第168 話 前長の本性、抱える闇
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
まだまだ寒い日が続きますが、ちょっとずつ気温が上がってきている様な気がします。つい最近まではお風呂場とか小型ヒーターをつけていないと凍え死ぬかと思っていましたが、昨日は凍えましたが死にそうとは思わなかったのです。
着実に春が近づいて来ているのだなぁと思いました。まだ寒いですが。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「娘が持っていた心の、闇……ですか」
ライアーは数秒固まってから動揺を隠す様にして静かにゆっくりと聖に聞き返してきた。
俺のライアー以上に聖の言葉に驚いたが、よく考えれば否、よく考えなくても世界を消滅させようとしている人物が心に闇を抱えていないわけがない。
そして問題は前長が抱えていた心の闇とやらにどうやら聖は心当たりがあるらしい。先ほどの言葉には迷いがなく、真っすぐだったところを見るとハッタリではないことがわかる。
「ヒトの心は可視化できない。父親の私にだって察することが出来なかった娘の心情を全くの他人だあるあなたがわかるわけないじゃないですか」
ライアーが再び怒り爆発寸前で声を震わせながら聖を睨んで言った。目だけで射殺せそうな鋭い眼光だったが聖はひるむことはない。
『わかるよ、だって実際に戦って……ううん、戦った神子が世界のデーターベーズに記録を残したから』
聖は一瞬だけ自分が神子だとバレる様な発言を漏らしかけたが直ぐに失言寸前であることに気が付いて咳払いで誤魔化し、無理矢理に言葉を繋いで誤魔化した。凄く、凄く微妙な誤魔化し方である上に、取って付けた理由も苦し紛れだが大丈夫か、コレ。
「データーベース……そんなものが存在するんですね」
『そ、そうだよ。でもこれは複雑な情報で守られているから、ものすごぉーく優秀なAIでないとハッキングできないんだよ。それこそ、僕レベルのね!』
うわ、めっちゃ挙動不審じゃん。取ってつけた理由探してシドロモドロになっているのが丸わかりだぞ。こんな態度じゃライアーに痛いところを指摘され……。
「なるほど……生身の人間である私には手出しができない領域ですね、それは悔しい限りです。種別に関係なく生身の体を持つ者のには踏み込むことのできない領域なのであればどうしようもないですね」
あ、大丈夫みたいだ上手いこと誤魔化せてる。そんであっさり納得してるし。かなり苦しい言い訳だったのにライアーはおろか誰も突っ込まないのは凄い。目に見えない精神論は否定する癖に何でこの話はすんなり信じたんだだ。大きな力でも働いたか。
事情をしらないシルマたちは苦し紛れな態度全開の聖に不思議そうな反応や訝しむ反応を示していたが、神子一行の面々は事情を知っているからか聖の言葉にもう少し上手く誤魔化せよと苦笑いを浮かべていた。
素直な視線、疑念の視線、疑問の視線にうんざりとした視線……様々な人間から様々な視線を受けていることをその身で一心に感じているであろう聖はこほんと小さく咳払いをして、何も感じない、何事もなかった風を装いながら真面目なトーンで言葉を続けた。
「心の闇の正体は凄く単純。前長はね、孤独だったんだよ。特に長になってフィニィちゃんたちと会うまではずっと1人で世界を監視していたんだ」
「孤独っていっても、そうなることを選んだのは前長本人だろ。やつあたりもいいとことだな」
ミハイルがいつもの様に嫌味たっぷりの反応を示す。おい、娘想いのライアーが目の前にいるのにそう言う言葉のチョイスやめろ、トラブルに発展するあろうが。
感じたことや気が付いたことをズバリと言葉にしてしまうミハイルにひやっとする。ここでブチ切れられたらマジで収集がつかなくなると思い、ライアーの様子をそっと視線で窺う。
目に見えて怒りを露わにする様子は見受けられなかったが、腕組みをしているライアーの手にわずかに力がこもった瞬間を俺は見逃さなかった。
うん、さっきのミハイルの言葉は確実にライアーの琴線に触れているな。即ギレされなかっただけ奇跡だろコレ。でも、このままではヤバい。これ以上余計なことを言って拗れてこんがらがる前に言動と行動には細心の注意を払わねぇと。
「ミハイル、頼むからお前ちょっと黙れ」
直球でミハイルに注意すれば、フンと鼻を鳴らされた後にプイッと顔を背けられた挙句露骨に無視された。おいおい、頼むから話聞いてくれよ。もしくは大人しくしてくれ。いつもは黙って傍観しているくせにライアー関連ではいつも以上に辛辣でグイグイくるから困るぜ、ホント。
「私の娘は孤独が原因で世界の消滅を願ったと。にわかには信じられませんがその根拠は?」
俺がミハイルに困り果てている横でライアーが苛立ちを押さえた様子で聖に質問をする。ってかこの状況で話を進めるんだな。
『これはあくまで前長と対峙した神子が残した記録から推測したことだけれど、前長はたった1人で世界を監視していく中で、特に世界の闇を目の当たりにして心を痛めていたんだよ』
聖はあくまでデータベースをハッキングしたと言う体で自らが感じたであろうことを口にした。その声色にはとてつもない切なさを感じ、少なくとも前長を単純に“悪”だと捕らえていないことが伝わる。
「世界の闇?」
不穏な言葉に首を傾げてその言葉を繰り返すと聖は複雑な表情を浮かべてポツポツと語り始めた。
『ライアーの娘が長になる前から世界は決して“美しいもの”ではなかったんだ。荒廃した様子や種族同士の争い……そう言う負の部分が目立つ世界だった』
「それは、今までの長たちの働きが甘かったってことか?」
どうやらこの世界は随分前から治安はよくなかったらしい。歴代の長が世界の均衡を保とうとしなかったのかと思って聞いてみたのだが、聖はそれを即座に否定した。
『いや、世界情勢については歴代の長に責任はない。前にも言ったけど、長は審判の時を除いて世界に干渉することはない。世界のことは世界の住人に任せるのことが“ルール”だから。目に余る様なことがあれば別だけど、基本はあくまで世界を監視して審判を下すのが役目だから』
うん、だからどう言うコトだ?回りくどすぎて聖が言わんとすることが全くわからん。何とか理解しようと必死で言葉の真意考えているとシュティレが深くため息をついて言う。
「なるほどな……世界を悪くしたのは長ではなく世界に生きる住人たちと言うことか。なんとも皮肉で情けない話だな」
「ああ、そう言うことか」
争いを生むのも止めるのも結局は生きた人間なのだ。だからこそ達成するのが難しいんだ。平和とか和解は1人の人間が気をつけたところでどうにもならないならないからな……。
「前長、いや……もしかしたら歴代の長たちも世界の住人同士が種族を越えて、貧富の差を声て仲良くして欲しいと願って監視をしていたのかもしれない。どんなに願って、祈って手を尽くしても世界から争いはなくならない。なら、リセットするしかないって思ったんだよ」
それについては長としての在り方の話を聞いた当初からうっすらではあるが予想はついていた。だってラスボスのそう言う考え方って二次元では鉄板だし。
「世界の住人に絶望する気持ちはわからないでもないが、それと孤独とは別問題だろ?それにモンスターを操って住人を苦しめていい理由にもならないし」
前長がどんな思いや孤独を抱えていたとしてもやっぱり周りを巻き込むのは良くない。しかも世界の命運や第三者の命を粗雑に扱うのは彼女が抱えていた苦悩を加味してもおかしい。そう思ってライアーは怖かったが頑張って意見してみると聖は少し間を開けてから静かに言った。
『そうだね、前長と対峙した神子もそう思ったんじゃないかな。だから戦って、彼女を倒し世界を守ったんだと思うよ』
何か思いを押し込める様な呟きにその場に静寂が流れる。空気も重いし、場は気まずいし、話は進まないしのこの状況をなんとかせねばと思い適当な話題を切り出そうとしたその時だった。
「しかし、神子や長のことにえらく詳しいんだな。まるで見た来たみたいだ」
相変わらず敢えて空気を読まないスタイルのミハイルが唐突に鋭い疑問を口にした。決して聖を訝しんでいるのではなく、ただ純粋に疑問を持っただけの様だが着目点は鋭いが聖が抱える事情に気が付いたと言うわけではなさそうだ。
『ヴェッ!?』
しかし、あまりにもピンポイントな疑問だったため、俺は非常に焦ったし、恰好をつけて話していた聖からは余裕がなくなり、蛙が潰された様なうめき声が漏れた。
敵も味方も聖の秘密を知らない奴が多いこの状況でのこの疑問。どう乗り切るんだ。
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聖「次回予告!なんで!どぉして!ミハイルってば変なところに気がついちゃうかなぁ。せっかくクールに決めてみたのに台無しだよ。威厳丸つぶれで自分でもカッコ悪~」
クロケル「お前、もしかしてちょっと余裕あるだろ。どうすんだよ、ライアーから一切話を聞き出せていない状況で仲間に変なタイミングで鋭いツッコミ入れられたじゃねぇか。急展開にもほどがあるわ、しかも変な方向にっ」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1第169 話『誤魔化せば誤魔化すほどドツボにハマるのはどうしてなのか』余裕なんてある訳ないだろ。正直めっちゃあせってるよ。動揺しすぎて一周回って落ち着いて来たの。諦めの境地?みたいな」
クロケル「ああ、もうどうでもよくなった感じか。ってお前の抱える事情を考えるにそんな簡単に諦めるのはダメだろ。もう少し頑張って誤魔化せよ」
聖「あんなに的確なツッコミをされてここからどう巻き返せと。こういう時はある程度諦めて落ち着いた方が道も開ける可能性があると言うものよ……」
クロケル「なんでちょっと恰好つけた言い方をしたんだ。まあ、頑張って身バレ回避頑張ろうな」
聖「うん、頑張ってこのピンチを乗り切ろう」
クロケル「そのセリフ、もうちょっとシリアスな状況で聞きたかったぜ」