第145話 手を取り合った兄妹、訪れた別れ
この度もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
シリアス展開よりコメディの方が物語として書きやすいですね、ぐだぐださせやすいと言うのもあるのでしょうが……。
最近1話1話の文字数が多かったり少なかったりして申し訳ございません。最初は文字数の目安を考えていたんですが最近は(自分の感覚で)一区切り着いたら次話へ。みたいな感じになっております。
時間が、ひたすらに時間が欲しい。お話をストックさせて、物語をまとめさせて(泣)
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
「ク、クロケル!ツバキがっ」
見るに堪えないほどギスギスだったアンフィニとフィニィの間に、ようやく穏やかな空気が流れ始めたと思った矢先、背後からシュバルツの悲壮な叫びが聞こえ、慌てて振り返る。
「ど、どうした、シュバルツ……っ!?」
目に飛び込んできた光景に驚愕する。フィニィとアンフィニを穏やかに見守っていたツバキの体が、金色の光を放ちながら消えかかっている。
兄妹の仲が修復されつつあるこのタイミングでまさかの消滅だなんて、急すぎるだろ。心の準備もできていない。
体を淡く輝かせつつ、体を薄れさせて行くツバキにその場の動揺と悲しみを孕んだ視線がが集中する。だが、フィニィの分身でしかないツバキの消滅は約束された運命で、どうあっても裂けては通れない。
その時が訪れてしまった今、俺たちにはどうすることもできない。俺たちは声も出せないまま、徐々に体を薄れさせて行くフィニィの姿をただ見つめる。
誰も口を開かない、誰も言葉を紡げない。そんな状況が続く。先ほどまで見つめ合っていたフィニィもアンフィニも、消えゆくツバキを見て呆けていた。
「ツバキ!」
数秒思考を停止させていたアンフィニが血相を欠いてフィニィの元から離れ、ツバキに駆け寄る。そんな彼を見て、一瞬だけ泣きそうな顔になったがツバキは気丈に微笑みを返した。
「さよならの時間です、お兄様。短い間でしたがわずかな理性として、いえ“ツバキ”としてあなたのお傍にいられて、お話ができてよかったです」
「もう、お別れなのか」
「はい。そうですね……フィニィが無事私を“認識”してくれたみたいですので。残念、と言っていいものか……必然的にそうなります」
声と体を震わせながらそっと伸ばされたアンフィニの手をツバキが消えゆく体で触れる。彼女の手はほぼ光に溶けて形を成してはいなかったが、それでもしっかりと手を取り合っているように見えた。
何度も言うがツバキはフィニィの一部であり、厳密に言えばツバキは消滅するのではなく形のない理性となってフィニィの中に戻るだけだ。
「私はとても満足しています。だって、やっとフィニィが素直にお兄様と向き合うことができたのですから。お別れは悲しいですが、以前にもお伝えした様に私は消えるわけではございません。だからどうか、そんなに悲しい顔をしないで下さい、お兄様」
これまでフィニィとツバキをなるべく会わせない様にしていたのは、アンフィニを否定し続ける上に感情の起伏が激しい状態のフィニィの中にツバキが戻ってしまえば、なけなし理性であるツバキがフィニィの心に巣食う黒い感情に飲まれて本当に消滅してしまうからだ。
だが、先ほどのやり取りでフィニィは理性であるツバキなしでも心に落ち着きを取り戻した。今の精神状態の彼女に戻ってもツバキと言う理性が飲み込まれてしまう心配は恐らくないだろう。そう言う意味でツバキはこの状況を“満足”と表現した。
「なあ、聖……ツバキはどうしても消えなきゃならないのか」
事実上の消滅ではないものの、この状況は切なくつらいにも程がある。世界の理か何だかはしらないが、なんとかツバキをこの世界に繋ぎとめることが出来ないものかと言う思いが沸き上がってきて、俺は思わず世界の長である聖に問いかける。
『残念だけど、これは世界の理……決まり事だからね。心苦しいことだけれど、長の僕にだって捻じ曲げることが出来ない』
聖からこの状況の回避は不可能であるとキッパリ言葉を返されてしまい、俺は言葉を詰まらせた。
「で、でもこんな突然の別れはアンフィニにとっては辛いだろ!?数秒ぐらい時間を止めるとかできないのか」
見ればツバキは完全消滅寸前。認識できる部分は頭ぐらいしかない。もう言葉を発することが出来ない状況にあるのか、口は動いている様にみえるが彼女の声は聞こえない。
ツバキがこの世界に存在できる時間が少しでも長くなればいい。そう思って聖にダメ元で申し出たが、返って来た言葉はやはり否定だった。
『だから、これに関しては本当に僕は何もできないんだよ。それにヒトだってやがて寿命を迎えてこの世を去るんだ。個々の魂に特別扱いなんで出来るわけないよ。こう言う言い方はしたくないけれど……諦めて』
「それは確かにそうだが……」
この状況でヒトの寿命を引き合いに出すのはいささか卑怯というか、それを言われてしまうとこれは仕方がないことだと思うしかない。
居たたまれなくなって、どうしようもない気持ちが沸き上がって来て胸が締め付けられるもどかしさと、痺れる様なむず痒さを感じてアンフィニを見守る。
「……何が起こっているかはわからないけど、あなたは消えちゃうの?」
ツバキが自分の一部だと認識したものの、状況は曖昧にしか理解していないのかぼんやりとしてフィニィが言葉を口にした。
「ちょっとややこしい話ではあるが、ツバキと言う存在は消えるてしまうんだ。でも、理性としてはお前の中に戻る。お前が自分の気持ちから前を背けない限りツバキが、理性が消えることはない」
消滅秒読みで言葉を紡げなくなってしまったツバキに代わって俺はその疑問に答えた。俺の言葉を聞いたフィニィは少し複雑で悲しそうに瞳を揺らした後、ふいっと眼を伏せてから黙って考え込む素振りを見せてポツリと言った。
「……そう。なら、私が暴走をしなければ実質その子は消えないんだね」
「まあ、そう言うことになる、のか?」
フィニィがゆっくりとした口調で俺に確認の言葉を投げかけて来た。それに対して俺は曖昧に答える。これまで聞いた話で概ねフィニィの言う通りなのだろうが、それでも明確にイエスと言えないのが今回の件のややこしいところだ。
曖昧な返しだったためか、フィニィは一瞬だけむぅ、と唸ったがその後に深くため息をついてすっかり頭も透け始め、後数秒を待たずして消えるであろうツバキを見て言った。
「わかった。ねえ、理性の私。私はまだ自分の心と向き合えていないし、精神状態にも自信はないけれど……私はもう不用意にお兄様を蔑ろにしない……しない様に努力する。なるべく復讐心に支配されて暴走しないようにする」
「フィニィ……」
気持ちを落ち着かせ、淡々とした言葉ながら感情に任せて暴走はしないと言う意志を見せるフィニィにアンフィニが驚きの表情を向ける。
いや、アンフィニだけではない。今まであれだけ復讐に心を燃やしていたフィニィが突然冷静さを見せ始めたのでその変わりように誰もが驚きと戸惑いの感情を抱いていた。
「どう言う風の吹き回しだ……あれだけ激しかった復讐心が突然落ち着くなんて」
俺は消し去りたいと思うほどヒトを恨んだことがないが、一度強い恨みを持ってしまえばそれを簡単に抑えることはできないだろう。
これまでのフィニィの様子を見ればそれは容易に理解できる。突然の心変わりに話が良い方向へ進み始めた安堵の感情と、これは復讐心が薄れていると見せかけて俺たちの懐に潜り込もうとしているのかもしれないと言う疑心が同時に生まれて来る。
『彼女の劇的な気持ちの変化については僕も良く分からないけれど……多分、理性であるツバキちゃんが彼女の中に戻りつつあるから、まともな思考と落ち着きを取り戻しつつあるんじゃないかな』
「そうか、ならいい傾向なのかもしれないな。状況は少し複雑だが……」
聖の推察にどうかそうであって欲しいと祈りながら俺は今も向き合い続けるフィニィとツバキに目を向けた。
「神子一行のことは本当に許せないし、憎い。まだ自分の感情はきとんとコントロールできないと思うけど、でも……頑張ってあなたの分までお兄様の傍に立てるようにする。あなが消えてしまわない様に。だから、安心して私の中に戻って来て」
淡々として言葉を紡いでいたフィニィが最後に優しい口調で言葉をかけると、光に包まれ溶けるその奥でツバキは確かに微笑んだ。それは、とても切なく儚げで美しい笑みだった。それを最後に、ツバキは光の泡となってその場に溶けて完全に消えて行った。
「……お帰り、私。今まであなたに向き合えなくてけなくてごめんなさい。そしてあなたの存在に気が付いてしまってごめんなさい。どうか、私の中で私を見守っていて」
フィニィは自分の手にそっと胸を当て、誰に言うわけでもなくただ静かにそう呟いた。それを誰もが黙って見つめ、その場が切なくも優しい空気に包まれた。
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聖「次回予告!ツバキちゃんがフィニィの中に戻ってしまったことにより、場に切なさが残ってしまったけれど、僕たちはまだ止まれない。やるべきことはまだあるんだ、悲しみと切なさの余韻に浸っている暇はないよ。頑張って前を向こう、クロケル!」
クロケル「フィニィたちの問題は解決したが、犠牲の上に事態が好転するのは何か複雑だな……こう言う展開は正直もう勘弁して欲しい……切実に」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1第146話『パーティメンバーが増えたので歓迎会を始めましょう!』さあ、気持ちを切り替えて次なる未来へレッツゴ~」
クロケル「うぉぉぉい!待て待てタイトル!緩すぎないか!?悲しみの余韻に浸りすぎるのは良くないかもしれないが、ギャグとシリアスの展開がジェットコースター並だぞ、感情が追いつかねぇよ、温度差が激し過ぎて風邪ひくわっ」
聖「いや、そんなこと言われても。シリアスの後にギャグ展開はダメなんて決まりは二次元の世界にだってないでしょ。暗い気持ちが続くよりいいじゃない」
クロケル「そうなんだが何かこう……人道的にどうなんだそれはっ」