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第57話 狙われたクロケル、絶対絶命、危機一髪!!

この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。


今回は少し長くなりました。読みにくかったら大変申しわけございません。お時間がある時にゆっくりとお読み頂ければ光栄です。


なんで長くなるかなぁ(泣)


本日もどうぞよろしくお願いいたします。

 洞窟を出た俺たちはシェロンさんの背に乗り集落へと向かい、適当な場所で降ろしてもらった後、ヒトの姿に戻ったシェロンさんと共にその中を歩いていた。


「ここが竜族が暮らす集落じゃ。集落は他にも存在するがここは市場に近い、この谷で1番にぎやかな集落と言えよう」


 集落はとてもにぎわっており、それぞれが洗濯をしたり、家の前を掃除したり、小さな市場で買い物をしたりして生活をしていた。


 道行くヒト(竜?)はみんな見た目は普通の人間と寸分違わぬ姿をしており、性別の外見年齢もそれぞれで、90代ぐらいの老人もいれば10代の若者の姿をしている竜もいる。ガタイが良い男性、スレンダーでクールな女性、はしゃいで道を駆け回る子供たちもいた。


 長であるシャロンさんと一緒に歩いているせいか、妙に注目を集めてしまっているのが何とも気まずい。ただ、よそ者を忌み嫌っている視線、と言うよりは物珍し気な視線と向けられている様な気がする。


「こうしてみると、あまり竜族という感じはしませんね。私たちヒトと変わらなく見えます」


 周りの様子を窺いながら、シルマが失礼になってはいけないと思ったのか小声で俺に話しかけた。


「そうだな。俺も翼とかツノとか、竜の名残があるのかと思っていたが、見た目は全く俺たちと同じで驚いてる」


 俺が小声で返すとシルマも同じことを思っていたらしく、こくこくと頷いていた。そんな会話をバッチリ聞いていたシェロンさんが先頭を歩きながら顔だけをこちらに向けて投げかけてもいない質問に答えてくれた。


「まあ、ヒトの姿をしていた方が小回りが利くし、翼や角や尻尾は活動する上では邪魔だからの。それに人里に出た時にも目立ってしまう故、魔術で隠している者の方が多いのじゃ」


「人里って、ここに住む方はヒトがいるところに出向くことがあるんですか」


 竜の谷はヒトが簡単には踏み入ることができない仕組みになっていたので、外界を完全に遮断していると思っていたが、そうではないらしい。


「食べ物はある程度自給自足で補うことはできるが、ヒトの食べ物や文明は発想が面白いものが多いじゃろう。それを求めて人里まで向かう竜が多いのじゃよ」


「そうなんですね。てっきり人間を嫌って隠れ住んでいると思っていました。じゃあ、どうして時空の中を絶えず移動してまで人間の里と竜の谷が交わらないようにしているんですか」


 人間を嫌っているわけではないのであれば、どうして簡単に行き来できない様にしているのだろうか。人間から隠れ住む理由が他にあるからなのだろうが、今のところその理由の見当が全くつかない。


 そう思い何となく質問をしたのだが、シェロンさんは寂しそうに笑って返答した。


「我ら竜族が隠れ住んでいるのは、ヒトから侵略を阻止するためじゃ。我らは希少種。ヒトが捕えて研究をしたいと考えていることも知っているからの。用心の為じゃよ」


「で、でもヒトを嫌っている訳ではないんですよね」


「ああ。嫌ってはおらぬ。だが、信用もしておらぬ」


 シャロンさんはキッパリと答え、そして続けた。


「ヒトの世が研究者だけではないとはわかっておるし、ヒトとは友好な関係を築きたいとは思うが、竜族に邪な考を持つ輩がいる限り我らも容易には心を許すことはできん。こういう感情は一方通行ではどうにもならぬじゃろう」


「そう、ですね」


 当たろ前のように紡がれた言葉に俺はぎこちなく頷くことしかできなかった。嫌ってはいないけど信用はしていない、と言い切られてしまうととても複雑だ。


 どこの世界でもヒトと言うものは「異種」に興味を抱き、友好関係を築くよりも前に研究対象にしようと考えるんだな。それは多分、自分たちの環境をより良いものにしたいと思いから来る行動なのだろうが……。


 でも、ヒトの文明の発展ばかりを望んで他の種族を蔑ろにするのはいかがなものか、と思うと同時に、それは決して正すことの出来ないヒトと言う存在の在り方なのだろうなと複雑な気持ちに陥った。


「まあ、こちら側からは簡単に人間の里に移動できるからの。誰も不便はしておらんよ」 


 翳り始めた俺の心中を察したシェロンさんがさりげなく話を逸らした様な気がしたので、俺もそれに倣い質問を変えることにした。


「それで、俺たちはどこへ向かっているのでしょう」


 シェロンさんに言われるがまま後をついて来たが、今のところ集落の中をただ歩いているだけだ。竜の谷を案内してくれるとは聞いたが、ネトワイエ教団の情報集めを兼ねていたはずだ。今のところ、視線を集めるばかりで何1つ情報を得ていない。


 ただ集落を練り歩くだけのこの状況を疑問に思い、でも目的地を決めているのかグイグイと歩き続けるシェロンさんが気になって確認をしてみると、さらりとした答えがあった。


「ああ、集落は竜の生きている年数ごとに分けておってな。この奥の集落に我よりかは若いが年長の竜が集まる集落がある。まずはそこで情報を集めようと思ってな」


 年長って、この集落にもおじいさんやおばあさんはいるけど、彼らは「年長者」には入らないのかな。


 ああ、でもシェロンさんのことを考えると見た目=年齢だとは限らないんだよな。若者ても老人の可能性があって、老人でも若者の可能性がある……ん?そもそも本来の年齢設定ってどうなってるんだ。人間と同じように(歳月的な意味で)年を取るのか?


「基本的にはヒトと同じと思ってもらって構わぬぞ。生まれてから次の1年までを1歳としておる。ヒトと違うのは姿と年齢とイコールではなく、自らの意志で選べると言うところじゃな」


 心を読んでの解説、誠にありがとうございます。でも、そうなって来ると1つだけ疑問に思うことがある。


「人間は大概の場合、年老いて寿命を迎えて生涯を終えますが、自ら年齢をコントロールできる竜族はその辺り、どうなっているんですか」


 もし、それも人間と同じなら年老いた姿をするだけ損だよな。年が上なほど魔力が強まるって聞いたけど、それだけの為に寿命を縮めるのはいいかがなものかと思う。


「見た目はいつでも自分の意志で変えることができるし、外見が老いているからと言って寿命に影響することはない。そもそも竜は長生きじゃからの。寿命に関してはあまり気にしていないのではないか」


「そうなんですね、ちょっとうらやましいかも」



「それは、年齢を操作できることがか、それとも寿命が長いことか」

「えっ」


 なんとなく呟いただけなのに、シェロンさんが唐突に聞いて来たので思わず言葉に詰まってしまった。


「いや、深くは考えていなかったのですが……両方、ですかね?」


 本当に深く考えずに発言したため、自分の言葉に自信が持てず、首を傾げ疑問系で答えるとシェロンさんがこちらを振り向くことなく前を向いてボソリと言った。


「長い時を生きると言うのも中々辛いものじゃぞ」


「え」


 一瞬だけ、シリアスな空気が流れ、そしてシェロンさんは笑顔で振り向いて言った。


「まあ、我はもう慣れたが故、長寿を楽しんでおるがな。適度長さのな人生を送るのが1番よいぞ」


「そ、そうですね。そう思います」


 何気ない呟きだったのになんだか変な空気になってしまった。不用意に不老不死をうらやましがるものじゃないな。言葉を間違った。


 俺は自分の発言を反省しつつ、今度は黙ってシェロンさんの後に続いた。




 その後、集落の奥の年長の竜が集まる場所へと訪れたが、結論から言うと収穫は全くなしだった。どの竜もネトワイエ教団のことをウワサすら聞いたことがないらしい。


 仕方がないので、竜の谷での情報収集を一旦切り上げ、俺たちはヒトが暮らすアエラスへ移動することになった。


 秘密の抜け道から移動し、竜の谷からあっと言う間にアエラスへとやって来た。シェロンさんはよく人里へ訪れるらしく、ここでも案内を買って出てくれた。


「ますは神殿に行こう。あそこは国民の他に旅人も多く集まる場所じゃ。情報も集めをするにはもってこいの場所じゃぞ」


「神殿」」


 その言葉を聞いて俺は古になりつつある記憶を呼び起こす。神殿、それは長として世界を監視する聖が、各地で起こる小さな事件をヒトに解決させるために「依頼」を出す場所。


 ヒトの世界はヒトに守らせる。それが聖が決めたこの世界のルール。世界の破滅でもしないない限り、長である聖が動くことはないのだ。


 依頼を解決すれば報酬も出るため、生活の為に利用するヒトが多いハローワーク的な場所で俺もレベル上げと生活費を稼ぐために稀に利用していたのだが、ゴタゴタに巻き込まれて以降は今ではすっかり無縁の場所である。


 シェロンさんの提案に乗り、神殿へと向かおうとしたその時だった。


「フィニィだっ」


 多くの人が行き交う市場の先を見つめてアンフィニが叫んだ。


「なんだって!?」


 その声に反応し、俺たちは辺りを見回すがフィニィらしき姿は見当たらない。と言うか人が多すぎて個人を特定するなんて不可能だ。


「こんなに人が多いし、見間違いじゃ……あっ、おいっ、待て」


 俺がアンフィニに視線を落とすと、アンフィニはシュバルツの腕からもがいて飛び降り、俺の静止を無視して人ごみの中を駆け抜けて言った。


「こんなに人が多い中での個人行動は危険ですよ。後追いかけましょう」


『もう、罠かもしれないのに。馬鹿な奴だな』


「仕方ない、何があったかはわからぬが、神殿は後回しじゃ」


 シルマがそう提案し、その場の全員が頷く。ミハイルは上空から探すと言い、空へと舞い上がった。みんな一斉にアンフィニが駆け抜けて言った方へと走る。


 俺も追いかけようとした時、背後でズジヤッと地面をする音がした。反射的に振り向くと、俺の視線の先でおじいさんが蹲っていた。転んだのか?どこか怪我をしてしまったのか、両膝をついたまま起き上がる気配がない。


 しかも周りの人はおじいさんを避ける様にして歩いている。なんで誰も助けないんだ。その光景に凄くそわそわして、居ても立ってもいられなくなって、そして決意した。


 アンフィニのことも気になったが、怪我をしたかもしれないヒトを見て見ぬふりなど俺にはできず、みんなが走っていった方とは逆の方へと走った。みんなが向かった方角は確認したし、端末を持っているから聖とは連絡が取れるはずだ。問題ないだろう。


「大丈夫ですか」


 倒れた拍子にどこかに怪我を負ったかもしれない。ゆっくり助け起こそうと手を差し出す。おじいさんがゆっくりと俺に手を伸ばし、口を開いた。


「はい、助かりました……あなたがお人好しで」


「え……ぐっ」


 おじいさんの口調と雰囲気が突如変わり、突然ガッと勢いよく俺の腕を掴む。そして老人とは思えない力でギリギリと締めつける様に俺の腕を握りしめた。あまりの痛さに顔を歪めてしまう。


 誰かに助けを求めようと周囲を見回したが、みんな素知らぬ顔で俺たちの横を通過している。まさかの無視か!保守的な国民しかおらんのかここは。と思ったが、直ぐに違和感に気がついた。


 行き交う人は全員こちらを一瞥もしていない。俺たちを気にする様子もなく、一瞬もこちらを見ないのだ。まるで、本当に見えていない様に……そこまで考えて俺はハッとした。


「まさか、俺たち見えてないのか」


「ご明察。元々私の姿はあなた以外には見えない様に魔術を施してありましたので。そして、私に触られたあなたも、今は誰にも認識されていません」


 すらすらと紡がれる言葉、そしてこの丁寧で渋い声色、この胡散臭い口調は記憶に新しい。確実に、嫌な予感がする。


「まさか、ライアー」


 名前を呼んだと同時に目の前のおじいさんの姿がゆらりと歪み、紳士的なおじ様へと姿を変える。


「はい、ライアーです。暫くぶりでございますね」


 あわわわ、全然嬉しくない再会だ。逃げなければ、と思うが腕をがっちりと掴まれているため逃れることは叶わない。俺が非力なせいなのか、ライアーの力が強いのか若干きになる。


「な、なんで」


 動揺を隠せない俺を見てライアーは上品にくすりと笑った。何その笑い方、感情が読めなくて怖いんですけど。


「それは結界の中でお話ししましょう。姿が見えないと言ってもこんな町中で戦って騒ぎになれば、せっかくあなたとお仲を引き離した意味がないですからね」


 そう言ってライアーがパチンと指を鳴らすとあれだけ人がにぎわい、にぎやかだった町中が一瞬で真っ暗な空間に包まれる。


「これで、ここには私とあなたのふたりきりです。空間を遮断してあるので、あなたのお仲間も駆けつけることは叶いません」


「ま、マジでかっ」


 完全に音が消え、シンとした空気が不気味さと不安を掻き立て、さらに助けが来ないと言う事実を突きつけられた俺は恐怖から自分の喉がヒュッと鳴るのが分かった。


あまりの恐怖で意識を飛ばしそうになったが根性で耐える。戦うってなんだよ。いや、その前に俺を聖たちから引き離したってどういう意味だ。


「まさか、罠か」


 導かれる答えは1つしかなく、震える体と声を押さえながら恐る恐る確認するればライアーはにこにことしながら深く頷いた。


「はい。アンフィニさんはフィニィさんのことになると我を忘れがちですからね。その気持ちを利用させて頂きました」


「え、さっきアンフィニが追いかけて行ったフィニィは本物だったのか」


 俺たちが町に足を踏み入れた時からこいつらの手の中にあったってことか。今思えばあからさまな感じはするが、突然アンフィニが走り出したせいで誰も違和感に気がつけなかったのかもしれない。


 あと、手を離してください。怖いです、チビリそうです。勘弁して下さい。そな俺の心の訴えも空しく、ライアーは俺の手をしっかりガッチリ掴んだまま、先ほどの言葉を肯定した。


「ええ、本物ですよ。フィニィさんに町中をうろついて頂き、アンフィニさんがそれを見つけて追いかける。他のみなさまがそれを追いかけ、老人に扮した私があなたを仲間から引き離す、と言う単純な作戦です」


 本当に単純だ。見事に引っかかったのが恥ずかしいぐらい単純な作戦だ。ああ、なんであの時おじいさん(に扮したライアー)を助け様と思ったんだよ。俺も馬鹿!お人好し!人助けをして自分が危険に晒されるなんてアホじゃん。数分前のお人好しな自分を呪いつつ、ふと思った。


「なんで俺を仲間と分断する必要があるんだ。お前らの、ネトワイエ教団のターゲットはかつての神子とその仲間のはずだろう」


 俺だけが狙われる理由はこれっぽっちも見当たらない。厳密に言えば俺も神子の関係者ではあるが、こいつは俺の聖の関係を知らないはず……だよな。


 掴まれている手から心を読み取られているのではないかとひやひやしながら、俺はビビってないぞとアピールすべく、なるべく顔の筋肉に力を入れてライアーを睨む。


 しかし、ライアーは悲しいかな怯む様子は一切みせず、涼しい顔のままゆっくりとした口調で確かめる様に言った。


「あなた、この世界の住人ではありませんね」


 その言葉が耳に届いた瞬間、心臓がドキリとした。言っておくが決してときめきから来る胸の高鳴りではない。図星を突かれた動揺と緊張から来る高鳴りである。


「ど、どうしてそれをっ……あっ」


 驚きすぎて肯定してしまい、慌てて掴まれていない方の手で口を塞いだが遅かった。俺の反応で確信を持ったライアーはにやりと口角を上げて笑った。


「ふふ、やはりですか。グラキエス王国でフィニィさんの影からあなた方を観察していた際、あなたの醸し出すオーラ、そしてこの世界に関する知識のなさから推測していたのです。あなたはかつての神子と同じなのではないかと」


「お、同じってどういうことだよ」


 どこまでた。こいつは俺のことをどこまで予測している。今度こそ、悟られない様に。大丈夫だ、俺には聖のジャミングがかかっている。俺のレベルのことも含め、情報は漏れていないはずだ。落ち着け、余計な反応はするなよ、俺っ。


 この男が持つ俺の情報はまだ推測の域。下手に反応をしてなるものかと自分に言い聞かせたが、次に紡がれた言葉には耐えることができなかった。


「異世界の住人ではないか、と言うことです」


「なっ」


「ふふ、当たりですか。私の推理力も中々のものですね」


 ビクリ、と体が反応し相手に図星だと伝えてしまった。我ながらわかりやすい性格だと自分を呪った。


 ライアーは自分の推理が当たっていたことがよほど嬉しいのか、見るからに上機嫌だった。今なら逃げられるかも、と思い掴まれている手を引いたが、やはりしっかり掴まれており、解放されることはなかった。こいつ、隙がない。悔しい。


「どうしてそんなことが分かるんだよ」


「かつての神子、我々が忌むべき相手が異世界から来たと言うことはこの世界では周知されていること。その神子も最初はこの世界に不慣れで戸惑うことも多かったと聞きます」


 ライアーが淡々と話し始める。冷静にスラスラ喋っている姿に言い得ぬ恐怖を感じる。

 ビクビクしながらただ真っすぐライアーを怪訝に見つめていると突如、短い質問を投げかけられた。


「あなたも、そうなのでしょう?」


「えっ」


 そうって、何が。何のことを言っているんだ。彼の言わんとしていることが全く見えてこず、返答に困っていると更に言葉を重ねて来た。


「異世界からこの世界に召喚された、と言うことは世界の危機を救うために現れたと言うこと。ならば、始末するしかないでしょう」


 アッ、そう言うことでしたか。そうですよねぇ、あなたが世界を滅ぼそうとするタイミングで異世界から来た人物が現れたら何か勘ぐっちゃいますよね、わかります。


 でも違うから。しかも俺、厳密に言えば異世界から来てないし。だから始末とか物騒なこと言わないで貰えませんかね!?


「そ、それにしてもなんで神子と無関係の俺を狙うんだよ。手を貸しているのが気に食わないのか」


 本当は無関係じゃないし、手を貸すほどの能力は持ち合わせてないが、俺はライアーを睨みつけて言った。


「私は強い者から潰す、と言う戦い方を好んでおりまして」


 すごくいい笑顔で怖いこと言われた。こ、このヒト俺が強いと思っているのかっ。確かに、世界の危機に現れる異世界の訪問者は大概特別な存在だけど、俺は違う。


 神子である聖の召喚に巻き込まれて、時空の狭間で消滅したただのモブだ。しかも聖の力で奇跡的に元の魂を保持したまま転生しただけの一般人。


 特別な存在でもなんでもない。レア度は高いけど、レベル1だし。そこらの低レベルモンスターと同格いや、それ以下だそ。勘違いするなーっ!


 なんで1番重要な推理だけ外すんだよ。あああっ、こんなオチならステータスにジャミングなんてかかってない方がよかった。レベル1ならこんな風に仲間から離されて暗殺、みたいな展開にはならなかったんじゃないのかっ。


 いや、でもその場合レベル500のシルマが俺と同じ目に遭っていた可能性もある。それはそれで心苦しいし心配だ。


「では、そろそろお別れの時間にしましょうか」


 余計なことを考えているとライアーがどこからともなく小刀を取り出してそれを俺に向けた。腕を掴まれたまま至近距離で向けられた銀色に輝く獲物を直視してしまい、恐怖でふらつきそうになる。というか、一瞬くらっと来た。


だめだ、このままでは確実に人生が終了する。こんなところで孤独にさらっと命を奪われるなんて御免だぞ。


「離せっ!このっ」


 窮鼠猫を噛むと言うことわざを実演してやるっ!俺は腕を掴まれた状態で思い切り左足をライアーに向かって振り抜いた。


「……っ!」


 前触れのない横下蹴りにライアーは初めて驚きの表情を見せ、左腕でそれを防いだ後に、俺から手を離して、バックステップで後退し俺から距離を取った。


「さすが、異世界のお方。先ほどまで動揺と恐怖を見せていてのは演技でしたか。いやはや、騙されてしまいました」


 ライアーが腕をさすりながら、余裕と笑顔を保ったまま言った。

 いや、本当に怖かったし本当に動揺しまくりでしたよ。今も心臓が体から分離するんじゃないかってぐらいバクバクだからな。お前のせいで。


 でも、ケイオスさんとの体術の訓練が役に立った。蹴りの威力は並かもしれないが、難は逃れることができた。ありがとう、ケイオスさんっ。


「そちらが本気を出すのであればこちらも本気で行かなければ失礼ですよね」


「はい?」


 俺が心の中のケイオスさんに感謝を伝えているとライアーが静かに淡々とそう言った。その表情は微笑んでいるが目が笑ってない上に殺気をバリバリに感じる。これは、アカン展開ではないでしょうか。


「ちょっ!本気なんて出してないし。勘違いすんなよ」


 思わず本音が口から出た。しまった、正直になりすぎたと思ったが、それを聞いたライアーさんがピクリと表情筋を動かし反応した。


「ほほう、この私に一発見舞わせておいて本気ではないと。先ほどの殺気がない蹴りはあなたにとっては威嚇程度、と言うわけですか」


「え、えええ……」


 何か変な方向に勘違いしていらっしゃる。殺気がないのは当たり前だ。こっちに殺る気なんて微塵もないんだから。あれは弱者の必死の抵抗だよバーカ。あと全力で蹴りに言ったわ。


 異世界から来たと言うだけで何故か俺の評価を高く置くライアーに激しくドン引いていると、ライアーふふっと笑った後に、俺をまっすぐに見つめた。え、ちょっと待って、何その目。ハイライトがないですよ、目が死んでますよ。


「では、あなたを本気にさせた後に、本気の戦いの中で命を頂くとしましょう。その方が私も楽しめるでしょうから」


「ひぇっ」


 淡々と紡がれた言葉に血の気が引く。なんでそうなるんだよ、このヒト穏やかな雰囲気な癖にとんだ狂戦士(バーサーカー)だな!


 そうツッコミを入れた瞬間、カンカンッと小型ナイフが5本ほど俺の足元に突き刺さった。「ひっ」と短く悲鳴を上げて飛んできた方角を見るとライアーが両手にナイフを5本ずつ構えて立っていた。


 もはやホラー映像だわ。ナイフが武器のキャラは今まで(二次元で)たくさん見て来たが実際に目の前にすると怖いわ。まずナイフをダーツ感覚で目標に飛ばせるのが凄い。


 関心と恐怖が入り混じらせながら困惑している間にもスタタタッとナイフが地面に刺さり、我に返る。ちょっと、何本ナイフ持ってるんですか。


「あなたが本気を出してくれるまで、こちらも全力でお相手いたします」


 ヒュッと風を切る音がして、反射的に飛んできたナイフを躱す。


「わたたたっ」


 変な声を出しながら、間抜けにタップダンスをして奇跡みたいに全てのナイフを避けきった。ライアーが感心した様に俺を見る。


「今のを避けるとはさすがですね。さあ、早く全力で戦いましょう」


 俺を招くように両手を広げ、この状況を楽しんでいるライアーに俺は色んな意味でぞっとした。

 無理!お前が思っている様な本気は出せないから!勘弁してくれっ、今の攻撃を避けられたのはたまたまなんですよぉ。


 反撃したくとも攻撃力が幼児以下の俺には無意味、この場に張られている結界の解除の仕方も分からない。この状況、どう乗り切ればればいいんだっ。


「ふむ、やはり通常攻撃では本気を出して頂けませんか。なら、特別にお見せしましょうか。私の全力の魔術を」


 ナイフをしまい、ライアーが両手を広げて何か呪文を唱え始める。黒いオーラが彼を纏い、禍々しく渦巻き始める。


 ぜ、全力の魔術!?やばいやばい、何をされるかはわからんが、このままでは確実に命が消し飛ぶ。ケイオスさんとの鍛錬で使った防御魔術の発動の仕方もわからないし、どうすればいいんだっ。


「お覚悟っ」


「げっ」


 ライアーから向けられた鋭い殺意、その手に黒いエネルギー弾が集まるのが見えた。もうダメだ、あんなの避けられるハズがない。俺の人生超終わった。


 そう思って両手で頭をガードし、目を固く瞑って死への覚悟を決めた時だった。


「クロケル様!今お助けしますっ」


 俺の目の前に毅然と立ち塞がったのは、いつもの穏やかな表情ではなく、お怒りモードで眉間に皺を寄せて眉を吊り上げ、杖を構えてライアーを睨みつけるシルマだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


聖「次回予告!大ピンチのクロケルの前に颯爽と現れたのはシルマちゃんだった。ヒーローがヒロインに守られるのはいかがなものだろうと思わなくもないが、クロケルは無事危機を乗り越えることができるのか!!」


クロケル「できればヒロインを守るヒーローでありたかったよ」


聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第58話『解放、最強ヒロインの実力』闘いの火ぶたが切って落とされる!」


クロケル「あー。これはまた俺は空気になるんだな」


聖「そうならない様に頑張りなよ。あ、下手に手を出してシルマちゃんの足手まといにはならないようにね」


クロケル「うん、大人しくしてるわ」


聖「情けないねぇ」




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