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18 首都モルヘンの光と影

 キマイラの死体がなくなったので、馬たちはようやく関所に近づいてくれた。俺たちは馬車に乗り込み、午前のうちに出発した。


 馬車は無事に関所を通過すると、広い道をガタガタと進んでいく。揺れることは揺れるが、山道と比べたらずっと安定していた。それなりに手入れされた道路が、首都が近いことを物語っている。

 ミシュラは窓から馬車の外をぼんやり眺めている。カヤはノートを取り出して、先ほどの魔法陣の形をメモしている。

「……リザエル」

「なんだ」

「あんたは魔王軍にいたときのことをはっきりと覚えているんだよな?」

「ああ、屈辱的なことだが。魔王に支配され、自分が何をしていたのか、鮮明にな」

「だったら、これから会うっていう騎士団長に、魔王軍の今後の侵略計画を伝えられるんじゃないか?」

「たしかに、それができれば我がロウトリア王国にとって有利になるな。……だが、それはできない」

「え、なんでだ?」

「中隊長程度には、全体の戦略など教えられない。当たり前のことだが」

「でも、あんたの親友のナナは魔将ダイモンの側近なんだろう? だったら、ナナ経由でちょっとくらい教えてもらったりしなかったのか?」

「いや、まあ尋ねたことはあったが……」

 リザエルは言葉を濁した。

 何か言いにくい事情があるのだろうか。まさか、洗脳されていたときの影響で、魔族側にとって不利になる情報は喋れないとかか……。

 俺はそんなふうに、深刻にとらえた。

 しかし、全然違った。


「実は……私は素直すぎてよく顔に出るし、隠し事が下手ですぐバレそうだからと、ナナは何も教えてくれなかったのだ」

「え」


 俺は一瞬、あっけにとられた。窓の外を見ていたミシュラが振り返る。カヤは相変わらずノートにメモを続けている。

 あまりにも悲しい理由だった。しかし、ナナの言うこともよく分かる。

 リザエルには、作戦が敵にバレないように部隊を動かす、などという器用なマネはできそうにない。となると、最初から彼女に知らせないでおくのが一番無難である。

「その……まあ、元気出せよ」

「言うな。情けなくなってくる」

 リザエルの周囲だけ、空気が10倍くらいに重くなっているようだった。ミシュラが彼女の頭をよしよしとなでた。


 馬車はそのまま、進み続けた。

 幸いにして野良モンスターにも襲われることはなかった。道には徐々に旅人の姿が増えてきて、他の馬車も目につくようになってきた。

 午後も遅くなり、太陽は傾いていく。日が暮れるまでに着けるだろうかと、少し心配していたときに……ミシュラに肩を叩かれた。


 窓から外に目をやると、道の前方に、どこまでも続く壁が見えた。


「ロウトリアの首都・モルヘンだ」

 リザエルがポツリとつぶやいた。

 カヤが目を輝かせて窓から身を乗り出す。

「お師匠様! なんでしょう、あの壁!」

「あれは城壁だろう。城下町をぐるっと囲んでるんだ」

「城下町全部を!? そんなものどうやって作ったのですか!?」

「人海戦術さ。首都には人が掃いて捨てるほどいるからな」

 騒ぐカヤの相手をしているうちに、馬車は市門付近にまで到着した。他の馬車や徒歩の旅人の後ろに並んで、入市手続きの順番を待つ。

 ポポポ村の村長にもらった通行証があったので、馬車はすぐに門を通り抜けることができた。


「ここで大丈夫だ。世話んなったな」

 俺たち四人は、市門にほど近い市街地で馬車から降りた。馬車は街角の向こうへと消えていったが、おそらく車庫にでも行くのだろう。馬を休ませたら、またポポポ村方面に戻るのだろうか。それともまた別の方に行くのか。俺には分からない。

「さて、宿のあてはあるのか?」と、リザエルが尋ねる。俺は当然、首を横に振った。

「モルヘンは初めてなんだ。どこに宿があるかも知らないぜ」

「どうするんですか、お師匠様!」

「そりゃあ、騎士団にいたこともある黒騎士サマに頼るのが一番だ。都会での面倒な手続きとかは、全部リザエルから学ぶように」

「分かりました! 勉強します!」

「お前ら……」

 げんなりとするリザエル。元気いっぱいのカヤ。その隣ではミシュラが、盛大に腹を鳴らしている。

 うまい飯と熱い風呂という、人間にとってもっとも重要なものにありつくために。

 俺たちは市街地で、宿探しをはじめた。




 幸い、宿は大した苦労もなく見つかった。

 まだ賞金を受け取る前だから、宿代はリザエル一人に頼ることになってしまった。文無し冒険者のつらいところであり、あまり贅沢はできないが……。それでも、三人部屋と一人部屋をそれぞれ、風呂と食事付きでとることができた。

 まあ、騎士団本部に水晶玉で連絡し、団長とのアポイントメントをとれたのは俺のおかげであるから、リザエルにも宿代くらいは我慢してもらおう。


「では、私とネロウは情報収集に行ってくる」

「飯までには戻るからな」

「お師匠様! リザエルさん! あたしも一緒に行きたいです!」

「ダメだ。こういうものは慣れている者が少人数でやるのが一番いい」

「え~そんなあ……」

「それにあまりぞろぞろ連れて行くと、フットワークが重くなる」

 リザエルはそんなふうにカヤをなだめている。別に二人も四人も大して変わらないのでは、と思ったのだが、どういうわけかリザエルは二人きりで出かけることにこだわった。ミシュラが、部屋の隅っこで膝を抱いてむくれている。

「まあ、カヤは俺の弟子らしく、部屋で自習してろ」

「は~い……」

 というわけで、カヤにはミシュラとともに留守番をしてもらうこととし、俺とリザエルは情報収集のために街に繰り出した。

「ふふふ、懐かしいなネロウ。以前パーティを組んだときにも二人で買い物をしたことがあった。あのときはトントロ市だったか」

「買い物じゃなくて情報収集だからな。忘れるなよ」

「わ、分かっている! ……しかし、それならやはり買い物客に紛れることが肝要だ。どうだろう、手をつないだり、腕を組んだりしてみては。その……もちろん偽装のためだが」

「いや、そこまでする必要もないだろう」

「そ、そうか……。いや、もちろんそうだ、お前に言われずとも分かっている」

 リザエルが顔を真っ赤にしてうつむいた。よく分からないが、久しぶりに首都にやって来て嬉しくなってしまい、空回りしているのかもしれない。

 そして結果的に、カヤを置いてきたのは正解だったと俺は思った。

 ロウトリア王国の首都・モルヘンは、彼女が考えているほどステキな場所ではなかったから。


「……国境近辺からの避難民か」

 市街を歩きながら、俺はつぶやいた。夕方の大通りは仕事帰りの者、買い物袋を抱えた者、親子連れ、立派な馬車などで混雑していたが、道の脇に目をやると、また違った姿を見て取ることができた。

 ボロボロの服を身にまとった大人たち、子どもたちが、路地裏からあふれて大通りにも姿を見せていた。彼らはみなやせて、光のない目をしていた。血のにじんだ布を体に巻き付けている者も一人や二人ではない。

 戦火を逃れようと故郷を捨てたものの、この首都で居場所を得られない者たち――避難民である。

「そういや、アダンも言ってたな。ポポポ村から都会に避難した連中は、すぐにまた村に戻ってきたとか。仕事がまったくないんだと」

「相当な人数が都市に流入しているのだろう。戦える者は軍に志願することもできるが……。それ以外はここで物乞いをやるか、田舎で戦いにおびえながら暮らすか、どちらかしかない」

「そりゃあ、最悪な二択だな」

「ポポポ村は中隊の通り道ではあったが、直接の戦闘地域ではなかった。たしかにここよりマシだと思ってしまうのも無理はない」

「そうだな。……おい、ちょっとあんた」

 俺は立ち止まり、目についた八百屋の主人に声をかけた。赤くみずみずしいリンゴを指さして、俺は言った。

「リンゴを四つくれ」

「へい、まいど」

「その代わり教えてくれないか。この街はいつからあんな感じなんだい」

「……戦争が始まって、しばらく経ってからですよ、旦那」


 やはりか。


 俺はリンゴを四つ選んで、買い物袋に放り込みながら質問を続けた。

「政府は、何か救済措置をとっていないのか?」

「やってるけど、足りないんですよ。食糧の配給はありますが、毎日毎日長蛇の列で。手続きが長ったらしいらしくてねえ。そこで何割かははじかれます」

「手続き? 食糧をもらうだけで、なぜ長い手続きが?」

「どうやら、避難民以外の貧乏人を締め出すためらしいですね。ほら、救済措置に便乗して飯にありつこうって輩が多くって」

「なるほど。避難民か否かを区別するために」

「ま、そのせいで本物の避難民まで締め出されて、ああしてひもじい思いをしてるみたいですけど。……リンゴの他にも、何かどうですかい? サービスしますよ」

「いや、けっこう。また来るよ」

「どうぞごひいきに。……しっかし、政府が責任もって飯を配ってくれなきゃ困りますよね。飢えた連中が多いせいで、うちの店も何度か窃盗に遭ってるんですよ。何のために高い税金払ってるんだか」

「…………」


 俺はリザエルとともに八百屋を離れた。その後も何人かから話を聞いたが、明るい話題はなかった。増え続ける避難民。治安の悪化。政府への不満。

 ただ、戦闘の直接的な影響はまだ首都には及んでいないらしかった。戦いに勝った負けたという話も、皆、どこか他人事のように話している。

「……実はな、ネロウ。デッドガルドにいたときに聞いたことがあったんだ。ロウトリアからの難民というのが、かなりの数、帝国に流入していると」

「帝国に?」

 俺は思わず聞き返した。自国が危険だからと、わざわざ敵国に逃げる――そういう選択肢もあるのか。

「人間の国で飢えるくらいなら、魔族の土地に行った方がマシってわけか」

「デッドガルドは、魔法学以外は発展途上だからな。高い技術を持った人間は意外と重宝されるんだ。たとえば武器職人は不足しているから、すぐに職にありつける。……いや、たとえなんの技能もなかったとしても、武器工房の門を叩きさえすれば雑用係として使ってもらえるだろうな。それくらい人手が足りない」

「なるほど、行けば、少なくとも仕事はあると」

「もともとデッドガルドは、いろいろな種族が混在する土地だ。混血が進んで区別が曖昧になっているとはいえ……。魔族といっても一般的な有角族の他に、ドワーフや吸血鬼、ダークエルフなどいろいろいる」

「だから人間も入り込みやすいってわけか」

「そうだ。人間に対する差別も、思ったよりは少ない」

 俺は納得した。

 つまりこれは、闇の魔力で支配されるまでもなく、寝返る者が続出しているという状況。王国が劣勢に立たされているのは、ある意味必然と言えた。


「……ん?」

 そうやって、何軒目かの情報収集を終えて、リザエルとともにパン屋を出たときだった。そろそろ宿に戻ろうかと思った矢先、大通りの隅っこ――ふらふらと歩く少女が目にとまり、俺は立ち止まった。

 10歳くらいの避難民だろうか。汚れた服を身にまとっており、裸足で、相当やせ細っている。

 彼女は、俺とリザエルの視線の先で数歩足を進めたかと思うと……やがて、路地裏の入口あたりで倒れた。つまずいた、というよりは、力尽きた、というように。

 細い手足が、石畳に投げ出される。

「君! 大丈夫か!」

 俺が何か言う前に、リザエルは駆けだしていた。

今日も読んでくださり、ありがとうございます!

次回は明日(11月20日(土))更新予定です。


昨日の夕飯はさんまの塩焼き(20%引き)でした。

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