第130話 選択肢を求められるのは時としてとても辛いものです
本日もお読み頂きまして誠にありがとうございます。
新しいオーブンの火力がやっぱり以前のものと違う……温度調節が難しいなぁ。上は上手いこと焼けているのに下がカッチカチのケーキが焼き上がった時は頭を抱えました。
もう少し仲良くならないとお菓子がつくれない。唯一成功したのはパウンドケーキです。この調子で扱いに慣れていこう……。
本日もどうぞよろしくお願いいたします。
ラスボスが目を覚ましたから今から話を聞きに行こうと提案された気持ちを50文字以内で答えなさい。
そんな使い古されたネタを心の中で思ってしまうぐらい俺は動揺した。だって今、フィニィと大分濃い話合いをしたばかりですよ?お腹いっぱいなんですけど。
「今からあいつのところに行くの?あたし、さっきあの子と話しただけで複雑な気持ちとと衝撃を受けすぎて精神的に疲れちゃったんだけど、今スグじゃないとダメなの?ってか急がなくてもいいって話したばっかりじゃん」
エクラが俺の気持ちを代弁してくれたことに安堵する。ライアーの話はフィニィと同等もしくはそれ以上に重たいものになる気配しかしない。
今回のことでよくわかったが、誰かの話を聞くと言うことはそのヒトの抱えるものを幾分か背負うことになる。特にフィニィやライアーの話は気軽に聞いていいものではない。故に、覚悟というか心の準備をさせて欲しい。切実に。
可愛い孫であるエクラが提案するなら、アストライオスさんも妥協してくれるかな~と淡い期待を持ったが、返って来たのは申し訳なさそうな表情とやんわりとした否定の言葉だった
「確かに焦らなくてもいいとは言ったが、ライアーの場合は放置をすると余計な抵抗をされる故、早い時期に精神面だけでも懐柔しておきたいのじゃよ」
「それはおじいちゃんの未来視の結果を考慮した上での意見?」
「ああ、まあの」
「そっかぁ」
エクラが首を傾げて聞き返すとアストライオスさんは今度はゆっくりと肯定した。その言葉に対しエクラが考える様な素振りを見せた瞬間、ああ、これは話を聞きに行く流れになるなと確信した。
「未来を考慮した上での判断なら仕方ないね。あたしはおじいちゃんの意見に従うよ。みんなはどう?」
俺たち1人1人に視線を送ってエクラが意見を求めて来た。俺は正直困惑したし、どう返答すべきか悩んでいたが、他の仲間たちの反応は違った。
「私も早めに話を聞く、と言う意見には賛成だ。あれだけの致命傷を負わされていたら流石のライアーも精神的に疲弊はしているだろう。戦いにおいて相手が弱っているところに付け込むと言うのは正しい行為だ」
シュティレが騎士らしい理由で賛成の意を示す。で、でたー“弱みに付け込む”前に似たような状況で聖が似たようなことを言っていた気がするけど、やっぱり悪人チックに聞こえてしまう。
敵に情けをかけるのは基本的には良くないと思うが弱みに付け込む=悪人と言う方程式が勝手に俺の中で出来上がってしまっているため、どうしても戸惑いを覚えてしまう。ステレオタイプって……いや戦場の中に身を置くって本当に怖い。
完全に割り切って冷静な判断を下したシュティレの隣でシルマも小さく手を上げておずおずと発言した。
「私も、何か対策される前に一度ライアーと面談した方が良いかと思います。お怪我の具合も気になりますし……」
シルマがライアーの体を気にかけるような言葉を口にしたため、レベル500のカンストで相当な死線を潜り抜けて戦いの厳しさを理解しているとは思うが、やっぱりシルマには敵を思いやれる優しさと余裕があるんだな。
そんなほんわかとした気持ちになったのも束の間、シルマの言葉はまだ終わってはいなかった。
「それにシェロン様の魔術で行動と能力は抑制できておりますが、なんらかの方法で外と連絡を取る可能性もありますし、持ち物検査をすると言う意味でも面談は重要だと思います。怪我の具合を見る、とでもお伝えすれば口実にもなりましょう」
なんと言うことでしょう、シルマもバッチリ戦場脳だった。いや、怪我の具合を気にしてはいるみたいだがまさか持ち物検査のついでみたいな価値観なんかい。
「シルマまでこんなにシビアな意見を言うなんて戦場ってこんなにも割り切らなきゃいけないものなのか」
ついさっきフィニィのあれだけ濃い話を聞いたばかりだと言うのに、続けライアーと話す気満々な上に情けも容赦もない話を繰り広げる仲間たちに若干の恐怖とドン引きをしてしまい声でぼやくと真上で浮いていた聖から冷静が言った。
『そりゃあそうだよ。和解もしていないし、条約も結んでいないのに気を許したらこっちが危ないよ。ってかこの国の捕虜の管理体制は甘い方だよ。普通に食事を提供するし、怪我の治療までするし』
「捕虜は話を聞くための重要な存在だろ?ある程度の世話は必要なんじゃないのか」
この国の捕虜の扱いが甘いことに不満と疑問を持っている聖にのシビアさにも若干の怯えを感じながらもそう聞き返せば
『うん、ある程度の世話は必要だね。でも情報を聞き出すまでの間だけのことだし、ここみたいに人権を尊重した拘束の仕方はないんじゃない?ってか普通はないよ』
あまりにもさらっと怖いことを言われて自然と体が震える。頭から足の先までぞわぞわ~っとした。そして、もし自分が捕虜になってしまった時のことを想像して2倍位ぞっとした。室内なのになんだか寒いぜ……。
『でもまあ、今後の展開によっては拷問もやむなしかもだけどね』
聖がまたもや平然と怖くて物騒なワードを重ねて来たので、俺の体温がまた下がる。
「ご、拷問」
そう言えば前にケイオスさんが魔法学校に侵入した際にしれっとそんな物騒ワードを出していたな……。
拷問、拷問かぁ~。言われてみればフィニィはともかくライアーはネトワイエ教団のリーダーで最重要人物だもんな。穏やかに話し合いで解決できるとは思えない。
状況が状況だし、情報を聞き出すために拷問コースと言う未来もありうるのか。それは何かちょっと嫌と言うか抵抗しか覚えないんですけど。
『そんなにビビらなくてもいいと思うよ。それを判断するのも手を下すのもこの国のトップであるアストライオスの役目だし』
「いや、自分が手を下す下さないの問題じゃなくてだな……」
身近な場所で知っている人が拷問を実行するかもしれないってところに恐怖を感じているんだよっ!
別に拷問が決行されるわけでもないのに妙な雲行きの怪しさを感じ取ってしまい、いや~な不安と疲労感が体にのしかかり、頭を抱えて項垂れていると不意にシュティレが声をかけて来た。
「クロケル殿、最後にあなたの意見も聞かせてもらえないか」
「えっ」
唐突な呼びかけに思わず間抜けな声を出してしまった。その反応を見てシュティレが怪訝な表情になる。
「なんだ、話を聞いていなかったのか。このままライアーのところへ行くか否か、意見を求めているのだが」
『あ、ついでに言うと君以外の意見は全員このままライアーのところへ向かうってことみたいだから、君の意見が例え反対でも多数決で負けてるよ』
先ほどまで俺と会話をしていたはずの聖がしゃあしゃあとシュティレの言葉にそう付け加えた。
こいつ、俺と会話をしながらちゃんとシュティレたちの話も聞いていたのか。くそ、器用な奴め。後、何か腹立つ言い回しをされた気がする。
「多数決、と言う面で言いますとシュバルツくんはクロケル様の意見に従う様ですよ」
「はいはい!わたしもご主人様のご意向に従いまーす」
シルマがそう言うとシュバルツはこくこくと小刻みに頷き、アムールも俺の肩の上で飛び跳ねながら右手を上げて俺に意見を委ねた。マジか、何でそこを俺に任せようと思っちゃったかな。ってか俺に意見を求めないで!
困ったことに俺が聖とコソコソ話している内にそれぞれが意見を述べ話がまとまりつつあるようだ。どうやら俺以外、全員の意見が一致いているっぽいぞ。そしてまだ意見をしていない俺へと視線が集中する。
これは不味いな。こう言う今後の戦況に関わって来きそうな選択肢ってちゃんと理由づけをしないと納得してもらえないパターンだろ。「さっきフィニィと話しただけで精神的に疲れたので、ライアーの方は後回しにしたいでーす」とか言う正直な理由はアカンだろう。
ってか言えるか!格好悪いし情けないわ。そんな理由でライアーとの対話を後回しにしようもんなら自分がヘタレだと言うことがバレる。それは無理、それは避けたい。
それに以前アストライオスさんが言っていたが、人生においては選択肢はとても重要で“落ちていたゴミをを拾う”の様な何気ないものでも未来に影響するんだよな。
さっき今の内に話しておいた方が良いって言っていたし、もし俺がここで俺が断ると今アストライオスさんが視ている未来が変わる可能があるんだよな。
それがいい方向に変わるか、悪い方向に変わるかは分からないが、なんとなくこのまま話をしに行くべきだと言う空気を感じる。とても激しく感じる。
「……俺もこのまま話を聞きに行く方が良いと思うぞ」
痛いぐらいに視線を受け続けた俺は非常に葛藤し、精神的に疲れ切った体に鞭打ってみんなの意見に賛同した。俺はいつだって日和を見てしまう人間なんだ……。
「ふむ、全会一致ということで良いな。ではこのままライアーの元へ向かうとするかの。最後に今一度確認させてもらうが反対意見のある者や心変わりをしたものはおらんな」
俺の返答を聞いた後、アストライオスさんがこの場に立つそれぞれを見て最終確認を行った。もちろん
誰も反対する仲間はいなったが話がまとまった時、ミハイルが羽ばたきながら口を開いた。
「反対と言うわけではないが、1ついいか」
「ん、何じゃ。気になることでもあるかの」
アストライオスさんに問われたミハイルは緩く首を左右に振ってから続けた。
「いや、気になることはない。俺もややこしいことは先に済ませておきたい質だからな。ただ、あいつと話をすることに異論はないが、念のため席を外させてもらうぞ」
『ああ、そっか。ライアーを捕えても君が負うリスクは変わらないもんね。いいんじゃない、待機してもらって。と言うか待機すべきでしょ』
ミハイルの提案の意味をいち早く理解した聖が頷いた。数秒遅れたが俺もその意味を理解した。同席を断ったのはミハイルは存在の特徴からライアーに認識されると消滅する可能性があるからだ。
先の戦いでは隠密先戦が上手くいったおかげで少なくとも“同一の存在”だとは認識されなかったが、このままミハイルが話合いに同席をして彼に存在を認識されてしまうとせっかく回避できた消滅の運命を改めて辿ることになってしまう。
本人に言われるまで完全に失念していた。それだけは回避した方がいいな。と言うか捕らえているとは言えライアーが近くにいる限り、この戦いの連絡を待つラピュセルさんにミハイルの無事を伝えるまでは慎重に行動しなければならない。
「ああ、じゃあミハイルは別室で待機、と言うことでいいか」
「なら、ツバキとアンフィニにも同じく待機をしてもらった方がいいのではないか。特にアンフィニに関しては、先ほどのショックも大きいだろうし少し休んだ方がよかろう」
俺も聖に続いてミハイルの待機を薦めるとシェロンさんが別の提案をした。そう言われてふとアンフィニの方へと視線を移すと、すっかり意気消沈していた。
さきほどフィニィに何度目かの否定をされたことと、また自分の言葉によって彼女に精神的負担をかけてしまったことが相当堪えていると思われる。シェロンさんの気遣いの言葉に反応する様子もなく、ただ視線を下に落としたまま、ぼんやりと固まっていた。
「私は竜の谷の長の意見に賛成です。お兄様を休ませてあげて欲しい。あなたたちが戻ってくるまでは私がお兄様の面倒を見ています。もちろん、私はこのまま拘束されていても問題ないです」
口を開く気配のないアンフィニに変わってツバキが凛として提案した。それを受けたアストライオスさんは大きく頷いた。
「よかろう、では先ほどの客間で待機するとよい。ワシらはこのままこの時空間を抜けてライアーのところ向かう故、式神に案内させよう」
そう言ってアストライオスさんは懐からヒトの形をした掌サイズの紙を取り出し、それをおもむろに床に投げた。
ヒラヒラと宙を舞ったそれは床に接触する寸前、ピョンと動いて自ら着地してミハイルたちを手招きした。何か可愛い、ピクトグラムみたい。
「ああ、すまないな。じゃあ俺たちは別室で待機させてもらう。何か情報を得ることができたのなら、後から教えて欲しい」
『うん、きっちり報告させてもらうよ。だから先にゆっくり休んでて。アンフィニのことも頼んだよ』
ミハイルの言葉に聖が頷き、ミハイルはアンフィニとツバキを背中に乗せるとぴょんぴょんと跳ねる様にしながら歩き始めた式神の後に続いた。その姿をある程度まで見送った後、アストライオスさんが俺たちに向き直って言った。
「さあ、ワシらも目的を果たしに行くかの」
俺たちは緊張を走らせながらもしっかりと頷き、コツコツと靴音を鳴らして歩き始めたアストライオスさんの後に続いた。
歩くこと数分、感覚がおかしくなるほど真っ白で何もない、単調な通路を進んだ先に見るからに重そうな鉄の扉が現れた。フィニィを捕えている部屋の扉よりも重厚で頑丈な気がする。
「この部屋はあのフィニィと言う少女がいる部屋とは違いちと特別製での。見た目は少し仰々しいがまあ、気にするな。部屋自体は魔術構造を除き見た目は普通じゃからの」
扉を見て少し動揺した俺の反応を見逃さなかったアストライオスさんが扉に手をかけながらそう説明した。うう、ビビってるのを見透かされた……情けない。
「では、開けるぞ」
アストライオスさんは緊張する俺たちに心の準備をしろと言う様に声をかけ、そして重たい金属音を立てて力強く扉を開いた。
その先に広がったのはフィニィを捕えている部屋と同じ構造のベッドとトイレの扉ある以外は何もない清潔でシンプルな部屋だった。
そこにシルマの回復魔術によってあれだけ深かった傷がすっかり消えたライアーがベッドから起き上がって座っている。目が覚めたと言うのは本当だったみたいだ。
「おや、いらっしゃい。意外と早い訪問ですね」
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聖「次回予告!何とか意見もまとまり、いよいよラスボスとの対話が始まる。果たして、彼は対話に応じてくれるのか。そもそも腹の底が見えないライアーと上手く交渉ができるのか、彼は真実を語るつもりはあるのか。まさに正念場だね」
クロケル「ああ、また精神が削り取られそうな気配……交渉についてはアストライオスさんとかシェロンさんに任せた方が良さそうだな……」
聖「次回、レアリティは最高ランクだが素材がないのでレベル1第131『ラスボスと至近距離で対話とか精神が擦り減るに決まっている』ライアーの親としての一面を見た時、クロケルたちの心境や如何に」
クロケル「もう正義と言う言葉の定義が重くて辛い」
聖「そうだね、個人の価値観からすれば世界に生きる人に共通する“正しいこと”なんて本当はないのかもしれないね」
クロケル「だからこんな風に争うことになるんだよなぁ。この世一番怖いのって価値観だろ、絶対」
聖「そうだね、ヒトが存在する限り争いはなくならないって言われている理由はそれだろうね」
クロケル「……暗い話やめよう。次回予告エリアでも精神的に疲弊するのは嫌だ」
聖「最初に話振ったのそっちじゃん」