表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/39

6 洗脳

 隠密魔法(ステルス)で身を隠しながら村長の家に行くと、すでに魔族の一行は中に通されたあとだった。きっと、村の門を通って正面から入ってきたから、地雷を踏まずに済んだのだろう(門の前の地雷だけは、今は機能を停止してあるのだ)。

 俺はミシュラとアダンとともに、窓際にそっと身を寄せた。

 室内では村長と、金髪に赤い瞳の女――リザエルとが、テーブルを挟んで向かい合っている。二人の背後には、武器を携えた護衛が三人ずつ、それぞれ控える。村長の護衛のうち一人は、アダンの婚約者・サビナである。自警団の副リーダーでもある。


 中から、村長とリザエルの会話が聞こえてきた。

「たしかに、村長の言う通りだ。文書で約束を取り交わした方がお互いに安心できるというものだ」

「ええ。そのためにまず、そちらの正確な人数を教えていただきたく思います。それに合わせて、どの家に何人の兵士が泊まるかを調整します」

「こちらは私を入れて198人……いや、先ほど5人減ったから、193人だ」

「減った?」

「ああ、隊の規律を破った者がいてな。地雷にかかったり、処罰の対象になったり……。いや、気にしないでくれ」

「そうですか。他に確認したいのは、いつ頃までこの村に留まられるのか、ということです。それから、食事の他に必要なものはあるのか」

「舎営の期間については、はっきりとは分からない。魔王様から出撃命令があるまでだ。必要なものは……」

 二人は淡々と話し合いを進めていた。その間も、魔族の護衛三人は油断なく目を光らせている。村長の護衛は、みながちがちに緊張していた。特にサビナは、護衛というより鬼教官の前に立つ子どものようで、青白い顔にひどく汗をかき、今にも卒倒しそうであった。


 その様子を窓の外から見て、俺は首をかしげた。

「サビナは、なんであんなに硬くなってるんだ?」

「彼女が副リーダーになったのは最近で……。実は今まで、村周辺の見回りしかしたことがなかったんです」

「じゃあ、実質初めての任務か」

「はい。腰に帯びている剣も、素振り以外で抜いたことがあるかどうか……」

「モンスターとの戦闘経験は?」

「ありません。ウサギなどを弓で狩ったことがある程度です」

「なんとまあ」

 俺はあきれてしまった。自警団の戦力に不安があるとは知っていたが、副リーダーがこの調子とは。




 幸い、目立った衝突もなく話し合いは進行した。護衛というのは、暇であればあるほど良いという、世界でも珍しい仕事なわけだが……。サビナたちが一歩も動かないままに、合意文書にサインがなされた。

 辛抱強く様子を見守り続けたアダンが、俺の隣でホッと息を吐く。ミシュラはとっくの昔に飽きてしまっており、木の枝で地面に猫の絵を描いている。


 だが。

 安心するのは、まだ早かったのだ。


「……そこのお前、名前は?」

「え、私?」

 村長と自身のサインが入った文書を受け取ると、不意に、リザエルがサビナに声をかけたのだ。サビナは戸惑い、村長に視線を向けたが、彼はただうなずいただけだった。仕方なさそうにサビナは答えた。

「……サビナ」

「サビナ。良い名だ。少し話があるから、この場に残ってくれないか」

「私に話?」

「村長。この部屋を数分間だけ貸してくれないか」

「それは、もちろんかまいませんが」

「お前たちも、先に外に出ていてくれ」


 どういうわけか、リザエルはサビナ以外の人間と魔族を部屋から出した。椅子に腰かけたまま、じっとサビナを見つめるリザエル。サビナはテーブルを挟んで反対側に立ち、居心地悪そうに視線をさまよわせた。

「なんだ? いったいサビナに何の用があるっていうんだ?」

「じっとしてろ。こんなに近くで動き回ったら、さすがに隠密魔法(ステルス)でもごまかしきれない」

 窓に顔がくっつきそうなほど前のめりになっているアダンに、俺はそう言った。ミシュラが地面に描いている猫は、いつの間にか五匹に増えている。翼が生えているので、ツバサネコの絵だろう。


「……それで、話とは何ですか?」

「瞳に迷いが見えるな」

「え?」

「戦いへの不安か? 身のこなしを見る限り、実戦経験はなさそうだな」

「そんなことは……」

「すまない。別に馬鹿にしているわけではないんだ。むしろ心配している」

「心配……?」

 サビナが困惑していた。窓の外では、アダンも同じく困惑していた。

「私は魔王軍所属だが、その中でも特に三魔将の一人、ダイモン殿の指揮下にある」

 リザエルはそう言いながら、金色の何かをテーブルの上に出した。コトン、と音を立てて置かれたのは、ブレスレットである。金の輪の中央に、赤い宝玉が埋め込まれている。

「ダイモン殿から、お前のように迷いを抱えた者を見かけたら、これを渡すように言われている」

「ブレスレットを? いったいなぜ?」

「友好の証だ。つけてみろ」

 リザエルはテーブルの上、金色のブレスレットをサビナの方へ押し出した。サビナは、最初は無視しようとしていたようだが、視線が次第にブレスレットに吸い寄せられていく。やがて彼女はおそるおそる手に取り、手の中で何度か回していたから……左手にはめた。


 そのとたんに。


 輪に埋め込まれていた宝玉が、鮮血のような光を放ちはじめたのだ。部屋全体を赤く染めるほど、強烈に。

「こ、これは!?」

「恐れることはない。魔王様の祝福だ」

「ああああああああああああああ!?」

「サビナ!?」

 今にも窓を叩き割りそうになっているアダンを、俺は押さえつけた。悪い予感が当たってしまった。俺はとっさに、部屋に突入してサビナを助ける方法を模索したが……断念した。この窓は突入には小さすぎるし、玄関の方には護衛がいる。そして、俺は正面切っての接近戦ではリザエルに勝てない。


 ブレスレットの発する赤色の光を浴びて、サビナは頭を押さえ、しばらく苦しんでいた。やがて彼女は、うわごとのようなものを口走りはじめたのだ。

「私は……本当は副リーダーなんてやりたくない……」

 隣から、アダンの息を呑む気配が伝わってくる。ミシュラも猫を描くのをやめて、窓から中を覗いている。

 リザエルは真剣な目をサビナに向ける。一年前、俺とパーティを組んでいた頃と同じ、誰かの悩みを聞くときの表情だった。

「副リーダー。自警団の、ということか」

「そう……村のみんなが期待してくれるけど……荷が重い……。私はただアダンと一緒にいたいだけなのに……」

「『アダン』というのは?」

「私の婚約者……自警団のリーダー……」

「副リーダーを他の誰かに任せることはできないのか?」

「人手が足りなくて……それに、嫌われたくない……」

「なるほど。……本当はもっと強い戦士に任せたいのに、人材不足でそれができない、といったところか。そして、村を守らねばというプレッシャーを重荷に感じているが、アダンに嫌われたくないから言い出せない」

「はい……」

「そうか。辛かったのだな」

 リザエルの表情は、昔と同じ――旅先ですぐに寄り道して、ついつい誰かの頼み事を聞いてしまっていた、あの頃と同じものだった。ただ純粋に、サビナの悩みを解決したいと願っている。


 だからこそ、タチが悪い。

 彼女自身が気づかぬうちに、その根本が歪められてしまっているのだから。


「よし、いい考えがあるぞ。安心するがいい、お前の願いを叶えるのは簡単だ」

 リザエルは――魔王によって歪められた女は、表情を明るくした。

「お前たちが自警団を組織するのは、魔王様と敵対しているからだろう? 魔王様に忠誠を誓えば、村は魔王軍の庇護下に入る。素晴らしいことだろう?」

「魔王軍の、庇護下に……。素晴らしいこと……。……ッ、やめて、私の中に……入ってこないで……! 私はそんなこと思ってない……!」

 サビナは苦しげに頭を振った。そのとき、ブレスレットに埋め込まれた宝玉が、さらに強く赤色の光を発する。光を受けて、サビナはのけぞった。

「あああああ……!?」

「約束しよう、村は我々が責任を持って守る。民のために戦うのが軍人の務めだからな。お前はもう、期待に応えられないかもしれないという不安と戦う必要もない」

「ううう、違う……違う? ……分からない……助けて……アダン……」

「大丈夫だ。きっとアダンも分かってくれる」

「アダンが……? ああ、あ……!?」

 アダンも分かってくれる。どうやらその言葉で、心の最後の防壁が取り除かれてしまったらしい。こうなっては、もう抵抗は不可能だ。全身に闇の魔力が浸透していくのが、はた目にも分かった。


 サビナの表情から、次第に苦しみの色が消えていった。それにともなって、銀色だった胴鎧は黒く染まり、表面に悪魔をかたどった紋様――魔王軍のエンブレムが浮かび上がる。

「な、なにが起こっているんだ」

「動くなと言っただろう、気づかれるぞ」

 窓の外で、俺はアダンをなんとかなだめ続ける。もうサビナは苦しんでおらず、落ち着いて立っていた。彼女は黒く変わった自身の鎧を少し触ってから、サビナは心の底から嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。迷いが晴れました。つまらない意地を張って、魔王様に抵抗しようとしていたからいけなかったのですね」


「お前に与えたそのブレスレットには、魔王様の魔力がこめられている。魔王様は心に闇を抱えた者に力を与え、救ってくださるのだ」

「これが魔王様の魔力……なんて素晴らしい……」

サビナはブレスレットを愛しそうになでた。すでにその瞳は闇にとらわれた他の者と同様、赤く染まっていた。

「どうか私を……魔王軍に入れてください」

「ああ。よろしく、サビナ」


 隷属化魔法(スレイブ)

 また一人、魔王の忠実なる下僕が誕生した。




「何回言わせるんだ。待て、今は助けられない」

「止めないでください! 敵はリザエルと、数人の護衛だけです、なんとかサビナを救い出してみせる!」

「ここにいるのは数人だけだけどな……忘れるな。村のすぐ外に200人が待機しているんだ。村は地雷で囲んであるとはいえ、抜け穴はいくらでもある。一斉になだれ込んできたら防ぎきれないぞ」

「うっ……」

「仮にサビナをかっさらえたとしても、リザエルがちょっと命令を下すだけで敵が押し寄せてくる。200人のうちの半分でも入り込んできたら、村は全滅する」

「く、くそ……なんということだ」

 窓のすぐ外で、アダンは膝をついた。うなだれるアダンの横で、俺とミシュラは立ち尽くす。そうしているうちに、リザエルが護衛とサビナを連れて、村長の家から出て行った。その背を追うことはできない。今はまだ。


「言っただろう、価値観が違うと。奴らは魔王に従うことが最高の幸せだと思い込んでいるから、敵を洗脳することにためらいがない。むしろ良いことをしたと心から信じている」

「そんな……」

「放っておいたら、いったい何人の村人が同じ目に遭うか」

 村の門の方へと去っていくリザエルたちを眺め、俺は言った。アダンが地面を殴る。一度、二度、三度。拳の皮がむけるのもかまわずに。俺は止めなかった。


 その後、アダンはしばしうなだれていたが……やがて血を吐くように言った。

「……戦うしかない」

「そうだな」

「だけど僕らには力も、人材もない……」

「その点は大丈夫だ。俺がいる」

 アダンは顔を上げた。俺はただうなずいた。隣では、すでにミシュラがやる気満々の表情である。

 アダンは地に手をついたまま、懇願した。

「お願いします。奴らを倒してサビナを奪い返すには……僕らの力だけでは足りません。どうか……」

「ああ、頼まれるまでもない。魔王討伐の予行演習だ。どのみち、一個中隊程度を退けられないなら、話にならないからな」

 俺はアダンの手を取って助け起こした。ミシュラが、彼のズボンについた土を払ってやっている。俺は彼の胸の真ん中を、拳でトンと叩いた。

「予定変更だ。力を合わせてあいつらをぶっ飛ばすぞ」

次回は明日(11月8日(月))更新の予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ