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強欲な壺

暗雲立ち込める中、僕は東京のとあるマーケットに足を運んだ。古本やよく分からないガラクタが売られがちだがよくよく探すと掘り出し物が見つかるときがあるのがマーケットの醍醐味の一つだ。


「おいお前さん」


色々と物色していると白髪髭を顎に蓄え、薄汚い洋服と帽子を身につけた老人が声をかけてきた。


「この壷、買っていかんか?」


そう言って老人は壺を僕に差し出した。


紫色に染まり、鈍く光る宝石が埋め込まれていて怪しげな雰囲気に僕は興味を持ち始めていた。しかし値札は四千円と書いてあり、購入に躊躇してしまう。


「ふふふ….興味があるようだな。よし、今なら五百円で売ろうじゃないか。それにオマケもつけてやる」


 あの場では保留にしてもらったけどマーケットを一周した後、他にいい物も無かったので結局壷を買ってしまった。


家に帰った僕は例の壷を抱えて部屋に入った。


「かなり安くして貰ったから衝動買いしてしまったけど….」


いざ夕日によって赤く染まった部屋の真ん中に置いてみると部屋とマッチしなさ過ぎてさっそく買ったことを後悔し始めていた。その時、壷が夕日を浴びると宝石が発光し、部屋を包み込む。


「うおっ!」


しばらく壷を直視できなかったが、目が慣れると壷から煙が出ているのに気づいた。


(えっ、煙?火事?)


煙は一向に止まらず、なおかつ自立した動きを見せ、やがて人の形になった。


「ふぃーやっと外に出られたぜぇ」


人型の煙は目と鼻を形取り、最後に口が出てきてしゃべり始めた。


「な、なんだこの化け物は….」


「おいおい!化け物とはヒドい言いようだな。まあ….一応悪魔やらせてもらっているから間違ってはないのか….?」


「あ….悪魔?」


「そうだ。悪魔だぜ。とある事情で長い間封印されてたからアンタには感謝しているんだ」


そう言って僕の後ろに素早く回り込み、煙状の手で肩を軽く叩く仕草をした。


「なあ、感謝の気持ちと言ったらなんだが俺と少し取引をしないか?」


周りに聞かれたくないのか、耳元で囁くように言う。


「俺からの問題をチョコッと解くだけでなーんでも願いを叶えてやるよ!」


「何でも….?」


欲はたくさんあった。お金も全然足りないし、今見てるアニメのキャラのフィギュア、はまっているアプリの課金なんていくらやっても足りないくらいだ。


「おうおう!そういうのだよ。そういうの!」


「んじゃ、やるよな?」


僕は欲に負けてうなずいてしまったがすぐに後悔することになる。


「問題は全部で三問な!ほいじゃ一問目、半年前に終わったばかりの朝ドラの主演の女優の名前は?」


なんだ、そんな問題か。その朝ドラはかなりの人気で、出演していた女優は朝ドラが終わった後でも色んな番組に引っ張りだこで見ない日がないくらいだ。確かその女優の名前は….あれ….?名前なんだっけ?


「おいおい、一問目からこんなんじゃ先が思いやられるなー」


くそっ….何でだ?知っているはずなのに思い出せない!


「ほらほらガンバレ。頑張って思い出せー」


「あ〜!イライラするっ!」


思い出せない苛立ちで胸の奥に黒い墨がドロッと溜まっていく感覚がする。


「おっ!出てきた出てきた」


「うわっ!なんだこれ!?」


悪魔の台詞に不思議に思い自分の身体を見ると胸から黒い煙が出ていた。


「おいっ!何だよこれ!」


「お前のそれはストレスを具現化したもんだ。俺はストレスを司る神、ヒュブリスだ」


(ヒュリブス….?確かギリシャ神話に出てくる神の名前だったか?)


「いやっー調子に乗りすぎて封印されたんだよ。それにその名前はもう捨てたんだったわ。忘れてくれ。そんなことよりもいいのか?その煙出過ぎると死ぬぞ?」


「は?ちょっ、マジかよ?」


思わず胸からでる煙を手で払う。


「はははっ!そんな子としても意味ねえよ!」


「くそっ、本当に思い出せない!」


「ほらほら、昨日食った夕飯はなんだ?一昨日はいたパンツの色は覚えているか?やることあったけど忘れちまったことあるよなぁ?ほらほら、早く思い出せー」


次々と悪魔から厄介な問題を出されて胸から出る煙は止まらない。むしろ出る量が増えたような気がする。


(ぐっ….息が、苦しい!死ぬのか、俺?)


力無く膝から崩れ落ちる。


「あーあ」


「こりゃ無理だな。ささっ、どっかで飯でも食うかー」


悪魔はそう言って窓をすり抜けてどこかへ飛んでいった。倒れた男から出ている黒い煙は止まる気配を見せず、部屋を満たし、やがて家を覆うまでに膨らんだ。


 不運なことに、その日は午後から砂埃が舞い上がるほどの北西風が吹いており、家から漏れ出た黒煙は一気に辺り一帯を飲み込んだ。


煙に飲み込まれた人間はみな一様に頭や肌を掻き毟り、苦痛の声を上げた後、バタバタと倒れていった。


「うっひゃー、やっぱりいつ見ても面白い光景だなこりゃ」


 黒煙はついに近所の辺り一帯を包み込んでしまった。


悪魔の笑い声と姿は曇り空に吸い込まれ、その後彼を見た者は居なかった。


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