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3 かつての仲間、心の闇

「私は魔王軍第5連隊漆黒中隊・中隊長! 黒騎士リザエルだ! 村の代表との会談を希望する!」

 俺がアダンとともに村の入口にまでやって来ると、ちょうど、魔族の兵隊のリーダーが前に進み出て、村に向かって大声で呼びかけているところだった。金髪に赤い瞳。悪魔をかたどった紋様――魔王軍のエンブレムがついた漆黒の鎧を身にまとい、大小二本の剣を腰に帯びた、気の強そうな女だった。

「あ、あれは……!」

 アダンは驚きに目を見開く。魔族の兵士を率いている中隊長が、人間の女だったからだ。彼女の顔を見て、俺は顔をしかめる。

「ネロウさん、見てください。魔族に寝返った人間ですよ……!」

「リザエル。あいつか」

「えっ、あの中隊長を知っているのですか?」

「ああ、昔の仲間だ」

「ええっ!?」

「どうやら魔王に、心の闇を利用されたらしいな。すっかり洗脳されちまってる」


 俺とアダンがいるのは、村を囲む柵の内側だった。柵は一応、村全体を取り囲むように設置されているが、人の胸くらいの高さしかない上に、あまり太くない木材を組んだだけなので、突破しようと思えば難しくはないだろう。

 俺とアダンはその柵の隙間から、向こう側を窺っていた。俺の隠密魔法(ステルス)によって足音や声は他人に聞こえず、視覚的にも見つかりにくくなっているので、この場で裸踊りでもしなければ気づかれることはないはずだ。


「それより見ろ。歩兵中隊みたいだ。数はたしかに200人くらいか」

 俺はリザエル中隊長の背後を指さした。リザエルは人間だが、その後ろに整列しているのはみな魔族であり、とがった耳と角を持っている。

 国境付近を守る王国軍の砦は陥落した。次はいよいよ国の中心部に向かって進軍するつもりか。

 村の方では、自警団の連中が家々の陰に隠れて息を殺している。しかし、数は圧倒的に敵の方が多かった。正面からやりあえばひとたまりもないだろう、と思っていると……。

 村の玄関口にあたる小さな門をくぐって、一人の老人が魔族たちの前に進み出た。


「ワシが、この村の村長です」


 老人はリザエルに対して挨拶した。女中隊長はまじめ腐った顔でそれに応じ、あらためて名乗った。

「中隊長のリザエルだ。会談の承諾、感謝する」

「いったい何事ですか。こんなに物々しい兵隊を引き連れなさって。この村には何もありませんぞ」

「用件は他でもない。この村を本日から、我が部隊の宿営として借り上げたいのだ。魔王様のシノワ市攻略のために協力願おう」

「な、なんですと……!?」

 村長は驚いた様子で、よろめいた。ショックで死んでしまわないか若干心配だったが、どうにか一命はとりとめたようだ。

「し、しかし……この村には宿泊施設はございません」

「民家でかまわない。兵の食事と風呂、そして寝床を提供してほしい」

「この方々、全員分ですか」

「そうだ」

 無慈悲な返答。

 村長は見ていて気の毒になるほど青ざめていた。


 柵の隙間からそうしたやり取りを眺めながら、俺はアダンに問うた。

「アダン。ポポポ村の人口はどのくらいなんだ?」

「300人程度だ」

 アダンは苦々しげな表情で答えた。

 人口300人。そこに200人の軍人が入り込むとなれば、いったい何が起こるか分からない。少なくとも、若い女性は身の危険を感じて夜も眠れなくなるだろう。しかも、軍隊が野営ではなく民家での宿泊(舎営)を選ぶときというのは、たいてい長期的な作戦行動を行うときである。この村の食料の蓄えに、それだけの余裕があるとは思えなかった。

「心苦しいが、これも戦争だ。承諾願いたい」

「ワ、ワシ一人で決めるわけにはいきませぬ。村の主だった者たちと話し合わねば」

 村長は慌てた調子でそう言った。露骨な時間稼ぎにも聞こえたが、幸い、リザエルは納得してくれたようだ。

「分かった。二時間待とう」

「ありがとうございます」

「しかし、もし要求を拒絶するのであれば、力ずくということになる」

「う……」

「すまない。本当は穏便に済ますことができれば一番なのだが……魔王様の命令は絶対だ。そうならないことを願っている」


 リザエルの目は真剣であり、それがただの冗談ではないことを物語っていた。彼女の性格上、「できれば穏便に」というのは本心だろう。しかしそれを上回るくらいに、彼女の心には魔王への忠誠心がしっかりと植え付けられてしまっている。

 彼女の全身を、そして心を支配する闇の魔力が、俺には感じ取ることができた。視覚的にイメージすると、魔力の流れはコウモリのような形をしており、リザエルの心をまがまがしい翼で包み込んでいた。

 魔王本人の魔力とは少し違うから、側近の誰かに施術されたのだろうか。


 アダンも緊迫した表情で身をかたくしている。近くの家々の陰にひそむ自警団員たちも、いつでも飛び出せる態勢を維持していた。

 そんな中。

 柵の内側にひっそりと寄りそう俺とアダンに、ぶかぶかの魔法衣をまとった長髪の女――ミシュラがちょこちょこと駆け寄ってきたのだ。


「え、ミシュラさん? なぜここに?」

「終わったのか。どうだった?」

 俺が尋ねると、ミシュラは首をふるふると横に振った。

「うん。そうか」

「どうしたんですか、ネロウさん。終わったとは、いったい何が?」

「あのモヒカンのチンピラ……ノーザとかいったか。木に吊るしておいたのを覚えてるか?」

「ええ、もちろん」

「俺たちがこうして敵を観察している間に、ミシュラにはノーザの拷問をやっといてもらったんだ」

「そうなんですか……ええ!? 拷問!?」

「ノーザは魔族どもを手引きしたりはしていないそうだ。あのチンピラが拷問に耐えてまで口を割らない、なんてことは考えがたい。つまり、両者は無関係」

 俺はそう言いながら、今度は柵の向こう――整列する魔族の中隊の方に目を向けた。

「本当は魔族の兵士も一人くらい捕まえて拷問できればいいんだけどな」

「本気ですか……」

 アダンは隣で戦々恐々としている。一方、ミシュラは拷問用の鞭を手にして、やる気に満ちた表情だ。

 だが、まだ戦にもなっていないのだから、いたずらに相手を刺激するわけにもいかない。

「まあ、今はやめておこう」

「良かった、安心しましたよ」

 アダンはホッとした表情である。ミシュラは少し残念そうな表情である。


 そうこうしているうちに、魔族の中隊はリザエルに率いられて森の方に退いていった。村長は、あの短い会話だけで相当疲労したのだろう。よろめきながら村へと戻り、途中で自警団員に体を支えられていた。一瞬で十歳ほど年を取ったような様子であった。

「猶予は二時間……。急がなくては」

 そう言って、アダンは立ち上がった。俺とミシュラもそれにならう。

「僕は集会所に向かいます。魔族を受け入れるか拒絶するかの、話し合いに参加しなくては」

「どうなると思う?」

「分かりません。ただ、みんな戦いは嫌いなので。どうにか平和的に解決する方法を探ることになると思います」

「集会所ってのはどこにあるんだ?」

「僕の家から、少し北に行ったところです」

「そうか。俺は部外者だが……できる限り協力するって決めたからな。あとから行こう」

「え、あとから?」

「戦いになったときのために、ちょっと仕込みをしておこうと思ってな」

「仕込み、ですか」

「そうだ。地雷魔法(マイン)を仕掛ける。できれば村の外を全部取り囲むくらいに」

「ええ……?」

「そういうわけで、またあとで会おう。さあ行くぞ、ミシュラ」

 アダンがドン引きしていたが、そんなことは気にしていられない。俺はミシュラとともに、ひょいと柵を乗り越え、村の外側に着地した。そして、二人の体に隠密魔法(ステルス)がしっかりかかっているのを確認してから、地雷設置作業を開始したのだった。

次回は明日(11月5日(金))更新予定です。

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