第41話 差し伸べられた手
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
話が進んだ様で進んでない様な……?過去の話を入れ込んで書くとあれもこれもと詰め込みたくなるのは自分の未熟なところですね(汗)
どうして長くなるんでしょうか。カットするのが大変です(泣)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
『精神が不安定か……確かに、僕たちと戦った時の彼女は狂気的だったね。俺たちに敵意と憎しみの感情を向けながらも、どこか楽しそうと言うかふわふわとしていた』
俺もフィニィと戦闘になった時のことを思い返して思った。あの時のフィニィには狂気性を確かに感じた。
ターゲットであるシャルム国王に憎しみを向け、ヒステリックになったかと思えば感情が感知られない声で笑ったりしていた姿を思い返すだけで心身ともに最弱な俺は恐怖を感じて軽く寒気がする。ちょい怖状態である。
「それについては資料にも記載がありました。フィニィさんのプロフィールには錯乱や安定薬という不穏な記録がありました。あなたの死にひどく動揺していた様ですね」
ケイオスさんがひどく言いづらそうに言うとアンフィニも苦虫を噛み潰した様に返答した。
「俺の消滅直後は錯乱していたよ。研究室が壊れるんじゃないかってぐらいな。実験によってフィニィの体内に蓄積した魔力が暴走しかけて大変な騒ぎだった」
『それはそうだよ。君がの体が消滅する瞬間をその子は間近で見ていたんでしょ。精神的なショックは大きかったに決まってるよ』
聖がアンフィニを慰めるな口調で言う。大切なヒトが目の前で人体実験をされた挙句に消滅なんてトラウマにも程がある。
そんな状況を目の当りにしたら俺だって精神を病んでしまう。ましてや当時のフィニィは5歳で、たった1人の家族を一瞬で失ったのだから心に受けたダメージは計り知れない。
「俺は何とか暴走を止めようと研究員たちに気づかれない様にフィニィに近づいてぬいぐるみの中身が俺だと言いうことを必死に伝えた。本当に信用したのか、精神的に不安定だから非現実な現象を受け入れて心を守ろうとしたのかはわからないが、暴走は収まった」
アンフィニの言葉が途切れる。その先が気になった俺は緊張を覚えながらも急かす様にその先の出来事を聞く。
「その後はどうなったんだ」
「どうもこうもない。フィニィは魔力切れと体力を消耗して気絶。ある程度の検査と治療を受けたあとは部屋に運ばれたよ。その日以降、精神が不安定になって暴走することが多くなった」
その時の状況を思い返したのか、アンフィニは忌々しそうにぼやいた後に俺たちから視線を逸らした。
「……あなたたちはその事故が起きた後も暫く研究施設にいたんですね」
ケイオスさんが真剣な表情で静かに問いかけ、アンフィニがゆるりとこちらに向き直って首を縦に振る。
「ああ。俺の実験は死亡扱いで中止になったが、残されたアンフィニの実験は続いた」
怒りや悲しみ、研究所にいたころに抑制した来た感情に耐えているのか、アンフィニの声はひどく震えていた。
「そんな辛い日々が続いたのに、逃げようとは思わなかったのですか」
シルマが身を乗り出す様にしてアンフィニに詰め寄る。アンフィニはシルマから目をそらし、罰が悪そうに言った。
「当時の俺たちはぬいぐるみと子供だ。研究所にはそれなりの力を持つ魔術師もいたし、知力も体力も、そして魔力も劣っている俺たちだけではそう簡単に逃げ出せなかった」
『資料を見る限りでは君たち以外にも実験体になっていたヒトはいたよね。その中に大人はいなかったの。もしくは逃げたいって思っているヒトは?』
聖の質問にアンフィニは力なく首を横に振り、自信なさげに答えた。
「いたかもしれない。でも基本的に実験体同士の接触は許されていなかったから会ったことは一度もない。部屋も個室だった」
『君たちも離れ離れで管理されてたの?』
「いや、フィニィは俺が離れると不安でよく泣いていたからな。研究をできるだけ滞りなく進めたいからなのか、俺たち兄妹は特例で部屋も含めて常に2人1組で行動させられていた」
つまり、研究施設では実験体となった人々を個別に管理していたと言うことか。何人のヒトが施設にいたかはわからないけど、面倒なことをしていたんだな。
こう言うのって大概共同部屋で生活させられるものなんじゃないのか。なんでわざわざ個別管理なんて手間のかかる方法を取っていたんだろう。
機微を傾げて頭をひねっていると、ケイオスさんはがいったと言いながら、ふむふむと頷き、一瞬で俺の疑問を払拭した。
「余計な反逆を防ぐために他者との接触は極力抑えていたのかもしれませんね」
あー、確かに。ケイオスさんの言葉で俺もようやく研究員の真意を理解する。
集団を同じ部屋や空間に集めれば管理はしやすいけど、話を聞く限り、実験内容は聞いているだけでも耳を塞ぎたくなる様な内容で、形容がしがたいほど過酷だ。そんな苦しい生活を毎日続けていれば不満や不信感も生まれるに決まっている。
実験体となるヒトたちを同じ部屋で管理すれば次第に共感が生まれ、徒党を組まれて脱走や反逆を試みるヒトも現れる可能性が高い。
それなら生活を個別に管理し、孤立させて他者との接触と交流を完全に断ち切る方が逃げ道や反逆の気力を抑制できるもんな。研究施設の人間も中々賢く残酷な考えができるみたいで、嫌悪から寒気を感じた。
『そんな閉鎖された状態でよく長に会う機会があったね。どうやって出会ったの』
聖は恐らく一番きになっていたであろう質問を投げかけた。それに関しては俺も気になるところだ。
存在し続けることによって世界のバランスと平和を保ち、監視する役目がある長は自らの身を護ることが世界の存族に繋がる。
それ故に自分がいる場所を誰かに教えることは許されていない。そんな中、前長とアンフィニたちはどうやって家族になったのか、どんな生活をしていたのか、俺も知りたい。
アンフィニは長のことを話すのに抵抗があるのか、どんな質問を投げかけても比較的しっかり答えてくれていたが、その質問に対してだけは視線を左右に戸惑いと抵抗を露わにした。
言葉を発し様としては口ごもらせを数分ほど繰り返し、ようやく決意したのか口を開く。
「長い年月が過ぎ、俺たちの研究所は国に摘発されたんだ。国に遣わされた職員が、研究者たちを捕え、生存している実験体となった人々を保護したんだが……」
そこで言葉が途切れる。やはり過去を思い出し、それを語るのは辛いのか、俯いたまま動かなくなってしまった。
「……少し休憩しますか。確かにお話はお伺いしたいですが、そんなにお辛いなら一気にお話して頂かなくても構いませんよ」
あまりにも辛そうにするアンフィニを見兼ねたケイオスさんが気遣いの言葉をかけるも、アンフィニは首を横に振ってその申し出を断った。
「いや、いい。お前たちとこうして話ができる機会は今しかないからな。突然黙ってすまなかった。このまま話を聞いてくれ」
「そうですか。こちらこそ、お話を止めてしまって申し訳ございません」
ケイオスさんがアンフィニの言葉を受け入れ、そして謝罪した。
そうはっきりと言われてしまうとこちらも頷く事しかできない。俺たちは複雑な感情で頷き、アンフィニの言葉に耳を傾けた。
「研究施設が国に摘発された当時のフィニィの年齢は10歳ぐらいだったんだが、実験の影響か外見も精神も入所当時の5歳のまま止まっている上に、過酷な実験を受け続けたせいで人間不信にも陥っていた。だから、手を差し伸べた国家調査員を振り切って逃げたんだ」
『逃げたって、どこへ?』
聖の冷静で短い質問にアンフィニが肩をすくめて言った。
「どこにでもないさ。俺はぬいぐるみだからフィニィを導いてやることもできなかったし、あいつに抱えられるまま一緒に逃げた。それに、元々俺たちに返る場所なんてない。仮にあのまま保護されていたとしても、平穏な生活に戻れたと言う保証もなかったと思うしな」
自嘲気味に通がれた言葉に胸が締め付けられる。帰る場所がない悲しみは俺にも痛いほど理解できる。
時空の狭間で魂どころか元の世界で自分の存在も消滅していると聖から知らされた時、心の奥がひんやりとしたのを覚えている。
十数年同じ時を過ごした家族の記憶からすっかり消えているなんてショックなどと言う簡単な感情ではない。言葉では言い表せない、心に穴が開いたと言うか、冷たくて重くて、クラクラして、とても気分が悪かった。
転生して新しい体を手に入れて人生ハードモードとは言え、ここまで心を折れずに来られたのは「千賀和樹」と言う存在を知る聖がいたからだと思う。
でも、アンフィニたちは帰る場所もなければ頼れるヒトもいなかった。それはとても辛く悲しいことだ。
胸が痛くなって、何故だか悔しさに似た感情がこみ上げて来て思わず唇を噛みしめると場の同情を集めたと悟ったアンフィニが困った様に言った。
「まあ、元々スラムで生活していたし、路上や野山で過ごしたり、ゴミを漁って食べることにも抵抗はなかった。元の生活に戻っただけだ」
アンフィニは微笑んではいたが、明らかに無理をして明るい表情を作っていることがわかる。
「笑いたもない時に、笑う必要はないと思うが……」
無理に明るく振る舞おうとするアンフィニの姿が痛々しくて、自分の感情を我慢して欲しくないと思ったせいか、無意識にそんなことを言って注目を集めてしまい、口を塞いだ。
今の態度は良くなかったかもしれない。言い方もぶっきらぼうだった。アンフィニの気を悪くしてしまっただろうか。
「わ、悪い、変な意味じゃなくて。辛いのに無理しなくていいって言いたかったと言うか、ああ!でも泣いて欲しいとかそう言う意味でもなくて」
両手を全力で振って弁解をしたが自分でも何を言っているかわからなくなってきた。別にきれいごとを言いたかったわけじゃないのに。
不安になってアンフィニを見れば彼は特に気を悪くした様子もなく、寧ろ慌てふためく俺を見てやれやれと微笑んでいた。
「お前、変な奴だな。別に謝る様なことでもないだろ」
今向けられている微笑みは偽りはない自然なもので、俺の不用意な言葉を不快に思っているわけではないと分かり、少しだけ安心した。
よかった、と胸を撫で下ろしている俺を見て小さく笑った後にアンフィニは話を続けた。
「それに俺はもう食事をする必要はなくなったから、フィニィ1人の食事の確保だけで済んでいたから、そう言う面では楽だった」
……全然よくなかった。そう言う環境で過ごすのは当たり前と思っているのだろうか、慣れてしまっているのだろうか。
いずれにしても、そんなに軽く流す様に話すものではないと思う。そんな価値観をこの兄妹に植え付けた「前の世界」に嫌悪を覚えた。
『じゃあ、国の調査員の手を振り切って暫くはそんな生活を続けたんだね』
過酷過ぎる過去に誰も口を開けない中、聖が冷静な言葉で質問をし、アンフィニも気持ちを沈めながらも淡々と返す。
「ああ、ほんの数月だったと思う。だがやっぱりそう言う生活をするのには限界がある。実験の後遺症もあるのか、日に日に衰弱するフィニィを見ていられなかった俺は国の管理する機関へ行って事情を話そうと申し出たが、それは嫌だと聞かなかった」
「それは、フィニィさんの人間不信が原因ですか」
シルマが言葉を詰まらせながら聞き、それにアンフィニが顔をしかめて頷く。
「ああ、あいつはどうしても他者が信用できないみたいだった」
肯定の言葉を聞いてシルマが悲しそうに間を伏せる。その隣でシュバルツが空になったミルクセーキの缶を握りしめながらポツリと言った。
「ボク、その子の気持ちわかるな。ボクもクロケルたち以外の人間は怖いよ。クロケルたちは優しいと思うけど、初めて会う人間はみんな怖い」
「俺も同じだな。ラピュセル以外の人間は信用に値しない。どんな事情があってもかける情はない」
モンスターであるシュバルツと神族に属する精霊であるミハイルがそれぞれにヒトを拒絶する様なことを言ったため、ヒトの在り方に反省と罪悪感を覚えた。
「フィニィの気持ちは理解できないわけではなかったし、強要はしたくなかった。だが、このままではフィニィの命が危ない。ぬいぐるみの俺ではできることは限られている。どうにもならない現状に絶望している時に現れたのが長様だった」
「「!?」」
ついに長が登場し、みんなが同時に息を飲む。何故だか重い緊張がその場を包み、空気が張り詰める。
生唾を飲み込み、体が硬直し膝の上に置いていた手に自然と力が入る。前のめりでアンフィニの言葉を待つ。
「町にいると人身売買を生業にする奴らに目を付けられる可能性があるから俺たちは基本的には人里離れた山を拠点にしていたんだが、空腹と前日の雨のせいでフィニィの体力に限界が来て、倒れているところに手を差し伸べてくれたんだ」
その時のことを思い出しているのか、アンフィニは懐かしそうに笑った。
『ねえ、長って基本的には個人的な手助けをしてはならないってルールがある……らしいんだけど、そのことに関しては何か聞いてる?』
現長である聖が言葉を詰まらせながらも最大の疑問を投げかかると、過去の光景に意識を飛ばしていたアンフィニがハッとして意識を現在に取り戻し、少し考えてから答えた。
「ああ、それと同じことを長様も言っていた。本来は干渉しないと長は直接干渉しないが、世界の監視をしていた際に俺たちの姿が目に留まったらしい。千里眼の力で俺たちの素性を見抜き、ただ事ではないと保護に来たとのことだった」
『君たちの前に直接本人が現れたんだね。自分を長って名乗る奴が現れて怪しいとは思わなかったの?』
「思ったさ。だが、フィニィにはもう抵抗する力は残っていなかったし、俺もこのままフィニィの命の火が消えてしまうのは避けたかった。だから怪しいと思っても誘いに乗るしかなかった」
『……』
予想していなかった話の内容に聖が小さく唸っていた。
「そこからは至って平和な日々が続いた。弱ったフィニィの治療、その後の衣食住は提供してくれたし、俺から事情を聞いた際はひどく悲しんで、行く当てがないならここで暮らせばいいと提案してくれた」
『長自らが提案したの?それ、本当?』
「ああ、長様が過ごす空間から出てはならないと言う制約はあったが、特に不便ではなかったな」
聖がひどく驚いた声で確認し、アンフィニはしっかりと頷いて肯定した。
家族を含め第三者に居場所を教えてはならないはずの長が自ら進んで提案したと言う事実は現長である聖にとっては信じがたい事実なのだろう。
そんな聖の心情を知る由もないアンフィニは長との思い出をさらに語って行く。
「長様はヒトとしての生活の提供だけでなく、いつか、俺たち兄妹が長様の元を離れる時が来ても良い様にと世界を生き抜くための戦い方も教えてくれた。」
「あの身のこなしは前長に教わったものだったのか。うむぅ……」
だとしたら、前長も相当な戦闘能力を持っていたんだなと思い俺は無自覚に唸る。
「長様は人工魔術師になったフィニィさんを助けてはくれなかったのですか。人工魔術師として生きて行くことは体に相当な負担がかかると思いますが」
ケイオスさんが強めの口調で聞けばアンフィニは首を横に振ってため息交じりに答えた。
「残念ながら、長様の力を持ってしても一度体に根付いてしまった魔力回路は長様の力を持ってしても取り除くことはできなかったけれど、代わりに魔力の扱い方を教えてくれた。だから、今でもフィニィは魔力とは上手く共存できている」
「そうですか。あなた方の長様と敵対していましたので、敵としての一面しか知りませんでしたが、お優しいところもあったのですね」
ケイオスさんはゆっくりと目を閉じながら、静かな声で言った。
俺も前長については世界の崩壊を望む悪しき存在だったと言う認識しかない。しかも話を伝え聞いただけで会ったこともない。
だから、聖とアンフィニが語る長の話がどちらが真実なのか判断できない。どちらも真実でどちらも偽りと言う可能性もある。
今わかることは俺たちが知る前長とアンフィニたちが知る前長では天と地ほどと認識が異なるということ。
2人を家族の様に大切に育てた前長はどうして世界の崩壊を望んだのだろうか。そもそも、いつ頃からそんな思いを持ち始めたのだろう。世界を滅ぼして何がしたかったんだろう。
アンフィニはケイオスさんの言葉に素直に頷いた。
「そうだな。優しいヒトだったよ。フィニィもすっかり長様を信用して、大好きになった。生活を重ねるごとにフィニィの精神も安定して来て、閉鎖された空間の中だったが、不自由のない平和な日々を過ごしていた……」
懐かしそうに言葉を紡いだ後、アンフィニは一度下を向き、そしてゆっくりと顔を上げてケイオスさんを見据えて鋭い声で言った。
「世界を守ると言う意志の元、神子一行が現れるまでは」
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聖「次回予告。前長とアンフィニたち兄妹の出会い。幸せな時間、それを奪ったのは神子一行だった。なんて言われると罪悪感で押しつぶされそう」
クロケル「お前は神子としてやるべきことをやったんだ。結果はどうあれ、済んだことを後悔をするのはよくないと思うぞ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1 第42話『永久の別れ、生まれた憎しみ』ちょっと、クロケルのくせにカッコつけないで」
クロケル「カッコつけてねぇよ。慰めてやってんだろ!」
聖「ええー?レベル1のヒトに偉そうなこと言われてもなぁ」
クロケル「ほんっっとに腹立つなお前っ」
聖「あはは、冗談だよ。ありがとう。クロケル」