。
「まあまあ。こうして全員無事じゃったことじゃし、問題なく済んだことで誰かを責めるのもお門違いと言うものじゃ。過去を見るより未来を見んか。せっかく進展があったと言うのに」
悪くなりかけた空気にシェロンさんが明るい声で割って入って来た。そしてもの凄く気になることを言った。
「進展?」
「それについては、私からお話いたします」
その言葉の意味がどうしても気になり、聞き返すとドアの方向から穏やかな声と共にコツンと靴音がし、そちらに視線を向けてみればクリーム色でくせ毛の短髪の髪をした、細身の見慣れぬ男性が佇んでいた。
「え、ええっと。あなたは?」
「初めまして。僕はこの神殿の職員、ソンバと申します」
自らをそう名乗った男は、とても大人しそうで、物腰も口調も穏やで柔らかな人物だった。髪の色は黒。鼻の頭にそばかすがあり、年齢は30歳前後、身長は170cmほどだろうか。
神殿の職員が纏う純白の生地に十字の模様を金色の糸で施した制服をきっちりと着こなし、俺たちを見るなり丁寧に頭を下げた。
「あの、神殿の職員さんがどうしてここに?」
話が見えずに疑問を口にすれば聖がすかさず補足をする。
『ソンバさん、ネトワイエ教団の元団員なんだって』
「えっ、マジで!?」
何と言う急展開。直ぐには受け入れられない言葉に俺は失礼とはわかっていてもソンバさんを凝視してしまう。俺の視線を受けたソンバさんは困り顔で微笑んでいた。
『お主が気絶している間に情報を集めようと神殿で色んな者に話を聞いていたのだが、そこで名乗り出て来たのがこやつだったのだ』
のう、とシェロンさんがソンバさんに微笑んで確認するとソンバさんは俺としっかり目を合わせて頷いた。
「はい。僕は神子様がこの世界をお救いになられるまで、ネトワイエ教団の一員として活動をしておりました。僕の知る限りの情報は全て提供させて頂きますよ」
「そ、そうですか」
本人に肯定され様とも未だに信じられない。失礼な言い方をすれば容姿も雰囲気も地味で良いヒトそうな印象だった。あのライアーが率いるサイコパス集団の一員だったとはとても思えない。
「クロケル様もお目覚めの様ですし、このままお話してもよろしいでしょうか」
ソンバさんが俺たちを見回しながら確認した。シルマが俺を覗き込んで心配そうに確認する。
「クロケル様、体調はいかがですか。もし気分が悪い様であればもう少し時間を空けるか、日を改めると言うのも手かと思いますが」
「いや、大丈夫だよ。こう言うのは早めに聞いておいた方が良いと思うし」
「そうですか」
シルマは心配した表情のまま納得した。俺の返事を聞いた聖はソンバさんに向き直って話の続きを促す。
『クロケルがそう言うなら大丈夫だろう。ソンバさん、お話を聞かせて頂いてもよろしいですか』
「はい、一応人払いも済ませておりますし、僕も時間を頂きましたので、誰かに邪魔をされるようなことはないと思いますので、ご安心ください」
ソンバさんは浅く頷いた。そしてご丁寧にその辺に置いてある椅子を集めてくれて俺が体を預けているベッドの周りに半円になる様に並べた。
「みんなさん、どうぞご着席下さい。長くなりますので座ってお話いたしましょう」
促されるままシルマたちは着席し、座る必要のない聖はそのまま宙に浮き、ミハイルもベッドの縁で良いらしい。アンフィニはシュバルツの膝の上に座っている。
着席し、一瞬だけ静かになった後、俺は意を決して口を開いた。
「えっと、まずはネトワイエ教団について知っていることを話して頂いてよろしいですか」
「はい。ネトワイエ財団は志と思想を同じくした者の集まりで、各地に団員が存在します。具体的な数は分かりませんが、僕がいた時で300人以上はいたのではないかと思います」
ソンバさんは躊躇うことなく、スラスラと話し始めた。本当に全てを話してくれるつもりなのだろうか。微妙に疑念を抱きつつも俺は更に質問をする。
「ネトワイエ財団に本部や拠点は存在するんですか。存在するのであればその場所を教えて頂きたいのですが」
その質問に対し、ソンバさんは首を横に振った。
「僕の知る限り、本部などは存在しません。指導者であるライアー様から各地で生活をしている団員に指示が行き、それに基づいて行動することが多いです」
『指示って何?そもそも教団ってどんな活動をしているの』
今度は聖が質問し、ソンバさんはまた丁寧に答えた。
「僕は下っ端だったので、本質的なことはお伝え出来ないかもしれませんが、主に勧誘ですね。普段からネトワイエ財団の志に近しい人物の調査、そしてスカウトです。僕は参加したことはないですが、場合によっては戦闘をしなければならないこともあるとか」
「せ、戦闘ってなんですか」
「それは僕にも分かりません」
ソンバさんは首を横に振った。あまり目立った活動はしていない組織と思っていたが、それなりに暴れていた可能性もあるってことかよ。
「あの……志って言うのは、世界の破滅ですか」
「はい、その通りです。ネトワイエ教団の最終目的は世界の破滅ですから」
シルマの悲しそうな確認をソンバさんはキッパリと肯定した。それによって少しだけ空気が重くなったが、俺は次の質問をした。
「あなたはネトワイエ教団にいたんですよね。何で今は神殿で働いているんですか」
影での暗躍とは言え、教団はまだ存在している。世界の破滅を望む組織に入るなど余程この世界に不満があるから賛同したはず。それなのにどうして教団を抜け、神殿で働いていることが気になり、聞いてみた。
あまり人を疑うのは良くないが、もしかしたら彼が言っていることは嘘で元団員のいフリをした刺客、と言う可能性もあるのだから。戦いのある世界で油断は禁物だ。お人好しになりすぎてはいけない。俺は自分にそう言い聞かせた。
「私が教団をやめた理由ですか。そうですね……何と言いましょう。強いて言うのであれば熱量の違いですかね」
ソンバさんは疑いの目を向けられている自覚があるのか、苦笑いで答えた。
「熱量の違いって、具体的には」
俺が質問を重ねるとソンバさんは話を続けた。
「ネトワイエ教団は言ってしまえば“この世界に不満を持つものの集まり”です。ライアー様が長い年月をかけてその想いを抱くものを各地でスカウトし、教団を大きくしているんです」
『団員だったってことは、あなたも世界に不満があったってことだね』
現在の世界の長である聖が、切なそうに聞くとソンバさんはぎこちなく、そして恥ずかしそうに頷いた。
「はい。前長が治めていた世界は治安も悪く、職業難の時代でもありましたから。モンスターに襲われる恐怖、仕事もなければ明日の食べ物すらない。職を失い、住む場所もうしなっていた俺は暗闇しか見いだせない未来に絶望し、毎日不満を募らせてスラム街で過ごしていました」
ピクリ、とアンフィニが反応する。恐らくほんの一瞬、ソンバさんが前長を悪く言ったからだろう。まあ、前長は世界を滅ぼそうとしていたわけだし、悪く言われても仕方がないとは思う。
だが、アンフィニはこの世界のヒトたちが知らない前長の一面を知っているわけで、仲も良かった様だし、親代わりの相手を悪く言われて気分を害する気持ちも分からなくはない。
アンフィニの変化に気がついたシュバルツがぎゅっと力を込めて、今にも飛びかかりそうなアンフィニの体を抱きしめた。頼むぞ、シュバルツ。この話が終わるまではそのまま押さえておいてくれ。
「不満ばかりの毎日の中、手を差し伸べてくれたのがライアー様だったのです。彼は言いました。この世界が不満ならば壊してしまえばいいと。惨めな毎日が辛かった私は、ただただこの生活から解放されたくて、差し伸べられた手を取りました」
そこまで話すとソンバさんは顔を俯かせて黙ってしまった。色々と思い出すことがあるのだろう。ネトワイエ教団関連の記憶は彼にとって辛いものなのかもしれない。話を聞いているだけで申し訳なくなってくる。
「なるほど、この世界に不満を持つ者ばかりをスカウトすれば統率も取れるし、組織も直ぐにデカくできるわな」
『ラピュセルさんのお父様も地位を追いやられて家族で田舎暮らしをしていたから、世界に不満を持っているとみなされてスカウトをされたのか。まあ、断られたみたいだったけど』
辛そうなソンバさんを目の前に、ミハイルと聖が冷静に分析をしていた。なんでこんなに義務的なんこの2人。もう少し相手の様子を窺って気遣いの姿勢を見せろよ。
『それで、熱量の違いって何です?何をどう感じてあなたは教団を抜けようと思ったのですか』
聖はグイグイと話を聞いて行く。よいやく見つけた大事な手がかりとは言え、そんなに詰め寄らなくても良くないか。
「教団員のほとんどが本当に世界の破滅を望んでいるんです。世界が消えるなら自分も消えても構わない、と言う姿勢のヒトが圧倒的で……私はそれが怖くて仕方がなかった」
膝を強く握りしめて、ソンバさんは震える声で言った。
「あなたは、違ったのですか」
シルマが遠慮がちに聞けばソンバさんは眉間に皺を寄せながらゆっくりと頷いた。
「僕が世界に不満を持っていたのは事実ですが、正直なところ、僕は世界の破滅よりも世界の変化を望んでいましたみ簡単言えば現状が良くなればそれでよかった、だから、活動には次第について行けなくなって……」
『それで、退団したということか。でも、よく退団を許してもらえましたね。強制力が弱い組織なんですか』
それは俺も思った。“やっぱりあなたたちにの思想にはついて行けません、組織を抜けます”と願い出て“はいそうですか”と返してもらえるものだろうか。
とても疑問に思ったが、ソンバさんはしっかりと頷いた。
「強制力が弱いと言うか、来る者は拒まず、去る者は追わずの組織なのです。特に僕は下っ端ですので、大した情報は持っていないし、去ったところで戦力が減ったことにはならないのでしょう。組織から解放された後、この神殿に就職し、ヒト並の生活を送らせて頂いております」
ゆっくりと瞳を閉じて落ち着いた声色でソンバさんが言った。なまじ信じられない話ではあるが、実際ソンバさんはこうして無事なわけだし、言っていることは嘘ではないのだろう。
な、なんかブラックなのかホワイトなのかわからない組織だな、ネトワイエ教団。いや、悪い活動をしている時点で真っ黒かもしれないが。
『……組織のことはわかりました。では、ライアーについてはどれぐらい把握していますか』
聖が唐突に問いかけ、ソンバさんが目を見開く。
「ライアー様について、ですか。何度も言いますが僕は下っ端です。トップであるライアー様のことなど知るはずがありません」
『どんなに小さなことでもいいんです。癖とか、出身地とか、ウワサ、なんでもいい。何か印象に残っていることはないですか』
少しでもライアーの手がかりを集めたいのだろう。聖は前のめりになり、早口で聞いた。その勢いに押され、ソンバさんの瞳を泳がせながらも懸命に記憶を辿り、そしてその動きがピタリと止まった。
「本当に小さなことですが……」
何か思い当たったのか。その場の全員がそう思い、緊張した面持ちでソンバさんの言葉に耳を傾けた。
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聖「次回予告!ついに判明したネトワイエ教団の実態。世界を守るため旅は続く!そして竜の谷へと戻ったクロケルたちは、シェロンの計らいで新たな戦力を得ることになる」
クロケル「何かこう言うの、仲間の加入イベントを彷彿とさせるなぁ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第60話『竜騎士シュティレとの契約決闘』クロケルの勇士に期待してね」
クロケル「け、契約?決闘?な、ななな、なんでそんなことになってるんだっ」
聖「いや、竜族だよ。タダで仲間になる訳ないじゃん」
クロケル「マジかよーーーーっ!!」