8 立ちはだかる婚約者
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
すさまじい怒号が飛び交っていた。200人の魔族兵が村の柵を乗り越えようとするのを、アンデッド兵が迎え撃つ。アンデッドたちは100体ほどしかいないが、それでも柵と、痛みや恐怖を感じないという特性のおかげで善戦していた。
ドカンッ!
どこかで、魔族兵が地雷魔法に引っかかった。アンデッド兵がいない場所から攻め込もうとすると、そこには地雷があるという寸法だ。魔族たちは、アンデッドとの戦いを避けて通ることはできない。
それでも200対100では、完全に防ぎきれるはずもない。
「抜けたぞ! 俺が一番手……ぐわああああああ!?」
柵を乗り越え、目の前のアンデッドを打ち倒した一人の魔族が、村の中央へ向けて一歩踏み出した瞬間、悲鳴とともに姿を消した。一秒前まで彼がいた場所には、大きな穴があいている。
陥穽魔法。
地雷と違って爆発で味方を巻き込む心配がないので、村の中に仕掛けておいたのである。俺は建物の陰に隠れたまま、魔法をどんどん発動させた。
「うわっ!?」
「あっ、こっちにも落とし穴……!」
「落ち着け! 魔法使いに解析を……ぐわっ!?」
アンデッドの壁を突破した者たちが、次々に穴に落下する。乱戦となれば位置の解析をしている余裕はないだろう。そして穴の底には束縛魔法によって無数の腕が待ち構えているため、脱出は容易ではない。
「ひいいいいいいいいい!?!?」
「なんだこの腕!?」
「タ、タスケテ……」
その上。
束縛を逃れ、死に物狂いで穴を這い上がった者たちを待つのは、さらに悲惨な運命だった。
ピッ ピッ ピッ ピッ
村の奥――先ほどアンデッドたちがやってきた方から、また笛の音が聞こえてきた。今度もやはり、ミシュラが笛を吹きながら歩いてくる。ただし、引き連れているのは死体の群れではない。四本足の動物である。
「ブタ!?」
息も絶え絶えで穴の縁までのぼってきた魔族の一人が、目をむいた。そう、彼の視線の先にいたのはブタであった。ミシュラに先導される形で、数十匹。
ポポポ村の特産物、火吹きブタである。
「ぶー!」
「ぶぶー!」
数十匹のブタたちは、一斉に鼻から火を吹いた!
「ぎゃああああああああああああ!?」
穴の縁に手をかけ、ほとんど脱出に成功していたはずの魔族たちは、ブタによって火あぶりにされ、悲鳴を上げながら再び落下していった。
「あれは……? 大人しいはずの火吹きブタたちがどうして……?」
「操獣魔法だ。知能の低いモンスターに、簡単な命令を与えることができる」
ぽかんとしているアダンに、俺はそう説明した。あのチンピラ――ノーザも使っていた魔法である。
「しかし、火吹きブタにこんな外道なことをさせるなんて……」
「こいつらだって、出荷されて食われる前に一度くらい反撃したいだろう」
ちなみにアダンは、戦闘開始と同時に意気揚々と飛び出したものの、魔族たちがアンデッド、落とし穴、火吹きブタの三重防衛ラインを突破できずにいるため、することがなく突っ立っている。他の自警団員も同じく、暇であった。ただただ、火吹きブタたちの勇姿を眺めるだけである。
それはある種、諧謔的な光景だった。普段はブタを焼く側の者たちが焼かれているのだから。
「と、とにかくすごいですよ、ネロウさん! 今のところ、攻撃を完璧にはね返しています!」
「今のところはな」
俺はそんなふうに慎重に答えた。自信がないわけではない。逆だ。このまま敵が戦術を変えなければ、絶対に突破されない自信がある。
だから、敵が次なる一手を打ってくることは予想できていた。
「……来たか」
「え?」
ズドンッ!
すさまじい轟音とともに、柵の近辺で、五、六体のアンデッドがまとめて吹っ飛んだ。地雷の爆発ではない。手練れの戦士による攻撃である。
そして、あの魔族中隊の中で手練れといえば……。
「恐れるな!」
リザエルが剣を振りかざし、高らかに叫んでいた。
「アンデッドたちはたしかにしぶといが、数で押していけばいずれは支えきれなくなる! 戦力を集中せよ!」
その声によって、魔族たちは力を取り戻した。リザエルがあけた風穴に向かって殺到し、アンデッドたちを蹴散らしていく。一気に十人、二十人と村の中へと侵入してきた。
即座に陥穽魔法が発動する。ブタたちが火を吹く。しかし、すべては防ぎきれない。数人の魔族たちが、鎧を焼かれながらも防衛線を突破してきた。
「自警団、行くぞ!」
アダンが声を上げ、魔族の兵を迎え撃った。といっても、これまで突っ立っているだけだった元気いっぱいの自警団員たち二十人にとって、たった数人の魔族は敵ではない。瞬く間に武器を弾き飛ばし、地面に叩き伏せた。
「ぐあああ!?」
「くそっ……」
「ま、参った……。降参だ」
取り囲まれた魔族たちは、なすすべもなく両手を上げて投降した。だが、両手を縛って無力化する時間はない。自警団員たちは、陥穽魔法であいた穴に魔族たちを蹴り落とした。
「おわあああああああああ!?」
「そこで大人しくしていろ!」
「ちょ、これなに、この腕なんだぐわああああああ!?」
穴の底で、彼らは束縛魔法で拘束される。捕虜が何人増えても、この要領で対処していけば問題ない。
しかし。
ドンッ ドンッ ドンッ
「うわああああああああ!?」
突如として、空から黒い矢が三本降ってきて、自警団員をはじきとばした。彼らはゴロゴロと地面を転がったあと、起き上がろうとしたが……はたせない。あたりには砂埃が舞い散っていた。アダンは空に目を向けたが、俺は正面――柵の方に目を向けた。
「なんだ!?」
「アダン、空じゃない。敵は前だ」
「ダメよ、アダン。魔王様に逆らっちゃ」
陥穽魔法をひらりひらりとかわし、ブタを軽くとび越えて。真っ黒い弓を手にした女が現れた。
サビナだった。
地面に刺さった黒い矢は、粒子となって消えていく。
「サビナ……」
「私ね、魔王様に力をいただいたの。すっごく強くなったんだから。今から見せてあげる」
サビナがそう言うと、彼女の手の中に黒い矢が生じた。魔法弓だ。それも闇属性。おそらくあれが、彼女が魔王に支配される代わりに得た力。
「アダン。あんたの婚約者は弓使いだったのか?」
「もともと弓が得意だったんです。剣を練習しはじめたのは副リーダーになってからで」
「なるほど。そういうちぐはぐさも、付け入られる隙になったんだろうな」
俺は納得した。そして、接近してくるもう一人の気配を察知する。大小二本の剣を手にして、漆黒の鎧を身にまとった騎士が、俺の方にゆっくりと歩み寄ってくる。砂埃が立ち込める中を、近づいてくる。
リザエル。
「アダン。俺はあの黒騎士サマを相手にしなきゃならない」
砂埃の向こう――かつての仲間の姿をみとめ、俺はそう言った。
一対一は分が悪いが、俺以外では相手にならないだろうから仕方がない。
「だからサビナはあんたに任せる」
「分かりました。僕もそのつもりでした」
「頼もしいな」
「ええ。あのブレスレットを破壊すれば……」
「アダン。言っておくが、ブレスレットを壊しても洗脳は解けないからな」
「ええ!?」
「闇魔法を破るにはコツがいるんだ。あとで説明する」
「あとでって……じゃあ今はどうすれば!」
「耐えろ!」
「耐えろ!?」
アダンが絶叫していたが、抗議の声は受け付けなかった。単純に、それだけの余裕がなかったのだ。俺は砂埃が晴れる前に駆けだしていた。リザエルの方へ……ではない。彼女からなるべく距離をとるべく走った。
ドンッ
背後でサビナの魔法弓が炸裂する音がする。その直後、俺は自分の真横に“その女”がいることに気がついた。
まずい。
俺はとっさにその場に伏せた。その判断のおかげで、首の代わりに髪の毛が斬り飛ばされるだけで済んだのだ。頭のすぐ上を刃が――死をもたらす切っ先が通過していく。俺はゴロゴロとボールのように転がると、素早く起き上がった。
「いきなりご挨拶だな、リザエル」
「やはりお前が力を貸していたのだな、ネロウ」
「今、よけなかったら俺死んでたぞ」
「お前がこの程度で死ぬものか。どうせ、首が取れてもなんらかの魔法でくっつけるのだろう?」
「いや、さすがにそれは無理だ」
「そうか。いいことを聞いた」
リザエルは笑ったが、すぐにいつものクソ真面目な顔に戻った。
「降伏しろ、ネロウ。今は持ちこたえているが、時間の問題だ」
「そうとも限らない。俺があんたを倒せば、戦は終わり。ポポポ村の勝ちだ」
「仮に私を退けたとして、その先はどうする。魔王様のお力は強大だ。この小さな村が、何の後ろ盾もなく生き残れるとは思えない」
「関係ない。どんなに強かろうと俺が魔王を倒す。それで万事解決だ」
「……変わらないのだな」
「ああ。変わったのはあんただけだ」
大小二本の剣を手にしたリザエルを相手に、俺は身構える。しかし、戦いはすぐには始まらなかった。二人の間にはある種の緊張感があったが、戦闘直前のそれではない。
俺は少し迷ってから、結局、尋ねた。
「……何があったか、聞いてもいいか?」
「そうだな。話しておこう」
リザエルはうなずき、語り出した。
彼女が魔王に屈服し忠誠を誓った、そのときのことを。
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次回は明日(11月10日(水))更新します。