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17 闇の後遺症

拷問魔法(ペイン)は触れないと効果がないけどな。こういう代替手段もあるわけだ」

「さすがお師匠様!」

「魔力の回路を作るのは、魔法の基本とも言えるからな。あとで教えてやろう」

「やった!」

 カヤが魔法の杖を握りしめ、喜びをあらわにしている。俺は教師ではないので、教え方は自己流になってしまうが、まあ、そのあたりは勘弁してもらいたい。


 倒れたキマイラは首を落とされ、今は関所の門の前で(むくろ)になっている。そのまわりを首都モルヘンから来た兵士たちが取り巻いて、死体の処理をどうするか、あーだこーだと議論している。

「おい、ネロウ。兵士から証明書をもらったぞ」

「助かる。ミシュラに渡しておいてくれ」

 リザエルの持ってきた書類をチラリと見て、俺は言った。2000ゴールドと記してあるようだ。ノーザにかけられていた懸賞金の10倍であり、一般的な兵士の半年分の給金に相当する。

「これは、モルヘンに着いたら豪遊できそうだな」

「おい、遊びに行くわけではないのだぞ」

「冗談だよ。次に賞金がもらえるのがいつになるか分からないしな。そんな簡単には浪費できないさ」

 俺がそう言うと、リザエルは安心したようだった。一方で、ミシュラは証明書をカバンにしまいながら、露骨に不満そうな顔をする。よっぽど豪遊したかったのだろう。まあ、ミシュラの考えている豪遊というのは、「カレーライスを食べる」とか「ゆっくり風呂に入る」とかその程度だろうから、金の有無にかかわらず、首都に着いたらすぐにでも叶えてやれる望みなわけだが。


「さすがはお師匠様。お金の管理も抜かりないのですね。勉強になります」

「おいカヤ。あんなのを見習ったらダメだ。もっと品行方正で正々堂々とした、私のような者から学びなさい」

「でも、リザエルさんはお師匠様に負けたじゃないですか」

「うっ……」

 カヤの言葉が、リザエルの胸に突き刺さる。どうやら本人も、ポポポ村で俺に負けたのを気にしているらしい。


 ポポポ村を出たのは七日前のことだ。カヤはあれ以来、俺の押しかけ弟子になっている。

 俺としては、最初は追い返す気であった。すぐに彼女の兄・アダンが追いかけてきたから、彼に押し付ければ問題なかろうと思っていた。

 しかし、カヤは俺について行くと言って譲らなかった。

 アダンとしても、前々から葛藤があったようだ。カヤは母親と同じ魔法使いになりたがっているのだが、都会の魔法学校に通わせるほどの金はない。俺に弟子入りさせれば費用はかからない一方で、命の危険を伴う。


 妹を心配する気持ちと、夢を叶えさせてあげたいという気持ち。


 アダンの心の中でその二つがせめぎ合い、どうやら、後者が勝利を収めたらしい。

 長い長い言い争いの末、ついにアダンが折れた。

 ――リザエルさん。どうか妹を……カヤをよろしくお願いします。

 アダンは妹のことを、なぜか俺ではなくリザエルに頼んでいた。立派な大魔法使いである俺より、この前まで魔王軍にいた黒騎士サマの方が信用できるらしい。腹立たしいが、実際、正解だと思う。

「キマイラの死体処理は、まだかかりそうだな。馬が怖がっちまって全然近づいてくれないから、やっぱり足止めか」

「しかし、なんとか討伐できて良かった。軍用キマイラの食欲はすさまじいからな。もっと人口の密集した場所に出没していたらと思うと、ぞっとする」

「リザエル。魔族の軍では、あんなバケモノをどうやって管理してるんだ?」

「普段は死んだ家畜や死刑囚を食わせている。あとは戦場での現地調達だな。暴れ出して魔族の兵士が数人食われる事故は頻繁にあった」

「どうするんだ、暴れ出したら」

「三魔将の一人・タウロスが腕力で従わせていた」

「マジかよ……」

 キマイラをねじ伏せるほどの腕力。あまり考えたくないものだと、俺は思った。


――――――――――


 結局、キマイラの死体の処理は夜までかかったので、出発は明朝ということになった。私とミシュラ、カヤの三人は関所にある兵士の詰め所で、ネロウと御者は馬車の中で眠ることになった。夜の間は、首都から来た兵士たちが交代で見回りをしてくれることになっている。

 ただ、私はどうにも目がさえてしまって眠れなかった。

 兵士の詰め所から外に出て、関所前の道を、キマイラの血痕を避けながら少し歩く。ぼんやりと星空を見上げていると……道の脇に生えた樹木の上に人影があることに気がついた。

 ネロウだった。彼は太い木の枝に腰かけて、夜空の月に目を向けている。


「何をしている」

「ん? リザエルか」

 ネロウは私に気づいて、枝の上から見下ろしてきた。私は木の根元まで歩み寄る。

「ネロウ、お前も眠れないのか」

「いや。単純に夜が好きなんだ。闇の魔力は夜と相性がいいからな。体内の魔力の流れを整えて、次の戦いに備えるってわけだ」

「そう言えば、昔もよく一人だけ起きて、魔法の鍛錬をしていたな」

「え、なんで知ってんだ。さてはこっそり見てたな?」

「い、いいだろう、細かいことは」

 私はそう言ってごまかすと、軽く勢いをつけてからひょいと跳び上がった。ネロウと同じ太い枝にとびのり、彼の横に腰を下ろす。

 追い返されないか少し心配だったが、幸い、ネロウは迷惑そうな顔はしなかった。


「……明日には首都モルヘンに到着だな。リザエルも久しぶりか?」

「そうだな。最後に立ち寄ってから、もう二年ほど経ったか」

「騎士団長にはすぐに会いに行くのか?」

「いや、さすがにすぐには会ってくれないだろう。お忙しい方だからな」

「じゃあまずは、可愛い教え子が会いに行くって連絡しないとな」

「そうだな。城の兵士に手紙を託すか、それともネロウの水晶玉で係の者に伝えるか。お前はどちらがいいと思う?」

「どっちでも同じだろ」

 ネロウは笑った。まことに大ざっぱな男である。


 静かな夜だった。つい数時間前まで、人間の首やら手足やらが転がっていた場所とは思えないほど、平穏に満ちている。遠くの方から地獄オオカミの遠吠えが聞こえ、鬼フクロウの鳴き声も小さく響いていたが、せいぜいそれくらいだ。

 私は枝に腰かけたまま、ぼんやりと関所の前の道に目を向けていた。ちょうど、先ほどキマイラが倒れていたあたりに。

「どうした、浮かない顔だな」

 ネロウがチラリと、私に目を向けてくる。私はどきりとした。

「モルヘンで、どんな処分が下るか不安なのか?」

「いや、不安なのはそのことではないな」

「訊いてもいいか?」

「ああ。今日の戦いのことだ」

 私は先ほどのキマイラとの戦闘を思い出しながら、語り出した。胸に、かすかな痛みを覚える。

「キマイラと戦ったとき、私は死に物狂いだった。余裕がまったくなくてな。半ば無意識のうちに技を放ったのだが……。とっさに出たのは、白騎士だったときの必殺技・聖光剣(ホーリーブレード)ではなく、吸魂剣(ドレインブレード)だった」

吸魂剣(ドレインブレード)、か。あれはたしか……」

「そうだ。隷属化魔法(スレイブ)で支配されたときに与えられた、闇属性の技だ」


 敵の生命力を吸い取る剣技。強力だが、恐ろしい技。

 かつて私が得意とした光の技――心の中の愛や仲間との絆を力に変える聖なる剣技とは、真逆のものだ。

 私はため息を吐いた。

「やはり私は、もう黒騎士として生きていくしかないのだな」

「いいだろ、黒騎士でも。カヤもカッコいいって言ってるぜ」

「カヤはその……少し変わっているからだ。『漆黒の』とか『暗闇の』とかいう言葉が好きだし、名前を書くときに『†堕天使カヤ†』とか書くし」

「まあ……言われてみれば」

 ネロウが笑ったので、私もつられて笑った。しかしその笑いは、すぐに乾いたものとなる。


 私はうつむき、地面の方に視線を落とした。

「……ネロウ。私は恐ろしいんだ。今も魔王の魔力に染め上げられた鎧を着て、魔王に与えられた技を使って戦っている。そして気を抜くと魔王のことを『魔王様』と呼びそうになる」

「…………」

「ネロウ。絶対的な存在にすべてをゆだねるというのは、ぬるま湯につかるように、とても楽で、心地よいことだったんだ。それは人間の生き方としては絶対に間違っていると言い切れる。言い切れるのだが、一度あの状態を味わってしまうと、またそうなりたい、楽をしたい、心地よくなりたいとも思うようになってしまう」

 支配された方が楽。

 以前の私ならば、絶対に理解できない感覚だったのだが……今では分かってしまう。自分ではなく他人がすべてを決めてくれるというのが、どれほど魅力的なのか。

 もちろん、それは退屈な人生で、生きるも死ぬも他人任せという危ういものではある。しかし代わりに、選択にともなう苦痛はないし、失敗に対する不安もない。あの状態に慣れてしまうことは、麻薬漬けになるようなものだと思う。

 いけないと分かっている。

 それでいて、絶え間なく私を誘惑する。


「だから、首都で騎士団長に断罪されることを望んでいるのか」

「そうだ。そうでもしないと、私はまた道を踏み外すかもしれない」

「罰を受ければもう二度と道を誤らない、なんていう保証はないぜ?」

「それは、たしかにそうなのだが……。ネロウ、この心の奥に、まだあの頃の私が生きているようなのだ。もう一人の私は時々現れては、魔王のもとに戻れとささやく。私は……」

 私は、声が震えるのを抑えることができなかった。

「……私はいつか、魔王に支配されることを望んでしまうのではないかと……あのぬるま湯に自らの意思で戻ってしまうのではないかと……恐ろしい」

「いいんじゃないか。望んじまっても」

「……っ! しかし、そうなればまた私は隷属化魔法(スレイブ)の虜になってしまう。お前たちの敵になってしまうのだぞ!」

「ああ。あんたは単純だからな。きっときっかけがあれば、またすぐ洗脳されちまうだろう」

「おい! 茶化すな、私は真面目に……!」

「そうなったら、また俺が魔法を解いてやるさ」

「……っ!」

「それで問題ないだろ? 何か心配あるか?」

 何か心配あるか、だと?

 私がこれだけ悩んでいるというのに、ネロウは、まるで些細なことであるかのように言ってのける。

 私は何か言い返そうとした。

 しかし、できなかった。

 ネロウの表情から、心配の気配を欠片も感じ取れなかったから。

 かつて短期間ながらパーティを組んだとき……私が信頼し憧れた、あの自信のある顔。彼は今、あれと同じ顔をしていた。

「……いや、心配はないな」

 だから私は、思わず顔をほころばせた。

「たしかに。お前なら必ず、また私を救ってくれるだろうな」


 ……きっと闇の魔力の影響に違いない。

 胸がどきどきして、顔が少し……というか、かなり熱くなっている。ネロウの顔を見続けることができず、私はうつむいた。

 彼を間近に感じる。

 周囲に人の気配はない。

 私は枝の上で、そっと、体をネロウの方に寄せてみた。指先が彼の魔法衣に触れた。それだけで呼吸が乱れた。頭がどうにかなってしまいそうだった。


 これは、初めて闇に支配されたときと似た感覚。

 似ているが、どこかが明確に異なっている感覚。


 まさかネロウが何か魔法を使っているのでは、と一瞬疑ったが、私はすぐにその考えを否定した。ネロウはそんな男ではない。戦闘の際は外道だが、仲間に対しては昔から誠実だった。だから私は、そんなネロウをパーティから追放したくなかった。

 ずっと、彼と一緒にいたかった。

 私はこっそりと、ネロウの横顔を盗み見た。彼は夜空の月を見上げて物思いにふけっているようだ。その表情はどこか美しく、吸いこまれてしまいそうだった。私は、夜よりも深い彼の黒髪に手を触れたい衝動に――彼の胸に顔をうずめたい衝動にかられた。


 そうだ。これもきっと、闇の魔力の影響に違いない。

 であれば、ネロウも許してくれるのではないだろうか。


「ネロウ……」

 私は彼の耳元に口を近づけ、彼の名をそっとささやいた。胸に磁石が入っているかのように、一度傾いた私の体は元に戻ってはくれなかった。体がネロウに吸い寄せられていく。今、彼に抱きとめられたら、私はどうなってしまうのだろう。もしも強く抱き寄せられてしまったら?

 とてもじゃないが、「破廉恥な!」と叫んで逃れることなどできそうにない。

 むしろ私は望んでいた。

 魔王ではなく彼の手で、征服されることを望んでいた……。


 ピピィ――――ッッ!!!!


 そのとき、唐突にミシュラの笛が間近で鳴って、私は飛びあがった。おかげで、ネロウにすべてを奪われたいという望みは、一瞬にして霧消する。

「うわっ!?」

 私は枝の上から落ちて、ほとんど転ぶような形でなんとか着地した。


 私たちが腰かけていた枝の、ちょうど真下あたりには、ミシュラが笛をくわえて立っていた。

「お、おう。いきなりどうした、ミシュラ」

 ネロウが木から滑り下りてきて尋ねた。ミシュラはぷんぷんと怒った様子で、ネロウの袖をつかみ、引っ張った。ネロウは「分かった分かった、もう寝るよ」と言いながら、引っ張られるままに馬車の方へと歩きはじめる。

 歩きながら、ネロウは振り返った。

「まあ、そういうわけだから。あまり心配しすぎんな」

 彼の言葉が終わる前に、ミシュラは彼の袖をさらに強く引っ張った。ほとんど駆け出すような格好で、ネロウはミシュラとともに去っていく。


 私は草の上に尻をついたまま、ポツンと取り残された。

 そして、顔が燃えるように熱くなるのを感じた。


 ……私は今、何をしようとしていた?


 私は両手で顔を覆った。穴があったら入りたい……いや、むしろ自分で掘ってとび込みたい気分だった。

 ネロウに征服されたい? あの腕に強く抱かれたら?

 なんてとんでもないことを考えているんだ、私は。

 これも闇の魔力を注がれたせいだ。そうに違いない。そうに違いない。うん、そうだ。

 隷属化魔法(スレイブ)で支配された後遺症がこんなところにも。ああ、恐ろしい。なんて恐ろしい。 

 私は自分に強く言い聞かせた。

 そしてしばらく、立ち上がることもできず、その場で一人もだえ苦しんでいた。

今回も読んでくださりありがとうございます!

次回は明日(11月19日(金))更新予定です。


昨日の夕飯は合鴨パストラミでした。

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